06
それから数週間、ベイビー……いや、ライアの生活は着実に変わっていった。
早朝5時半に起床し、お日様のもとウォーキング。
朝食には卵料理とヨーグルト、ナッツ類と果物。
本来提供されていた食事は本当に美味で、最高に高カロリーだった。
――糖分・糖分・糖分。
それはもう豚一直線は確約しているだろうというメニュー。
考えたくはなかったが、どうやらライアを意図的に太らせていたみたいだった。
誰の指示かは知らないが、ライアがメニューの変更をコックにお願いした時、食事係の面々は相当渋っていた。
だが最終的に、私が物理的に肉迫してプロテインまで作らせてやった。
朝食後は学校に通うのが子供のマストだろう。
だが今は入学前、つまり春休みの期間にあたるらしく学校はお休みらしい。
休みの期間はおよそ二カ月。
新生活が待ち受けているライアの心境は最高にダウナーで、最初の数日は本当に骨が折れた。
常に『やだ・いやだ・やだしんどい』の三段活用。
それを、『胸・足・背中』の筋肉三段活用に変えるまで、私としたことが2週間も時間を要してしまった。
午後からは自主勉強。
ライアは多忙で、経済学・帝王学など私にも分からない多岐にわたる勉強をしなくてはならなかった。
けれども王族にも関わらず家庭教師は誰もおらず、独学だった。
彼女の生活の節々に、孤独を感じる
そうして今、眼鏡を装着したライアは一人簡素な自室に篭って図書室から持ち出した書籍をじっくり眺めていた。
私は一日の中で、この時間が唯一もったいないと感じていた。
「なぁライア、君はなぜ勉強をしているんだ」
「……入学後に試験があります。王族たるもの、恥ずかしくない点数でいなければなりません」
勉強それ自体はとてもいいことだ。
しかしながらもったいないと思う理由については、ライアに気づいて欲しかった。
「テストで良い点数を取る。それはいいことだ。だがな、それを目標にしてはダメだ」
「なぜ、ですか?」
「ライアは、将来どんな大人になりたいんだ?」
「それは、民を守れる王族に、です」
「だから、そのために勉強が必要、ということだよな?」
「当たり前です。優秀な弟がいますが、王位継承権の第一位はまだ私です」
少し前まで、死んで王位を義弟に譲りたいと言っていた姿がまるで嘘のようだな。
いい兆候だ。
「そうか。そのために必要なのが勉強だとライアはわかっている。さすがはライアだ。具体的には、どうしたいんだ?」
「具体的に……それは。……旧王都。あそこの民をどうにかしたいです。今年の報告書には100名ほどの餓死者が出ていると書いてありました」
私もライアと共に勉強して、少しだけ知識が身についてきた。
旧王都は、10年前に遷都して捨てた土地。新王都から馬車で半日の距離にあるらしい。
捨てた原因は、『災厄』というとんでもなく強い魔物。
この世界は地球と随分と違うらしく、魔物に魔法なんてのもあると聞いた。
別の惑星なのだと、今更ながら実感する。
「災厄や魔物の活動によって、北部から旧王都に多くの難民が流れ着いていると聞きます。流行病に食糧不足、それに急増している魔物への対処。彼らの生活は想像することもできません」
「ライアはそれをどうにかしたい。でもそのために必要な知識はなんだ」
「えっと……なんでしょうか」
「机上ではあるが、彼らが抱えている問題は分かっているんだ。それはどんなことか考えてみるんだ」
「第一に食べ物だと思います。あとは病の流行らない綺麗な場所と病院。魔物に対処してくれる強い人たち」
「あぁ、そうだな。とても難しいが、全て筋肉で解決する」
「ほんとですか⁉」
「冗談だ」
「……」
「――あ、ちょっとまた痛い。すまない怒るな。そうだな、食べ物については視点を変えてみるといい。私の故郷では毒があって食べられないものでも食べていた」
「……。確かに、スティさんは毒を食べても死にそうにないかもですが」
少しだけ怒らせてしまったのか、ライアは口をぷっくり膨らませてそう呟いた。
「はっは。確かに死なない」
「でも、少しだけ分かってきたかもしれません。勉強する意味。何がしたいのか、それに必要な知識はなにか。そういうことですか」
「ライアは本当に賢いな。そうだ。目標があり、それを達成するためにどのような努力が必要か。具体的であればあるほどいい。空虚に勉強するよりもモチベーションも上がるだろう。全て筋トレと同じだ」
「ふふ……確かに、そうですね。別の視点、ですか。幸い最新の研究書も読み放題ですから、薬学や農学、流通学なども勉強してみましょうか」
「あぁ、そうだな。決してテスト範囲だけが必要な勉強ではないからな。よく自分で考えて、答えを見つけられたな。えらいぞライア」
この子はまだ自分のことを卑下するが、私はとてつもない才能を持っていると思っている。
ライアの可能性をダメにしているのは、周りの大人たちだ。
どうもきな臭い。
食事量の件もそうだが、誰かがライアを自壊の道に進ませているように思える。
ここ数週間ライアと共に生きていて、それは疑いではなく確信に変わりつつあった。
「スティさんは、いつも私を褒めてくれますよね。えらいぞって」
「当たり前だ。事実そうなんだ」
「私にとっては、当たり前じゃないんです。誰かが見てくれてて、褒めてくれるだけでこんなにも頑張ろうって、思えるんですね」
ライアは羽ペンを机に置き、少しだけ瞼を閉じた。
子供を見守るのも、褒めるのも叱るのも親の役目だ。
そんな当たり前を当たり前じゃないというライア。すでに、両親のことについてはなんとなく察しがついていた。
彼女の記憶を無理にのぞき込んでしまえば、きっと分かってしまう。
でもナンセンスなことはしないと、私は自分に誓いを立てていた。
「……聞きづらかったんだが、ご両親とはあまり会わないのか」
「父は王ですから。それに、お父様の寵愛は義弟に注がれています。私に興味はあまりないんでしょう。母は……」