05
恐らく私と彼女は、一心同体になった。
だから聞かずとも、分かる。
ぐちゃぐちゃな感情、生きていくのが辛い。明日なんて、来なければ。
そんな悲鳴にも似た感情が、彼女の理性によって押し殺されていた。
でも今、少しだけほころびが生まれた。
そんな気がした。
「……ける、なって」
「ん?」
「――ふざけるなって! 思ってますよ! 私を見るたびに、見世物を見ているみたいに笑う同級生も! 嘘ばかり言うメイドや家臣にも! 私に会おうともしないお父様にも! 私に意地悪ばかりする弟やその取り巻きたちにも‼ ……
……でも、だからなんだっていうんですか。デブで、何もない、私が全部悪いんです」
「だから、死のうと思ったのか?」
「そうです。辛いんです。毎日が。知ってるんです。周りだって、私がいなくなることを心から望んでる。……もう、終わりにしたいんです」
「……そうか。だったら俺はやっぱり、今君を失う前に君の筋肉を殺したい」
涙ぐんで叫ぶ彼女の顔を、直接見ることはできない。
「……意味が、分からないです」
真正面から、彼女の顔を見て話すこともできない。
こんな小さな少女が、死にたいと言っている。
けれども、両腕がない今の私には手を差し伸べることもできない。
私には、本当に声を届けることしか、できない。
「……。ベイビー、死ぬ前に、俺を少しだけ信じてくれないか」
「あなたを、ですか。無理ですよ。しかも得体の知れない筋肉なんか」
「大丈夫だ。俺は確かに君の筋肉になった。でもな、だからこそ分かるんだ、君のことが。たった少しの会話で、俺は君のことが好きになった」
――でも、それでも私が届けるんだ。
私が受け取ったバトンを、次は彼女に。
「……私なんかが好き? ……見る目がないですね」
「君には素敵なところがたくさんある。得体のしれない、なんて言いながらきちんと俺の話を真摯に聞いてくれた」
「別にそんなこと、普通です」
「そうか? 俺は違うと思うぞ」
彼女はもう、私を人として接してくれている。
彼女でなければ、きっとこうはいかなかった。
「違いますよ。……昨日だって」
「……すまないが、ベイビーの記憶の一部を見てしまった。特に昨日の出来事は鮮明に流れてきた」
「――ッ。そう、なのですね。だったら余計に分かるでしょう? みじめな私が。それに私はあの男爵
令嬢に汚い嫉妬心を抱いていました」
「君は、あの少女に何かをしたのか?」
昨日のベイビーは、じっと辛抱していた。
何を言われても、何をされてもただただ我慢強く。
「していません。けど何度もこの思いをぶつけてしまいたいと、そう思いました」
「それは当たり前のことなんだ。でもそうしなかった。君は、頑張って耐えたんだ。君は素敵だった」
「――違います‼」
「君は、想像したんじゃないか。あの少女に何かを言っても、傷つけるだけだと。……君は人の気持ちが分かる、優しい子なんだ」
「――違う‼ 違う違う違う‼ ……違うんです、私なんか」
「なんか、じゃない。――君だから、俺は君の力になりたいと思えた。君だから、味方になりたいと思えたんだ」
いつしか彼女は大粒の涙を流し、膝を折り芝生に泣き崩れた。
私に体があれば、本当に偉かったと、頭をなでてあげられたのに。
「君は、自分を変えたいか?」
「……それは」
彼女から伝わってくる。
自身の運命は神様があらかじめ決めていて、どうしようもない自分が変わることなんてできない、という決めつけに似たような感情が。
けれどもそんな神がいるなら、この私が全力でハグしよう。
そうして言ってやる、乙女は誰でも素敵になれるってな。
「ベイビー、俺は君を変えることができる」
「……え?」
「俺を信じて、頑張ってくれるならな」
私の本職はボディービルダー。
だが、トレーナーも兼任していた。
確実に痩せる凄腕トレーナーとしても、業界では有名だった。
つまるところ、私はプロだ。自信もある。
「無理、ですよ。デブな私なんて」
「何を言ってるんだ。デブなんて筋肉界隈ならとんでもない才能だ」
「――私には、何もありません。魔力も容姿も学だって!」
「何もないだって? 面白いじゃないか、これから成長しかないんだからな」
「――ッ。だったら‼ 私には、誰もいません‼ 家族も友達も家臣だって敵だらけなんですから‼」
「……君にはもう俺がいる。家族も友人も恋人も、君を裏切るかも知れない。けど筋肉は絶対に裏切らない。俺は君の味方でい続ける――
――君の味方の俺が断言する。きっと君はもっとずっと素敵になれる。自分を好きになれる。死にたいだなんて一辺倒も思い浮かばないくらい素敵な君に、俺が絶対してみせる‼」
私がそう言い放った途端、ベイビーの筋繊維が少し綻んだ気がした。
「……何なんですか、あなたは……」
「ベイビー、だから信じてくれないか」
「……アストライアです。私の名前」
取り乱していた先ほどと打って変わって、ベイビーは落ち着いた様子でそうつぶやいた。
アストライア。
とても美しい響きだ。
「素敵な名前じゃないか。そうだな、アストライア、俺はボディービルダーの多田野正義だ」
「タダノジャ・スティス様。こちらでは珍しい名前ですが、美しい響きです」
「私の世界でも珍しかった名だ。あと、様はいらない。それ以外なら好きに呼んで構わない」
「はい、わかりました。じゃあスティさん。……私のことも、ライアと呼んでください」
私は前世で様々な異名で呼ばれていた……鬼の背中、番長、筋肉の権化、むしろ筋肉が本体――など様々だ。
こんなに可愛いあだ名は生まれて初めて付けられた。
気に入った。
「そうだな。……ではライア、君の意志を聞きたい」
「……あなたの言葉、信じたい、です。変わりたい。でも私なんて」
「なんて、じゃない。言っただろう。あと、絶対に変われる。私、『なんて』素敵なのって、自然に思えるよう。ライア、君が俺を信じ、努力を続けてくれるのなら必ずだ」
「努力……初めて、そんな言葉を掛けられました」
「努力は嫌いか?」
「いいえ。分からないんです。頑張れって、言ってもらえたことがないから」
「そうか。安心しろ、それは俺の得意分野だ。挫けそうになったら、すかさず頑張れっていう。すでに頑張り尽くしてても、俺は言い続ける。頑張れって。誰かの応援は、必ず限界を超えるエネルギーをくれるからな」
「……」
「だから、一緒に頑張ろう。ライア」
「……あり、がとう。私、頑張ります、あなたと。よろしくお願いします、スティさん」
「あぁ。こちらこそ、よろしく頼む」
私は静かに涙を流していたライアと、心の中で熱い握手を交わした。
期待・不安。色々と入り混じったライアの感情が、私にも伝わってきた。
なんとかしたい、そう思うのは必然だった。
まぁ、第二の人生がまさか筋肉とは思わなかったが。
しかしながら、生まれ変わってすぐさま目標ができた。
このベイビーを、とびっきりのレディーにすること。
死んでしまったことに心残りがないといえば嘘になる。
しかし、子供も成人するまで育てることができた。
ワイフに出会い、目一杯の愛情を注ぐこともできた。
毎日悔いが残らないよう生きることもできた。
だから今世も、悔いが残らないようライアの筋肉としての生を全うしよう。
まずはたるみ切った容姿を変え、ライアに自信を取り戻させる。
そしてきっと、彼女を心の底から笑えるようにしてみせる。
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