2 依頼
目が覚めると、部屋にいることがわかった。
木製の板で作られた壁、簡易的な暖炉がある。
所々には、素っ気なく見たことのない動物に模した人形が置いてある。
ベッドの上で、上半身を起こす。
何日間寝ていたのだろうか。大蛇に噛まれた太ももを見ようと布を捲るが、包帯が厚めに巻かれているため確認することができない。
不意にドアを開ける女。
爪先から頭の先までを確認するように見る。
手にはお盆を持っており、皿にはスープがのっていた。
「あの噛み傷はヘビによるものね。それもとても大きい」
「お前が介抱してくれのか」
「体調はどう?目の焦点は……定まっているようね」
女は人差し指を顔先でピタリと止めると、ゆっくり左右へ動かす。
確認の終わった指先は、ズレかけた眼鏡を定位置に戻すように中央を持ち上げる。
「私はフェアラ。治癒師をしているわ。薬草の研究のためにこの家を借りているの」
アルアインは差し出されたスープを飲みながら答える。
「治癒師か、俺は金を持っていないぞ」
「いらないわよ。ただし、私の研究の手伝いをしてもらいたいの」
「手伝い……?。薬草に関する知識など……」
言葉に詰まると、フェアラは緑黄色の髪をかきあげて腹の底から笑う。
馬鹿にしたり、蔑みを感じない、笑い声。
「研究の手伝いといっても、治癒師見習いになれってわけじゃないの」
「だったら何を……」
にやりと女は笑う。そこにはちょっとした思惑があるように感じる。
「私の調合した薬を飲んで欲しい。あなたは怪我を直せるし、良い条件でしょう」
このフェアラとかいう治癒師は俺に治療薬を飲ませたいようだ。
まっとうな理由にも思える口ぶりだが、ようは研究している薬の実験体になれと言っているのだろう。
「断る」
そう言って、アルアインは床から身体を起こした。
「世話にはなりはしたが、得体のしれない治癒師の実験体になるつもりはない」
防具を身に着けようとするが、損傷が激しく使い物にならなくなっていた。
森林での大蛇との戦闘は現実にあったことなのだと再認識する。
地の利はなかったが、言い訳できない敗北だった。
「死ぬわよ」
先程までとは違う、圧のある口調だった。
「あなたの身体に回っている毒は、即効性ではないのよ」
「毒……?」
「それは今、あなたの身体中で巡っている血液に含まれているわ」
「だからなんだと……。すでにほぼ回復しているだろう」
治療師に表情はない。
「手に、ほんの少しで良いわ。力を入れてみなさい」
拳を握りしめる。
すると、手首の当たりから青紫の筋が現れ、自分の意志に反して拳の力を解いた。
その筋はじわりじわりと肩まで伸びると、完全に片腕を動かすことができなくなり、ずっしりと身体にのしかかる。
「その毒は、筋力が活性化したときに効くようにできている。噛んだ獲物に強い痛みを感じさせて、逃げようとすればその場で動けなくさせる。興味深いのは、大きなエネルギーを消費しないようにゆっくりと動くことで、この毒は無力化できるの」
目を爛々と輝かせ、口元で指を交差させる女は魔女のようだった。
「あなたが戦った大蛇は、身体の大きさからして食料を大量に必要とする。いくら栄養価が高い生き物でも、朽ちてしまえば意味がない……。だからそう特化したのかもしれないわ。生きながらえさせ、逃げようとする獲物の身体の動きを奪う毒を必要とした」
身の毛がよだつ。
「大きな獲物を捕食した大蛇は動きが遅くなる。それまで捕食対象だった生物が襲ってくる可能性があるのよ。つまり、生かし殺さず身の回りの安全を確認した後、胃に入れる必要があった」
まるで聖書を読むかのような口調が、内容と反しており不気味さを増幅させる。
「俺に、何をさせるつもりだ」
「だから、毒の実験に付き合って欲しいの。ほら効いてきたみたい。よかったぁ」
なんのことかと思い、女の視線の先の腕を見る。青紫の筋がみるみると肌色に戻っていく。
「お前……あのスープに薬を入れていたのか」
「ちゃんと美味しかったでしょ?自信があったから入れたの。もうあなたが寝てから1週間は経っていて、それまで色々調べさせてもらったから」
悪びれもしない様子。実際、必要なことをしたと思っているのだろう。
「でもね、完全に治った訳じゃないの。だからもう少しだけ付き合ってくれないかな」
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