1 出会い
空気の弾ける音が聞こえた。
それは木を燃やしたときに発する音だと気づいた。
ここではないどこか遠くでかすかに雨音が聞こえる。
ぼんやりとして思考がまとまらない。
アルアインは身体を起こそうとするが、指先がかすかに動くばかりだ。
目を開いているはずなのに、かすかにしか光を感じることができない。
ここはどこだろうか。
最後の記憶を照らし合わせよう。
いつもの狩りに出かけてしばらくすると、夜の帳が降りたような暗雲が上空に立ち込めた。
それから叩きつけるような大雨が振り始めたのだ。
崖の大穴に身を隠し、空洞内で木に火を付ける。
暗闇の奥から、冷えた空気が首や額を突き抜ける。
何かがいる。
大穴の奥にある気配がなんなのか、もう少し早く察知できていれば、そこは安全地帯ではなく、森林の主の住処だったと気づけたはずだ。
穴の奥から、無数のコウモリが嵐の中へ逃げていく。
私の背丈の二倍はある空洞にすっぽりと収まるほどの顔が姿を表した。
大蛇は口を半開きしながら直進し、顔面をアルアインの身体にぶつける。
その勢いで身体は洞窟の外に投げだされた。
着地を試みようとするが、大雨によりぬかるんだ土泥では受け身をとることができず、全身を強打した。
声にならない喘ぎ声をだし、胸の鎧に手をやると凹みの損傷が激しい。
腰に添えていた長剣が見つからない。先程の衝撃で落としたか。
周りを見渡すが、大蛇を視野にいれることができない。
雨音が激しく、頭の中でさきほどの衝撃音が木霊する。
巣穴に戻ったのか。
甘い願望を描いた頭に、激しい警鐘が鳴る。
頭から降る雨が弱まったことを感じた。
頭部からの大蛇の口撃を転がり込むようにして回避する。
大蛇はそのまま頭ごと地面に激突するも、すぐさまに方向をこちらに変えて口を広げ突進をしてくる。
シンプルな口撃だが、自分より身体が小さい獲物に対してはこれ以上に効果的なものはないだろう。
泥により回避行動が間に合わず、正面からアルアインは口撃を受けた。
予備のナイフは蛇の鼻先に突き立て、ギリギリのところで口内に入るのを避けている。
大蛇は容赦なく口を閉じると、アルアインの下半身を飲み込まれ、太ももに鋭い痛みが走る。
噛まれたという意識が戦意を失いかけさせるが、こんなところでまだ終わるわけにはいかない。
ナイフを両手で持ち、大蛇の眼へと差し込む。
大蛇は高音波を腹底から発し、身体を左右にうねらせる。
振り払うようにアルアインは口内から吐き出された。
その先は大雨により流れの早くなった川があり、全身を水に打ち付けた。
記憶が少しずつ蘇ってくる。
身体が動かせないのは大蛇の毒が身体に回っているからだろうか。
毒の性質がわからないが、眼と耳が麻痺している可能性がある。
時間の経過で回復するものなのか、強い毒により機能しなくなったのか判断がつかない。
それにしてもここはどこなのだろう。
誰かが助けてくれたのだろうか。
身体には布がかかっているのを感じる。
僅かにしか映らない光の中で、赤く炎が燃える揺れを感じていると、再び急激な眠気が襲ってきた。
ドアの開く音が聞こえた。
「あら、もう意識があるの?あの怪我で生きてるなんて凄いのね」
お前は誰だ。
言葉にしようとしても、唇が動かない。
「今はゆっくり休んで。おやすみなさい」
女の声は、凛としていて有無を言わさないものがあった。
”今は”とはどういうことだ。
その顔を見ようと振り向こうとするが、また深いまどろみの中に落ちていった。
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