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第8話 チキンカツバーガー

 人の目が気になって仕方ない。マスクが手放せない。自分の視線や体臭が変ではないか。そればっかり気になってしまう。


 そんな佐川亜紀は、この春から登校拒否をしていた。本来なら高校二年生になり、世間では楽しい女子高生ライフを送っているはずだったが、元々引っ込み思案の性格の亜紀は、対人恐怖症のような症状が出てしまい、引きこもっていた。


 別にいじめられたわけでもない。家族との仲も良好だったが。なぜか人の目が気になってしまう。


 些細なきっかけはあった。友達同士でSNSを開設し、そのDMで連絡をし合っていたが、その一人がよくバズるようになった。いわゆるインフルエンサー。一方、亜紀はそうでもない。仲間内でも順位が明確になってしまい、人の目が気になりはじめた。元々の性格も災いし、常に「いいね!」の数が気になってしまい、自分が何か間違っていないか、強迫観念も持つようになった。


「ああ、夜はいいわ……」


 そんな亜紀は、よく深夜に出歩いていた。人目もない田舎道は、堂々と歩けて楽だ。人の視線がないだけで、スッキリと解放された気分になる。


 今日も夜中の一時過ぎにジャージ姿でウロウロしていた。どうせ親は夜勤の仕事で忙しい。治安は気になってしまうが、この辺りは目立った事件も聞いた事がない。


 駅前の方まであてもなく歩いていると、亜紀と似たような事を思っている若者は少なくないらしい。コンビニやラブホテルの周辺でウロウロしている若者も何人か見えた。中にはガラの悪そうな大人に声をかけられているものもいた。手首から入れ墨も見える。


 元来、ビビり性の亜紀は猛ダッシュで逃げてしまった。駅前から県道沿いの道に入る。


 さすがに深夜だ。車もバイクも少なく、人がいない。見上げると、真っ暗な夜空。闇のような色。星も月も何も見えない。


 人目が気になる亜紀は、夜の方が心地よいと思っていたが、そうでもない気もしてきた。他人の目が気になるくせに孤独は嫌。寂しい気持ちを対処する事もできない。そんな情け無い子供である事を自覚してしまう。


「あれ?」


 そんな時、前方に灯りが見えた。何かコインランドリーのような店があるようだった。暗闇にそこだけ優しい光があるように見えるのだが。


「コインレストラン・佳味? 何ここ?」


 首を傾げながらも、その光に虫のように吸い寄せられてしまう。飛んで火に入る夏の虫かもしれない。少々ドキドキしながら入店した。


 外見はコインランドリーそっくりだったが、洗濯機や乾燥機は全くない。待つための椅子や机はあるが、全くの無人で静けさが漂っていた。


 嫌な静けさではない。自動販売機から音が聞こえる。ここはコインランドリーではなく、自動販売機専門の店だ。ドリンクだけでなく、カレーやうどん、弁当などの食事を提供しているらしい。なるほど、だからコインレストラン。コインランドリーの食事版だと思えば納得できた。


「それにしても」


 どの自動販売機も古めかしい。昭和レトロな雰囲気だ。錆がついている自動販売機もあるが、丁寧にメンテナンスされているようで、まだまだ元気に動いている。


「え、五百円玉や千円札使えないの?」


 目の前にあるうどんの自動販売機をよく見てみたが、百円玉しか使えないようだった。これは相当レトロだ。


 平成もレトロに感じてしまう亜紀は、目の前に並ぶ自動販売機が全て珍しい。懐かしいというより新鮮だった。色合いもレトロだが、昭和らしい雑さ、豪快さはクスリと笑えてくる。


 特にハンバーガーの自動販売機には、ニワトリがチキンバーガーを作っているイラストがデザインされていたが、残酷だ。でも何でもアリのお大らかさもある。令和だったら、このイラストにヒステリックに怒るビーガンや動物愛護者がいそうだが、昭和は何でもアリ。


「おもしろ……」


 気づくと、亜紀はハンバーガーの自動販売機を見ながら笑っていた。こんな風に笑うなんて久しぶりだった。


 いつもは笑い方も変じゃないかと、マスクで顔を隠して安心していたものだが、今は何だか「何でもOK!」と言われているみたいで、心はホッとする。


 令和は逆。多様性とか差別とか耳に優しい綺麗な言葉が支持される。一見綺麗な文化のようだが、そこからちょっとでもズレてしまった人には容赦がない。不寛容さがある。酷い場合は、発達や精神障害というレッテルをつけられ、排除され、なかった事にされるのだ。一見綺麗な社会のようだが、別に懐は広いとか寛容でもなかったのかもしれない。亜紀は今、自分が対人恐怖のような症状が出て、生きづらくなっている理由が分かった気もしていた。


 確かに昭和の方が不便だったとは思うが……。


 亜紀はポケットから小銭を取り出し、このハンバーガーを買うことにした。普段はキャッシュレス決済が多い。今日はたまたま小銭入れも持ってきた。亜紀は運が良いのかもしれない。


 ハンバーガーはチキンカツバーガーとチーズバーガーの二種類があった。あの鶏のイラストと目があう。


「やっぱりチキンカツバーガー?」


 そう言い、ボタンを押して数十秒。出てきたのは、手の平サイズの箱だった。しかも温かい。


「な、何これ?」


 ファストフードのように袋に包まれて出てくると思った亜紀は、目が丸くなってしまう。こんなサプライズも昭和らしさなのだろうか?


 驚きつつも、テーブルのほうへ行き、この小さな箱を開けてみる事にした。何が出てくるかドキドキだ。玉手箱だったらどうしよう。


 中は小さなバーガーが入っていた。温かいが、手づく感覚溢れる小さなバーガー。ファストフードではなく、パン屋で売っているのに似てる。それとは違って温かいが。


 ファストフードやコンビニのものの方が美味しそうに見えるが、この素朴さの悪くは無いだろう。


 パンズもぺたんこ。肉も薄い。ケチャップの濃いめの味もするが、明らかに人の手で作られたもの。素朴だが、妙に大らかな味わいだった。「何でもアリっしょ?」とゲラゲラ笑いそうになってきた。そんな味のバーガーだった。


「はは、別にすごい美味しいわけでも無いのに、美味しいな。何でだろ?」


 あっという間にハンバーガーを食べてしまった。この大らかな味わいに、心の何かが解けてしまったよう。さっきまでマスクをつけていた。食べる時に外したが、今はもう付ける気分になれない。この前ハンバーガーのゴミと一緒にマスクも捨ててしまった。


 ここは確かに無人。誰もいない。無機質に見える自動販売機があるだけだ。それなのに、余計に人の気配を感じる。あのハンバーガーが予想外に手作り感覚が溢れていたからだろうか。自動販売機も手書きのポップが貼ってあるものあり、コンビニのセルフレジのような綺麗さは無いからだろうか。


 そういえばここには監視カメラがない。コンビニのセルフレジには監視カメラが付いていたが、ここにはそれがない。お陰で余計に人の気配も伝わってしまう。この自動販売機の奥には人がいる事が、手に取るように分かってしまった。


「何これ?」


 テーブルの端には、新品のノートが置いてあるのにも気づいた。来客ノートらしい。客がクレームや気づいた事を自由に書き込めるらしい。何枚か付箋もついていて、そこにも客からのコメントが書かれていた。ノートの切れ変わりのタイミングで書き込めなかった客が付箋に残して行ったようだ。


「へえ……」


 そんな付箋を見ていると、想像以上にこの店は客から愛されているようだった。無人の店なのに。亜紀のような地元民ですら、気づいてなかった店だが、確実に客に愛されている店のようだった。


 今でも他人の視線が気になる。SNSにランキングやが立ち位置もきになるが、このノートの中だったら、素直な自分の気持ちも表現できるかもしれない。


 何でもアリ。ノートからもそんな大らかさを感じてしまう。今は他人も怖くはない。


 亜紀はこのノートに今の気持ちを書き、店を後にした。


 相変わらず外は暗闇。星も月も見えない夜空が広がっていたが、今は足取りも軽い。


 また、この店に行こう。もう他人は怖くないと心の底から思えるまでは。

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