第4話 ホットコーヒー
深夜零時。敦美はベッドの上でダラダラとスマートフォンを見ていた。本当は寝る前にスマートフォンを見るのは良くないのだが、一人暮らしの気ままさも相まってついつい見てしまう。
駅に近いワンルームマンションだったが、田舎なので家賃は安い。会社はバイクで通ってるが。電気工事関連の会社で営業をやっている。八割以上が男性会社員。一応大企業の子会社で安定しているが、敦美への風当たりも強い。三十五歳過ぎてからは、「いきおくれ」「バリキャリ」などと囁かれているらしい。正直、ストレスが溜まるので、推しの声優が心のオアシス。こうして推しのSNSを眺めては、ニヤニヤとだらしない顔をしてしまう。
そう、推しがいればいい。親はもう結婚しろとか、見合いをしろとも言わなくなった。一人で稼ぎ、気ままなお一人様ライフ。会社で色々囁かれても、どうでもいい。所詮、田舎の小さなワンマン会社だ。
強がってみるが、SNSはおすすめアカウントも勝手に教えてきた。高校の時の同級生だった瑞穂のアカウントではないか。本名でやっているアカウントのようだ。
ずっと会っていない同級生だったが、ちょっとヤンキー風で気が強い子だった。今は子供が四人もいるらしい。SNSには家族旅行の様子を写した写真もいっぱいある。瑞穂は産後太ったらしく、まったく別人になっていた。
「へえ。あの子、結婚してたの」
自分と全く違う人生だ。田舎では早く結婚して子沢山というのも珍しくは無いが、敦美と全く違う人生を見せつけられ、心が揺らぐ。もしかしたら、瑞穂のような人生が「正解」なのか。確かに敦美も結婚願望を持ち、婚活していた時もあったけれど……。
ただ、最近の瑞穂の投稿は雰囲気が変わっていた。子供や旦那の投稿はなく「コインレストラン・佳味」という店の写真が多い。地図を見ると、近所の県道沿いにある店らしいが、変わった所だった。
二十四時間営業で店員は無人。コインランドリーの食事版のような店だった。洗濯機の代わりに食事を提供する自動販売機が並んでいるらしい。そのどれもが昭和に活躍したものらしく、どれもレトロなデザイン。瑞穂のSNSに上げられていた自動販売機の写真は、全部そんな雰囲気だった。写真だけ見ると、昭和にタイムスリップしたよう。
うどんやハンバーガーなどを提供される日本独自の自販機の用で、四十年ぐらい前には二十五万台もあり、全国的に普及していたらしい。その後はコンビニやファストフードなどに台頭により、客足も減っていたようだが、昨今はレトロで珍しいと人気を集めているらしい。外国人にも受けているとか。
昭和レトロな自動販売機を紹介する動画も多く、見ていたらお腹が減ってきた。自動販売機の内部を紹介する動画もあり、うどんやラーメンなどは豪華に湯切りしていた。実に昭和らしい荒々しさや生命力も感じるが、トーストサンドは美味しそう。手作り感あふれるアルミホイルに包まれて提供されるよう。それだけで美味しそうなのだが。
正直、うどんやラーメンなどの麺ものは、豪快すぎる内部に引いてしまったが、このトーストサンドは食べたくなってしまった。
今から行ってもいかいいか。今はジャージ姿だが、まあ、いいか。バイクで移動すれば、すぐつくだろう。県道は職場とは反対方向にあるので、今まで全く知らなかった。盲点だ。地元の事も案外よく知らないのかもしれない。
こうして敦美はバイクに乗り、コインレストラン・佳味に向かった。瑞穂のSNSを見てモヤモヤしていたが、これは良い情報を知ってしまった。もしかしたら禁断の情報だったのかもしれないが。
その店の灯りは、深夜零時過ぎでもやたらと明るく見えた。二十四時間営業という電子の看板も出ていたが、外見はコインランドリーとそっくり。
少し離れたところにコンビニがあり、その灯りも見えるが、こちらの方が地味というか落ち着いている。周りは雑木林や森が見え、余計に落ち着いて見える。こんな時間なので人通りは無いが、トラックが走る音が響く。それに春の生ぬるい風が吹き、木々のざわめきも聞こえた。
深夜にこんな場所に来てしまった。ちょっと背徳感。でもあのトーストサンドはどうしても食べたくなってしまった。
バイクを停めると、店内に入る。見事に無人。他に客もいなかった。
「一人か」
呟いてしまう。確かに自分はお一人様のアラフォー女。もしかしたら世間では少数派かもしれない。瑞穂だけでなく、友達もみんな子持ち。そんな事実も思い出しゾクゾクしてきたが、今はホットサンドだ。その自動販売機を探す。
見事にどれも昭和レトロな自動販売機だった。錆や細かい傷が見えるものもある。デザインもロゴやイラストが「懐かしい」としか言いようがないものばかり。特にハンバーガーの自動販売機のイラストは、鶏がチキンを調理しているものでシュール。レトロな味わいはあるが、昭和当時の荒々しさや適当な感じが伝わる。令和には無い歪さもある。かえって新鮮。令和でこんな自動販売機の人気が上がっている理由も理解できた。
トーストサンドの自動販売機は、レトロなオレンジ色のデザインだった。その色合いだけでも昭和らしい。
「おお、何かすごいかも」
本当に昭和にタイムスリップしたみたい。荒々しく、生命力溢れた時代。今だけはそんな時代を楽しんでもたい。
さっそくお目当てのトーストサンドを買う。百円玉を三枚入れた。ツナマヨ味かピーナッツバター味で悩んだが、後者にした。今は甘いものの気分。
驚いた事に一分もしないうちに完成した。取り出し口から出そうと思ったが、かなり熱くなっている。自動販売機に付属されていたトングを借りる事のした。無人の自動販売機だったが、サービス精神も感じた。
そのままテーブルの方へ運ぶ。ちゃんとテーブルも椅子も置いてあった。四人、五人ぐらいは余裕で使えるような大きなテーブルだった。このテーブルもレトロな雰囲気だったが、丁寧に使われているようで綺麗だ。自動販売機も確かに経年劣化していたが、丁寧にメンテナンスされているように感じる。無人のこの店だが、返って店主の細やかな仕事ぶりが際立って見えてしまう。
椅子に座り、トーストサンドを食べる事にした。椅子は硬い丸椅子だったが、もう待ちきれない。
少しだけ冷めるのを待ち、アルミホイルに包まれた四角いトーストサンドを開ける。
「すご、美味しそう」
パンはおそらく八枚切りだったが、パンが焼けるいい香り。一口齧ると、ピーナッツバターの濃厚な甘み。このパンとピーナッツバターの相性は最高だ。しかし、何かが足りない。何だ?
甘いトーストなのに、何かが足りない気がした。二口目を食べながら、その正体に気づく。コーヒーが足りなかった。
さっそくコーヒーの自販機へ行き、一つ購入。紙コップで提供されるコーヒーで、この自動販売機はさほど珍しいものでもなかった。大手メーカーのコーヒで、職場にも似たような自動販売機がある。
何となく違和感。昭和レトロな世界から、急に令和に戻ってしまったような感覚?
それでもピーナッツバターのトーストと、コーヒーの相性は最高だった。素敵なマリアージュ。コーヒーの苦味のおかげで口の中が甘くなり過ぎず、あっという間に完食した。何よりこの温かみも心に染みる。
「美味しかったわ……」
紙コップに入ったコーヒー。おそらく普通の豆のコーヒーだ。何か深いこだわりも無いコーヒーだが、このトーストとはピッタリだ。
もしかしたら、人間もそうなのかも。ずっと一人で生きていこうと思っていたが、こんな風に引き立て合う「同士」みたいな存在がいても良いかも。婚活もすっかり諦めていたが、相手に期待も要求もせずゆるーく再開しても良いかも?
そんな事も考えていると、テーブルの端にノートがあるのに気づいた。来客ノートらしい。客からのクレームや商品の感想、イラストなども綴られていた。イラストはゆるキャラタッチのものも多く、思わずクスっと笑ってしまう。
無人のこの店だったが、確かにお客様も来ているらしい。
敦美もずっとお一人様だと思っていたが、完全に孤独になるのは難しいようだ。ゆるーい婚活もやって見ても良いかも。瑞穂のような主婦にはなれないが、今は彼女への卑屈な思いも消えていた。子供も四人もいたら、こんな店で一人の時間を持つ事も必要かもしれない。瑞穂がこの店を気に入っている理由も何となく察する事ができた。お腹いっぱいになり、心の余裕も生まれていたのかもしれない。
ご馳走さま。美味しかったです!
敦美はそう来客ノートに書く。それ以上の言葉は思いつかない。今はフワフワと幸せな気分。こんな一人の夜も悪くないはず。