静寂の破壊者
これを書く前に、これを読む方へ──。
これは名もない世界の名もない地で起きたことである。
名もない者たちの物語である。
「きらめきたいよ沈む太陽居もしない神様に祈った……」
少女が一人、そこにいた。何もない黒い闇の中で透明な声で歌っている。
「朝眠って夜起きて光を知らないままわたしは……」
静寂という名の虚空に響く少女の声。
「矛盾の中で苛立ちながら抗うこともできずにいたの……」
少女の声には感情がない。
「混沌の向こうへ」
少女は行けるのだろうか、この暗闇の先へ──。
少年は日が昇るのを見つめていた。
闇が徐々に払われていく。それを見つめるのが彼は好きだった。
グレイの瞳が太陽の光を反射して銀色に輝く。ほんの刹那のことだが。
彼の眼下には静かな街がある。その街の静寂が彼を包む。
日が昇りきる。しばらく彼はそこで動かずに留まっていた。静寂。
「グレイーーーーーーーーーーー!!」
その声が静寂を破った。
「あーーーーっ! またそんなとこに登ってぇ!」
少年は叫ぶ少女を見下ろす。──彼はガス灯の上に立っていたのだ。
「なんでそんな高いところに立てるのよぉ……あたしムリ」
「そう? それほどでもない気がするけど」
そう呟くと、少年は飛び降りた。
「きゃあっ」
普通なら自殺行為。だが彼はあっさりと着地した。
「し、心臓に悪いよ……」
少女が震えながら言う。
「おはよう、ティア」
少年は何事もなかったかのように少女に言った。
「おはよう、ティア、じゃないでしょーーーーーーっ!! なんであんなとこから飛び降りんの!? 死ぬよ!?」
「怪我ならしてないから大丈夫」
「そういう意味じゃない!! 怖いとか思わないわけ?」
「うん。でもティアは怖いんだっけ?」
「当然よ。あんなところに登るなんて、正気じゃないわ」
「そっか、ティアは高所恐怖症なんだったっけ。でもぼくは怖くないから大丈夫」
「見てるこっちが怖いのよっ!」
冬でもないのにティアという少女はガタガタ震えている。
「寒いの? ならちゃんとコート羽織ってきた方がいいよ」
「あんた、バカ?」
ティアは呆れ顔。
「怖くなったら寒気がするの。ただ寒いんじゃないの! そんなことも分かんないの?」
「へー、そうなんだ」
少年の声には感情というものが欠けていた。
「…………あんた、人間?」
ティアの問いに少しかげったグレイの瞳を向けて答える。
「たぶんね」
悲しい寂しい静かな世界。
暗くて何も見えない道なき迷路。
たった一人でずっとここにいる。
感情のはけ口などない。
だから捨てたつもりだった。
だけど少しだけ残ってしまった。
この現実を誰か壊して。
そしたら、苦しまずに済むはずだから。
独りぼっちの静寂を壊して──




