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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

大魔法使いリスタは恋の魔法が使えない。

作者: 十九 命
掲載日:2023/06/02

初めに。


異世界恋愛は初投稿です。つたない作品かとは思いますが、なにとぞご容赦を。



 見渡す限り、ぶどうの畑しかない村の一角にある、寂れた無人駅。そこに艷やかな銀色の髪を風になびかせる、純白のローブに身を包んだ、紺碧の瞳の少女。


 彼女はリスタ゠ベルエッタ。齢十八にして、魔法研究学者である祖母との協力のもと、ありとあらゆる魔法の使用方法を記した“魔法大辞典”を完成させた才女であり、自身も魔法使い最大の名誉である“大魔法使い”の地位を世界最年少で与えられた神童である。


 老齢の祖母に代わって、世界中の魔法学校や研究機関を飛び回って講演をしている彼女が、こんなぶどうしかない辺境の地へとやってきたということで、村の住人たちはそろって驚愕する――――というほどの事もなく。


「みんな、ただいま!」

「リスタちゃん、おかえり!三年ぶりくらいか?」

「まぁまぁ、えらく美人さんになったわねぇ」

「色んな国を旅してきたんだろ、話を聞かせてくれよ」


 みんな、リスタを暖かく迎え入れる。


 ここはリスタの生まれの地。リスタが十歳になり、魔法を使えるようになるために精霊の泉で加護を受けるまで過ごした故郷なのだ。


「でもリスタちゃん、すごく忙しいはずだろ?よく帰ってこられたねぇ」

「あぁ、ちょっとふるさとのぶどうが恋しくなっちゃいまして……」


 リスタが少し言い淀んだのを、一人の農婦は聞き逃さなかった。


「なるほど、“コレ”だね!」

「あわわっ!やめてください!」


 農婦がビシっと親指を立てると、他の住民たちも何かを理解して、一斉に首を縦に振る。


 リスタには、幼い頃から想いを寄せている幼馴染がいるのだが、過去六回に渡る告白はすべて黒星が付いているのだ。


 意中の彼のために、仕事を差し置いて故郷へと帰ってきたことを見抜かれたリスタは、真っ赤にのぼせた顔をローブで覆い隠しながら走り去ってしまう。


「はぁっ……はぁっ……同じ女だけど、女のカンって恐ろしいなぁ」


 リスタは、村の自警団の詰め所へとやってきた。ちょうど剣術の訓練の真っ最中だ。


「本当によろしいのですか!?ジュノー隊長!」

「構わない。全員まとめてかかってこい」


 百人はいる団員たちを前に、仁王立ちで構える黒髪の少年。彼が手まねきをすると、木刀を持った隊員たちは一斉に斬りかかる。


「うおおおおっ!」

「そこだぁぁっ!」

「くらえええっ!」


 間断なく迫ってくる団員たちを、一人、二人、三人と、無駄のない研ぎ澄まされた太刀筋で捌いていく。


 ならばと四人で一斉にかかったところで、少年はたった一本の木刀ですべて受け止め、そのまま押し返すと、瞬く間に全員の胴に一太刀を浴びせる。


 結局、誰一人として少年に一太刀すら入れることすらできないまま、全員返り討ちにされてしまった。


「相変わらずの剣豪っぷりね、ジュノー」

「……リスタか」

「3年ぶりの幼馴染との再会なのに、随分あっさりした反応ね……まぁいいわ。再会ついでにお茶でもどう?」

「構わない」

「その後で食事でも」

「構わない」

「それじゃ、結婚しよ?」

「断る」

「はぁっ、これでバツ七ですか……」

「妙な言い方をするな」


 一切揺れない低い声音で、無慈悲な回答を叩きつけられたリスタだが、たじろぐ様子も見せない。予想通りということだ。


 むしろ、平常心でいられないのは外野で見ていた自警団員たちの方で。


「ちょっとジュノーさん!こんなキレイな人に告られて振っちゃうなんて、何考えてるんすか!」

「据え膳食わぬはなんとやらっすよ!」

「そ・れ・と・も〜、俺らの前だと恥ずかしいんですかー?」

「お前ら全員、今日は俺と夜の森の見回りだ。腹を空かせた熊には気をつけるんだな」


 遠回しな制裁措置の執行を宣告され、野次を飛ばした団員たちは不服な声を上げながら、へなへなとその場に倒れこむ。


「まぁ良いや。それじゃ、私忙しいから行くね」

「気をつけろよ」


 このように、なんだかんだリスタを気にかけているジュノーだが、告白にだけは絶対に頷かない。だが、大魔法使いとなったリスタには、策があった。


 リスタはジュノーが自分から視線を外したタイミングを見極め、踵を返してジュノーに間合いを詰めると、腕が胸に当たるように抱きついて――――頬に口づけをする。


「なんの真似だ」

「再開の挨拶だよ。小さい頃からずっとやってるでしょ?」

「はぁ……くだらん。十八にもなって、貞節もわきまえていないのか」

「そうだよ。ジュノーが結婚してくれないと、リスタはふしだらな女ってことになっちゃうよ!」

「そうか。痴女は取り締まらないとな」

「もういーよ!本当に行くから、じゃあね!」


 木刀ではなく、脇に携えた真剣に手をかけたところで、リスタはあえなく撤退する。


 今の一連の流れは、“恋の魔法”の発動を狙ったものだ。


 恋の魔法の発動条件は、相手の体に触れること。加えて、相手が自分の体に触れることである。


 触れる部位は、女性が使う場合、自身の胸や唇などが最も効果が出やすい。そして、相手の意識が自分に向いていないタイミングで触れることでも効果が上がる――――なのだが。


「はーっ、あの様子じゃ失敗か。やっぱりアイツには効かないのかな」


 三年前に村に帰ってきた時も、恋の魔法を試した。その時はちょうど思春期がピークで、結婚もしていないのに胸や唇を触れさせるなんて言語道断だと、普通に手で触れたのだが、もちろん成功しなかった。


 今回は胸も唇も使ってこの結果だから、理屈は置いておくとして、ジュノーには恋の魔法が効かないと考えるのが妥当だろう。


「まぁいい、まだ方法は考えてある!」


 リスタは小屋に入ると、持っていたカバンを床に置いて、炎の魔法で天井に吊られたランタンに火をつける。


 魔法薬ポーションを調合するための大釜、杖や箒などの魔法道具、魔法理論や魔法薬学についての書籍が詰まった本棚、ここはリスタの祖母が若かりし頃に魔法研究のために使っていた工房である。


「思い立ったが吉日、即実行よ!」


 リスタは早速、大釜に火を入れた。


「みなさーん、見回りご苦労さまでーす!」


 自警団が昼の見回りから戻ってくるタイミングに合わせて、サンドイッチを詰めたバスケットを持って訪ねる。


「良かったらこれ、皆さんでどうぞー!」

「いいんですか、ありがとうございます」


 午前の厳しい訓練と見回りとで、すっかり腹を好かせている団員たちは、リスタ特製のサンドイッチをみるみるうちに平らげていく。そんな中、ジュノーのはというと、ぎゅうぎゅうに詰められた中でたった一個だけサンドイッチを手に取り、ムシムシと食している。


(やはり取ったわね、ツナマヨ!)


 ジュノーの大好物、ツナマヨサンドイッチ。上下関係に厳しい自警団なら、必ずジュノーが早い段階でサンドイッチに手を付けるだろうから、大量のサンドイッチの中に忍ばせておいたなら、確実に選び取るだろうという算段だった。


 そして、そのツナマヨサンドイッチには仕掛けが施してあった。濃度を通常の五割増しにした濃厚マヨネーズに、唐辛子をたっぷりとブレンドしてある。一口食べれば、口の中の水分が一気に奪い取られる。


 たった一つのサンドイッチをさっさと食べ終えないところを見ると、ジュノーの口の中はすでに大砂漠状態だろう。


「飲み物も持ってきたんだけど、よかったらどう?」

「あぁ、もらおうか」


 別で持ってきた魔法瓶を持って、ジュノーに近づき、村で作られた特産のぶどうジュースを容器に注ぐ。このジュースには、さきほど工房で調合した惚れ薬を仕込んである。


「さぁさぁ、ぐいっといっちゃって!」

「はぁ?……んぐっ」


 飲んだ。ぐい、と飲み干した。


 容器を差し出し、もっとよこせと訴えるジュノー。リスタはしめしめとジュースを注ぐ。


 魔法瓶が空になったあと、小話を挟み、惚れ薬が効き始めただろうというタイミングで、リスタはいよいよ打って出る。


「ねぇジュノー……私達もそろそろさ、身を固めた方がいい年頃じゃない?」

「何言ってんだ、二人とも十八だぞ。あと、結婚のことなら断る」

「んなっ……そこまで言ってないでしょうが!」

「サンドイッチとジュースは美味かった。他に用がないなら、もう行け」

「あぁもう、はいはい!お仕事頑張ってくださいね!」


 あっさりと切り捨てられてしまった。工房に戻ったリスタは、大きなため息を吐く。


「適正濃度の2倍にした惚れ薬よ?なんで聞かないワケ!?生物学的におかしいでしょ!」


 理解不能ではあるが、そこに頭を悩ませている時間が惜しい。リスタは素早く考えを切り替えて、次の作戦に移る。


「はーい、ジュノー!」

「またお前か……」


 村の小川に足を浸けて、束の間の休憩をとるジュノー。リスタの姿を視認すると、途端に怪訝な表情を浮かべる。


「なーによ、その疎ましそうな顔は。幼馴染に向ける表情じゃないわよ?」

「今度は何の用だ」

「用ってほどじゃないの。ただ、昔は一緒にこの川で水遊びをしたのに、今じゃすっかりご無沙汰じゃない?だから幼心を取り戻したくなったの」

「勝手にしろ」


 ジュノーは確かにリスタをぞんざいに扱うこともあるが、基本的にリスタが余計なアクションを起こさなければ、ジュノーもリスタを拒絶することはしない。複雑な関係ではある二人だが、芯のところでは友情で結ばれているのだ。


 まぁ、リスタは決してそれで満足するつもりはないのだが。


 次にリスタが仕込んだのは、香水に混ぜたフェロモン薬だ。


 人間も蜂や蟻のように、異性から分泌されているフェロモンによって神経が刺激され、性的な衝動につながる……という説がある。


 魔法を使って作る惚れ薬とは違って、こちらは自然由来の成分のみで調合した薬品。即効性と劇的な効果は期待できないが、相手が人間である以上、効かないということはありえないだろう。


「ねっ、魚獲り競争しよ!」

「おい、休憩中だって言ってるだろうが」

「気分を変えて遊ぶっていうのも休憩でしょ?」

「はぁ、忙しない……」

「獲った魚はキャッチアンドリリース、制限時間は五分、いいわね?」

「……どうせ、こちらに拒否権はないんだろう」


 不服そうな物言いをしながらも立ち上がるジュノー。文句をたれながらでも、頼めばだいたいなんでもやってくれる。それがジュノーの良いところで、リスタが彼に惹かれたきっかけでもある。


「そりゃっ、もういっちょ!」

「ぐっ……クソっ」


 次々と絶え間なく魚を鷲掴みにしていくリスタの横で、対照的に苦戦を強いられているジュノー。


 フェロモン薬の効果を最大限に生かすため、リスタは出来る限りジュノーと近い位置を保つ。ついでに撥水剤も香水に混ぜておいたから、たとえびしょぬれになろうと薬の効果が消えることはない。


「よし、獲った!」


 ジュノーがやっと一匹をつかみ取ったというところで、リスタはすでに、両手足の指では数えられないほどの数を捕まえていた。こういう遊びになると、リスタは異様に強く、ジュノーは極端に弱い。


「よし、目標は五十匹越え!さあ、どこかなどこかな――――ひゃあっ!」


 魚を探して動き回っていると、リスタはうっかり川の深いところに片足を突っ込んでしまった。引きずり込まれていくように、体が沈んでいく。


 しかし、ジュノーが沈む体にすっと手を回し、力強く引き上げる。


「危なかったな、ケガはないか」

「う、うん。ありがと」


 ごつごつとした腕が、リスタの細い体を抱き寄せる。村を守るために鍛え上げられた肉体は、沈むリスタ一人を片手で引き上げることくらい、なんてことではない。


 ジュノーとの距離は、紙一重。吐いた息が、頬に触れる。あらゆる色を飲み込んでしまう純黒の瞳は、しかし、リスタの赤みを帯びた顔を、くっきりと映し出す。


 心臓が、けたたましく脈を打つ。この距離では、ジュノーに聞こえてしまいそうだ。


「あっ、そっ、そろそろ五分だね!てことで、私の圧勝!」


 平静を失う前に、ジュノーを振り払って、少し距離を置く。


「あぁ、こういう勝負はお前に勝てた試しがない」

「じゃあ、負けた人には一つ言うことを聞いてもらいます!」

「おい、なんだそのルールは、聞いてないぞ」

「あれ、言ってなかったっけな〜。まぁ細かいことは気にしないの!それじゃあ、私と結婚――――」

「しねぇよ。今日はなんだか妙にしつこいぞ、お前」

「あぁ、うぅ……」


 心臓がまだうるさくて、頭が真っ白になって、言葉が出てこない。たまらなくなったリスタは、逃げるようにジュノーの前から立ち去った。


「おや、鍵が開いているね」


 日がほとんど沈んだ時間。工房に足を踏み入れる人物が一人。背が高く、男と見まがうような、白髪の老婆――――長く魔法研究家として世界を縦横無尽に駆け回り、一年前から村のはずれにある屋敷で隠居生活をしている、この工房の持ち主、リスタの祖母、アリヤだ。


「なんで上手く行かないのぉぉぉぉ!」


 工房の隅で膝を抱え、乳飲み子のようにわんわんと泣きじゃくるリスタの姿が目に入る。


「あらまぁリスタ、どうしたんだいそんなに泣いて。ほら、目も真っ赤になってるじゃないのさ」

「アリヤおばあ様……ごめんなさい、後で会いに行くつもりだったの」

「私も村の子供達に、あなたが帰ってきたって聞いて、もしかしたらと思って工房に来てみたんだ」


 二人は小さなテーブルを挟んで向かい合い、アリヤが淹れた紅茶を飲みながら、リスタは口を開く。


「今日こそはジュノーを落とすんだって、恋の魔法も、惚れ薬も、フェロモン薬も試したんです。でも、どれも全然効かなくて……」

「おやおや、それは、あの坊やもなかなかの強敵だねぇ」

「まさに万事休すってところです」

「飲んでいるのは紅茶なのにかい?」

「いや、急須じゃなくて……からかわないでくださいおばあ様!リスタは真剣なんですよ!!」

「すまなかったよ、リスタ」


 リスタはもう、用意していたカードを使い切ってしまい、途方に暮れている。それを理解したアリヤは、穏やかな笑みでリスタの話を聞き、少ししゃがれているが、優しい声音で言葉を返す。


「でもリスタ。あなたは魔法使いとして大成したとはいえ、まだ十八歳だ。そんなに事を急ぐ時期じゃないだろう?」

「でも、怖いんです。私が大魔法使いになって、色んな国を飛び回ってこの村に帰ってこないせいで、ジュノーが私以外に想い人を見つけるんじゃないかって……」

「なるほどねぇ。でも、あの子はそう色事に旺盛な子でもないと思うけど」


 涙をたっぷりながしたあとだからか、リスタの紅茶はすぐに底をついた。


「おばあさま……私とおばあさまが作った辞典、間違ってませんよね。恋の魔法は、あれで間違っていませんよね」

「少なくとも、現代の魔法理論に沿った正しい使い方を記したはずだよ」

「でも、三年前も、今回だってジュノーには効かなかったんです……」

「三年前も……それはそれは」


 アリヤの口元が綻んだ。そして、そっとリスタの頭に手を置く。


「リスタ。恋の魔法も惚れ薬も、フェロモン薬だって、全く自分に興味のない相手を振り向かせるためのものだ」

「だからジュノーに使ったのに、効かなかった……」

「さぁ、どうしてだろうね。でも、賢いお前なら分かるんじゃないのかね」


 アリヤの言葉が気にかかって、リスタは思考を巡らせる。


 自分に興味のない相手を、つまり全く自分を見ていない相手を振り向かせるための、恋の魔法。


 ――ならば、すでに自分を見ている相手には、そもそも魔法の効力は意味を成さないのではないか。


「えっ、そんな、ジュノー……ええっ!?」


 それに気づいた時、リスタはここまで色々とやっておいたクセに、今更ながらに顔に血が上っていくのを感じた。


「で、でも、それならなんで、ジュノーはずっと私のことを遠ざけるの?」

「うーん、そうさねぇ……」


 祖母は、音を立てずに上品に紅茶を口に含み、小高い丘の上に建てられた工房の窓の外に映る、ぶどう畑の方を見る。


「もうすぐ、ぶどうの花が咲き始める頃か」

「おばあ様、今はぶどうなんてどうでも……」


 リスタは突然、椅子から飛び跳ねるように立ち上がる。 


「おばあさま、私行かなきゃ!」

「おや、なら私は残りの紅茶でも飲んで待っていようかねぇ」


 思い立ったらすぐに動き出す。リスタのことをよく知るアリヤは、なおもおっとりとした様子で、カップに紅茶を注ぐ。


 リスタが工房の扉に手をかけ、外に出る――――すると、日が落ちているはずの外が、妙に明るい。


 明かりが照らしてくる方を振り向くと……森が燃えている。


「なに、あれ……」

「みんな―!早く避難するんだー!」


 カンカンカン、と見張り台の自警団員が叩く鐘の音が、甲高く鳴り響く。


「あの、あれは一体!?」

「分からん!さっき急に森から火が出たんだ!」

「なら、私が行って、水の魔法で火を消してきます!」

「いくらリスタちゃんでも一人じゃ危ない!もうすぐ応援が来るはずだから、それまで――――」

「リスタさん、来ちゃダメだぁぁぁぁ!」


 二人の会話に、この世のものとは思えない絶叫が割り込む。その声の主は、頭と肩から血を流す自警団員だ。はしごを駆け下りてきた見張りの団員とリスタが駆け寄っていく。


「おい、どうしたんだその傷!」

「今、あっちで盗賊団と……隊長が戦ってる!」

「ジュノーがっ……!?」


 リスタの目つきが、険しいものに変わる。


「最近大陸の西の方で暴れてるっていう、大盗賊団だ……奴らの狙いは、リスタさん、あなたなんです!」

「なんで盗賊なんかがリスタちゃんを!」

「それはわかりません……見回り中に突然襲われて、隊長に応援を呼びに行くように言われて走ってたら、森でいきなり爆発が起こって、俺もそれに巻き込まれて……」

「よし、分かった。すぐに手当てしてやるからな!」

「森でいきなり、爆発……?」


 リスタはダンジの言葉が引っかかっていた。森の炎の規模は、遠目で見て分かる程に、かなり大きい。だが、あの規模の炎を一瞬で起こす爆発となれば、桁違いな量の爆薬などが必要なはずだ。


「……まさか、魔法!?」

「んなバカな、盗賊をやってるような奴らが精霊の加護を受けてるワケがない!」


 魔法は、精霊の加護を受けていない人間には使えない。精霊は、その人物の人となりや適性能力を厳しく見定めた上で魔法を使う力を与えるからだ。


「けど、考えられるのはそれくらいしか……そうだ、早くジュノーを助けにいかないと!」


 いてもたってもいられなくなり、駆け出すリスタの腕を掴んで、ダンジが引き止める。


「ダメです……奴ら、百人じゃ済まない人数だった。奴らは総力を上げて、リスタさんを殺しに来たんです。もしかしたら、なにか算段があるのかもしれません!」

「でも、そいつらとジュノーは戦ってるんでしょ!いくらジュノーでも、もしも盗賊たちが魔法を使えるとしたら、分が悪すぎる!早く行かなきゃ、もしジュノーに何かあったら……」

「リスタや、お待ちなさい!」


 箒を携えたアリヤが、工房から出てくる。


「止めないでください、おばあさま!」

「止めたりなんてしないよ。あなたはもう、私があれこれ指図してやるような幼子じゃなかろう」


 アリヤは、真剣な眼差しでリスタを見つめる。しばらくして、なにかに納得したようにいつもの穏やかな笑みを浮かべて、リスタに箒を託す。


 柄はよく磨かれていてツヤと光沢があり、硬そうな外見とは裏腹に、よくしなる。千年杉で作られた、最高級の箒。研鑽を重ねた魔法使いが手に取る、魔法の箒の究極形だ。


「行っておいで、ジュノーや村の人たちを守るんだ。私は別の箒で村を飛び回って、みんなを避難させる」

「ありがとうございます。でもこれ、おばあさまの箒じゃ……」

「ほほっ、私がその箒を使ったら、速すぎて腰をやってしまうよ。それは今日からリスタ、あなたの物だ」

「おばあさま……私、行ってきます!」


 リスタは箒にまたがる。ふわりと体が浮くと、その場に旋風が巻き起こり、颯爽と飛び立っていった。


 ――――リスタが森へと向かうより一時間ほど前、日が傾いて空が赤焼けてきた頃、ジュノーは詰め所で見回りへの出発の準備を整えていた。


「相変わらず手際がいいな、ジュノー」

「キリエ、どうしたんだ。今日は非番じゃないのか」


 装備品の確認をしているジュノーに、自警団に入って以来の親友である青年、キリエが声をかける。


「いやなに、このど田舎じゃあ、休みでも飯を食う以外にやることがないのさ。たっぷり昼寝もして、疲れは取れたしな」

「羨ましいな。俺は今晩は森の見回りだから、あまり眠れそうにないよ」

「……なぁ、ジュノー。団員のやつから聞いた。またリスタさんからの告白、断ったんだって?」

「……だったら、どうした」


 親友と話せて気分が良かったのか、ほんの少しうわずっていたジュノーの声音が、途端に低く落ちる。


「どうしてそこまで頑なになるんだ。お前だって、本当はリスタさんのこと――――」

「前にも言ったはずだ。俺は、アイツにふさわしくない」

「そんなの、リスタさんが決めることだろ」

「そうだな。だが、アイツは俺にばかり目を向けていて分かってないんだ。俺はただの村の剣士。金も、学も、名声や権力だってない。だけど、世の中にはそれを全部持ち合わせてるヤツらがいる。そういうやつを選んだほうが、アイツは幸せになれる」

「いや、どんなに富や名声や権力を持っていたとしても、想いの繋がりがない相手と結ばれて幸せになんかなれるはずがない!」

「それは今だけの話だ。この先、歳を重ねていけば、アイツだってきっとそういうものの重要性に気づく。そして、これで良かったんだって思うんだ」

「そんなの幸せとは言わないだろ!!」


 キリエの怒気のこもった絶叫は、赤く染まった空に虚しく散る。


「まぁ、何にせよ、お前には関係のない話だよ、キリエ」


 ジュノーはキリエのそばを横切って、他の団員を呼びに向かう。


「ジュノー、この大馬鹿野郎が……」


 見回りを始めて早くも一時間と少しが過ぎようとしている頃。日はすっかり落ちて、ジュノーたち見回り組は、果てしなく広がる暗黒の森の中を、松明を片手に進んでいた。


「あっついなぁ、もう。この時期の森って湿気が酷くて夜でもあちぃんすよ」

「とりあえず静かにして、森の声に耳を傾けろ。ほら、風で枝が揺れる音だ。聞いてるとすーっと涼しく――――」

「ならないっすよ、変なキノコでも拾い食いしましたか?暑いもんは暑いんすよ、現実から目を背けないでください!」

「あぁっ!暑い暑いって、さっきからうるせぇんだよ!余計暑くなるだろうが!」


 言い争う仲間たちには目もくれず、ジュノーはあたりに目を配る。一見、松明があっても視界のよくない森の中だが、生まれた頃から幾度となく足を踏み入れてきた森であるゆえに、地形情報はくまなく把握している。


 だから、周囲に溶け合わない影や形があったなら、それは即座に異変として捉える。


 そう、例えば――――明らかに踏み折られた形跡のある、木の小枝。それも、動物ではなく人間の靴跡のおまけ付き。


「止まれ」


 ジュノーが手で合図し、仲間たちの歩みを止めさせる。


 枝に松明を寄せ、よく観察する。靴跡は深くついていて、遊びに来た子供が踏み折ったという線はない。


「今、村の猟師は禁猟をしていたはずだな」

「えぇ。雨が多い時期になって地面がゆるくなるから、あまり森の深くには入れないって……」

「しかも足跡は森の奥じゃなく、村の方に向かっている……全員、抜刀して周囲を警戒しろ!」


 ジュノーの一声で、団員たちは即座に剣を抜く。全員が果ての見えない闇の中を鋭く睨みつける。


 ――――その時、バンッ、と耳をはり裂くような炸裂音がする。


「明かりを消せっ!」


 それぞれが松明を地面に擦り付けて、明かりのなくなった夜闇の中へ散らばる。


「おぉ、なかなか頭の回るヤツらじゃねぇか」


 闇の中で、男ものらしき声が響く。


「何者だ!」

「あぁ?暗くて誰が言ってんのか分からねぇけどよ、俺たちはレギオン盗賊団。大陸の西一帯を張ってる、巷で噂の大盗賊団よ」


 ジュノーが問いかけると、声はいともたやすく自分の正体を教えた。


「レギオン盗賊団だと、この森は随分と縄張りから外れているはずだが」

「それが話すとややこしいんだがよぉ。まぁあれだ、俺たちはある人物の依頼で、この先にある村に向かってんのさ」

「依頼だと、一体誰がお前たちを仕向けた!」

「それは言えねぇなぁ、盗賊は金が絡むと義理堅いんだ」


 だんだんと目が慣れて、ジュノーは男の姿を捉えた。


「ところでお前ら、多分アレだろ。ほら、この先の村の自警団ってヤツ。明かりを消して姿を隠しちまうってのは、地形を知り尽くしてる原住民でもないとできない芸当だ」

「そうだ。だから村に危害を加えようと言うのなら、お前たちを通すわけには行かない」

「おいおい、そいつは賢くない判断だと思うぜ」


 木の葉を踏み分ける音が、小枝を踏み折る音が、土が歪む音が、無数に森の中ではね返る。


「こっちは総勢二百人、全戦力を引き連れてはるばるやってきたんだ。せいぜい四、五人のお前らに負けるようなポンコツ集団じゃねぇんだぜ。それよりも、取引をしねぇか」

「取引だと?」

「あぁ。お前らの村にリスタっていう魔法使いがいるだろ。俺たちはそいつを殺せって言われてるだけなんだ。ってことで、そいつをここに呼び出してくれりゃあ、村には一切手を出さねぇ」

「リスタを……今、何て言った?」


 ジュノーの声色が震えを帯びる。


「だから、そいつをぶっ殺して俺たちは報酬をいただくんだよ!」

「そうか……」


 プツリ、とジュノーの中で、切れてはいけないものが切れた。


 ジュノーは手の合図で、周囲に潜む仲間たち合図を送る。


『お前は村に戻って応援を呼んでこい。他は俺と一緒に、こいつらを食い止めるぞ』


 自警団員は夜戦に対応できるように、目が早く暗さに慣れるための訓練をしているため、ジュノーの合図は全員が見ることができた。


「分かった。今仲間を村にいかせる」


 ジュノーの言葉を合図に、ダンジは走り出す。


「おぉ、えらく素直じゃねぇか」

「違うさ。お前らにリスタを殺せるなんて思っちゃいない。もしアイツが騒ぎに気づいてここに来たら、その時点でお前たちは終わりだ」

「ノンノン、ところがそうでもねぇんだよ。お前らには見えてねぇだろうが、依頼人から渡されたこの拳銃、こいつから出る弾はあらゆる魔法を無視する。そして、魔法使いの体に当たれば、全身の魔力がすぐに逆流を始めて――――ボンっ、と肉の花火が打ち上がるって寸法よ!」


 そんな話を聞いては、余計にこいつらを村に近づけるワケには行かなくなったと、ジュノーは居合斬りの構えをとって、男に狙いを定める。


「かかれっ!」


 ジュノーは瞬時に男の懐に飛び込み、剣を振り上げる。


 だが、男はそれをひょいと軽い身のこなしで交わす。


「見えてないと思ったかい?俺も狩猟民族の上がりでね、他の奴らもそろそろ目が慣れてくる頃合いだぜ?」


 背後からの鋭利な気配を感じ取り、ジュノーはとっさに跳び退く。その瞬間、弾丸が側頭を掠めた。


 弾丸が飛んできた方向に、脇差しの小刀を投げつける。ドサッ、と木から狙撃手が落下する。


「なんだよ今の、バケモンかよお前」

「人の血が通ってない獣以下のクソ野郎にだけは、言われたくないな」

「おいおい、俺に口の聞き方がなってねぇなぁ!」


 男は背中から手斧を出して両手に持ち、臨戦態勢を取る。


 他の隊員たちがすでに戦いを始めていた中で、ジュノーも男との激しい攻防を繰り広げる。


 他の団員たちも、ジュノーには到底及ばないながら、全員自警団の中では指折りの実力者であるがために、誰一人として他の盗賊はジュノーの元に近づくことができない。つまり、ジュノーは男と完全な一騎打ちを繰り広げていた。


 だが、同じ自警団員相手に百人斬りを成すジュノーの刃でも、男には一太刀すら入らない。


 間違いなく、この男が盗賊団の首領だと、ジュノーは確信する。


 ――――しかし、粘り強く競り合い続けていると、ようやく好機は訪れた。


 剣撃を受け続けて痺れた男の手が緩んだ、その刹那を見逃さなかったジュノーが放った斬撃が、男の斧を一つ弾き飛ばす。


「しまっ――――」

「終わりだっ!」


 瞬く間に切り返し、刃は男の首へと向かう。


 ジュノーは、勝利を確信した。


「へへっ」


 男が、不敵に笑う。


 直後、ジュノーの視界を真っ白な閃光が覆い尽くした。


「――――ぐっ!」


 どれほどかわからないが、ジュノーは自分が意識を失っていたことに気づく。


 頭の上からつま先まで、いたるところが酷く痛む。もう、立ち上がることさえままならない。


 それでも、ジュノーは立つ。


「おいおい、なんで死んでねぇの?こっちは今のでほとんど全員ぶっ飛ばしちまったってのに」


 男の服には、焼け焦げたような後。ほぼ上裸になった男は、苦い顔をして頭を抱える。


 周囲には、力尽きた敵と味方が累々に倒れている。


「さっきのは……魔法か?」

「そうさ。この腕につけてるブレスレット、闇市に流れてた、どっかの魔法使いの骨から削り出したコイツを付けてりゃ、精霊の加護を受けていない俺でも魔法が使えるのよ!」


 右手に付けたブレスレットを見せびらかし、まるで鬼の形相のような、とち狂った笑顔で嬉々として話す男を前にして、ジュノーは唖然とする。


「あーあ、お前のせいでこっちまで大損害だ。それに、こんだけドカンとやっちまったら、村のヤツらも警戒しちまう。こーなったらよぉ、さっさとお前も殺して、村ごとリスタを吹き飛ばしちまうしかねぇな」

「そうは……させないっ!」


 ふらつく足に、残る体力を集中させて姿勢を保つ。揺れる視界を、呼吸を整えて定め、剣の切っ先を男に向ける。


「さぁ……ファイナルラウンドだ」


 男が右手に、火球を作り上げる。精霊の加護を受けていないジュノーでも、そこにとてつもないエネルギーが収束していることは容易に理解できた。


 素早く回避できるだけの体力は、もう残っていない。次の一撃を正面から決めなければ、今度こそ死ぬ。


「村のみんなも……リスタも……必ず守って見せる!」

「口先だけのヒーローは、ここでくたばっときなァ!」


 意を決して、一歩踏み込む。男が、満を持して火球を放つ。


 終わった。勝てない。もう助かりようがない。刃は、きっと届かない。


 ――――だからといって、諦めてやる道理はない。


「絶対に、負けられないっ!」


 極限状態で湧き上がる血液と、燃え盛る森が吐き出す熱気で、理性は完全に蒸発していた。ヤケクソになってでも、ジュノーは勝ちたかった。


 ――――振り下ろす刃が、青い煌めきを纏う。青白色の一線が走り、火球は真っ二つに割れて、轟音と熱風をぶちまけて爆ぜる。


「おい……お前いま、一体なにしやがった!?」


 地面に触れた剣の切っ先と、ジュノーの足元が凍りついている。


 再び振り上げた剣が描いた弧から、三本の氷柱が生まれて、男に向けて飛翔し、突き刺さる。


「ぐっ、まさか……!?」


 三たび剣を振り下ろすと、氷柱が地面から、男に迫っていくように次々とせり立つ。


「お前、魔法が使えたのかっ……!」


 男は氷柱に突き上げられ、宙を高く舞い、情けなく地に叩きつけられる。


 白目をむいたまま起き上がってこない男の様子を確認すると、ジュノーもまた、力が抜けきったように倒れ込む。


「ジュノーっ!!」


 上空から、箒に乗ったリスタが急降下して、ジュノーのそばに降り立つ。


「ジュノー、しっかりして!ジュノー!」


 喉が張り裂けても構うものかと、リスタは自分の耳も裂けてしまいそうなほどに声を振り絞り、何度もジュノーに呼びかけ、体を揺さぶる。


「うっ……痛っ……」

「ジュノー、大丈夫!?」

「大丈夫に……見えるのか?」

「あぁ、ちょっとだけまって。目ぇ閉じちゃダメだよ?」


 いったんジュノーを寝かせたままにして、リスタは意識を集中する。


「水の魔法、形態変化して雨の魔法、魔力を増強……降り下ろせ、豪雨の魔法!!」


 リスタが魔法を発動させると、森の上空を分厚い雲が覆い尽くし、桶を返したかのごとく無数の雨粒が一帯に降り注ぐ。


「これでじきに火は消える!」

「冷た……」

「あぁもう、ジュノーのバカ!」


 リスタは、ジュノーのボロボロになった体を、なお強く抱きしめる。一糸も入らぬほど隙間なく、二人の体が触れ合う。


「今度はあったかい……つか、痛い痛いっ……!」

「ぶどうの花言葉!」

「はぁっ……?」

「“思いやり”でしょ、ジュノー。私がもっと良い人と結婚できるようにって、ずっと私のこと遠ざけてたんでしょ?」

「……キリエが?」

「ううん、おばあちゃんがヒントをくれた」

「そうか……バレてたか。アリヤおばさんには、隠し事はできないな」


 リスタはジュノーを抱き寄せる腕を緩めて、その鮮やかな紺碧の瞳がいっぱいになるように、血だらけのジュノーの顔を見定める。


「ねぇ、ジュノー。私は別に、お金持ちな人にも、頭がいい人にも、地位や権力のある人にも興味はないんだよ。だって、全部もう持ってるし」

「清々しいほどの自画自賛だな……」

「ジュノー、私が加護を受けてからのこと、覚えてる?」

「……なんだか、人付き合いで苦労していたような」

「そう。魔法が使えるようになってから、お父さんとお母さんが必死に私に魔法を教え始めて、遊べる時間が減って、村の子たちにも私とあまり関わるなって言い聞かせてた」

「立派な魔法使いにしたかったんだよ、ご両親は」

「おかげで一時期友達がいなくなって、いい迷惑だった。でも、そんなときでもたった一人だけ、何もなかったみたいに分け隔てなく、私を遊びに連れだしてくれた男の子がいた」

「“加護を受けられなかった出来損ないが娘に近寄るな”って言われたりもしたな」

「え、そんなこと言われたの、ごめん。ホントにごめん」

「いいよ、気にしてない」

「……とにかく、ジュノーだけがずっと私と友達でいてくれたから、私はしんどい魔法の勉強も頑張れた。魔法が嫌いにならずにすんだの」

「そうか。なら、大魔法使いリスタは俺が育てたようなものってことか」

「調子に乗るなっ」


 二人はお互いの顔を見合って、思わず笑ってしまう。片や、想い人の一応の無事を知って、片や、命懸けの攻防を制して、張り詰めていた神経が緩んだのだ。


「それにしても、酷い戦いだったんだね」


 あたりを埋め尽くすほどの、事切れた盗賊と自警団員たちの死体の山を見て、リスタは目をしぼませる。


「そうだ、村に応援を呼びに行った奴がいただろう。あいつは、大丈夫だったのか?」

「えぇ、今頃村で手当を受けてる。彼、ちゃんと伝えに来てくれたよ」

「そうか、帰ったら飯でも奢ってやらないとな……でも、他のヤツは皆やられた」

「でも、ジュノーのせいじゃないよ」

「あぁ、嘆くつもりはない。アイツら、湿っぽいのは嫌いだからな。だが、どうにかしてアイツの魔法を使わせずに倒せていれば……」


 雨粒ではない雫が、ジュノーの頬を伝って落ちる。


「アイツがつけてるの、魔法使いの骨でしょ。あんな方法を使うアイツが卑怯だっただけ。ジュノーは、魔法が使えないのによく戦ったよ。みんなきっと褒めてくれてる。村のみんなも、絶対びっくりするよ」

「魔法……そう言えば……うっ!?」


 急激に襲ってきた全身の激痛に、ジュノーは悶え始める。戦いが終わって、アドレナリンがすっかり切れたのだ。


「うぇっ!?ジュノー、大丈夫!?」

「リスタさーん!大丈夫ですかー!」

「あっ、良いところに。こっちにジュノーが!」


 ジュノーに痛み止めの魔法を施しながら、駆けつけてきた自警団の応援にリスタは助けを求める。


 傷や病気を直接治す魔法は発見されていないゆえに、大魔法使いたるリスタであろうとジュノーをすぐに救ってやることはできないのだ。


 かくして、この騒乱は幕を閉じた。


 それから三ヶ月、村に運ばれてから医者に全身の骨折を言い渡されたジュノーも、やっと歩けるくらいには回復した。


 ジュノーには村長からの感謝状が送られ、さらに後ほど、盗賊団が縄張りにしていた大陸西の王国の国王から、ジュノーとあの戦いで倒れた自警団員たちに、直々に勲章が送られた。


 そして、盗賊団にリスタ暗殺を依頼した人物も、西の王国にて無事に捕まった。その人物は元魔法研究学者で、リスタとアリヤに研究の先を越され、手柄を奪われたと逆恨みをしていたのだと言う。


 さて、件の騒動で大立ち回りを演じたジュノーだが、現在、アリヤの屋敷の茶室にて、東洋の国の着物に身を包んだアリヤを前にこじんまりと正座をして座り込んでいる。


「あの、アリヤおばさん。俺を呼んだ用件って……」

「まぁ、とりあえずお茶を飲んでくださいな」

「はぁ……いただきます」


 アリヤが煎じた茶を、器を回して、ゆっくりと口に含む。


「……結構なお手前で」

「おや、作法が手慣れているねぇ」

「むかし母に教えられたんです。結婚する前は東洋の島国で茶屋を営んでいたそうで」

「そうでしたか。あぁ、それはそうと……」


 アリヤも同じように、しかしジュノーよりもっと上品な手付きで茶を飲む。


「ジュノー君、リスタのことを、好いてくれているのですか?」

「すっ、すすっ、えぇ!?」


 唐突な問いかけにうろたえるジュノーに


「ま、まぁ……はい。本人には伝えていませんが」

「それはいったい、どのくらいですか?」

「どれくらいって、それは……」


 表現に困ったジュノーは、少し思案して、ゆっくりと口を開く。


「三ヶ月前、盗賊団との最後の一騎打ちの時、勝てないなって思ったんです。でも、負けたらリスタが危ないんだって思ったら……死ぬんだって思っても、引き下がれなかったです」

「ふむ……」

「あっ、もちろんリスタだけじゃないです!村のみんなのことも大切だし、ただリスタの話だったから……いや、それでもやっぱり、リスタのことが一番先に頭に浮かびました」

「よく分かりました。聞かせてくれて、ありがとうね」


 ジュノーと自分の茶器をおもむろに片付けると、アリヤは茶室のふすまに向かって手まねきをする。


 ふすまが勢いよく開き、そこに現れたのは――――リスタだ。


「なっ、リスタ、まさか今の……ちょっと、アリヤおばさん!?」

「お手洗いに行ってきます。着物だから時間がかかると思うけど、あしからず」


 アリヤがするりと茶室を後にすると、リスタはすたすたとジュノーに歩み寄っていく。


「あー、リスタ、えっと……」

「……て」

「えっ?」

「こっちを向きなさい!」

「はいっ!」 


どんな顔すればいいのか、何を言えばいいのかわからず……顔を背けることしかできずにいたところに、リスタの叱咤が飛ぶ。


思わずジュノーが顔を合わせると、リスタはするりと肩に手を伸ばす。動揺している間に、リスタの顔が近づいてきて――――


唇が、重なった。


 リスタが注ぎ込んでくる情熱は、甘い味がして、のぼせあがってしまいそうなほどに熱い。


「はぁっ……?」

「さぁ、ここまでしたらもう、至極余計な思いやりも吹き飛んだかしら。それとも、もうひと肌くらい脱がないと足りない?」

「わあっ、もういい!」

「じゃあ、最後の返事を聞きましょうか!」


 幼い頃から、ずっと一方通行な想いだと思っていた。何度も何度も思いのたけを打ち明けては、素っ気なく叩き返された。その度に想いは膨らんで、胸が軋むようだった。


 そんな切なくてバカらしい恋煩いに、今ここで王手をかけるのだ。


「ジュノー、今すぐにとは言わない。ジュノーにだって色々と事情があるだろうし、それは私も同じ。でも、私は何日、何ヶ月、何年経っても、ジュノーよりも私の事をわかってくれる人になんて、家族以外には出会えないって断言できる!」

「リスタ……」

「私は、一生同じ時を刻んでいく相手はジュノーがいい。いつまでだって待つから……だからぁっ!」


 ありったけをこれでもかというほどにためこみ続けた全てを、その一言に乗せて送り出す。


「私と、結婚してください」


 あとはもう、届くだけ。


「あぁ、俺なんかでいいなら」

「ーっ!!」


 いつもと同じはずのひっくい声音が、聞いたこともないくらい優しい音色に聞こえた。


「……たくっ、どんだけ待ったと思ってんのよ!」

「ごめん」

「謝って済むなら自警団はいらないの!んもうっ!」


 コロコロとした笑いと、長い曇天が晴れた太陽のような眩しい笑顔につられて、普段表情が薄いジュノーも、満面の笑みを浮かべる。


「着物の着直しなんて久しぶりだから、随分と手間取ったわね……あら、入っても良かったかしら?」

「おばあさま、私にもお茶をください!」

「あら、お茶菓子もないけどよろしくて?」

「えぇ、構いません!」 


 リスタにせがまれたアリヤは細やかな手付きで茶を煎じる。


「ジュノー君……いや、ジュノーさん」

「はい」

「これからリスタの面倒を見てくれるなら、“死んでも”なんて考えはおよしになってください。この子が私みたいによぼよぼになるまで、生きてこの子に寄り添ってやってくださいな」

「……はい。リスタには先に死んでもらえるように、頑張ります」

「うーん、もうちょっと言い方あるでしょ……」

「いや、だってそういうことだろ」

「もういいわよ。ジュノーには剣術だけじゃなくて、もっとたくさん本を読んで言葉を覚えてもらわないと」

「は、はぁ……あっ、そうだ。アリヤおばさん」

「なんだい」

「俺、あの戦いの時、魔法が使えたんです。アイツに火球を打たれた時、剣が青く光って、そしたら氷の魔法が」

「えっ、そんな事あったの!?聞いてない!」

「いやだって、聞かれなかったし」

「じゃあなんでおばあさまには言うのよ、私だって大魔法使いなのに!」

「やめてくれ、傷が開く……」


 リスタはまだ全快していないジュノーの体に取り付き、ブンブンと揺さぶる。痛みにうめくジュノーには、まったくのお構いなしだ。


「ジュノーさんは確か、加護を受けていなかったねぇ」

「はい。ちゃんと泉に浸けられましたが、全く魔法が使えたことはありません」

「なんでだろう。ジュノーもアイツみたいに、何かいわくつきの道具を持ってたとか?」

「ねぇよ。見回りの時は自警団から支給される物以外は持たない」

「うーん……いや、もしかすると」


 アリヤはそそくさと茶室を出ていく。戻ってきたアリヤの手には、一冊の古びた本があった。


「たしかこのあたりに……あった」

「おばあさま、それはなんですか?」

「二百年以上前の魔法学の文献さ。ほら、ここをご覧なさい」


 アリヤが指をさした所の文章を、リスタとジュノーが追いかける。


「魔法は、心の波動の具現化である」

「心の波はすなわち、魔法の奔流となって現れる」

「人間が精霊の加護を受けて魔法を使うようになったのは、今からおよそ二百年前と言われている。これは、その直前に記されたと言われている文献だよ」

「ちょっとまって。他にも色々書いてる……これって、昔の人間はみんな精霊の加護無しで魔法を使えたってこと?」

「あくまでも説だけどね……心の動きをエネルギーとする魔法は誰にでも扱えるものだったが、同時に悪しき心を持つ者による蛮行を容易くするものだった。それを嘆いた精霊たちが、人の魂に枷をつけて、魔法を使える人間を選ぶようになったと言われている」

「それじゃあ、俺のは……」

「この文献を鵜呑みにするなら……リスタへの強い思いが、魂につけられた枷を打ち破ったということかもしれないねぇ」

「改まって言われると、なんか誇らしいような、恥ずかしいな」

「まぁ、とにかくだ」


 アリヤは本をゆっくりと閉じて、膝下に置く。


「リスタを、娘のことを、どうかよろしくお頼み申し上げます」

「こっ、こちらこそ!」

「浮気したら、呪い殺してやるから」

「それは……恐ろしい」


 ようやく、リスタの恋は成就した。長い恋の攻防も、これでようやく幕引きである。


 ぶどう畑しかない村の一角に、寂れた無人駅。そこに、艷やかな銀色の髪を風になびかせる、純白のローブに身を包んだ、紺碧の瞳の少女。


 寂れた無人駅の周りには、沢山の村の住人が集まっている。みんな、彼女を新たな旅へと送り出すために来たのだ。


「リスタちゃん、次はいつ返ってくるんだい」

「そうですね……長く休んでしまったせいで忙しい仕事が立て込んでいるので、なんとも言えません」

「旅先で体壊さないようにね。ほんとはぶどう持たせてあげたいけど、持って旅するワケにはいかないだろ?」

「お気持ちだけで嬉しいです、ありがとうございます」

「リスタお姉ちゃん、ぼく来年で十歳になるんだ。次に帰ってきたら、魔法教えて!」

「えぇ、もちろん。楽しみに待っててね」


 列車が来るまでのあいだ、住人たちとのしばしの談笑を楽しむリスタ。そこに、近づいてくる、一人のローブ姿の男。


 着慣れないローブのせいでおぼつかない足取りで、男はよたよたとリスタの隣に立つ。


「あら、意外と似合ってるじゃない」

「そうか……?」


 世界を股にかけるリスタの隣で過ごすために、少しでも知見を広げねばと、自警団に休暇をもらってリスタの旅に同行することを決めたジュノー。早速、アリヤが直々に仕立ててくれた漆黒のローブを着てみた。


「お似合いだねぇ、ひゅーっ!」

「末永くお幸せにー!」

「旅先で子供ができたらいつでも帰って来いよ!!」

「ちょ、ちょっと、気が早すぎる人がいませんか!?」

「二十歳になるまでは考えます」

「ジュノーも、真面目に答えんでいい!」


 二人のローブには、ぶどうのブローチが飾られている。互いへの思いやりを絶やさぬようにというまじないを込めたものだ。


 蒸気機関車が到着し、リスタとジュノーは客車に乗り込んでいく。


「……」

「なんだ、リスタ。何か顔に付いてるか?」

「ううん、なんでもなーい」


 恋が結ばれてもなお、最上の想いを寄せる相手を見つめて、リスタはふと考える。


 魔法が心の動きを原動力とするのなら、心が波打つ恋という現象そのものが魔法と言えるのではないかと。


 大魔法使いが魔法にかけられているなんて、おかしな話だ。だけど、この魔法だけは生涯、死ぬまで解けてほしくない。つらい思いもさせられた困った魔法だが、今はそれほどまでに心地が良いのだ。


 この魔法が解けることのないよう、幾日もの尊い日々を紡いでいこうと、リスタは小さな決意を胸に宿す。


 汽車の汽笛が高らかに鳴り響き、窓に映るぶどう畑の景色が移ろい始める。


 リスタの旅は、もうこれで幾度目かもわからないが、リスタとジュノー、二人の旅は、まだ始まりを告げたばかりだ。

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