嫌われ者の私は婚約破棄後に国外追放されたので、生きるために男装して騎士団に入ったらモテモテになりました。なぜに!?
〇男装悪役令嬢1
「俺は頭がどうかしてしまったんだろうか。ヴェル……お前がどうしようもなく可愛く見える」
騎士団の修練場で、この国の若き騎士団長エリオス様が私の右手首を掴み、もう片方の腕を腰に回してきました。
エリオス様の男らしい、ですが粗野とは程遠い整った顔が急接近!?
近い!
近い!!
近い!!!
近いです!!!
「だ、だ、だ、団長ぉぉぉ!?」
いきなりのイケメンドアップに私は素っ頓狂な声をあげてしまいました。
ま、まずいです。
思わず女声に戻ってしまってますよ。
「ふふふ……その驚いた声もすごく可愛いな」
「やっ、ちかっ、だ、だめぇ……」
「そんな可愛い声と仕草で……俺を誘ってるのか?」
ちょっと、ちょっと、ちょっとぉぉぉ!!!
誰が誘ってますかぁ!!
なに私の顎を持ち上げてるんですか!!!
これ、顎クイッですよ顎クイッ!!
「ストォー--ップ!!!」
あわやエリオス様に唇を奪われそうなところにもの凄い勢いで割って入ってきた黒い影。
「あんた何やってんですか!?」
「ちっ、他人の恋路を邪魔しやがって」
しっとりとした黒い髪、見る者を魅了する妖しい赤い瞳の野性味あるイケメン騎士、団きっての神速剣の使い手バーティン。
彼はグイッと私を引き寄せエリオス様の拘束から救い出してくれました。
「何が恋路だ。あんた妻子持ちでしょうが!!」
「ふっ、そんな事か……」
バーティンの常識的な突っ込みにもエリオス様はまったく動じず、少し癖のある赤髪を軽くかき上げて嗤いました。
「そんな妻子ヴェルのためなら百人でも二百人でも捨ててやる」
「なにドヤってんだこのオッサン!?」
「それは捨てちゃいかんでしょうがぁぁぁ!!!」
「ちょっとモテるからってありえねぇよ」
「あんたサイテーだ!!」
トンデモ発言でドヤ顔のエリオス様に他の騎士たちの激しく突っ込み。
これには私も激しく同意です。
私は妻子や婚約者を平気で捨てるような男は大嫌いです。
バーティンのおかげでホントに助かりました。
いつもは私のライバルを自称して何かと絡んでウザい男ですが今回ばかりは感謝です――
「だいたいヴェルは俺の嫁です!!」
――前言撤回……
この男もやはり最悪です。
ですが、他にもトンデモ要員はいたのです。
バーティンのトンデモ発言に私よりも他の騎士たちが気炎を上げてきました。
「ふざけるなぁ!!」
「ヴェル君は誰にも渡さん」
「なにっ、貴様もヴェル狙いなのか!?」
「なんだと、お前もかっ!?」
ふざけなでください。
私は誰のものでもありません!!
「みんな何を言って――ッ!?」
抗議しようと声を上げたところでグイッと腰を抱き寄せられ、再び私はエリオス様の腕にすっぽり納められてしまいました。
「さあヴェル、こんなバカどもは放っておいて俺と一緒に逃げよう」
「うぎゃぁぁぁぁぁあ!!!」
またまたエリオス様に迫られて、私は淑女らしからぬ大きな悲鳴をあげてしまいました。
エリオス様は、ごっつい身体で少し角張っていますがイケメンには違いません。
それに私は嫌われ者だったので男性慣れしておりません。
どうにもイケメンに迫られるのは心臓に悪いです。
「だ、団長にはとても美しい奥様とすごく可愛い娘さんがいらっしゃるではありませんか!!」
「確かに俺の妻は国一番の美女で、娘は世界一愛らしい」
なにその惚気!!
ですが、これは誇張でもなんでもなく、実際に奥方は1児の母とは思えぬ楚々たる超美人さんで、娘さんも5歳になったばかりでめっちゃくちゃ可愛いのです。
「俺は誰より妻と娘を愛してる」
「だったらボクに迫らないでください!!」
それなら浮気しようとすんな!!!
ですが、私の拒絶にもエリオス様は悪びれた様子をおくびにも出さず私を軽々と抱き上げました。
「だが、ヴェル……お前が可愛いすぎるのがいかんのだ」
これっていわゆるお姫様抱っこですか!?
「俺は真実の愛に目覚めた。ヴェル、俺と愛の逃避行をしよう」
「い・や・じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
私の魂の叫びにもエリオス様は爽やか笑顔。
「ハッハッハッ、そんなに喜ぶなよ」
「どう見たら喜んでいるように見えるんです!!」
「俺に抱き上げられるとみんな黄色い叫びを上げるからな」
「ホント頭腐ってんじゃないんですか!?」
ヤバッ!!
抵抗してもピクリとも動かない。
やはり、腕力ではかないません。
「ゴラ゛ァ!!!」
「抜けがけしてんじゃねぇぞ!!」
「死ねやクソジジぃ!!」
ですが、エリオス様が私を攫おうとしているのに気がついた騎士たちが騒ぎ始めました。
キィィィン!!
キィィィン!!
ガキィィィン!!!
刃抜きの模擬剣を振り回して襲いかかる騎士たち。
この騎士団は手練れだらけですので、さすがのエリオス様も私を解放して応戦を始めました。
さあ、困りました……
私をめぐり殺気だつ騎士たちで修練場は真剣を抜くんじゃないかと一触即発の状態。
ですが言いませんよ……私のために争わないで、なんて。
確かにここエゴティア王国の騎士団は美丈夫ぞろい。筋骨隆々から細マッチョまで、色んなタイプの逞しいイケメンばかりです。
今の私の状況は女性の人気も高く、若い女なら誰もが羨む垂涎ものの状況でしょう。
「ふざけるなぁぁぁあ!!」
ですが、私は怒りを露わに叫ぶしかありませんでした。
断固としてこの状況は受け入れられないからです。
何故ならそれは――
「ボクは男だぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
修練場に私の叫びがこだまする。
「ヴェルたんはカワイイから無問題!」
「俺の愛は性別を越える!!」
「ヴェルくーーーん好きだぁぁぁぁぁ!!!」
こいつら(怒)!!
どこまでふざけた連中なんです。
くっ!
国元で公爵令嬢やってた時にはまったくモテなかったてのに(泣)
そう……
女人禁制の騎士団で最年少の美少年騎士ヴェリトこと愛称ヴェルであるこの私……実は女なのです!!
私は性別を偽ってここエゴティア王国の騎士団に所属しています。
だけど、どうして男装して騎士になったらモテるんです……しかも男に!!!
いえ、だからといって女性に迫られても困るんですが……しかし…だけど…これはなんか違う!!
もう滂沱の涙ものです。
それならどうして私が男のフリをして男世帯の騎士団に混ざっているのかって?
これにはヒジョーに深い理由があるのです……
〇男装悪役令嬢2
その原因は今から遡ること数ヶ月前――
私の本当の名前はメイヴェル・ベアレと申します。
レメンゲート大陸の西方に位置するパウリナ王国のベアレ公爵家の長女として生を受けました。
パウリナ王国は長年この大陸の西側諸国の盟主となっている歴史ある強大国です。
それと同時にとても豊かで平和な国でもあります。
現国王のあるアンタレス三世は名君とまではいきませんが、己の力量を正確に把握して手堅く国を治めるとても優秀なお方だったのも幸いだったのでしょう。
おかげでパウリナ王国は一点の曇りのない完全無欠の快晴のような爽やかな国として栄えていました。
ですから、国民の誰もがこの平穏を恒久的に享受できるのだと信じて疑いませんでした。
ところが、まったく火の気のない森の中で超特大キャンプファイヤーで山火事を起こし、その大火を前にマイム・マイムを大喜びで踊りまくるバカがいたのです。
雲一つない国の行く末に自ら大火で黒煙を撒き散らし暗雲をもたらして無邪気にはしゃぐ者――
それは、この国の第一王子レグルス殿下その人です。
古今東西、為政者にとって最も難しい事業は次代を育てることだと聞きます。
優秀な国王夫妻も多分に漏れず養育に失敗したようでした。
この王子はあまりの暗愚……ごほん、もといあかんたれ……でもなく、少しばかり素行と頭の出来が悪いお方で、父君のアンタレス陛下の頭痛の種となっておりました。
1番まずいのは、レグルス殿下がご自身の能力をわかっておいででないところでした。
剣術、魔術、学業、どれを取っても平均よりもずーっと下。それなのに自分が国王になれば今より王国を発展させられるんだと息巻いておいでなのです。
まったく、どこからそんな自信が湧いてくるのか……
完全に頭の中がピンク色になっちゃっていますね。
どうやったらこんなに綺麗なピンクになるのです?
きっと染め物の才能だけはおありなのでしょう。
生まれを間違えなければ名にし負う染め物職人になれたものを。
惜しいことです。
レグルス殿下が王族の、しかも第一王子として生まれてきたのは殿下自身にとっても国民にとっても不幸なことでした。
まあ、1番の不幸な人物は、こんな不良物件をクーリングオフの権利も与えられずに押しつけられたこの私でしょう。
まあ、この顔だけ王子はいつかやらかすでしょう。
それまでの辛抱です。
などと考えていたら、ついにその日はやって参りました……
「メイヴェル!!」
来たくもなかった夜会の絢爛豪華な会場で、着たくもなかった華美なドレスを纏い、私が壁の花になっていると、怒りを露わに婚約者である残念王子……レグルス殿下が側近を引き連れやってきました。
最近ご執心のピンク頭の男爵令嬢もご一緒です。
肩なんか抱いちゃって堂々と浮気なんかして。
確かこのご令嬢の名前はアリエス・ハマルでしたか?
「聞いているのかメイヴェル・ベアレ!!」
ビシッと私を指差す顔だけ王子に興味はないのでどうでもいいのですけど。
どうせいつもの如くこの浮気相手をいじめたとかなんとか因縁をつけにきたのでしょ。
ご自分が浮気している自覚がないんですかね?
こんな戯言はいつものように「はいはい」言って聞き流しておけ――
「レグルスの名において貴様との婚約を破棄する!!!」
「えっ、ホントに?」
――ませんよ、これは!?
「もはやこの決意は覆らん。貴様のような悪女には次期王妃は相応しくない」
「やったーちょー嬉しい!!!」
「なにっ!?」
あっ、いけません……本音がダダ漏れました。
「あ〜、いえ、その……や、やだ、うらめしいと申し上げたのですわ」
「その割には顔が嬉しそうだが……」
そんなの当たり前です。
この顔だけ男から解放されるかと思うとアルカイックスマイルが崩れまくってニヤニヤしてしまうのは止められません。
「そんな事はございませんわ。殿下の為にと今まで一生懸命に妃教育に打ち込んでまいりましたのに……あまりの無体な殿下のお言葉に胸がはち切れんばかりでございます」
「はち切れるのは喜びであって、悲しみは張り裂けるだろうが!!」
あっ、いけません。
またまた本音が……
「ごほん……えーあーそのぉ……殿下はいかな理由で婚約を破棄すると?」
「ふんっ、メイヴェル、貴様が次期国王たる私の妃に相応しくないからだ!!」
「そうですか。それでは致し方ございません。慙愧の念に耐えませんがサクッと婚約を破棄いたしましょう」
「待て、待て、待て、待て!!!」
何ですかうるさい。
せっかく婚約破棄して差し上げると申していますのに。
「この私との別れ話になにも感じんのか!?」
「いえいえ、悲しみが大きく受け止めるには私の胸では小さすぎて張り裂けそうです」
私がさも悲しそうに眼差しを下げて胸の前で手を組むと、スケベ王子がその私の胸にチラッと視線をよこしました。
これでも私……実は国一番の美少女と名高いのです。
しかも今日のドレスは胸襟の開いたデコルテ。
これ程の魅力的な私に殿方の視線が釘付けになる――
「ホントに小さいな」
――んだとぉぉぉ!!!
慎ましいと言いやがれパイオツ聖人めっ!
「あっ、いや、そうではなくて、どうしてとか、私を捨てないでとか、私の何が悪いのとか、往生際の悪いセリフがあるだろうが!!」
「いえ、そういうのはいいんでサクッと婚約破棄しましょう、サッサとしましょう、スグしましょう、はいもう婚約破棄しました」
もうこんな顔だけオッパイ聖人はごめんです。
「そんな簡単に破棄できるわけがないだろ!!」
いつも非常識なんですからこんな時ばっか常識を持ち出さないでください。
「様式美というものを知らんのか」
いえ、常識を持ち出したわけでもありませんでした。
「きちんと形式を守れ。こういう時にはお約束があるだろうが」
えーメンドくさーい。
さっさと家に帰りたいのですが。
「あーワタシノナニガイケナカッタノデショウカ?」
「なんだその棒読みは!?」
いちいち注文が多いですねぇ。
「あー、はいはい、それで何なのです?」
「貴様、殿下に向かってその雑な対応はなんだ!!」
いい加減に面倒になった私の塩対応に全身が筋肉でできた男、剣聖ケウロス伯爵の子息アルバラン様が相変わらずバカでかい声で吠えました。
燃えるような赤髪のイケメン筋肉です。
美丈夫と言えば聞こえはいいですが、どんなに造形が良くとも首から上も筋肉でできている脳筋男。
しかも、けっして強いわけではありません。
「剣で勝てないからって公爵令嬢の私に因縁つける伯爵令息には言われたくありません」
「お、おれはそんなつもりじゃ……」
そうなのです。
腕力しか自慢ができないくせに、こいつはいつも私にコテンパンにされています。
「だいたい私は公爵令嬢、アルバラン様は伯爵令息。立場を言うなら口を挟むアルバラン様が1番無礼でしょう。盛大なブーメランはやめてくださいます?」
「ぐっ!!」
私に勝てないのは自分の弱さが原因でしょうに……ブーメランの腕を磨いてないで剣の腕を磨けばいいのに。
まったく、逆恨みして嫌がらせをしてくるみみっちい男です。
「淑女が爵位を鼻にかけるのは可愛げがないんじゃないかな」
なよなよしたローブ姿の優男がアルバラン様に助け船を出してきました。
げげげげげっ!!
サラリとした銀の長い前髪をクルンって巻きましたよ、こいつ!!
キザキモッ!!
うわぁ、きしょっ、さぶいぼできるやん!!
このきっしょいヤツは国内最強の魔法師であるジェミー侯爵の次男カストル様です。
「その可愛げのない女に『君の美しさに薔薇さえ恥じらう』『僕の女神』などとほざいて口説いてきた御仁は誰でしたっけ?」
「うわぁぁぁぁぁ、聞こえない、聞こえない、ボクは何にも聞こえないぃぃぃ!!」
叫んで誤魔化したって、あんたが初対面の私にキザなセリフで口説いてフラれた黒歴史は消えませんよ。大勢の前でやらかしたんですから。
「くっ、ペチャパイのくせに……」
「あ゛!?」
ドス声で睨めばビビって目を反らすカストル様。
コイツなに言ってやがるんですか?
私の胸は別にちっちゃくないですぅ。
みんなよりすこーしだけ慎ましいだけですぅ。
そう言えばこいつはフラれた腹いせに魔法勝負を挑んできて私に返り討ちにあったんでしたっけ。
またその意趣返しですか?
ホント情け無い男ですね。
「落ち着けお前たち」
「「アクベス!!」」
突然ずれてもいないのに眼鏡クイッをして割って入ってきた黒髪、黒目の神経質そうなイケメン――賢相カンカール伯爵の嫡男アクベス様。
なんです?
「お仲間が不利と見て助け舟ですかぁ?」
「ふん、そうやって人を見下していられるのも今のうちだ」
私がニヤニヤしながら茶化すとアクベス様は鼻を鳴らし尊大な態度で返してきましたが……ワタシ公爵令嬢、アナタ伯爵令息。
身分差を無視して無礼な態度をとるあんたの方が人を見下しているでしょうに。
「ふーん、あんたの暴挙を止めたこと未だに根に持ってるんだ」
「ちっ!」
忌々しそうに舌打ちしやがりましたよ。
以前こいつは宰相のカンカール伯爵が不在の時に勝手に国債を発行して隣国の小麦を先物取引しようとしたのです。
「暴挙ではない。貴様が止めなければ我が国は大きな飛躍が約束されていた!!」
その時、隣国は大凶作で小麦が爆上がり状態。
当然ですが翌年の価格は値崩れしましたので、先物取引なぞしていたら大損失でした。
「アクベス様は経済の初歩さえご理解していない」
濡羽の如き艶やかな黒い髪と人を見透かしそうな深淵の黒い瞳。
この知的な外見のミステリアスな青年の正体は――真正のバカなのです。
「お父上のカンカール閣下にも大目玉を食らったのにまだご自分の愚行を理解していなかったのですか?」
「誰も……父上さえ私の才能を理解していないのだ!!」
どこからその自信がくるのですか?
だいたいあれは隣国の工作員である商人におだてられ、その気になったのが発端でした。
私が殴ってで止めていなければ、我が国は未曾有の大恐慌に陥っていた可能性があります。
「あなたは国を滅ぼすおつもりですか?」
「黙れぇぇぇぇぇ!! 誰も私のことはわかっちゃいねぇんだ!!!」
懇切丁寧にアクベス様にご説明申し上げたら逆ギレされてしまいました。
「私を認めなかった馬鹿どもをいずれ私の前で平伏させてやるわ〜〜〜!!!」
いけません……アクベス様に何か変なものが取り憑いているみたいです。
「そして私に馬鹿どもが媚びるのダァ!!」
ああ、もう完全に目がいっちゃってます。
「落ち着けアクベス」
「で、殿下、申し訳ありません。ついカッとしてしまって……」
そんなアクベス様の暴走を止めたのはレグルス殿下でした。
「この奸婦の口車に乗るんじゃない。私たちの目的を忘れるな」
「はっ!!」
いや、私はただ真実を伝えていただけですが?
「会場に集まったみんなにも聞いて欲しい!!」
馬鹿デカい声で叫ばないでください。
ほら。会場の皆さまが嫌そうな顔してるじゃないですか。
ですが、殿下は周囲のそんな様子にもお構いなし。
さすがピンク色の脳細胞を持つ男です。
すべての事象がお花畑に見えているのですね。
「この女は虫も殺さぬような顔をして裏では数々の悪逆非道なことをしているのだ!!」
いえ、私は山を駆けずり回る野生児でしたから虫も殺せば魔獣も殺していますが?
「私の愛するアリエスを嫉妬に駆られてイジメている」
アリエスさんの肩なんて抱き寄せて、堂々と浮気ですか?
私だって王命でなければ殿下みたいな不良物件お断りなんですけど。
「わたし怖かったですぅ〜」
アリエスさんが体をよじらせながら怯えたフリをしてますが……気持ち悪いですね。
何ですかそのクネクネ音頭は?
誰がどう見たって恐がってるよりサカっているようにしか見えませんよ。
そんな大根芝居を本気にする馬鹿がいたら見てみたいです。
「おお、アリエス、こんなに怯えて可哀想に……」
「いましたよ馬鹿が……」
頭だけではなく目まで腐ってるんじゃないんですか?
「みんな分かったであろう。この悪女は公爵令嬢という自分の地位を笠に着てアリエスが抵抗できないのをいいことに……くっ!」
「『くっ!』じゃなくて具体的に私が何をしたかおっしゃってください」
なんですか『くっ!』って、そんなので私は誤魔化されませんよ。
「だから、メイヴェルがアリエスを虐めたあれだよ」
「いや、あれって何ですか?」
やれやれです。
この馬鹿はなにも罪状を用意してなかったんですね。
「具体的に私が何をしたと?」
「だからあれはあれだよ」
いやもう、どこから突っ込んでいいのか……
「あれとか抽象的なことを言われても分かりかねます」
「そ、それは……」
盛大に目が泳ぎまくってますよ。
どこまで無計画なんですか。
「見損ないましたよ姉上!!」
私が殿下を問い詰めていたら弟ルクバートが割り込んできましたよ。
目上の者の会話に割り込むとは失礼な愚弟です。
この愚弟は亜麻色の髪の少し小柄なイケメンで、歳上のお姉様たちからワンコみたいで可愛いとチヤホヤされていい気になっているアホです。
「あれと言われて分からない程たくさん悪事を働いていたなんて!!」
「そーゆー詭弁ばっか弄して……またシメられたいんか愚弟!!」
「ヒャぃん!!!」
私の一喝でビビってアリエスさんの背後に隠れるくらいなら最初からしゃしゃり出てくるんじゃありません。
愚弟が半泣きになってアリエスさんにヨシヨシと頭を撫でられ慰められています。
情けない……
「ほら、そうやってすぐに暴力で解決しようとする」
「「「そーだそーだ」」」
よく見たら、さらにその後方にはアルバラン様、カストル様、アクベス様がコソコソと合いの手を入れています……揃いも揃って。
ちょっと圧をかけたら容易くビビリよって。
まったく……殿下の側近どもは筋肉ダルマに軟弱男、馬鹿メガネに加えて躾のなっていない犬とどいつもこいつも顔以外は何も誇れない使えん連中です。
この駄目ンズどもが!!
コイツらはイケ顔だけの面倒くさいヤツらなんで、私は略してイケ面ズと心の中で呼んでおります。
「みんな見ただろう」
そこにすかさず鬼の首でも取ったかのように勇み出てくるレグルス殿下。
「これがこの女の正体だ。この暴力女めっ!!!」
「あぁん、メイヴェル様こわいですぅ」
なんか揚げ足取りみたいな真似ですね。
ピンク頭は変わらず盛った猫みたいです。
「だからどーしたと?」
私がこんな性格なのは周知の事実です。
口より先に拳が出るタイプなもので怖がって誰も私に近づきません。おかげで友人がほとんどいないのです(泣)
「けっきょく私が何をしたと言うのです?」
「だから、それは……その……」
私の追求にぐっと言葉につまりましたが、そりゃそーですよね。
その後ろに隠れながら「殿下ガンバッ」などと無責任に声援を送るイケ面ズ。お前ら側近なんだから主君をちゃんと守んなさい!!
「はっきりおっしゃってください」
まあ、はっきり言っても叩き潰すだけですけど。
「つまり私が言いたいのは……だな……」
「言いたいのは?」
ほ〜ら殿下、一気にゲロっちまいなよ。
あ〜そぁれ、イッキ! イッキ!! イッキ!!!
「私は…私は……」
言い淀んでますけど、どーせ作り話で――
「お前みたいな理不尽で暴力的な嫌われ者のペチャパイはイヤなんだぁぁぁ!!!」
「誰がペチャパイやぁぁぁ!!!」
――ばちこーーーん!!!
「痛ッ!!!!!!」
「あっ、ヤバッ!」
思わず手が出てしまいまいました。
あ〜〜さすがにこれはマズいです。
「貴様! 仮にも王太子の頭を叩くとは何事だッ!!」
「今のは完全な不敬だぞ!!」
「お前、これは言い逃れできんからな!!」
ここぞとばかりに騒ぎ出すイケ面ズ。
ですが、今のはさすがに私の方に分が悪い。
「もうイヤだ!!」
頭をさすりながら私を涙目で睨む殿下。
いやぁ、だからゴメンって――
「いくら超絶美人でもすぐ手が出る女を伴侶にするのはごめんだ……胸無いし(ボソ)」
――言うことに欠いてそれかい!
「こんな暴力女より私は真実の愛に生きるのだ!!!」
「ああぁん、レオさまぁ」
ステキと気持ち悪い猫撫で声で殿下の腕に縋りつく盛りのついたメス。
これみよがしに自分の胸を殿下の腕に押し付けています。
ふよん…
ちっ、デカいわね。
ちょっと自己主張が激しいんじゃありませんこと??
淑女ならもっと慎ましくあるべきでしょう。
殿下も鼻の下を伸ばしてデレデレしてんじゃありません!!
イケ面ズも鼻の下を伸ばしおってからに……
くっ、胸なんてただの飾りです。エロい人にはそれが分からんのですよ。
それにしてもピンク頭さんにイケ面ズ全員あっさり篭絡されていますね。
それともアリエスさんには殿方を魅了する魔法でも使えるのでしょうか?
あっ、アリエスさんがイケ面ズを前にクネクネ踊りながら「エロエロマヤコン、エロエロマヤコンわたしの虜にな〜れ」と魅了魔法をかけてるとこを想像してしまいました。
でもおおむね間違ってはいないでしょう。
「アリエスへの仕打ちを償ってもらうぞメイヴェル!!」
「ああ、レオ様いけません。私はただメイヴェルさんに謝ってもらえればそれだけで……」
まったくアリエスさんは頭の色と同じく頭の中までピンク色みたいです。殿下とは別のベクトルですがピンク色への執念を感じます。
「アリエス……君はなんて心の広い女性なんだ」
「そんな……私なんて……」
なんか学芸会を始めましたよ。
ホントにこの2人はピンク染色にかけては世界一です。
ここまで2人とも染め物職人の腕があるのですから、生まれを間違えなければ後世に名を残す染め物夫婦になれたでしょうに……
これは人類全体の損失やもしれません。
「だから、私がいったい何を……」
「直情的なお前はきっとさっきみたいにアリエスに手を上げたに違いない!!」
「「「そーだそーだ」」」
私が犯したただ一回のミスに勢いづくイケ面ズ。
こうなってくると私の日頃の行いが仇となってしまいます。
「で、ですが私は浮気くらい気になど……」
「胸のサイズで負けた腹いせだろう!」
「「「そーだそーだ」」」
いけません反論できません(泣)
会場の方々も何故か頷いています。
コンチクショー!!
「ふんっ、嫌われ者のメイヴェルには擁護してくれる者もいまい」
ぐっ、人が気にしていることを……
はっきり申しまして私の友人は少ないのです。
その少ない友人との絆も脆く誰も私を助けてはくれません。
まあ、助けていただく必要も感じませんが。
「この国にお前の居場所はないと思え」
「……陛下がお許しになりますかね?」
国王陛下は王妃様と共に友好国の式典に参加のため国を離れておいでです。帰られたら大目玉を食らうのは殿下の方でしょう。
「安心しろ。2人が帰国した時にはお前はこの国にはいない」
「えっ!?」
「ベアレ公爵とは話がついている。メイヴェルはベアレ家から勘当され貴族籍を失ったのだ。もはやお前を守る者も法もない」
こんな時ばっか根回ししやがってぇぇぇ!!!
「メイヴェル・ベアレ……いや、ただのメイヴェルよ。お前をアリエス迫害の罪で国外追放に処す!!!」
これが数ヶ月前に私の身の上に起きた出来事。
そう……
私メイヴェル・ベアレ18歳……実は婚約破棄&国外追放されてしまったのです……
〇男装悪役令嬢3
――ガタゴト……ガタンガタン……
追放となった私は僅かな身の回りの品だけを持って粗末な馬車に放り込まれるように乗せられました。
まあ、粗末と言っても公爵令嬢にしてはでして、もともと馬車は高級品ですから庶民から見れば十分に贅沢です。
殿下たちは嫌がらせのつもりだったのでしょうが所詮はボンボンの浅知恵ですね。
よく屋敷をだっそ……コホン、お忍びで庶民の暮らしを体験してきた私からすれば何の問題もありません。
むしろ、裸一貫で追い出されなかったので助かりました。
このお守りさえあれば私はどこででも生きていけます。
長さ1mほどの布で巻かれた細長く少し反りのある棒状の物を私は大事に胸にかき抱きました。
「ぐふっ、ぐふふふふ……」
いけません。
思わず不気味な笑いが漏れてしまいました。
別に国外追放されて気が狂ったわけではありませんよ?
ただ、この布越しにも頬ずりしている右頬に伝わってくる感触が……
長くて硬くて冷たいの!!
いけません。
恍惚の表情になってしまっています。
いやぁ、もう、社交だ、お茶会だ、妃教育だと煩わしい行事ばかり。
しかも、最近では教育を通り越して内省視察や外交にまで駆り出される始末。
おかげで長いことこの子に触れられず、フラストレーション溜まりまくっていたのです。
殿下たちに嵌められたのは業腹ですが、国外追放も悪くないかもです。
「早くこの子に活躍の場を与えてあげたいものです」
ヒヒ〜〜〜ン
私が悦に入っていると、突然の揺れが起こり馬のいななきと共に馬車が停止しました。
「何ごとです?」
御者に声をかけましたが、どうやら御者台には誰もいないようで返答がありません。
「ふむ、野盗か何かの襲撃にしては静か過ぎますが……」
私は大切なお守りを左手に持つと扉を開け放って馬車から躍り出ました。
なんと外に出れば汚ない格好の野卑な男たちが取り囲んでいやらしい笑いを浮かべているではないですか。
その中には御者のおっさんまで混じっています。
「悪く思わんでください。これも仕事なんです」
そう言い訳する御者ですが、仕事と言う割にずいぶん楽しそうに笑っているじゃないですか。
なるほど、どうやら全員グルのようですね。
「これから殺す前にたっぷり良い思いさせてやる」
「どうせ貴族の嬢ちゃんはおぼこなんだろ?」
「俺たちがあの世の天国へ行く前にこの世の天国を教えてやるぜ」
「だがその前に……」
この集団のボスらしき男が剣を抜いて意味深な笑いを浮かべる。
「ぐわぁぁぁ!!」
私を裏切った御者が悲鳴を上げながら前に倒れた。
ボスの男が背後から一刀のもとに斬り伏せたのだ。
信じられない。
どうして俺を?
そんな驚愕の表情で絶命した御者。
なるほど合点がいきました。
「筋書きがおおよそ理解できました」
この男たちはおそらく野盗を偽装した暗殺者。
御者と私を殺して全て野盗の仕業とする腹づもりなのでしょう。
「勘のいい女ってぇのは嫌いじゃないぜ……もちろん嬢ちゃんほどの上玉ならなおさらな」
ニヤリと笑うボスの男――めんどいからボス男と呼びましょう。
大物ぶっているボス男ですが、どう見ても小物でしょう。
「しかし、脳内お花畑の殿下やアホ側近どもが描く筋書きとも思えませんが……」
「さぁてな」
「こう言う時は冥土の土産だとペラペラと暴露するものではないかしら」
当家の御者が関わっていましたから愚弟が一枚噛んでいるのは間違いないでしょう。
ただ、あの子はヘタれですから首謀者は別にいますね。
可愛い顔してえげつなさそうなアリエス・ハマルあたりでしょうか?
「まあ、誰の仕組んだことであろうと、私のすることに変わりはありませんが……」
シュル、シュルル……
私はお守りを包んでいた布を解く。
「おいおい、この人数を相手にするつもりか?」
布の下から出てきた私のお守りを見てボス男が呆れた。
お守り――
それは遥か東より流れ流れて私に出会うために渡ってきたもの。
鞘から抜き放てば波打つ独特な刃紋が見て取れる緩やかなカーブを描いた刀身が怪しく光りました。
これは『カタナ』と呼ばれる斬ることに特化した私の愛刀『ムラマーサ』です。
「大人しくしてればいい思いだけさせて苦しまずに天国へ送ってやるってものを」
「細腕の娘っこ1人で何が出来る?」
「戦うだけムダってもんだ」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げる暗殺者。
「戦う?」
しかし、私は動じるでもなくニヤッと笑い返しました。
「くすっ、ご冗談を……戦いにもなりませんわ」
この愛刀は、遥か東の国にて王族の血を啜り続け、ついには妖刀と呼ばれて私のところまで流れ着いた数奇な運命を持つ業物。
魔力の通りに優れており、私がひとたび魔力を通せば鋼鉄だってやすやすと細切れです。
王族殺しのいわくつきですが、私がそんな呪いに汚染されるはずもありません。武器に惑わされ殺戮に酔いしれる惰弱な精神は持ち合わせておりません。
ムラマーサと一緒ならどんな難敵にも負ける気がしません。ましてや盗賊まがいの暗殺者など何人いても敵ではありません。
刀をスラリと抜刀し、ボスに切っ先を向けて降伏勧告をすることにしました。
「くっくっくっ……今宵も私の愛刀は血に飢えておる」
え?
それは降伏勧告ではない?
同じですよ。
どうせこいつらが大人しく投降するはずないんですから。
降り掛かる火の粉を払うのは不可抗力ですよね?
「この子も久しぶりに人の血が吸えると打ち震えておるわ」
この子も早く暴れたがっています。
私と『ムラマーサ』の間には純粋な絆が結ばれているのです。
私には彼の気持ちは手に取るようにわかります。
私とムラマーサの絆は誰にも引き裂けません!!
ああ、久々にこの子を振るえるかと思うと……それだけで胸の奥から喜びが湧いてきました。
この子も血を吸いたい、血を吸いたい……早く血を吸わせろと私に訴えててきます。
私とムラマーサは思いが通じ合っているので分かるのです。
なんせ最高の相棒なのですから。
「さあ、ムラマーサ……エサの時間ですよ」
口の端を吊り上げ満面の笑顔を暗殺者たちへ向ける。
「1人たりとも生かしては帰しません」
白刃がきらめき一瞬にしてボス男の首が飛びました。
それからは一方的な展開。
1秒1殺――
2、30秒で全てが終わってしまいました。
「歯応えなさすぎです」
あまりに事態が早く進行しすぎて何が起きたか理解できなかったようです。
暗殺者たちは歯向かうことも、逃げることも、何もできずただ棒立ちのまま私に斬られてしまいました。
そう……
美しき(元)公爵令嬢メイヴェル・ベアレ18歳……実は剣の達人だったのです。
「さあて、これからどうしましょうか?」
私は愛刀を鞘に収めると思案をまとめるため独り言ちました。
「陛下と王妃はこの件には無関係でしょうが……」
あのお二方は私を探すに違いありません。
それは殿下の私への仕打ちに対しすまないと思う気持ちもあるのでしょうが、再びあのアンポンタンの婚約者に仕立てる腹づもりが絶対あるはずです。
冗談ではない!!!
それって完全に生け贄じゃない?
ここまでされて、どうして私がそこまでバチ被らにゃならんのよ。
マジやってらんねぇ。
あー、もう、やめやめ。
誰があいつのお嫁さんになんてなってやるもんですか。
素敵な花嫁って全世界の女性の夢なのよ。
ふざけんじゃないっつーの。
だいたい最初からボンクラの婚約者ってのも嫌だったのよ。
貴族令嬢としての義務ってーから我慢してたのよ。
何がノブリスオブリージュよ。
お国のためだと我慢してきましたが……国も家族も友人も、みんなが私を捨てたのです。
なんかもう、どうでもよくなった。
あ〜も〜し〜り〜ま〜せ〜ん〜
だいたい私は屋敷を抜け出しては野原に行って駆け回り、森に行ってはウサギを狩り、木剣振り回し魔獣を薙ぎ払ってた野生児なのよ。
さっきの偽装山賊の暗殺者どもも瞬殺してたでしょ。
あたしゃ魔法と剣に関しては妃教育なんかより得意だったし、なんならそこいらの騎士にも負けないわよ。
この腕っぷしがあれば1人でも生きていけるんじゃね?
そうと決まれば長居は無用です。
さっさとこんな国からとんずらしましょう……
〇男装悪役令嬢4
かくして私はこれ幸いとパウリナ王国から逃げ出したのでした。
目指すは東方のエゴティア王国です。
建国百年に満たない新興国ですが、成長著しく勢いがあります。それだけに人の流入も多く、密入国にはうってつけではないでしょうか?
婚約破棄され、友人に見捨てられ、弟に裏切られ、父からも見放され、貴族の地位を奪われ、謂れのない罪で国外追放、そして命までも狙われた……
胸に七つの傷を負った女…安住の地をみつけ幸せになるまでは……
たとえ泥をすすってでも私は生きのびる…………
…………というわけで、やって来ましたエゴティア王国。
えっ?
さっきまで悲壮感たっぷりに語っておいて、ずいぶんあっさり到着したなって?
しかたがありません。
私はそこいらの野盗ごときに遅れをとるほど柔ではないので。
野盗なんかよりも関所を越えるのが大変でした。
私は死んだことにしなければなりませんから、素直にメイヴェル・ベアレの名を出すわけにもいきませんし……
ん?
じゃあどうしたかって?
人里離れた山奥の、人跡未踏の道なき道を突き進んで密入国したんですよ。
人が踏み入れるような場所ではありませんので検問なんてありませんし、巡回の兵どころか山賊にだって出会いませんでした。
その代わり猛獣や魔獣とは遭遇しましたが……
何回も道に迷いそうにもなりましたし……
さすがの私も死ぬかと思いました。
山をちょっと舐めてました。
クマやらワイバーンやら、トラやらドラゴンやら、人のいない地域にはずいぶん多種多様な生物が襲ってくるなんて。
「へへへ、ものすっげぇ上玉じゃねぇか」
またですか?
「こりゃ、かなり楽しめそうだ」
聞き飽きましたそのセリフ。
「ちぃと色気に欠ける部分もあるがな」
パイオツのことかぁぁぁぁぁぁ!!!
「ぐふふふ、小さな膨らみがいいんじゃないか」
「ちっぱいサイコー!!」
このオッパイ聖人ども……
だから、そんな森の生態系の頂点たちと比べれば、目の前の人間の最底辺どもなど可愛いものですね。
やっとの思いで森を脱出し視界が開けると、人里らしきものがあったので寄ってみたのですが……
その村は野盗たちに襲撃を受けて滅ぼされてしまったようでした。
「この村の惨状……あなた方の仕業ですの?」
十中八九こいつらの仕業でしょうが、ただの通りすがりで冤罪であったらいけませんので念のために確認したのですが――
「『ですの?』だってよぉ」
「かぁ、どっかのお嬢さまかよ」
「高貴な生まれってか?」
「どんな声で喘くのか楽しみだぜ」
「こんな美人は滅多にお目にかかれんしな」
――野盗と思しき連中が下卑た笑い声を上げました。
「まったく、一部を除いてこれ以上ない上玉だぜ」
「くっくっくっ、そのちっさく寂しいものも俺たちが揉んでデカくしてやんよ」
ピクピクッ
「そのちっさく寂しいもの?……」
パイオツのことかーーーーーーっ!!!!!!
「てめえらに今日を生きる資格はねぇ!!」
まったく男どもは言うことに欠いて胸のサイズばっか!!
胸の大きさの違いが戦力の決定的差ではないということを……教えてやる!
「うわっ!」
「このプレッシャーはなんだ!?」
「あの女の身体から迸る」
「見えぞ、俺にもヤツのオーラが見える!」
分かるまい、女を胸のサイズで判断しているザコどもには、この私の、体を通して出る力が!
もはやこいつらに手心を加える必要なし!!!
「うぎゃぁぁぁぁぁあ!!」
私の魔力を通した刀がいとも容易く男を袈裟斬りにしました。
一瞬遅れで男は絶叫し、左肩から右横腹にかけて上下が永遠にお別れしながら真っ赤な噴水を放出しています。
もっとも、既にその男の横を走り抜け、次の獲物の首を斬り飛ばしていたので、私は返り血の一滴も浴びていませんが。
そして、次の獲物も斬り飛ばされた頸部からブシャーッと血を撒き散らしました。
「ば、ばけも――ぎゃあっ!!」
麗しい淑女に向かって失礼な。
こんな無粋な男の口は永遠に黙らせ、すぐさま次の生け贄へ視線を向ける。
ふっふっふっ……
怪しく光る刀身はなんとも美しいものです。
この子の輝きにはいつもうっとりさせられます。
こんなにも美しいんですから呪いの武器なはずありません。
「こ、この女ヤベェよ」
「剣を見ながら恍惚としてやがる」
「に、逃げろ――ぐわっ!!」
背中を見せた迂闊な盗賊へ一気に肉迫するとスパッと腰を横へ斬る。
「くっくっくっ……逃すわけないでしょう」
バカめ!
背を見せて逃げるなど斬ってくれと言っているようなもの。
全員この子の供物となりなさい!!
1秒1殺――全部で数十秒。
ああ、またつまらぬものを斬ってしまった……
もう動くものは何もありませんね。
「戦いはいつも虚しい……」
盗賊によって村人はみんな殺されてしまいました。
その盗賊も全てムラマーサの錆と成り果てました。
「なぜ人は争うのでしょう」
残されたのは住む者のいなくなった家とそこに漂う血の香り……
「このような殺し合い……あまりに無益です」
兵どもが夢の跡……
仕方がありませんので残された私が有効活用してあげましょう。
まずは家を回って物色です。
最初の襲撃からずっと着ていたドレスがもうぼろ雑巾と化しているんですよ。
できれば私でも着られる男の子の服が欲しいのですが……
「これなんか良さそうですね」
村の一軒家の中で私にピッタリな少年の服がありました。
家の中はガラーンとして死体もありませんでしたから、一家は逃げ延びたか外の死体の群れの中か……
「ヴェリト?」
襟元に文字が刺繍されていますが、この服の持ち主の名前でしょうか?
これでいいでしょう。
さっさと着替えて……後は長く伸びた金に輝く髪をバッサリ切って少年の服を着れば……これで変装はバッチリです。
これから私は腐敗と自由と暴力のまっただ中で生きていくのです。
澱んだ街でならず者どもに出会えば貴族令嬢というのは舐められそうです。
ですが、この絶世の美貌と身体から滲み出る高貴な令嬢のオーラは隠しようもないので、少し変装に無理があるかもしれません……
まあ、なるようになるでしょう。
さて、お次は当座の生活費を盗賊たちの懐から拝借です。
「そこの少年いったい何を……どわっ!!」
盗賊たちを物色していると背後から近づく気配……私は振り向きざまに抜き放った愛刀『ムラマーサ』をそいつの喉元に突きつけました。
「お、おま、おま、お前、何しやがる!?」
迂闊に私の背後に立った男は驚き倒れ尻もちついて私を指差しながら非難してきました。
歳は二十代くらいで、かなり顔が整った美青年です。きちんとした鎧を着込んでいるところを見ると騎士でしょうか?
「何やってんだバーティン」
呆れた様子で声を掛けてきたのは三十代くらいのこれまた美形の中年……イケオジ参上です。
この方も似た鎧姿ですから騎士ですかね。
「団長……いや、この小僧がいきなり剣を突きつけてきて」
団長?
騎士団長でしょうか……やはり、この国の騎士なのですね。
異変を察知してやって来たのでしょう。
「子供だからと油断するからだ馬鹿ものが」
「いや、油断はしてないですって」
「それじゃ、お前はこんなガキの剣も避けきれんかったのか?」
団長さんは胡乱げな目でジロジロと私を見てきましたが、淑女を凝視するなんて失礼ですよ。
あっ、今は村の少年Aでした。
「小僧はこの村の者か?」
「は、はい、わた…ボクは……ヴェリトといいます」
「ヴェリトねぇ」
あんまりマジマジ見ないでください。
どうにもイケメンに見つめられると居心地が悪くなるのです。
「格好は小汚いが、よく見ればかなりカワイイ顔してるな」
顎をさすりながら私を値踏みしてます。やはり、こんな鄙びた村にいる美しすぎる少年という設定には説得力に欠けるでしょうか?
美しいって……罪なのですね。
「団長の言う通り田舎の人間には見えませんね」
「雛にもボクみたく稀な美形はいるものですよ」
「「自分で言うな!!」」
そう……
パウリナ王国一の美女メイヴェル・ベアレ18歳……実は男装したら超絶美少年になっていたのです。
「それにしても盗賊たちの傷は全て同一人物によるもののようだが……全員お前が殺ったのか?」
「ええ、まあ……」
素直にそう答えるとバーティンとかいう若い騎士が胡乱げな視線を寄越してきました。
「こんなガキが?」
「あなたよりは強かったでしょ」
「あれは急にお前が……って、そういや死体漁っていたよな!!」
ちっ、細かいヤツです。
これではイケメンでもモテないでしょう。
「だから何だと?」
「お前なぁ、死者からでも窃盗になるんだぞ」
「盗ったんじゃない。借りたんだぞ」
「はぁ?」
まったく、高貴な私が盗みなんてするわけないじゃないですか。
「いつ返すか決めてないだけだ。ドロボーみたいに言うなっ!!」
「返さなかったら盗んでいるのと同じだろーが!!」
なんて酷い言いよう。
「いつ返さないと言った!?
永久に借りておくだけだぞ?」
「どんな理屈だ!!」
バーティンが私を指差して口をパクパクさせて絶句しています。
ふっ、どうやら私の正当な言い分に反論できないようですね。
「くっくっくっくっ…あはっはっはっはっ……」
そんな様子にイケオジ団長さんが愉快そうに大笑いです。
「団長ぉ〜笑い事じゃないですよぉ」
「すまんすまん……小僧、ヴェリトだったな。バーティンの言うように例え死体からでも窃盗罪になるから返しておけ」
そうすれば見なかったことにして不問にするとイケオジ団長は暗に言っているようです。話が分かりそうなところはさすがイケオジです。
「独りで生きていかなければならなくなったボクには、どうしたってお金が必要なんです」
バーティンよりは話しが通じるでしょうか
「お前の言いたいこともわからんでもないが規則は規則だ。それに、親族が生きていれば財産分与が発生する。すまんが現場を荒らすのは控えてくれ」
「むぅ〜」
やっぱりそんな甘くはありませんか。
「気を悪くするな。盗賊退治の報奨金くらいは出してやれる……だが、それよりどうだヴェリト、俺たちと一緒にこないか?」
「団長、まさかこのガキを入団させるつもりですか!?」
私を騎士団に?
まあ、腕に覚えはありまくりですが……
「ちょうど新設された騎士団があってな。そこの公募があるんだ」
「つまりボクにその騎士団の入団試験を受けろと?」
「ああ、これだけの人数を相手にできる腕なら問題なく通過できるだろう」
ふむ……騎士団に入れば身分が保障され、お給金ももらえます。加えて任務でムラマーサを振り回しても誰からも咎められない。
「その試験受けます!!」
これは受けるしかっ!!!
「こんな身元もあやふやな怪しい子供を……正気ですか?」
イケオジ団長からの素敵な申し出に乗り気になっている私に水を差す残念イケメン。
ふっふっふっ、なるほど、つまり……
「自分より強いヤツが入団するのが恐いんですね」
「ざけんな、お前みたいなガキ恐かねぇ!!」
「だそうです団長さん」
「うむ、バーティンもヴェリトの入団に賛成ということだな」
「うがぁぁぁハメられたぁぁぁ!!!」
アホの子バーティンが頭を抱えて叫んでいます。
「それじゃあ王都パンデニウムへ向けてしゅっぱーつ!!」
「歓迎するぞヴェリト」
さーて、エゴティアの王都では何が待ち受けていることやら……楽しみです。
〇男装悪役令嬢5
「それでは護送の馬車は野盗に襲撃を受けメイヴェルは行方知れずと?」
何度確認したところで結果は変わらないのだが聞かずにはいられなかった。
捜索に出した者の返答は肯首。
勘弁してくれ……周りの者の目も気にせず天を仰ぎたくなるぞ。
「ああ、メイヴェル……」
あまりのショックに私の愛する王妃アルゲティがふらりと倒れそうになったので、皆の前ではあるが思わず手が出て支えてしまった。
「大丈夫か?」
「衆目の中で申し訳ありません」
アルゲティは殊の外メイヴェルを可愛がっていたからショックを隠せなかったのだろう。
確かにメイヴェルは天真爛漫で野生児のような破天荒な娘だから貴族の中では嫌われ者だ。だが、能力は息子のレオとは比較にならないほど優秀だし、意外と身内には甘くお人好しでアルゲティと馬が合った。
「メイヴェルはいったいどこへ……」
美しいアルゲティが悲痛に沈む姿は見たくはないのだが……
「襲撃現場に御者の死体はあったがメイヴェルのものはなかった……おそらく連れ去られたのだろう」
「そ、それではメイヴェルはまだ生きて!?」
表情がパッと明るくなったアルゲティにこれを告げるのは躊躇われる。
「攫った連中が身代金目的ならもう何かしらの知らせがあるはずだ……」
「そ、それでは他に目的が?」
アルゲティは王妃としては優秀だが、いかんせん温湿育ち。彼女には些か刺激の強い話題ではあるが……致し方がない。
「あれだけの美貌だ……」
惜しいことに、一部はちぃと色気に欠けるが。
「男どもの慰みものか、奴隷として売られたか……」
「そ、そんな!?」
「いずれにせよ無事ではあるまい」
アルゲティはヒッと短い悲鳴をあげて卒倒してしまった。
一時騒然となったが、失神したアルゲティを侍女や侍従に任せ退出させると会議室に落ち着きが戻った。
部屋に残った面々は皆この度の事件の関係者ばかり。
見回せば一様に渋面を作っている。
まあ、私も似たような表情をしているに違いない。
「まったく……バカだバカだと思ってはいたが揃いも揃ってここまで大バカ者だったとは……」
なんとも馬鹿らしい事件だが、甚だまずい状況に愚痴とも思える嘆きが漏れてしまった。
事後処理について考えると頭を抱えたくなる。
できれば全てを誰かに投げ出してしまいたい。
「返す言葉もございません」
常にポーカーフェイスで鉄仮面の宰相と呼ばれるカンカール伯爵が珍しくにがりきった顔だ。
「本来なら愚息がこのような暴挙を諌めなければならない立場なのですが……」
カンカール家は歴史ある伯爵家で王家の信頼も厚い数少ない宮廷伯の一つだ。
幾人も宰相を輩出している名門でもあり、優秀な人材の宝庫たる家系なのだが、彼の息子アクベスはどうにも例外中の例外であったらしい。
「むしろあやつは煽った側のようで……」
そう言えば、以前アクベスは他国の間者に唆されて、私やカンカールが留守中に勝手に国璽を持ち出したことがあったな。
その愚行をメイヴェルが物理で止めていなければ我が国は大損害を被るところだった。
まさかそれを逆恨みしていたのか?
「今回の騒動でほとほと愛想も尽きました」
鉄仮面と呼ばれるカンカールだが、意外と子煩悩で彼は今までアクベスを何かと矯正しようと奮闘していた。だが、それもこれまでのようだ。
この様子では廃嫡だけでは済みそうもないな。
「我が息子アルバランも騎士を目指す者でありながらか弱き婦女子を寄ってたかって嬲りものにするなど……くっ!」
愚直な貴族らしからぬ無骨な男――剣聖ケウロス伯爵が鎮痛な面持ちをすると普段から厳しい顔つきがいっそう怖くなるからやめてくれ。
だいたいメイヴェルはか弱くないだろ。
毎回お前の息子ボコっているし。
「倅には我が家を継ぐどころか騎士になるのも無理……いや、例えなれたとしても私が許しませぬ」
生真面目で厳しいケウロス伯爵のことだから、アルバランは既にボコボコにされているだろうな。
「お二人だけが悪いのではありません」
おや?
ジェミー侯爵がカンカールやケウロスを庇うような発言をするとは。国随一の魔法の使い手であるジェミーは対立勢力であるカンカールたちとは仲が悪いのだが……
まあ、彼の息子カストルも今回の件に一枚噛んでいたことで同じ愚息を持つ身と共感するものがあったのかもしれない。
「うちの倅もとんでもない事をしでかしていました」
どうやら、やらかした息子を口撃で問い詰め、精神的に追い込んだらしい。
ジェミーのやつは魔法の腕は一流だが、それ以上に舌戦による精神攻撃は超一流。こやつに標的にされた大臣が幾人その胃に穴を開けて斃れたことか……
軟弱なカストルなら一夜で白髪と化したのではなかろうか?
少々かわいそうな気もしないでもないが、彼らによってメイヴェルはもっと酷い目に現在進行形であってるやもしれんのだ。
だが、次のジェミーから出た言葉にあやつらへの同情心は全てけしとんだ。
「どうやらメイヴェル嬢を襲った賊は倅が揃えたならず者らしいのです」
「「「なんだと!?」」」
カストルがそんな大それた真似を?
いや、小心者のカストル1人で企てたとは思えぬ。
実行犯はカストルでも指示したのはレグルスかアクベスなのではないか?
チラッとカンカールを見れば向こうも同じ結論に至っていたようで黙って肯首した。
「とにかく絶望的ではあるがメイヴェルの捜索を継続するとして、今回の騒動にどう始末をつけるか……」
レグルスの廃太子はもはや決定事項。
カンカール、ジェミーも廃嫡を決めたらしい。
「廃嫡だけでは生ぬるいですな」
だが、ケウロスはそれだけでは満足しないようだ。
「それだけでも十分重い罰とは思うが……」
ジェミーは首を傾げたが、嫡男が廃嫡されるだけでも通常は絶望ものの罰であるから疑問に思うのも無理はない。
「被害者のベアレ嬢は今もなお想像を絶する苦痛を味わっているやもしれぬのですぞ」
「ふむ……そう言われれば確かに……」
廃嫡は貴族の矜持を損なうものであるが、メイヴェルは人の尊厳を傷つけられているかもしれないのだ。
ケウロスの言い分は私にもよく分かる。
「ケウロス伯爵に理があるのは分かりました……」
カンカールの眼鏡がキラッと光る。
「それでは何か腹案でも?」
「しれたこと。メイヴェル嬢と同じ目に合わせねばなるまい」
つまり国外追放か。
どうやら他の2人にも異存はなさそうだ。
「レグルス以下バカどもの処遇はケウロス伯爵の案を採択するとして……だが他にもう1人問題となる人物がいる」
「件の男爵令嬢のことですね」
私の意図をいち早く察したカンカールの眼鏡が白く光る。
「レグルス殿下を始め我々の息子が揃いも揃って簡単に篭絡されております」
「ただ単にあやつらが愚かだったというだけなら問題はない……」
単純にハマル男爵の娘の色香に惑わされたという話であれば単純である。
「……レグルスたちと同じく国外追放とすればよいだけのこと」
だが……
「陛下のご懸念はその娘が何かしらの希少な精神魔法の使い手であることでしょうか?」
カンカールの眼鏡がキラリと光る。
なぜタイミングを測ったようにコイツの眼鏡は光るのだ?
「ふむ……だとすると他国に利用される可能性は高いですな」
ジェミーも私とカンカールの会話の意味を理解したようだ。ジェミーの言に遅れてケウロスも頷いた。
「今回の件についての処分はしばし延期し娘の調査をした方がよかろう」
アリエスなる小娘に未知の能力が隠されているのなら、それに気づいた他国を利するやもしれぬ。それは面白くない。
「何もなければレグルスたちと共に追放処分に……」
「何かしらの特殊な魔法を使用していたなら?」
さて、いかがしたのもか……
利用する手段も考えられるが……いや、人心を操る力など危険過ぎるな。
「その時は――」
私が自分の首を切る仕草をすれば、一同は黙って肯首した……
〇男装悪役令嬢6
「ここで試験を受ければいいんですね?」
バーティンとイケオジ団長さん――エリオス様に連れられエゴティア王国の王都で入団試験を受けることになりました。
この騎士団はエゴティア国の第一王子であるバイレス殿下という方が趣味と実益を兼ねて新設したらしく、ちょうど団員募集の最中だったのです。
「バイレス殿下が旧態依然と化した我が国の状況を憂いて、実力主義の騎士団を組織なさったのだ……が、いかんせん人手が不足していてな」
エリオス様の話では現在の団員数は20名にも届かないのだとか。
いくら少数精鋭を旨としていても活動するには少なすぎる数です。
エゴティア王国はもともと実力主義を謳っていた成長著しい強国でした。
しかし、それも時間が経つにつれて保守的な者たちが利権を守ろうと足を引っ張り始めているのだとか。
「殿下の肝煎りではあるのだが、それでも各所からの邪魔が多くて思ったほど現役騎士の実力者を引っ張ってこられなかったんだ」
「それで、この入団試験ですか」
そんな事情で急遽この試験が催されたわけです。
『ただ力あらば用いる!!!』
このスローガンのもと国中から多数の受験者が集まりました。
その総数なんと1564名!!!
この騎士団は腕に覚えがありながら庶民や低層階級だからとうだつが上がらない者にとっては立身出世の大チャンス。
私のように「まあいっか」でやってきた者とはやる気も気概も野心もダンチです。
そんな受験者の意気込みのせいか試験会場は凄い熱気。
創設者の殿下も老害どもを廃すために完全実力主義の騎士団を目指すんだと、開会のお言葉で息まいておりました。
その殿下の理念と熱意に会場が興奮の坩堝と化し、この閉塞した世の中を変えるのだと我こそは我こそはと大変な熱狂ぶり。
みなさん権力主義の利権社会に嫌気がさしていたのでしょうね。
こうして多数の受験者の殺気が充満する中、バトルロイヤル形成で試験は開始されました。
バトルロイヤルなら与しやすい者から狙われるのが常道。
ですから、線も細く小さなか弱い私が標的にされるのも必然。
開始の合図とともに周囲の剣客たちが私に襲いかかってきました。
か弱く可憐な私1人に押し寄せる目を血走らせた筋骨逞しい男たちの大群。
すわ大ピンチ!
このままだと私は飢えた獣の手によってボロ雑巾のようにされてしまいでしょう――
「――まあ、サクッと倒してパスしましたが」
「おいおいおい!!! あれだけの人数がいて残ったのがこんなちんちくりんが1人だと!?」
私を指さしてバイレス殿下が何やら騒いでおります。
「あの程度なら30分もあれば全員狩れますよ?」
なんせ受験者の方から向かってくるのですから、まさに入れ食い状態でした。
途中から面白くなってタイムアタック感覚でズバズバやっちゃってたら、試験にならんと途中退場させられてしまいましたが……クスン。
「今回の受験者はそんなにレベルが低かったのか?」
「玉石混淆ではありますが名の知れたかなりの実力者もおり、総じてレベルは通常の入団試験よりも高かったはずですが……」
「ふむ、エリオスが言うなら間違いあるまい。信じられんがこのちっこいのが強いのだろう」
ちっこい言うな!!!
あっ、胸のことじゃなかった……
「ほう、よく見たら……」
私をジッと凝視していたバイレス殿下が突然ニヤッと笑いました。
エキゾチックな美青年バイレス殿下のそんなお顔を見れば、令嬢たちは黄色い悲鳴を上げそうですが……なんか今ゾワッと背中に悪寒が走りましたよ?
「なかなか可愛い顔をしているな」
何でしょうかこの寒気は……殿下から怪しく危ない気配を感じます。
「お前の名は?」
「わた……ボクはヴェリトと言います」
「ヴェリトか、可愛いくないな……よし、これからはヴェルと呼ぼう」
「……はい」
ヴェルは令嬢時代の愛称と同じだからイヤなんですが、殿下の仰せとあらば仕方がないですね。
「それで、今回の合格者はヴェリト……ヴェル1人でよろしいでしょうか?」
「いや、何度試験してもこれ以上の人材は集まらんだろう」
そんなわけで、私の初太刀を防げた者を集めての再試験となり、私の他に30名ほどが入団して総勢50名の騎士団が出来あがったのでした。
「これで我が野望の第一歩を踏み出せた。みなの者も己の実力を遺憾なく発揮して老害どもにひと泡吹かせるよう励め」
「「「おぉー!!!」」」
合格者たちを鼓舞するバイレス殿下のお言葉にみなが感涙を流しております。
みなさんの心が一つになっているとても素晴らしい光景であります……が、なんで私は殿下の横に立たされているのでしょう?
そして殿下……なんで私の肩を抱いているのです?
それにしても……
バイレス殿下って見た目と違って筋肉質で逞しいですね。
私を国外追放した顔だけの貧弱アホ殿下とは大違いです。
エリオス様もイケオジ美丈夫ですし、バーティンもアホの子ですが細マッチョのイケメンさん。
今回の試験を突破した面々も良く見れば端正な顔の筋肉ばかりじゃないですか。
きゃー
思わず黄色い悲鳴を上げちゃいそうです。
だって……
元貴族令嬢メイヴェル・ベアレ改めヴェリト愛称ヴェル……実は筋肉が大好きなのです――ナイスッバルク!!
〇男装悪役令嬢7
私がバイレス殿下の麾下に入ってはや1ヶ月――
入団後、新人はこの間に過酷な強化訓練を施されました――私を除いて。
私だけ訓練免除でズルい?
いえいえ、それは致し方がなかったのです。
だって、最初は私も訓練を受けるはずだったのですよ?
ところが……
「俺はお前たち新入団員の指導を任されたサージェイ・ハルトマンである!」
教練場で始まる特訓に不安を隠せぬ新入団員の前に現れたのは強面な筋肉隆々のおっさんでした。
そして――
「貴様が入団試験を好成績で突破した期待の大型新人かっ!!」
――突然、指導官に目をつけられてしまいました。
「返事はどうした!!」
「は、はぁ?」
「なんだその気の抜けた女みたいな声は!! 母ちゃんの腹の中にタマを落として産まれてきたのかっ!!」
あのぉ、そもそも女の私にタマちゃんはないのです――って私は一応男の子の設定でした。
「貴様がいかに優秀な成績で入団しても、この場では他の新人と同じ立場だ。特別扱いしてもらえると思うなよ」
ハルトマン軍曹……じゃなかったハルトマン教官は私を一瞥してフンッと鼻を鳴らしたのですが……態度悪いですね。
私って公爵令嬢ですよ――って今は村人設定でした。
「それにしてもなよっちいヤツだ。こんなのがトップ入団だと?」
今度は急にニヤニヤしながらハルトマンは全員を見回し馬鹿にしたような言葉を紡ぎ始めたのです。
「ここに集まったヤツらは全員このなよなよした男女にブチのめされたわけだ。揃いも揃って情けない連中だ。まったくもって貴様らには期待できそうもないな」
新入団員たちが悔しげに顔を歪め拳を握って言い返せないでいます。
まあ、私に瞬殺されたのは事実ですからねぇ。
「だが安心しろ。貴様ら負け犬どもも俺の指導に生き残れたら各人は強兵となる。戦争で恐怖を撒き散らす死神にだ。その日までスライムだ。貴様らは人間ではなく魔獣の中で最下等のザコだ」
なるほど……言葉責めで新人たちの反抗精神をバッキバキに折って優位に立とうという魂胆ですか。
「分かったか? こんなスライムどもを何人倒そうが俺は貴様を認めん。貴様もコイツらと同じスライムだ!!」
なるほど……だから、この中で一番強い私を潰して自分の立場を確実なものにしようとしているのですね。
「えーと、つまり教官は、わた……ボクがスライム並みだからボクに負けた全員がスライムより弱いと?」
「ふん、物分かりだけはいいようだな。お前は確かにここの連中を倒して合格したようだが、スライムを数匹倒した程度でいい気になるな!」
いえ、数匹ではなく千匹以上ですが?
「俺の使命は役立たずを狩り取ることだ。敬愛する殿下の騎士団に蔓延るスライムを!」
「では教官を狩り取らねばなりませんね」
「なに?」
予想だにしなかった私の言葉の意味を理解できなかったようですね。
「ご理解できませんか?」
はっきり言ってハルトマン教官の実力は新入団員とさして変わらないように見えます。
「敬愛するバイレス殿下の理念をまっとうすべくスライム以下の教官を鍛え直さねばなりません」
「たかだかスライムどもを倒した程度で増長しおって!!」
あっ、教官のこめかみの青筋がピクピクしてる。
「その鼻っ柱をへし折ってくれる……構えろ!」
教官が刃抜きの模擬刀を正眼に構えましたが……やっぱりダメダメですね。
「ちなみに訂正しておきますが、ボクが倒したスライムは数匹ではなく千匹以上です」
「は?……え?……千?」
間の抜けた顔をする教官だったが、戦いのゴングは待ってはくれませんでした……
カァァァン!
――1分後――
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
訓練場に何度目かの教官の悲鳴が響き渡りました。
「さあ早く立ってください」
「も、もう勘弁してくれぇ!!」
さて、これで何度目の泣き言でしたか?
私は開始早々ハルトマン教官の足を狙い打ち、動きを制限して逃げることも反撃することもできなくして、そこから起きるたびにボッコボコにしました。
「さあ次いきますよ」
「や、やめろぉぉぉ!!」
泣きながら無茶苦茶に剣を振り回すハルトマン教官でしたが、それでは却って隙だらけですよ?
バシッ!!!
「ぎゃっ!!」
ドガッ!!!
「うげっ!!」
ガコッ!!!
「うぎゃ〜〜〜!!!」
剣を持つ手を打ち据え、痛みに硬直しガラ空きになった腹を剣の横っ腹で思いっきり叩くと教官はくの字になって吹き飛びうつ向けに倒れると起き上がらなくなりました。
まあ、ピクピク痙攣してるから大丈夫でしょう。
「誰かバケツに水を汲んできて」
「「「えっ!?」」」
私の教官へのシゴキを見学しながらなぜか青くなってブルブル震えている同期たちにお願いすると驚愕の表情に変わりました――なぜに?
「お、おま……い、いやヴェリトさんは何をしようと?」
恐る恐る尋ねてきたのはこの中では線の細い可愛い系のイケメンのグレモリー君。彼は入団試験で私の打ち込みを4度もしのぎました。
新人の中では剣の腕は悪くありません。
おっと、疑問に感じながらもバケツに水を汲んできてくれたのですね。
なかなか従順な見込みのあるワンコ少年です。
「こうするのです」
「あっ、ちょっ!」
バシャッ!!
私は容赦なくハルトマン教官にバケツの水をぶちまける。
「ブハッ!?」
「さあ、目が覚めましたね。もう一本いきますよ」
「うわー! もうイヤだぁぁぁあ!!!」
ハルトマン教官が顔面からありとあらゆる液体を垂れ流して土下座してきました。
汚いですね。
「なに言ってんですか教官、そんなことではスライムにも成れませんよ」
「カンベンしてヴェリト…お、お前がナンバー1だ!!」
と言った顛末で、私はハルトマン教官を引きずり下ろしたのです――
そして……
「今日から諸君らを教導することになったヴェリトです」
私の挨拶に新兵たちが綺麗に整列しています。
これほど見事に行動できるなら訓練は必要ないかもしれません。
それにしても、どうして全員そんな緊張した顔つきなのです?
じゃっかん青くなっているようにも見えますが……
で、全面降伏した教官から新人教育を一任されまして、私は指導教官の立場となったのでした。
つまり、訓練する側ではなく施す側なわけです。
ちなみに新人の中にハルトマン教官も混ざってます。
さて、こうして無事に私たちは訓練を終えたのでした。
えっ、どんな訓練をしたかって?
ん〜大して面白くもないのでサクッと飛ばしたいのですが……仕方がありません。ダイジェストでお送りいたしましょう――
「えー、それでは強化訓練を行うわけですが……」
私の挨拶に新兵たちの顔に戸惑いの表情が浮かんでいます。
まあ、私みたいな年若い者が指導者では不安を拭いきれないのも無理ないでしょう。
ここはきちっと挨拶して私が頼れる指導者だとアピールすることで彼らの不安を払拭させないといけませんね。
「……ボクの訓練はキビしい、ハッキリ言って死ぬほどキビしい。だから貴君らはキビしいボクを嫌うだろう。だが、その憎しみの分だけ強くなれる」
さあ、走れ走れ!
訓練場を周回させ、見せしめに遅れているヤツの尻を蹴っ飛ばし、倒れたところに罵詈雑言の嵐を浴びせかけ……
「だが安心しろ。ボクはキビしいが公平だ。身分差別は許さん。青スラ、キンスラ、メタスラ……どのスライムであってもボクは見下さん――」
模擬剣を持たせた新兵どもを次々と容赦なく打ち据え……
「――全て平等にザコだからだ!!」
己のスラザコ度を骨身に染みさせ……
「ボクの使命は役立たずを狩り取ることだ。愛する騎士団の害スラを!」
徹底的に鍛え抜いて新兵を一人前の兵士に作り変えるたのです。
「分かったかザコスラども!!」
ですが、そのために私は完全な嫌われ者です。
国元でもこんなことばかりしてたから、嫌われて友人が少なかったのですよねぇ。
きっと、この騎士団でも嫌われてしまったでしょう。
もう友人は望めないかもしれません。
あっ、目から汗が(泣)
――とまあ、こんな感じでした。
しかし、何でしょうか?
死んだ魚みたいだったハルトマン教官の私を見る目がキラッキラに輝いていますが……罵倒されて喜ぶなんて新たな扉でも開かれたのでしょうか?
気持ち悪いですね。
よく見れば他の新兵たちの私を見つめる目もきらめいています。
こいつら全員私に罵倒されて悦に入っていますよ。
もしかして私はやべぇヤツらを作り上げてしまいましたか?
いけません。
殿下肝煎りの騎士団が痛みや苦しみに恍惚になるエーでムーな集団になっちゃいましたか?
……元からこんな連中だったと言い張りましょう。
そう……
このニュービーども……実はマゾ集団でした、と。
〇男装悪役令嬢8
訓練を終えて間もなくバイレス殿下から招集命令がかかりました。
「雌伏に耐えていた我らガイーシャ騎士団も新団員の加入によりようやく雄飛の時が来た!!」
ガイーシャ騎士団ですか。
この騎士団にもちゃんと名前があったのですね。
「初任務は国境を脅かす隣国コソリア王国の山賊どもを討伐だ」
山賊退治ですか。
半数以上が新兵ですし、妥当な任務内容ですね。
ですが、国境付近とはいえ隣国の山賊だとどうして断定できるのでしょう?
まさかバイレス殿下が「我が国には野盗に身をやつす民はおらん」とかお花畑的思考の持ち主とも思えませんが。
「で、殿下、本気ですか!?」
エリオス様が焦っておいでです。
山賊ごときにいったいどうしたのでしょう?
「下手をすれば戦争ですよ!」
んっ?
山賊を狩り狩りする程度で大袈裟ですね。
「山賊退治でどうして戦争になる?」
ですよねー
「し、しかし、我々は総勢50名で仕掛けるのはあまりに無謀……」
えっ?
これでも過剰戦力でしょう。
なんなら私が一人で狩り狩りしてきても構いませんが?
「我がガイーシャ騎士団……よもや山賊ごときに遅れを取るわけはないよな」
「……どうなっても知りませんよ」
エリオス様は何を渋っておいでなのでしょう?
この方はエゴティア王国でも五指入る実力者。
おそらく私よりも強いのではないでしょうか?
そんな猛者が臆病風に吹かれたとも思えませんが……
まあ、山賊なんてどうせ多くてもせいぜい数十人ですよね?
装備も大したことはないでしょうから恐るるに足りません。
チャチャッと退治してしまいましょう
ラクショー、ラクショー……
……なんて思っていた時期が私にもありました。
「あのぉ……殿下?」
「どうしたヴェル」
黒い髪に黒い瞳、野生味のある浅黒い肌の美青年で、近寄れば食い殺されるような肉食獣を思わせる気迫の持ち主なのですが……
今日は機嫌が良いのか私に甘く囁いてきます。
「あれ山賊なんですか?」
私が指差した先――そこには整然と列を成した集団が行進していました。
「ああ、山賊だ」
「数がおかしくないですか?」
どう見ても1000人は下りませんよ。
こんな超特大規模の山賊なんています?
「間違いないのですか?」
「間違いなく山賊だ」
そう断言されて良く観察してみれば……
「それにしては統率がとれてません?」
街道を二列縦隊で足並み揃えて前進してますよ。
こんなに白昼堂々と行軍してくる山賊って……
「ホントに山賊なんですよね?」
「本当に山賊だ」
「だけどあれって……」
どう見ても全員がお揃いの完全武装!!
「これ軍隊ですよね?」
「いや絶対に山賊だ」
「ですがあれって軍旗じゃありませんか!?」
先頭を進む旗手が高々と掲げているのは隣国コソリアの旗。
「これ絶対コソリアの正規軍ですよね!?」
「ヤツらは宣戦布告もせず国境を侵しているのを認めていない。つまり今ここにコソリアの正規軍はいない。よってヤツらは山賊だ」
どうやらコソリア王国はここら辺一帯は自分たちの領土なのだと主張しているようなのです。
よって国内だから軍事行動を取っても宣戦布告には当たらないとしているそうです。
対してエゴティア王国の重鎮たちは貧しい国境付近の為に多額のお金を費やし戦争をしたくはないらしく放置状態。
呆れたものです。
目先の利益ばかり追って、自国民と矜持を捨てては将来に禍根を残すでしょうに。
「このままだとコソリアの連中はますます増長しやがる」
「それで今からあの山賊どもを退治すると」
ざわっと周囲が騒めいた。
「えっ、正気ですか!?」
「1000対50で勝てるか!?」
「多勢に無勢すぎる」
「無理無理無理無理無理」
「うわぁ、俺の人生終わった〜」
相手は正規の軍1000人。
試験で有象無象の1000斬りした時とは練度も装備も桁違い。
「さすがにちょっと無謀じゃありません?」
「そうでもないだろう。半数も殲滅する前に戦意は喪失するから、実際に相手するのは500人くらいだぞ」
なるほど、それなら1人で10人倒せばいい計算です。
「あ、なんかいけそうな気がしてきました♪」
「そんなわけあるか!」
「お前の神経はどうなってる!?」
「突撃したら全滅するわ!」
あはっと笑う私にニュービーどもが総ツッコミ。
「えっ、だって1人で10人殺っちゃえばいいんでしょ?」
「ヴェルの言う通りだ」
私が不思議そうに殿下に尋ねれば、美しいご尊顔がパッと綻びました。
「ノルマはたったの10人。エリオスやれるよな?」
「はっ、まあ、私に限ってならコソリアの雑兵ごとき10人が20人でも余裕ですが……」
エリオス様はエゴティアでも屈指の猛者です。
ヨユーですよねー
「バーティン、お前はどうだ」
「当然やれますよ」
初対面で私にソッコー転がされた残念美青年のバーティンでも可能ですか……
「なんだやっぱりラクショーじゃないですか♪」
「あんたら化け物と一緒にすんな!!」
「生ける不敗神話の団長や騎士団きっての神速剣の使い手バーティンと同列に扱われてたまるか!!」
ギャーギャーとうるさいヤツらです。
「同じ新兵のボクにも可能なんだから問題ないでしょ?」
入団試験を一緒に突破し、同じ訓練を共に受けた新兵仲間の私ができると聞けば安心――
「「「ヴェルが一番ヤベェ!!!」」」
「ヒドイ!!!」
――どうしてですか!!??
「ボクら同じ釜の飯を食べた新兵仲間じゃないですか!!」
「「「どこがだ!!!」」」
い、息が合ってる。
同じ新兵仲間と思っていたのに……私だけ仲間外れですか!?
「ヴェルが作った数々の伝説……」
「入団試験で千人斬り」
「教練では鬼教官を泣かせ」
「絡んできた先輩たちを1人残らず締め上げ」
「可愛い顔して歯向かうヤツは全員血まつり」
「もはやガイーシャ騎士団の裏ボス」
「まったく……あなた方にはまだ訓練が不足しているみたいです。これは帰ったら再特訓が必要ですね」
「それはコイツらを喜ばせるだけだと思うがな」
ぞくっ!
バイレス殿下が耳元で囁くから背筋が……
「ところで、どうしてボクは殿下の馬に騎乗しているのです?」
そう……私は今バイレス殿下の愛馬に殿下と一緒に騎乗しているのです。
「ヴェルが馬に乗れないからだ」
私ってば公爵令嬢でしたので乗馬の経験が全くないのです。
魔法で強化した自分の足の方が速いって理由もありますが。
「別に殿下とではなく別の方でも良かったのでは?」
「他のヤローに接触するのは許さん」
私の訴えをすげなく拒否するのは少し冷たくありません!?
しかも、左腕を私のお腹に回してきましたよ!?
殿下のお声はちょっぴりコールド、私の身体を完全ホールドって!!
「ですが、この体勢は………」
今は男同士なんですからこの抱き締められるような格好はちょっと問題が……いえ、殿下には婚約者がいますから男女であったらそれはそれで大問題でした。
「大丈夫だ俺がしっかり支えているから安心しろ」
「ヒッ!」
私のお腹を支える殿下の左腕がギュッて――
ちょっと最近スキンシップが過剰じゃありません!?
「ちょっ、殿下っ、もう敵は近いですし、そろそろ下ろして……」
「それでは今日のノルマは10人!」
私の主張は却下ですか、そーですか。
「だが、俺も鬼じゃない。無理だと思ったヤツは撤退を許可する――」
殿下の言葉に全員がホッと安堵した表情になっていますが……
「――が、ノルマを達成できなかった者には帰還後に俺とエリオスによる死よりもつらい訓練が待っているからな。死んだ方がマシだと思わせてやるから安心しろ」
「「「めちゃくちゃ鬼じゃねぇか!!!」」」
Sな殿下がそんなに甘いわけないでしょう。
「落ち着け、ノルマ達成者には報償がある」
なるほど、飴と鞭ですか。
さすが一国の王子ですね。
人身掌握術もバッチリ……
「ヴェルからのアツーイ猛特訓だ」
「「「な、なんだとぉ!!!」」」
って、それでは引くも地獄進むも地獄じゃないですか!?
ほら、みんなが一斉に悲痛な悲鳴――
「いっよっしゃぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉぉお!」
「やるぞぉ!!」
「コソリアがなんぼのもんじゃい!!」
「一万でも二万でもかかってこいやぁ!!」
――じゃないんかぁい!!!
「全員突撃ぃぃぃ!!!」
「「「ノルマぁぁぁ!!!」」」
なんなんですかこのノリは!?
ほら、この異様な雰囲気の小集団が気炎を上げて突撃する様子にコソリアの方たちも困惑しているじゃないですか。
「ちなみにヴェルより多く首級を上げた者にはもれなくヴェルとの個人レッスンだ」
なんですかそれは!!!
「「「うおぉぉぉやったるどぉ!!!」」」
やらせはせん、やらせはせんぞ!!
こんな変態どもとマンツーマンなど冗談ではない。
自己強化魔法を幾つも重ねがけして殿下の馬から飛び降りる。
「あっ、ヴェル、1人で行くな!!」
殿下の制止を置き去りに私は馬より速く駆け出した。
「は、はえぇ……」
「なんで馬より速いんだ?」
「まずい!」
「このままではヴェルの個人レッスンが受けられん」
誰がお前ら変態なんかと!!
1人……2人……3人……
さすが腐っても正規軍です。
一秒一殺とはいきませんか。
「どりゃぁぁぁ!!!」
ブオォォォン!!!
「「ぎゃぁぁぁ!」」
突然、右手から怒号や風切り音と共に悲鳴が聞こえてきましたが……
顔を向ければ騎士団長のエリオス様がご自分よりも大きな大剣をブンブン振り回しておられました。
ブオォォォン!!!
「「うぎゃぁぁぁ!」」
ブオォォォン!!!
「「おぎゃぁぁぁ!」」
「…………」
何ですかあれ!?
反則でしょう!!
巨大な鉄板のごとき大剣をエリオス様が軽々と一振りするたびに2、3人のコソリア兵が吹き飛んでいくんですよ。
5回も剣を振り回せばノルマ達成って……
ええい、エゴティアの騎士団長は化け物か!?
「ぐわっ!」
「は、はえぇ」
今度は左からですか?
見ればバーティンが半身で剣を握った右腕を後方に引き、左手で剣身を支える構えから身を沈め溜めを作っているところでした。
「神速・無明剣!」
そう叫ぶとバーティンは弾かれたように突進し突きを放つ。
「突き、突き、突き、突き、突き!!!」
「がっ!」
「ぐっ!」
「げっ!」
しかも、その突きは一息の間に次々と繰り出され……あまりの速さに剣が複数に見えますよ。
くっ、一瞬で3人も屠りましたか。
バーティンのくせに生意気だ!
「今のはノーカンです」
「何でだよ!!」
私がビシッと指を指してクレームをつけるとバーティンが反抗してきました。
「お前の獲物はボクのもの、ボクの獲物もボクのもの」
「ざけんな!!」
そうやってバーティンの気を逸らしている間に……
「4、5、6…7、8、9……10、はい、ノルマ達成!」
「あっ、ずりぃ!」
なんとでも言うがよい。
あとは……
私の視線の先はコソリアの軍勢の中で馬に乗っている男。
「敵は僅か数十人だ、怯むな、囲んで圧殺するのだ!」
それはコソリア軍の前線が私たちの常軌を逸した猛攻の前に瓦解しそうになる状況に、敵軍の真っ只中で焦る敵将。
「いただきます」
そのまま私は身体強化で極限まで向上したスピードと磨き上げ卓越した技で敵兵をすり抜け、檄を飛ばす敵将に一気に肉薄。
「き、貴様……」
私の接近に気がついた敵将は慌てて剣に手をかけましたが時すでに遅し。
一閃――
すれ違いざまに私のムラマーサは敵将の首を刎ね飛ばしていました。
「敵将の首……とったどぉーーー!!」
私の吠え声にコソリア軍に激震が走る。
その後は一方的でした。
司令官を失って統率も失ったコソリア軍はもはや軍としての機能が働かず、またガイーシャ騎士団に攻め立てられ恐慌状態となりました。
こんな狂気じみた集団に襲われてかわいそうに……
哀れコソリア軍は潰走したのでした。
「あっ、待てこのヤロー!」
「俺まだ10人やってない!!」
根性なしのコソリアは半数どころか2割の200人ほどの被害で大潰走。
討伐数の半数以上は私とエリオス様の手によるものですから、大半の団員たちはノルマに届いておりません。
「まずい、まずい、まずい!」
「このままだと地獄が」
ざまぁ。
殿下とエリオス様からしごかれて、その変態性を矯正されてください。
「おい、俺はちゃんとノルマ達成したからな!!」
バーティンが何かうるさいですが、あなたのスコアは私のもの、私のスコアも私のもの、です。
「「「ノルマぁぁぁ!!!」」」
ああ、みんなの目が血走っています。
ここからコソリア軍の地獄が始まりました。
ノルマに届かなかった団員たちが執拗な追撃を行ったのです。
戦意を失い敗走するコソリア兵は、鬼の形相で剣を振り回す騎士たちに追い回され、ほうほうのていで国境を越えるまで生きた心地がしなかったことでしょう。
むごい真似をする連中です。
彼らもよほど恐かったのでしょう。
帰国後、彼らは背後に怯え、夢にうなされ、心を病んで兵として使いものにならなくなったそうです。
1000人の兵を一瞬で失ったコソリアでは、この戦いを『エゴティアの悪夢』戦役と呼称し、今まで国境近辺を自国領だとの主張を全面撤廃してきました。
この後、コソリアではガイーシャ騎士団が『エゴティアの悪鬼』として語り継がれ、恐怖の代名詞として語り継がれることとなる……
さて、この戦いの顛末はどうなったかと言うと――
このガイーシャ騎士団の独断専行に殿下の言う老害どもはたいそう憤慨したらしいのですが、コソリアの振る舞いに反応が鈍い彼らを苦々しく思っていた大多数の国民が拍手喝采をしたことで黙らざるを得ませんでした。
第一、コソリアの軍と認めていなかったのですから、今回の件はたんなる山賊退治です。
法的にも裁くことはできません。
ですから、本心はどうであれ殿下率いるガイーシャ騎士団は大山賊を撃退した功績を彼ら老害たちは讃えたのでした。
こうしてガイーシャ騎士団の初陣は華々しい大戦果で飾られたのです。
それからも殿下は老害どもへの嫌がらせに余念がなく、それに巻き込まれた私たち団員は西へ東へと奔走するはめとなったのでした。
おかげでガイーシャ騎士団は僅か2ヶ月で全員が歴戦の勇者の様相になり、名実ともにエゴティアの最強で最凶の騎士団となったのでした。
それから更に人数が増えて現在は72名の騎士団です。
人員も充実して暴れ回ったガイーシャ騎士団はいつしかエゴティア国内でも『悪魔の騎士団』『エゴティアの72注意人物』と呼ばれ恐れられるようになったのでした。
そして……
そんな騎士団で大活躍した私……実は2つ名が付けられました。
「出たぞ小さな殺戮者だぁぁぁ!!!」
「あの銀髪を見た者は一切の希望を捨てよと言われたあの!?」
「皆殺しのヴェリト……だと」
「終わった……」
いや、なんですか、その悪名の数々は?
〇男装悪役令嬢9
どーして、どーして、どーして上手くいかないのぉ!?
途中までは完璧にフラグを回収していたのに……それなのに、それなのにぃ!!
なんで私まで国外追放されちゃったのよぉ!!!
……どこで間違えたのかしら?
ホントなら今ごろはイケメンに囲まれて贅沢三昧だったはずなのにぃ!!
「くそっ、くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉお!!!」
ウザいから黙って歩けダメ王子。
あっ、もう廃嫡されたから元王子だったっけ。
今ではちょっと顔がいいだけのただの人。
「なぜ俺たちが廃嫡されなきゃいかんのだ!?」
それは無能だからでしょ。
「僕を追放なんて国にとっても女性たちにとっても大損失のはずなのに!!」
あんた追放される時、女の子に見向きもされてなかったじゃない。
「私の作戦は完璧だったはず……どこで計算が狂ったッ!?」
あんたの頭が最初から狂ってたのよ!
ホントどいつもこいつも使えない男たちね。
せっかく悪役令嬢メイヴェルをゲーム通り上手く追放できたってのに。
これじゃヒロインに転生した意味ないじゃない!!
そう……
この乙女ゲームのヒロイン……実は転生者なのよ。
「くっ、これからどうすれば……」
「我らほとんど着の身着のまま追放されましたからね」
「僕、庶民みたいにあくせく働くなんてできないよ?」
「せめて馬車くらいは用意してくれても良かったんじゃないか?」
それなのに、このダ駄メンズと一緒に国外追放……
コイツら顔はいいけど家の権力や財産におんぶに抱っこだったから、家の庇護がなければなーんにも出来ないクズなのよね。
でも、まだ諦めるには早いわ。
諦めたらそこで試合終了なのよ。
こうなったら続編の舞台エゴティア王国へ行きましょう。
そして、続編ヒロインに成り代わってやるのよ!!
こんな駄メンズと違って、続編の攻略対象は騎士団長のエリオス様を始め、最強騎士バーティン様や第一王子のバイレス様とか超絶美形のデキる男たちばっかだもんね。
「よし、そーと決まったら目指すはエゴティアよ!!」
「なんだアリエスはエゴティアへ行くつもりなのか?」
「よし、俺たちもエゴティアへ行って一旗上げるか」
「それは妙案です。彼の国は実力主義ですから私の才能があれば………ふっふっふっ、立身出世も思いのまま」
「よぉし、僕の魔法の力を見せてやる」
ぎゃぁぁぁあ!
来ないでよボンクラども。あんたらは足手まといでしかないんだから。
「私の知略」
「僕の魔力」
「俺の武力」
「我らみんなの力を合わせれば恐れるものなど何もない。私の最愛アリエス、私たちが一緒だから何も心配はいらないぞ」
あんたたちが一緒の方が心配だらけよ!!!
私の人生どうしてこうなった!?
こうしてエゴティアにあのアリエスさんがレグルス殿下たちを引き連れて近づいていたなどと私は露とも想像しておりませんでした。
その時の私はそれどころではなかったのです――
ババァァァン!!!
「ここにいたかヴェル!!!」
私を巡って70人の騎士たちが醜い争いを繰り広げているさなかに、扉を蹴破るように登場したバイレス殿下――イヤな予感がします……
殿下の登場で静まり返った修練場の中にズカズカと入ってくると私の腰に腕を回して抱き寄せてきました。
「私は真実の愛に目覚めた」
なにとち狂ってるんですか好色王子!!!
「ボクは男ですよ!」
「真実の愛の前には性別の壁など無いに等しい」
「あんた国の跡取りだから子供作んなきゃいかんでしょ!!」
「跡継ぎは他の女に生ませればよい。ヴェルよ、私の側室になるのだ」
「後宮は男子禁制でしょうがっ!!」
何考えてんですか!?
「こんなアホ王子は放っておいて俺と愛の逃避行だヴェル!!」
「エリオス様は妻子持ちでしょう」
「俺の愛を知れ。先日、離婚したぞ」
「もっとタチが悪いでしょソレ!?」
「なにっ、エリオスが離婚したならば俺は婚約を破棄してくる!!」
「やめてぇぇぇーーー!!!」
もう、めちゃくちゃです。
その後、殿下の婚約破棄宣言を止められず、頭を叩いて正気に戻した殿下と一緒に婚約者たちにスライディング土下座で謝り、怒って実家に帰ったエリオス様の奥様にダイビング五体投地して復縁してもらったりと大変でした。
そんな中、なぜか殿下の婚約者に惚れられたり、エリオス様の愛娘ララちゃん5歳から将来お嫁さんになってあげる宣言され、
他にもしつこく迫るバーティンや過酷な訓練を望む愉快な仲間たちとの騎士団での暮らしは辛くも意外と楽しいものでした。
うん……私モテモテですね。
えっ、別に喜んでなんていませんからね!
まあ、なんだかんだとありましたが、エゴティアでの騎士団生活にも馴染みんだ私……実はそれなりに幸せです。
その後、やってきたアリエスさんが私を『隠れキャラ』と呼んで付き纏い――
自称続編ヒロインを名乗るピンク頭二世が現れて私を巡って争い始め――
彼女らが攻略対象と呼ぶ殿方たちから何故か私が告白されて迫られ――
そんなドタバタの中では生きていたモノホンのヴェリトが登場して私の正体がバレそうになり――
そんなはちゃめちゃで愉快な日常はまた別のお話……
本作品を最後までお読みいただきありがとうございます。
皆様がお楽しみいただけたのなら、これに勝る喜びはありません。
短編ですが3万字以上あるので切りのいいところに「〇男装悪役令嬢」を入れております。
再読のさいに検索機能でご利用ください。
もし、本作品がお気に召しましたら画面下の評価へ(☆☆☆☆☆)やブックマークをいれて応援していただけると大変うれしいです。
また、これからも様々な作品を投稿してまいりますので、作者のお気に入り登録をしていただけると新作の通知がマイページ上に表示されて便利です。