心を失った戦闘用アンドロイドが好きだと話していたのを委員長に聞かれてしまった。一週間後には委員長が人間の心を失った殺戮兵器になっていた
放課後、同級生の田中とテス勉したあと昇降口でだべっていた。
「今期何見てる?」
「異世界モブおじと理科理科とカノン」
オタクなら年四回くらいやるアニメ談義だが、話し込むには場所が悪い。
見回りの生徒が近づいてくるのが見える。
注意されたら切り上げて帰るかー。
田中は俺の方を見ているから、後ろから人が来ていることには気づいていない様子だ。
話を続けてくる。
「(今期アニメで)好きな子は誰?」
「心を失った戦闘用アンドロイドかなー、やっぱり」
「お前好きそうだよな、お?」
後ろを指さすと田中も後ろに人が立っていることに気がついた。
見回りに来たのは見知った人物であった。
「帰宅部はそろそろ帰る時間よ」
会話に水を差したのは堅物の委員長、高橋抹梨だ。
田中、続けて俺が返事を返す。
「へーい」
「委員長も気をつけて帰れよ」
「う、うん……」
委員長の顔が赤い気がするが、多分夕焼けのせいだろう。
俺たちは委員長の指示に素直に従い、帰宅した。
そんないつもの日常は突如終わりを迎える。
田中が信号を青に変える能力を引き継いだので、信号を赤に変える能力者との終わりなき闘いの火ぶたが……これは昨日見たアニメだったわ。
日常が変化したのは本当だ。
一週間後、テスト明けの日のことだ。
登校すると何やら教室の空気がおかしかった。
世話好きの委員長が誰かと話すこともなく、死んだ目をしてぼーっとしているそうだ。
誰かが話しかけても「私は心を失った」「私はただの殺戮兵器よ」と繰り返すだけ。
そもそも眼鏡をやめてコンタクトにしているし、左手には包帯を巻き、トレードマークであった三つ編みのポニーテールをほどいている。
俺は悟った。
遅れてきた中二病だな?
完全に理解したので、自分の席に向かい、カバンを下ろした。
そこへ、オタク仲間の田中が近づいてきた。
「ちょっと五月氏~、聞いて聞いて~」
「なんだ田中、ちょっと男子~みたいな言い方で」
ちなみに俺の名前は五月 陸という。
殺戮兵器大好きそうな名前である。やかましいわ。
「委員長ったら何を聞いてもさっきからあの調子なのよ~。真面目な委員長が今や心を失ったアンドロイドだわ~」
かわいい言い方をしても、田中は野太い声のゴリラである。柔道部主将である。
「誰なんだよお前は。……いや待て、心を失ったアンドロイドだと、そう言ったか?」
「そうなのよ~。しかもあのアニメキャラに似ていると来たじゃない~。先週、五月氏と会話したのを聞かれたせいじゃないか?」
「途中でキャラに飽きるなよ。え、じゃあ何? 委員長もアニメにはまったってこと?」
「いや、多分、五月のことが……ごにょごにょ」
野太い声の田中が照れてごにょごにょしても、かわいくはない。ゴリラなので。
俺は難聴系主人公ではないので、田中が何を言いたいのかは察することができる。
できるが、委員長、高橋抹梨が俺に惚れているという確証はない。
そもそも、俺のせいだとしても、もっと別のアプローチはなかったのか??
心を失った戦闘用アンドロイドが好きなタイプって聞いたからって、普通は心を失わないでしょ。
ギリギリに登校したので委員長と会話をする時間はなく、担任の先生が来てすぐ朝のSHRの時間になった。
先生は出席をとるときに、委員長の変化に気がついた。
「高橋ー。お、高橋どうした? 先生と同じく、暗黒破壊神を封印したのか?」
「違います。私はただの殺戮兵器です」
「そっかー。先生とはジャンルが違うなー。田中ー、勅使河原ー、遠野ー、仲間ー、……」
先生のスルースキルが高い。
暗黒破壊神を封印しているだけある。
そんな奴が教師になるなよ。
そして、委員長は、やはり殺戮兵器らしい。
まずい。このままでは委員長が先生と同類になってしまう。
俺は仕方なく、昼休みに委員長に声をかけた。
「よお、委員長。人類殺してる?」
「殺してるよ。殺戮兵器なので」
真面目で世話好きの委員長の台詞とは思えん。
しかも、俺の好きなアニメキャラの口癖は「殺戮兵器なので」だった。
これは俺のせいかもわからんね。
どうしたもんか。
「心は痛まないの?」
「痛まないわ。殺戮兵器なので」
「悲しいね。あ、今日一緒に弁当食べない? 人と食べると人間の心を取り戻せるかもよ?」
「え、ほんと、じゃなかった。食べる。殺戮兵器なので」
もうボロ出ちゃってんじゃん。
思ったよりポンコツだな。
俺は田中の席を奪い、委員長と弁当を食べることにした。
田中は嘘泣きをしながら柔道部の部室に向かった。
委員長の弁当は、なんか四角いブロックみたいな固形物ばかりで構成されていた。
いわゆるディストピア飯である。
作るのめちゃくちゃ大変そう。
「委員長はさ、今日の格好もかわいいけど、前の感じも良かったよね」
「かわ……!? そ、そ、そ、そう。その程度では動揺しないわ、殺戮兵器なので」
委員長はもさもさと固形物を食べた。
その触感の悪そうな擬音、どうかんがえても弁当にディストピア飯は失敗でしょ。
「その弁当、『殺戮兵器カノン』の再現でしょ? 難しくなかった?」
「そうなの。思ったより難しくて土日がつぶれ、じゃなかった。これは配給です。殺戮兵器なので」
「ふうん。『殺戮兵器カノン』はどこまで見たの?」
「最新話まで見たわ。溶鉱炉に沈められるシーンは悲しかった」
もさもさ、もさもさ、と弁当を食べながら委員長は涙ぐんだ。
「あれ笑うところじゃ……。委員長は感受性が豊かなんだね」
「感受性とかないわ。私は心を失った殺戮兵器なので」
「まだその設定続くんだ……。そうだ、今日一緒に帰らない? 『殺戮兵器カノン』の話もっとしようよ」
「ごめんなさい、今日も委員会なの」
「じゃあ終わるまで自習して待ってるよ」
「それなら……。はい……」
委員長の目には生気が戻っていた。
勝ったな(慢心)
とにかく俺は殺戮兵器に人間の心を取り戻すため、放課後の時間をもらう約束を取り付けたのだった。
「お待たせしました」
委員会が終わる時間を見計らって昇降口で合流した。
自習なんていつでも切り上げられるから、少し待った。
「待ったよね。疲れてない?」
「大丈夫。委員長は優しいね」
「優しいとかないです。私は心を失った殺戮兵器なので」
「もういい加減その設定よくない?」
二人並んで学校を出る。
家の方向は同じらしくて、途中まで結構な時間を話しながら帰れるそうだ。
しばらくはアニメの話や、テストの話をしていたが、俺は核心に迫ることにした。
「それで、勘違いだったら悪いんだけど、委員長が心を失ったのって俺のせい?」
我ながら意味不明な質問だな。
「そう、ね。その通りだわ。五月くんが好きだって言っていたから真似したの」
「ちょっと照れる」
「『殺戮兵器カノン』を見て、私みたいだなって思って。ルールに縛られているところとか、周りの評価を気にしすぎるところとか。それに、気になる人が好きだって言うなら、真似してみようかなって」
「そうか」
「前に酔っ払いから助けてもらってから、ずっと気になっていたんだよね。あの時はありがとうございます」
「どういたしまして。あんまり覚えてないけど」
なるほど、以前に助けていたらしい。
俺が覚えていないというのには理由がある。
異世界転生アニメが主流になってきた昨今、オタクは来世に向けて努力を始めた。
俺や田中も例外ではない。
俺は話術を磨くことで胡散臭い詐欺師を目指した。
田中はもともとやっていた柔道に力を注いでゴリラになった。
そんな二人が組んで、コミュニケーション能力と暴力、両方を使えるなら、転生しても何なら現世でもいい思いができそうだろ。
俺と田中の二人は、夜に出かけて、酔っ払いのおっさんからウザ絡みされている人を助けるという遊びを始めた。
不良とケンカとかは怖いし、できそうなところからやるのが定石だ。
来世に向けて徳を積めるし、現世での経験値が上がるので転生した時にチートができる可能性が高まる。
そうやって始めた遊びで、俺たちは、なんと男女問わず何十人を酔っ払いから引きはがしてきたのだ。
我ながら生粋のバカである。
数が多くなるにつれて、誰を助けたかとか覚えていられなくなったが、そのうちの一人が委員長、高橋抹梨だったようだ。
「そっか、覚えられてなかったか」
委員長は寂しそうにつぶやいた。
ええと、なんかフォローしないと、トーク担当をやってきた意味がない。
「俺らはバカだからさ、似たようなことここ数か月でたくさんやってんだよね」
「知ってる。でもちょっとくやしいかな、私だけが特別じゃないってのは」
ギャルゲーならここで選択肢が出そうな展開だ。
なんかかっこいい台詞で決めないと。
「じゃあ、特別になってくれないか」
あれ、これ正解か?
ただの痛い台詞では?
「それって付き合おうってこと?」
「はい。付き合ってください」
「うれしい。これが……心……」
「もういいんだよ、その設定は」
自分のために心を失ったアンドロイドになってくれるような子がいたら好きになっちゃうのが男というものだ。
言わされた感があるけど、いいじゃん。
ポンコツでかわいいし。
異世界転生アニメが主流になってきた昨今、オタクは来世に向けて努力を始めた。
俺や田中も例外ではないが、俺はもう少し現世を謳歌したいな、と思っている。
ポンコツかわいい殺戮兵器を見ながら、そう思った。
付き合うようになってから、委員長、抹梨はきちんと殺戮兵器っぷりを発揮し、俺のハートを毎日破壊しているのだが、それはまた別の話である。
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