表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

トイレを選んで 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやは、学校に通っていたときに、トイレを平然と利用できるクチだったか?

 俺は学校でトイレを使うの、嫌いだったね。ションベンならまだしも、大きい方となると尻込みしちまう。

 和式便所が多かったっていうのもでかいが、一番の難点はこっぱずかしさだったな。

 個室しかない女子と違ってよ、男が個室に入る時は「大きい方をやります」と公言しているようなもんだ。男子トイレの個室がしまっているだけで、誰が用を足しているのか、探り出してやろうとする風潮さえあった。

 それを知って、ますます遠ざかる足。しかし生理現象ゆえに、食い止めるのに限度がある堤防。そいつらにどう折り合いをつけるか。

 俺も自分なりに考えて対策を練ったが、どうやらうまくいったかどうかは微妙なところ……って体験をしたことがある。ひとつ、聞いてみちゃくれないか?



 少なくとも生徒たちに見とがめられる危険が少なく、かつ学校内にあるトイレ。

 考えた末、俺が目をつけたのは職員用のトイレだった。

 この時期、俺は何かと教師がずるいなと、感じていたのも大きい。教室は冷暖房がなく、テレビがついているとはいえ、簡単には手を出せない天井近くの高さ。そして事情がない限りはスイッチを入れられないときた。

 一方、職員室といったらエアコンは完備しているし、ちょっとのぞいたときには教師たちも茶をすするしおやつは食べているし……実際には見ていないが、聞いた話だと取り上げた不要物たるおもちゃで遊んでいるときもあったとか。


 ――自分たちがさんざん楽しんでいるんだ。生徒側だって、おこぼれにあずかるのの、何が悪いんだ。


 そう考える俺は、おトイレを拝借しようと思ったわけさ。



 先に出した理由もあるが、俺が好んで学校のトイレを使いたくないのは、その汚さにもある。

 自分以外に誰がどれだけ使っていたか分からず、タイルに残るわずかな水滴さえ、正体が何であっても、いい印象を受けはしない。それにタイルの色そのものも、薄暗い緑色でどことなく不潔な印象がある。


 その点、職員用のトイレは白さが目立った。

 利用する人が少ないこともあるのだろうが、ときどき用務員のおじさんが、掃除用具を手に、このトイレへ入るのを見たことがある。

 生徒たちのいるフロアのトイレなど、掃除の時間以外には、まず手をつけられないだろうことを考えると、破格の待遇だ。そのこともまた、俺の中のひいき嫌いに拍車をかけていた。



 床や壁、洗面台から個室まできっちりきれいに整っているものだから、洋式の便座といえど、他のトイレ以上に気をつかっていた。

 公に使用を禁じられているわけじゃないが、生徒誰が使っていると教師にばれると、この先、どのようなことをされるか分からないと、俺自身は心配していてね。備え付けのスリッパも、上履きを履いた、その下につっかけて中へ入っていたよ。

 こうしておけば、誰かが入っていることは分かっても、誰が入っているかまでは分からない。かえって怪しまれかねないが、当時の俺はそれこそが最良の対策と信じてやまなかった。

 その安心感からか、以前に比べると学校内で催す頻度も少しずつ増していってな。次第に俺は自分のフロアのものより、職員用のトイレを使うようになっていたんだ。



 そのうち、何度か教師陣とバッティングするケースもあったよ。

 さすがに教師の前で堂々と利用するのははばかられたし、そしらぬ顔で通り過ぎたり、来た道を引き返すそぶりを見せたりしながら、トイレが開かないか様子をうかがったことが何度かあるんだ。

 妙なんだよな。トイレに入るとき、お前は何か特別な所作をすること、あるか?

 教師陣はあそこを利用するとき、必ず手を合わせる。そのあと、誰かに挨拶するみたいに、手刀を作って軽く前に二度振って、それからトイレへ入っていくんだ。

 俺がバッティングした三回。いずれも違う先生が、まったく同じ所作をするのを目撃して、ちょっと妙だなと思ってはいたんだ。

 だが、それよりも便意の方が最優先。あの日の放課後も、帰りの号令をするとともに、俺は職員用トイレのある一階にすっ飛んでいったんだ。



 いつも通り、上履きのままサンダルをつっかけて中へ。一番手前の個室へ腰を下ろす。

 ランドセルを置き、ズボンを下げながら尻を乗せて、いつにない便座の冷たさに驚いたよ。当時はまだ便座を温める機能は珍しく、もともとここのトイレにはついていない。それを差し引いても、冷たさに加えて、いくらかのざらつきが残っている気がしたんだ。


 ――もしかして、前にした人の汗とかが残ってんのか? 気持ち悪いなあ。


 ぱっとトイレットペーパーを取って、いったん便座を拭うも、それさえどこかおかしい。

 力を込めて拭いた端から、かすかなミントの香りがするのさ。消臭剤のたぐいならはじめから匂っていないと、おかしいだろ?

 匂いのついたトイレットペーパーもなくはないが……それがこんなこすりつけて、初めて香るようになるものか?

 そわそわしてくる俺だが、さっさと用を足そうと、座りなおして「いきむ」ものの、それがなお追い打ちをかける。

 勝手に流れたのさ、水が。俺がレバーに手をかけないうちから、肛門が楽になっていくにつれ、どんどんと勢いを増していてな。つい下を向いて叫んじまったよ。



 俺が腰かけていたのは、洋式便座じゃなかった。大きな穴の開いた、きりかぶの上だったのさ。

 周囲の景色もおかしい。先ほどまであったタイルはじゃりに、個室の壁は穴だらけの樹の枝に。つっかけていたサンダルもまた、あちらこちらがちぎれかけた、年季の入りすぎているものだ。

 そして自分が手に取っていたペーパーは、すぐそばに生えているミントの葉っぱたちだったのさ……。


 ジャー!

 また音がして、しぶきが飛んだ。

 間違いない。このきりかぶの穴の中、それも尻のすぐ下に猛烈な勢いで水が流れている。しかもそのうちのいくらかは、ねっとりと肛門に張り付いて、なめてくるかのような感触さえしたんだ。

 俺は夢中でその場を逃げ出したよ。幸いにも、ランドセルを含めた持ち物と服はそのまま残っていた。そしてそこが、学校の裏庭の奥まった茂みの中だと、初めて知ったんだ。



 先生にとがめられるのが怖くて、俺は事情を聞けなかった。職員用のトイレも、使うことはもうやめたよ。

 それから時間が経って、あの場所を探したけれど枝やサンダルを見つけることはできず、きりかぶだけが確認できた。

 穴は開いていなかったが、そこに一重だけ残っている年輪は、あのとき腰かけていた穴そっくりの輪郭でな。後になって埋めたかのようにも思えたんだよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ