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大事な人を傷つけた男の末路。

作者: 春男

思いつきで書きました。

内容の中途半端さにはどうか目をつぶってください。

続きは気が向けば書きます。

どうぞ、お楽しみください。

「愁君は本当に私がいないと駄目よね。」


始まりは、単なる彼女の嘲笑混じりの冗談だった。


「朝だって私が起こさないと起きれないし、勉強だって私が見てあげないとす〜ぐ点数落とすんだからさ。」


夏祭り特有の賑やかさに感化されたのだろう。

彼女のテンションはいつもより高かく、本音が思いっきり口に出てしまっている。


「料理も出来ない。掃除だって下手。私に感謝してよね。私がいなかったら今頃まともな生活遅れてないよ?」


一つニつ否定していいなら・・・

朝は俺が定時間に起きる前にお前が来るんだ

勉強は別に高得点取ろうとは思ってない

料理はできないんじゃなくてしないだけ

掃除はお前が完璧主義すぎるだけだと言ってやりたい。


昨晩、母親と高校への進路について揉めていたこともあり、俺はちょっとだけ彼女の小言に不機嫌になっていた。


「・・・そですね。」


だが、それでも長年お世話になっているのは紛れもない事実。

彼女の小言にはぶっきらぼうにも返事だけはしてやることにしていた。


「なんか投げやりな返事。お礼はないの?」


しかし彼女は不満げな様子。

俺はこの際だからと、はっきり自分の複雑な心境を伝えることにした。


「感謝はしてるよ・・・けどな、翆。

家がいくら共働きとはいえ、お前は俺の母親を差し置いて毎日俺だけの世話しに来るんだ。

言っとくが俺の兄貴たちが引くほどだぞ?

純粋に感謝より困惑が残ってるんだよ。

俺的には少しは普通に過ごしてくれ。」

「私にとってはこれが普通だよ。

私の趣味が愁君のお世話ってだけ。」


恥ずかしげもなく胸を張って宣言する彼女。

流石の俺も彼女に恐怖心を抱いた。


「でも愁君が嫌って言うならやめるよ。・・・嫌?」


しかし俺は彼女にとても甘いらしい。

上目遣いをされては、今までの恩も相まって彼女の気持ちを最優先にしてしまう。


「・・・はぁ〜、俺が疑問なのはタダ働きを好き好んでやるお前の感性だ。

別に嫌だとは言ってない。」

「・・・素直にお願いしてくれたらいいのに。

してくれたらもっと頑張ってお世話するよ?」

「今のままで十分です。

これ以上張りきらないで下さい。」


彼女は笑って俺の願いを了承した。

この二人の時間はお互いにとってくだらないない雑談でも価値のあるものへと変わっていく。


「あ、一応言っとくが対価は要求するなよ。

給料払えって言われても俺は金を持ってないし、命を差し出せって言われても俺の裁量で使える命なんて俺は持ってない。」

「ふふっ、安心してよ、お金ならお義母様に別途でちゃんと貰ってるんだ。

愁君の自由は取得済みだし、それに嘘だと思うだろうけど、これでも愁君ぐらいは養えるように稼いでるんだ。

多少の我儘なら聞いてあげられる。」

「・・・俺のヒモ化は絶賛進行中だな。」


この行き場のない人としての劣等感はどうしたらいいのだろうか。

彼女は嘘をつかない性格なので、中学生の身なのに稼げている事実は本当だろう。

と言うか俺に自由取得済みって・・・母さんいくらで売ったのだろうか。

人の喧騒が遠い薄ぐらい夜道がさらに自分の情けなさを煽るため自己嫌悪に陥ってしまった。


「あ、あのさ・・・!」


精神的体力消費を抑えるため、目的地まであとちょっとの道のりを無心に彼女の歩幅に合わせて歩いていると、後ろで鳴っていた彼女の下駄の音が急に止んだ。

気づけば彼女は俺の袖を掴んでいた。


「ヒモ化は・・・嫌?」


あたりは暗いが彼女の頬が赤く染まっているのが見える。


「私、これでも愁君の事なら1から100まで知ってるよ。

食事でも人間関係でも好き嫌いは全部ちゃんと把握してる。」


彼女らしくない甘えるような声。

少し震える彼女はじっと俺の目を見つめてくる。


「欲しいものがあるなら全部買ってあげられるし、愁君が望むなら・・・その・・・体・・・だって・・・。」


これでも十数年と長年の付き合いだから彼女が何を言いたいのかを察するのは容易だ。

この後の展開も、俺の選択でどんな未来が来るのかも大体のことは想像つく。


「・・・それで・・・あの・・・・。」


彼女は羞恥心が限界に来ているのだろう。

勇気が出ずに次の言葉を言い淀み続ける。

視線を合わせることもしなくなった。


「・・・その・・あの・・・。」


そんな状態が続いて数秒。


彼女が口を開こうとした矢先・・・


ヒュゥ〜〜〜〜〜・・・ドンッ!


痺れを切らした世界が大きな花火を打ち上げることで緊張で包んだ空気を一変させた。


「・・・わぁ。」


流石、俺の選んだ穴場。

花火の全貌がその美しさを損なうことなく俺達の視界を幸福で満たしてくれる。

これには彼女もご満悦。

花火に見入っていた。


数分間の至福。


それは珍しく俺も終わってほしくない時間だった。

しかし願ったところで自然の法則は変わらない。

どんな物事にも終わりはある。


彼女が今まで見たことがないほどの妖艶の笑顔を浮かべこちらを見たのだ。


「愁君、貴方が好きです。付き合って・・・くれませんか?」


迫られた選択はどちらにしろ関係にケリを付けるもの。

開けば一方通行となる幸福と不幸の扉だ。


俺は思う。


『終わりだ。』


「翆・・・。」


『これで俺は正真正銘の屑に成り下がる。』


「止めておけ。」


俺は迷いなく不幸への扉に手をかけた。


「お前は俺と一緒にいても幸せになれない。」


彼女は悲愴に満ちた表情をする。


「そ、そんなことない!私は愁君と一緒にいるだけで・・・っ!」

「あるんだろ、そんなこと。」


俺はまたそれを否定する。

今度は反論の余地もないように。


「成績優秀で、人当たりがいいお前は誰もが認める善人だ。

非の打ち所のない天才なんだよ。

・・・そんなお前に対して俺はどうだ?」


自傷的に笑う。


「奪い、壊すのは一人前のクズ。

人を幸福にした数とぶち壊した数だったら後者が圧倒的な度し難い人間。」


おそらくお互いを一番知っているのは俺達だろう。


「周りがいつも言ってるだろ?俺はお前と違って悪人なんだ。

それも何度も夜道を襲われるぐらいの恨みを買ってるほどの・・・極悪人。」

「やめて・・・。」


親以上に本音で語り合える間柄なのだからそれは間違いない。

彼女の俺を知っている発言も紛れもない事実だろう。

だが、それが今では彼女の心をえぐる原因となった。


「違うって言いたいのか?そんなわけがないと?

・・・いいや、こればかりは周りの評価は正しいよ。

俺は初恋の人が死んだって心動かなかった。

家族が死のうとも泣かなかった男なんだ。

多分だが・・・お前が死んでも何も感じないぞ?

『あ、死んだな』って感想が関の山だろうな。

・・・そう思えば、周りの悪魔って罵倒はあながち間違いじゃないな。」

「お願い・・・もうやめて・・・。」


彼女はわかっていたのだ。


俺が自虐では一切の嘘をつかないということを。

故に彼女の中にある俺の存在が、俺により傷つけられる。

これ以上ないというぐらいに彼女の心はズタズタに引き裂かれる。


目的が保身であろうとも、否定するための材料を自動的に自分自身が破棄するから、どう頑張ったって、言い訳に似た言葉しか彼女は出せない。


「・・・翆、お前は天使と悪魔が共存できると思うか?

周りが認める悪魔な俺と天使なお前。

そんな俺達がお互いに受け入れられると、本気で思っているのか?」

「・・・っ!」

「そんなわけがない。俺達は元々、相容れない存在だ。

・・・はっきり言ってやる。受け入れることなんて不可能だ。」


笑い会える友人、本音を語り合える仲間。

彼女にはそれがいる。

俺に拘る意味はない。


俺は自分のプライドにかけて彼女を突き放す。


「だから「そんなの関係ない!」・・・。」


しかし彼女だって一筋縄じゃない。


「天使とか善人とか!そんなの周りが勝手に言ってるだけ!

私は別にそう呼んでほしいわけじゃない!

そう呼ばれたくて頑張ったわけじゃない!

私はただ!愁君の隣にいても恥ずかしくないようにって!・・・頑張って来ただけで!」


彼女の努力は俺も知るところ。

だからこそ彼女の頑固さは筋金入り。


「それが邪魔だって言うなら止める!

いい人なんて止めるから・・・っ!」

「・・・受け入れろって?」


だからわかる。ただ否定しただけじゃ彼女は諦めない。


「それだけじゃない!愁君は私たちが相容れないって言ったけど、だったら今までこんな上手く一緒にいれてない!

数十年間、お世話なんて出来てるはずがない・・・っ!」


自信の源である実績がある分、その厄介さは覆らない。

涙が邪魔しても、光を灯し続けるその目が何よりも証拠。


「私なら上手くやれる!

愁君の理想像そのものに成りきれる!

私が愁君に受け入れられるよう頑張るから・・・だから!」


だから使いたくなかった最後の手札を使う。


「それはさ・・・」


彼女だけに効くその切り札。


「お前が今の俺を、まだ昔の俺のままだと勘違いしてるから出来るんだろうが。」


絶望したような目。効果は抜群だ。

彼女の心はあと少しで折れる。


「いい加減、教えてやる。

俺がお前に側を許したのは、今は亡き茜さんへの義理を果たしたかったからだ。

お前を自由にさせていたのも、お前が茜さんの妹だったからだ。」


もう彼女に言葉を発する余裕はない。

これで俺の勝利は確実。

後することは彼女の保身のための敵作成。

俺は一言一言、彼女が聞き逃さないようはっきりと自分の思いを口にした。


「茜さんはな、俺にこう言ったよ。

『翆ちゃんが人を好きになるまでは俺がそばにいてやってね』って。

俺はそれを守った。四六時中、一切の文句を言わずその言葉に従った。

けどもう、それも終わりなんだ。

お前はもう、足りなかった勇気を手に入れた。

自分の想いを言葉にする力を手に入れた。

・・・わかるか?お前が告白した瞬間、もう俺がお前のそばにいてやる意味はないんだ。

もう俺は・・・自分を抑える必要もない」


もう、彼女の目に涙はない。

彼女の中にあった思い出は全て、拒絶の対象へと変化したのだろう。

俺は彼女に告げる。


「最後なんだし、出血大サービスでお前に問いかけてやる。

なぜ俺がお前を求めないか。」

「・・・嫌っ!」

「答えだ、心して聞け。」


彼女はもう俺と関わってはいけない。

彼女のような光り輝く人間は、俺のような不幸を象徴を受け入れはならない。

だから俺は彼女を切り捨てる。


「・・・茜さんがいなくなった今、お前はもう・・・・目障りだ。」


雨でも降ってくれたなら、こんな心、少しは洗い流せただろうか。

臆病な自分を捨てられただろうか。


最後なのに・・・俺は翆の表情を見る事ができなかった。


「本当にいつも・・・自分のことだけなんだね。」


視界の外で下駄の音が遠ざかる。

星がやけに眩しい無音の世界。

俺はその場に倒れ、ぽっかりと穴の空いた心に従い、こう呟いた。



「・・・茜さん、これで満足ですか?

お宅の妹さんの弱点、ようやっと消せましたよ。」


孤独はもう俺の心に巣づくっていた。




ーーーーーーーーーーーーーー






俺には一人の合理的すぎる幼馴染がいる。

彼女の名は『本堂 翆』。

俺の知る限り、世界で一番優秀な人間だ。


彼女は勉学、運動、資金稼ぎ、どの分野においても情報先取は当たり前。

必要なものは予め準備することが彼女のポリシで、自身の立場、権力や実力を最高に保つことに全力を注いでいた。


そんな彼女だから大人子供に例外なく慕われている。

生徒会長を任されているのもその証拠だろう。

世間では成績優秀、眉目秀麗、才色兼備。

実績も好調な彼女を、天才と呼ばない人間はいなかった。


しかしこの世に、完璧なものは存在しない。


どんなに優秀なものでも何かしらの欠陥があるように、彼女にも欠点はある。



俺だ。



俺を一言で表すならそれは怠惰の権化。

どんな物事もやる気がなければ一切しないため、学力は学年160人中130位、身体能力は女子に混ざって中の上と言う成績、自称他称ダメ人間認定されている男こそ、俺『雨宮 愁』だ。


勿論、俺はそんなんだから、つるむ仲間は三軍の変人ばかり。

舐められてふっかけられた喧嘩は中三の夏休み前で計7回と、すっかり問題児。

クラス内では救いようがない阿呆と認識されるのに時間は要いなかった。


普通ならそんなバカなんて常人は関わらない。

寝てるだけで何もしなければ無害なのだから放置が基本。

俺自身、一人の穏やかさを好んでいるので特に関わることはしなかった。


・・・だが、彼女がそんな俺を許さなかった。


毎日矯正しようと近づいて来るのだ。

何においても俺を優先にする日々。

幼稚園から約十数年目となるこの日常は、周りからしたら理解し難い光景だったらしい。


テスト前では必ず家で勉強会。

マラソンや野球などの運動大会がある日には俺を連れてのランニング。

部活で試合がある時には違う部活だってのにマネージャーとしてのサポートが当たり前。


他にもいろいろあるが、彼女が何かにつけて俺に時間を割くので、中学内で俺は彼女の『癌』と呼ばれることになっていた。



初めは砂粒程度しかない男のプライドが、一切否定できない事実であったとしても、意地ぐらいは見せようと動いていた。

『やるなら徹底的に』

売られた喧嘩を全て買ってやったのもその意地が行ったこと。

勝負で負けたこともあったが、証拠の提示による責任転嫁で、試合には勝ち最後には勝利を収める。


俺の日々は翆が全ての起因になっていた。


しかしあの春の日、そんな俺のやる気が糸くずのごとく消え失せる。


一軍陽キャ集団が売ってきた喧嘩を彼女が買ってしまったのだ。


ーーーーーーー


「愁君を馬鹿にするな!」


俺が(暇な奴らだなぁ〜。)と呆れているとどこからか現れた翆の怒声がクラス内に響き渡る。


「ま、待ってくれよ本堂さん、俺達は別に、」

「さっき言った言葉、全部取り消しなさいよ!愁君は屑なんかじゃない!」


彼らの言い分はこうだった。


『ゴミ屑カスの俺が彼女の手を煩わすんじゃない。

迷惑かけるぐらいなら消えろ』


なるほどなるほど、否めないよね。

いつも通り、最善策である黙りを決め込んでいたのだが、彼女がそれを許さなかった。


「いやいやいや、そいつは屑中の屑だろ。

本堂さん知らないのか?こいつのしたこと。」

「俺知ってるぜ、雨宮は先輩に喧嘩売れれたからって、先輩の家族まで手を出して露頭に迷わしたんだ。」


おっと、人聞きの悪いことを言うなよ。

それは正確に言うと、先輩が喧嘩売ってきたから、地獄を見せてやると宣言どおりに行動した結果、彼の両親が離婚したってだけの話だ。

流石に路頭に迷うは盛りすぎ。


ん?先輩に何をしたのかって?単純だよ。


性悪な子供作る親なんてどうせ性格ゴミだろうと踏んで、四六時中張り込んで得た彼の父親の浮気の証拠をある手紙付きで彼の家に送っただけさ。

そう『親父へ、お幸せに。』って手紙を加えてね。


「私も知ってる。理由は知らないけど美咲ちゃんが引っ越したのもあいつのせいだよ。

美咲ちゃん泣きながら言ってたもん。」


俺が肯定も否もせずぼーっとしていると、おさげの子が恨みを晴らすかのような目をして叫び始める。



「・・・美咲?あぁ、あいつか。」


記憶を数カ月遡るとある女子の顔が思い浮かぶ。

美咲ちゃんは確か、今は居ないモデル活動してた翆の友達だった子だろう。


彼女は翆とペアで凄い有名だったのを覚えてる。


『絵になる二人』

『二人の女神』

『二輪の高嶺の花』


今思えば、遠回しにも消えろと煩かったのは、俺が翆のそばにいては都合が悪かったからかもしれない。


まぁ今考えても後の祭り。


仕返しに俺は彼女の夜遊びを通報して、ガラの悪いやつとつるんでいたのを彼女の両親に、写真付きで教えてあげたからか、もう彼女は転校して居ない。


転校前にはカッターナイフを向けられたこともあって腕を怪我したがま、いい経験になったから良しとしよう。


うん。いい仕事したよね、俺。


「・・・知ってるわよ、そんな事ぐらい。」


俺が「懐かしいなぁ〜」と思い出に浸っていると、翆が怖い顔して陽キャ共を睨み始めた。


「確かに愁君はいつもやり過ぎてしまう。

美咲だって愁君に関わらなかったら幸せに過ごしてたでしょうね。

そこに否定する余地はない。」


そうだ、するだけ無駄だ。どれも観点は違えど事実なのだから。


「けどね、それ全部、因果応報!

愁君を理由にして正当化していいものじゃないのよ!」


このクラスにいる全員、本当はわかっていた。


この学校を去っていったもの全員、本来、喧嘩を売ったのは俺ではなく彼ら。

そして今ある結果は、俺がそんな彼らの弱点を突き、勝負に勝っただけのこと。

ただ自分たちは、難癖つけているだけに過ぎないのだ、と彼らは理解していた。


だからこそ、彼女の言葉はよく刺さる。


俺を非難していた奴らの殆どが言葉を詰まらせた。


しかし悪事になれているものは違った。


「だけど、そいつのせいで不幸になったやつが沢山いる。

その上、あんたも同様、そいつが害でしかないのは紛れもない事実だろ。」


一人の男子が俺を指差し、悪態をつく。

周りの一軍はそれに流され、その通りだと賛同し始める。

負けるのが悔しいのか、彼らのプライドは思った以上に頑固のようだった。


「害・・・ですって?愁君が?」


おっと、もっと頑固者が目の前にいた。

翆は体を震わせて、自身の持ち合わせている殺気を俺を睨む男子に向ける。

そしてずかずかと彼のもとまで歩み寄り、手を振り上げ頬をひっぱたいた。


「私の損得を!あなたが勝手に決めないで!」


俺は勿論、クラスに残っているすべての者が目を見開いて驚く。


「私はね!愁君のそばに好きでいるの!

愁君となら落ち着けるから一緒にいるの!」


涙目になってこっぱずかしいことを躊躇なく叫ばれる。

後ろにいる俺がいたたまれない。


「人を上辺だけでしか判断できないなら・・・もう私達に関わらないで!」


彼女は悪い意味でも良い意味でも真っ直ぐすぎる。

自分の心に嘘をつかない。

だから彼女の隠していた本音はさらけ出てしまう。

自分の心に押し留めた想いが口に出てしまう。


・・・それは彼女の唯一の弱点となって。


「はい、ストップ。」


俺は彼女の視界を手で覆い胸に抱き寄せる。

彼女は一瞬驚いて体を震わせるが、少しだけ力を入れると、眠る子猫のように大人しくなった。


「感情的になり過ぎだ、少しは羞恥心を身につけて冷静になりな。」


俺が溜息をついて教えを解くと、彼女はコクリと小さく頷いた。

これで彼女の怒りは静まっただろう。

あとは目の前の陽キャ集団の後始末だ。


「・・・。」


さてさて、どうしようか。

ここで暴力で沈めてもいいがそれでは根本的な解決にはならない。

それどころか翆にまで被害が行く可能性がある。

とはいえこのままでは、彼女の評判が下がるのは確実だ。

彼らの敵を俺だけに集中させなければならない。


「・・・。」


俺は残っている左手で翆の髪の自分の鼻にまで持ち上げる。

そしてわざとらしく彼女の匂いを楽しむかのように嗅ぐ姿を見せつける。


そして嘲笑を浮かべ一言。


「醜いな、僻むのは。」


俺は彼女を連れ、クラスを出る。


「釣り合わな過ぎるだろ。」


去り際に放たれた言葉は何時までも耳に残った。




ーーーーーーー



それから数カ月の日数が経つ。


その間、みんな受験の事もあり、挑発があからさまに減った。

みんな余裕がなかったのだろう。

逆に勉強に関してはトップクラスの翆の力を借りたいからか、俺にご機嫌取りをする輩まで出た。


一方、俺はそんな同級生を傍から眺めながら、彼女が出す受験対策問題集を暇つぶしとした日々を送っている。

それもいつも以上にくっついてくる彼女と共に。


翆が喧嘩を買ったその日以降、本音を撒き散らしたせいか彼女はいつもより俺に依存し始めた。


飯は食べさせられ、風呂に入ってきたり、寝てる間に忍び込んできたり・・・彼女が積極的になったのは、もはや否定できない事実だった。


そのお陰で勉強会と称して彼女の部屋に訪れた時、あることを察してしまう。


壁に貼られた夏休み中における夏祭りのチラシに、カレンダーのその日付に記入された赤丸。


(あぁ、なるほど・・・。)


俺はこの時、告白されるのだと気づいてしまった。


自意識過剰、そう言われたらそうかもしれない。


これがただの予想で終わるのならそれはそれで本望だ。


しかし、これでも俺は彼女を一番に知っている。


彼女が俺を1から100まで知ってるのと同様、俺だって彼女の全てを知ってしまったのだからこの勘は嫌でも否定出来ない。


(はぁ〜・・・もう終わりか。)


だから俺は覚悟を決めなければならなかった。


『俺が彼女を受け入れない。』ために。

『俺が彼女を受け入れてはならない。』ために。

『彼女が俺を受け入れてはいけない。』ために


俺はしなければならないのだ。


彼女を『独立』させる事を。


『彼女を振る』、その覚悟は意外と、俺の胸を締め付けた。



そして迎えた当日。



案の定、彼女は二人きりになれる花火のよく見える穴場スポットを求めた。

そして二人きりになった途端、俺は・・・告白されてしまった。


俺は想定通りに彼女を拒む。


自暴自棄にならないよう。

慰められればすぐ立ち直れるよう。

己の弱さを噛み締められるよう。


俺は出来うる限り、恨まれるように彼女を振ったのだった。


その後、俺は一人で帰路をたどることになる。


酩酊したような頭痛。

体から温度を奪う夜風。

震える体が催す永久に続く吐き気。


孤独の道は海中の中を足掻きながらも落ちていく様な感覚で、真っ暗な自分の部屋にたどり着くと同時に俺は倒れるように眠りについた。


翌日、朝8時に、いつもとは十分遅れた時間に目が覚める。


周りを見ても、翆の姿はいない。

いつも向けられていた安心を与えてくれる優しさも感じない。

カーテンの隙間から感じる日差しはいつも以上に不快で、寝違えたのか痛む首が昨日の出来事は夢ではないのだと告げた。


そう、もう俺は一人。


これからは孤独の毒を飲みながら過ごさなければならない。


二日酔いのような頭痛に苛まれながらも、食事のため下の階へと向かう。

机の上には俺のためか、サンドイッチが置かれており、その側には一つの紙があった。


『御愁傷様。』


差し出し人不明の手紙。

俺は誰に向けるわけでもなく「うるせぇよ」と愚痴をこぼす。


心を満たす敗北感。


俺は被されたラップを強引に剥ぎ取り、苛つきを隠すためにサンドイッチを口に放り込こんだ。


モサッとした白色の柔らかいスポンジ。

噛みちぎれる層になった黄色と薄赤色のゴム。

シャキっと千切れるだけの紙。


「・・・不味。」


共に生きている理由とともに、俺は味覚を失った。

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