四話の裏話
とある日、ココアウサギの獣人 赤城 史織はちゃんと起きて、朝ご飯を自分で用意していた。
形にすらならないおにぎりを、史織の父親は「なんだそれ!爆弾か?」と言いながら笑った。
最悪の朝だった。
なぜ、いつも酒を飲んで朝帰りしている父がこの時間に起きているのか…。
本当にこれが爆弾なら、気持ち悪い顔で笑っている父親に向かって投げてやりたかった。
”酒臭い父親なんて居なくなれば良いのに。”とも思ったが、言葉にするのは止めた。
「うっせー!ジジイ!これでもおにぎりなんだよ!」
そういって、そのまま「おにぎり」を口に入れたが、まずい米の味しかしなかった。
それでも、全て食べようと頬張る。
普段なら学校なんて行きたくなくて、「コアラさんチ」に行くのだが、今日は学校へ行く事にした。
反抗心から行かない事にしているのだが、最近この村に引っ越して来た女の子も、コアラさんチで勉強する為に、学校が終わった後の数時間、その家に来ている。
最初は気にしないでおこうと思っていたが、外国から家族でこの国に来て、住んでいる家はあのコアラさんチの隣の「緑色の屋根の大きな家」に住んでいるらしい。
という事は、金持ちなんだろうか…?
しかもここ数日の間に勉強を頑張っているのは、史織の目で見てもあきらかだった。
コアラさんの話では、『お友達を作りたい。気になる子がいる。』との事で、最初は「へぇー」くらいだったのに、「同級生のハムスターの獣人の女の子」と聞いた途端、史織は顔色が変わった。
その子は以前、男の子と公園に来た子で、先客として史織と友達のペルシャネコの獣人の女の子、深雪がブランコに乗っていた。
そこに「次にブランコを使わせて欲しい」と頼まれた時、深雪が「はぁ?なにいってんの?あんた何年の奴ら?」と聞くと、「一年生」と返ってきた。
それを聞き、「私ら三年だよ?あんたらより年上なの!譲って欲しいなら、それなりの態度見せなよ!」と怒鳴り散らした。
深雪がなぜそんな事を言ったのか、史織には分からなかった。
そのまま二人はブランコを譲らず、ハムスターの獣人の子たちは帰って行った。
二人が帰った後、なんでそんな事を言ったのか?と深雪に聞くと、むしゃくしゃしてた、と返ってきた。
学校での出来事が深雪の中で消化されず残っていたらしい。
史織はその時「ハムスターの獣人の女の子」と聞いて、その事を思い出した。
自分より体が小さく気弱そうなのに、ちゃんと「譲って欲しい」とお願いしに話しかけてきた事。
その子と仲良くしたくて彼女は頑張っているのか、と思った事。
その子達に比べて自分は学校にも行かずにいる事、深雪を学校で一人ぼっちにさせている事など、さまざまな事が頭をよぎった。
その事がキッカケで、”行ける時は行こう”と決めたのだ。
それなのに朝からこの仕打ちである。
史織はやっぱり行くのを止めようか…とも思ったが、学校で嫌な事があってもちゃんと毎日通って、勉強している深雪の事が気になり、おにぎりを自分で作って食べてから行く事にしたのだ。
父親や母親の事はどうすることも出来ないが、味方でいてくれる深雪だけは大事にしなきゃ!と思っての行動である。
史織はおにぎりを食べ終わると、水を飲んで一休みしてから、洗面所へ行ったりと準備の続きをしようと考えていた。
父親が見ているテレビから音がする…。
それは色鉛筆セットのCMだった。
変わらない白い毛色のウサギのキャラクター。
史織は思わずテレビから目をそらした。
”さて、準備して学校へ行こう。”
史織はダイニングにある椅子から立ち上がり、洗面所へ向かった。
「おう、めずらしいな、しーちゃんが学校行くなんて!なんだ?めかしこむのか?男でもできたか?おとーさん泣いちゃうぞー!」という父親の言葉は聞かなかった事にして史織は準備を進めた。
黙って部屋を出ると父親が玄関までついてきた。
「しーちゃん、史織、気を付けていけよ、一杯勉強してお父さんのようになるなよ」
「うるせー!言われなくてもならねーよ。」
「いってらっしゃい!」
父親は酒臭くて、やはり気持ち悪い笑顔だった。
”変なジジイ”
史織はそんな父親に見送られて、学校へ向かった。
朝から憂鬱な時を過ごしているのに、学校へ着いた途端、ポツポツと雨が降ってきた。
傘は持ってきたが差さずに済んだ。
雨が降るとは分かっていたが、なんだか雨音を聞いていると憂鬱になる。
そうでなくても憂鬱な朝だったのに。
三年生のクラスへ入ると、空気が変わった。
珍しく史織が来たからだ。
気になったが無視して自分の席へ座った。
ひそひそされているが気にしない。
先に学校へ来ていた深雪が史織に声をかけてきた。
「めずらしい」
「なにが?」
「学校来るなんて、しかも雨の日にわざわざ」
「別に…今日の給食のソフト麺が目当てだよ」
「給食?それだけ?」
「悪い?」
「別に」
史織は、とある子の顔を思い出した。
「カーラ」
「は?カーラー?カーラーってあれ?私たちが小さい時、うちのオバサンが、犬の獣人の毛並みを見て、犬の獣人専用サロンだかに行ってもらってきて、巻いて寝たらひどい毛並みになった時の、あの毛に巻くやつ?あれ、たしかカーラーだよね?ピンク色の筒型のやつ」
「ちがうよ、いや、ちがわないけど、私が言いたいのは、カンガルーの獣人の女の子の話、あの子、カーラっていう名前なんだって、意味は愛しい子だって、すごいネーミングセンスだね」
「あぁ、コアラさんのお隣さんの女の子だっけ?」
「そう、カーラっていう名前らしいよ」
「ふーん」
「その子、新しい友達作るのに、今、必死に勉強してるんだって、なんかハムスターの獣人の女の子らしいよ」
「へぇ」
「なんかさ、うちらより小さいのに、なんていうか、そのがんばってて、えらいよね」
「そう?普通じゃない?」
「うん、普通な事だけどさ、なんていうんだろ、あー!わからないや」
「変なの」
「そう、今日はなんだか変なんだよ!」
「でも、なんとなくだけど、私もなんかこのままじゃやだなって気分の時あるよ、もう少しお姉さんになりたいって感じっていうの?なんか、大人じゃなくてね、十代くらいのお姉さんってやつに憧れる」
「うん、早くお姉さん的な感じに私もなりたいよ、自由が欲しい。」
二人は憧れの女性像を想像した。
いつかそんな女性になりたい。
その思いは二人の中で大きく広がっていった。
パチンコ店でパチンコを打っていた史織の父親は、だいぶ稼いで店を出た。
仕事を失って家にいるようになって、妻は他の男とダブル不倫中。
元々パチンコは好きだったが、仕事が無くなったらどっぷりハマってしまった。
娘からは邪魔者扱い。
今は自分も、不倫相手と一緒に居る時間が一番楽しい。
自分でもなんとかしなきゃと考える時もあるが、結局、今のままで生きてしまう。
空はどんよりと暗く雨はずっと降りつついている。
あの時、自分の父親から言われた「おまえはこのままだと、奈落に落ちて、駄目な人生を歩む事になる、だらしなくて、酒にパチンコに女!立派な父親なんて、なれるわけないだろ。だから今、子供が生まれたのをきに改善していくんだ。俺の仕事を継げ。」
結局、継いだ所でダメにしてしまったが…。
「はーぁ、やってらんねー」
家に着き最初の一言がこの言葉だった。
自分の父親がまだ現役で仕事をしていた時から、この家に住んでいる。
名義は自分の名前になってしまった。
うるせージジイは老後の人生は、自分で好き勝手に生きる。と言ってどこかへ行って、そのまま亡くなった。
自分もいつかは誰も知らない土地にでも行って、自由を手に入れてから死にたいと思っているが、自分には父親のような人生は無理だろう。
「史織には、なんか言ってみたが、結局うるせージジイとしか、思われてねーだろうな」
自分の言葉遣いが、そのまま娘に受け継いでしまった。
父親に対して「うるせー!ジジイ」と言ったのは、自分の方だった。
それを娘に言われるようになるとは…。
父親からは、散々「親に向かってそんな言葉を吐くな!」と怒鳴られたが、娘にはそんな気は起らない。
言われてもしょうがないような父親だと、自分でも思うからだ。
「親父が生きてたら、今の俺は情けなくて、怒鳴る気にもならねーだろうな」
リビングのカレンダーを見ると、妻の字で『おじいちゃんの命日』と書き込まれていた。
「ジジイ、なに死んでんだよ、俺はまだ、ダメなままだぞ、ジジイが叩き直してくれるんじゃなかったのかよ、全く…勝手に死にやがって」
『翔平、俺はまだ死んでないぞ、南の島で悠々自適な生活で、ばあさんと一緒にのんびり暮らしているぞ』
ジジイの声が聞こえた気がするが、この家には、今、自分以外は誰もいない。
シーンと静まり返った家の中、雨音だけが鳴り響いている。
【番外編 四話の裏話】 終わり