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十六話『差異』

 きちんと油が注されて整備されているのだろう、木製の扉を壁に固定している蝶番は音を立てることなくスムーズに内側へと開いた。


 こちらも有事の際に扉の前に重い家具を置くことで外敵の侵入を阻む目的もあり、内向きに開く構造になっているらしい。


 美しく磨きあげらた木目の床には、毛足が短いシンプルな絨毯が敷かれており、車輪の大きなカートを押しながらでも問題なく進むことが出来た。


 流石は王族や高位貴族のための部屋、寝室と居間、トイレと浴室簡易キッチンまで完備されており私の暮らす自室とは設備の充実ぶりが違う。


 洗面台は浴室に併設されているようで、前日に教えられていた通りタオルや洗面用のお湯などをセッティングしていく。


 簡易キッチンのオーブンに着火しやすいようくしゃくしゃにした紙の上に小さく砕き短時間の使用に適した木炭をくべると、お湯をもらう際に調理場で用意してきた火種を使って火を起こし、少し冷めてしまったお湯を暖め直す。


 忙しく、しかし物音や気配は最小限になるように起床の支度準備を整えると、朝日を遮っていた重厚な深緑色のカーテンを開けていく。


 朝日に照らし出された部屋は扉の豪華さとは裏腹に、ここが王族ご暮らす部屋だと事前に知らなければ、わからなかっただろうなと思えるほどに、シンプルだ。


 木の風合いを生かした家具類はしっかりした造りだし、クリーム色の無地の壁紙と腰までの高さに木の板が貼られたダークブラウンの腰壁が重厚感を醸し出している。


 先程の扉の豪華さと部屋の落ち着き具合がちぐはぐで、あまり派手な物を好まなかった勝っちゃんらしいなと思うのはきっと私だけだろう。


 全ての準備を整えて、居間の奥にある扉を軽く叩く。


 入室の許可を頂くために暫く返事を待ってみたけれど反応がなくて、不安になった私は寝室へと続く扉を静かに押し開けた。


 居間と同じ深緑のカーテンを閉めた切っているため、部屋は薄暗いけれど部屋の奥に設えられた大人が三人は並んで寝ることが出来そうな大きなベッドはしっかりと視界に捉えることができる。 


 ふと、レオナルド様の寝顔を見てみたくなってフラフラと不用意にベッドへと近づいた私は、次の瞬間お仕着せの胸元をガシッと掴まれ、ベッドの上へとレオナルド様に引き倒された。 


 抵抗する暇もなく、私の両手首を大きな左手で意図も容易く拘束している。


 殺気を放つ鋭い視線は手負いの獣のようで、身体が恐怖で竦み上がる。


 いつの間に用意したのか喉元を長剣の鞘で圧迫され息が苦しい。


 そして自分を引き倒したレオナルド様が知らない誰かのような気がして恐怖に身体が震える。


 ガチガチと上手に噛み合わない歯が小さく音を立てる。


「……ん? 暗殺者じゃない?」  


 まだ寝ぼけているのか、そんなことを言いながら首をかしげているレオナルド様の顔から険が取れる。


「おっ、おはようございます殿下。 本日より殿下付きの侍女見習いとして参りましたユリアーゼ・アゼリアでございます……ご起床の支度が整いましたのでお願いいたします」

  

 ドキドキと不安と恐怖と愛しさと切なさと、何が原因かもわからないほどに複雑に入り乱れた思考で心臓が早鐘をうっているけれど、なんとか声を張り上げて言った。

  

「ん、そういえば今日から侍女見習いがつくと言う話だったな。 すまないが今度からは扉の前から叫んで起こしてくれ、うっかり殺しかねないからな」


 まだ寝ぼけているのか、はたまた本気で言っているのか判断に迷うところだけど、拘束が解かれたので素早くベッドから逃げると、本日の着替えの制服一式を差し出した。


「承知いたしました。 こちらお召し物になります、御召し替えのお手伝いは要りますでしょうか?」


「いや自分で出来る」


「それでは私は、隣室にてお湯を準備して御待ちしますので準備が出来ましたら御呼びいただくか隣室へ御移動願います」


 早口で用件を告げて急ぎベッドから下りると、逃げるように寝室から外へ出る。   


 色んな意味でドクドクと心臓が早鐘を打って落ち着かない。


 出てきたばかりの扉に背中を押し付け蹲る。


 震える両手を組んで胸元に押し付ける。


 勝っちゃんの筈だ、でも先程の殺気に満ちた様子が記憶にある優しい彼の姿から外れ過ぎる。


「勝っちゃんなのよね?」


 初恋を美化しすぎているのかな?


 それともあれ程の殺気で動けなければならないような生活を強いられて来たの?


 もしそうなら悲しすぎるよ……


「勝っちゃんは私が守る……」


 決意を新たに洗面用のお湯を用意するために部屋を離れた。


 

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