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十四話『侍女って幸せ』

 愛しの勝っちゃんことレオナルド様と世界を越えた感動の再会を果たした私は夢心地で寮の自室へと戻ってきた。


 まさかこんなに早く勝っちゃんに……いいえ、レオナルド様に再会出来るとは思っていなかった。


 神様ありがとうございます! 前世で神様に祈るなんてお正月か受験のとき位しかしたことがなかったし、そもそも無宗教……違うな……八百万も神様がいるとされている島国産まれの多神教信仰者な私としては、生まれてこのかたこれほどまでに神様に感謝したことはない。


 今日一日で色々な事があった。


 不愉快なこともあった気がするけれど、そんな些細なことはどうでもいい!


 制服を脱がずにベッドへ倒れこみ、枕を抱えてゴロゴロと転がる。


「レオナルド様(勝っちゃん)、レオナルド様、レオナルド様」


 昔の名前は言えないけれど、今の名前ならいくらでも口に出来る。


 姿も声も身分すら違い過ぎるレオナルド様に本来ならば下級貴族の令嬢でしかない私じゃ面識すら持つことが出来なかっただろう。


 使用人のような扱いを受けたり、打たれたり色々と辛い思いもしたけれど、その事実があったからこそ、こうしてレオナルド様の侍女になれると言うのなら感謝しよう。


「おっ、なんだ先に帰ってきてたのか」


「シア、お帰りなさい」


 ガチャリと音がして部屋のドアを振り返ればちょうどグラシアが帰ってきたところだった。


 女性騎士になるための鍛練でもしてきたのだろう、女性でも扱いやすそうな細身の長剣を腰に下げて入室してきたグラシアは、身体のラインに沿った形のぴったりした濃紺のズボンに胸元や袖口にフリルの着いた白いブラウスを纏っている。


 ポタリポタリと長い髪から落ちた水滴は明らかに汗だくと言うには多すぎる。


 胸元のフリルのおかげで大切な場所は守られている物の、いい感じに濡れたブラウスが肌に張り付き、胸元に巻いたサラシが透けて見える。


 水も滴るいい女がおりますよ。  

  

 ベッドから立ち上がってリネン等の備品置き場から大きめのタオルを取ってグラシアに持っていく。


「はいっタオル。 もしかして水被ってきたの?」


「ありがとう。 いやぁ暑くてさ、我慢できなくて井戸で水浴びしてきた」

 

 にひひっと笑うグラシアの無防備な姿に苦笑する。

 

「いくら女子寮とはいっても、シアは美人なんだから水浴びは危ないわよ?」 


「そうか? 普通にやるだろう」


 コテンと首を傾げるグラシアの反応が可愛いけれど、無防備過ぎて危うい気がするのは何故だろう。


 流石に部屋の中まで水滴を落として入りたくなかったのか扉を開けたままだったこともあり、グラシアの肩が後ろからワシッと掴まれた。


「犯人見つけましたわ」


 廊下に滴った水滴を追って来たのか、大変凄みのある微笑みを浮かべた、フリーダ女史がいらっしゃいます。


「グラシア嬢? 大切なお話がありますので着替えを済ませましたら生徒指導室までおいでいただけますかしら?」


「えっ、いやぁこれから私はユリアと一緒に勉強する予定でして……」


「来ていただけますかしら?」


「その、だから勉強……」


「来ていただけますね?」 


「あっ、はい」 


 背後から地鳴りでも聞こえそうな迫力で詰め寄られ、なんとか回避しようとしたグラシアだったけれど、フリーダ女史には敵わなかったらしい。


 なかば涙目で去っていくフリーダ女史を見送りながらしょぼんと項垂れるグラシアの姿が叱られた子犬のようでいつもの凛々しい姿とのギャップが大変よろしいです。


 これぞギャップ萌え。


「ぐあぁ、フリーダ女史の呼び出しとか怖いんだが」


「仕方ないんじゃない?」


 プルプルとわざとらしく自分の身体を抱き締めて震えて見せるグラシアの姿が可愛くて笑ってしまった。


「早く着替えましょ? だいぶ暖かくなったけど、そのままじゃ風邪を引くわよ?」


「そうだな、ああぁ……行きたくないぃ」  


 自分のクローゼットから私服を取り出すと、部屋の奥にある脱衣室へグラシアが不満げに消えていった。


 私は自分の勉強机の椅子に座ると、机の引き出しに備え付けの鍵を差し入れてクルリと回す。


 カチリと小さな音を立てて開いた引き出しから日本語で書かれたノートと、グラシアから教わった学園に通っておられる貴族の令息と令嬢の情報が書かれたノートを取り出した。


 ノートの一ページ目にあるのは勿論レオナルド様の情報だ。


 教えてもらった時にはただの資料だったのに、今はレオナルド様の名前が書かれているだけで愛しい。


 指先でレオナルド様の名前をなぞると、もうひとつの秘密のノートを取り出して机に広げる。


 インク壺に鳥の風切羽を利用した羽ペンの先端を少量浸してノートに今日の日付を記したあと、今日の出来事を日本語で書き示す。


 日本語を知っている人でなければ決して読めないだろう。

 

 グラシアに教えて貰ったことを簡潔に箇条書きしたあとに、彼との出会いと話したこと、侍女として側に居られる幸福な気持ちをつらつらと書き連ねていく。


 完全に日記帳と成り果てているけれどひとりで見るのだから問題ない。


 侍女として仕える者は実務を全うするために主人の許可する空間へ出入りするための許可証が発行される。

 

 元々王族と侯爵家以上の高位貴族のみが下位貴族の生徒を将来の側近として従者や侍女を召し抱えられる。


 男性王族のとの婚姻は、基本的に高位貴族の御令嬢が相手として選ばれる。


 王太子は侯爵家以上、第二王子以降は伯爵家以上の御令嬢から選ばれるのだけれど、幼いうちに婚約者を定められて王子妃、王妃としてふさわしくあるように厳しいお妃教育が課せられるのだ。


「私は子爵令嬢でしかない……」


 だからどんなに望んでも王太子であるレオナルド様の花嫁候補にはなれない。


 愛しい彼に会いたくて世界を越えてきたけれど、この世界で身分の差が現実としてのし掛かる。


 転生しても気持ちを伝えることすら許されないしがない子爵令嬢だけど、こうしてレオナルド様の側に侍る機会に恵まれただけでも幸せだとカミー様には感謝しなくてはならないだろう。


 転生前から長期間片思いの恋煩いをしてきたせいか、だいぶ幸せだと感じるレベルが低下しているのだろう。


 今は婚約者を亡くされてお相手はいないけれど、将来的にレオナルド様は王太子妃にふさわしい高位貴族の御令嬢を婚約者に迎えられる。


 そんなことを考えただけでツキンと胸に小さな痛みが走けれど、こんな痛み前世での勝っちゃんロスに比べたらどうと言う事はない。


 少なくとも侍女としてなら側に侍る事を許してもらえた。


 今はその幸せで満足だわ。


 グラシアがフリーダ女史のお話し合いに出掛けてから少しして、部屋に訪ねてきたのは、フリーダ女史だった。


「フリーダ様、あのグラシア様なら先ほど向かわれましたよ?」


「いえ、グラシア様には先に生徒指導室でお待ちいただくように伝えてあります、私はユリアーゼ様へこちらを預かって参りました」 


 そう告げられて手渡されたのは抱えるほどの大きさの木製の簡素な箱だった。


「あの、これは?」


「これは侍女としての制服になります」


「制服ですか?」


「そうです、学園の寮は決められた区画を除き本来ならば異性の立ち入りは禁止されていることはご存じですね?」


 あれ? そうだっけ?


 記憶を探ってみるけれど全く思い浮かばない。


 内心で焦りつつ、にっこりと外向きの微笑みを張り付けてごまかす。


「しかし将来高位貴族のご令嬢やご子息様の侍女や騎士、側近候補は生徒時代から主人との相性や人となりを確認するために試用期間を設ける事が出来るのです」


 主人は自分の腹心となる部下を選べ、仕える方も将来生涯己が仕えるに値する上司を見極める事が出来るためこの制度は案外上手く機能しているらしい。


「こちらは侍女用の制服になります、貴女は男性寮へ出入りすることになると殿下から私へ連絡が参りましたので、仕事で男性寮を訪れる際には必ず制服を着用してください」


「わかりました」


「指定服以外で出入りは直ぐに捕縛されますし、本人だけでなく主人にも指導不足で罰則が下ります。 出入りする際には寮の管理者に出入りするための許可証を見せてからになります」


 つまり私が決まりを守らなければ私だけでなくレオナルド様にも罰則が下るらしい。


 それは主人への明らかな裏切り行為として取られ、彼の側に居られなくなることを意味する。


 亡くなって会えなくなった時も辛かったけれど、生きているのに会うことが禁じられたら私は……狂ってしまうのではないだろうか。

 

「こちらが許可証となります、必ず見える胸元へ身に付けてくださいませ」


 そうして渡されたのは、レオナルド様を示すの意匠のブローチと許可証を入れた革のケースだった。


「決してなくさないように」


 受け取った許可証をぎゅっと胸に抱き締める。 


「誠心誠意お仕えするように」


「はい」


 なくせない、絶対に…… 



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