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十二話『攻略対象者(仮)』

 図書室を飛び出した私は、今日の授業で使用した教科書やノートの入った鞄を持ったまま人通りの少なくなった校舎内を考え事をしながら歩いていた。


 歴史を感じさせるレトロな校舎はきっと日が暮れれば私の苦手なホラーゲームのようにおどろおどろしくなるのだろう。


 うううっ、想像しただけでゾクッと寒気がする。


 人気のない校舎が怖くなって急ぎ足で廊下をすすむ。


 後ろばかり気にしていたせいだろうか、廊下の角を曲がってきた誰かに接触してしまった。


「きゃっ!」


「おっと」 


 ぶつかった衝撃で後ろに倒れかけたけど、しっかりとした腕が私の腰を支え、なんとか転倒を間逃れた。 


「すまない、まさか人が居るとは思わなかった。 怪我はないか?」


 背筋に先ほどとは違うゾクゾクが襲ってくる。


 低く腰に響くようないい声に心配するように言われて首振り人形にでもなったんじゃないかと言うくらいに頷く。  


「良かった」 

  

 安堵の息を吐き出した相手の姿を確認する。


 銀色の長い髪を濃紺のリボンで縛り肩にゆるりと垂らした儚げな美青年はさりげなく腰に添えていた手を放してにっこりと微笑みを向けてくる。


 制服のタイの色は緑色のため学年はひとつ上なのだろう。


「君は一年生なんだね、気をつけてお帰り」


 そう言ってさりげなく帰っていく男性のあとを気がつかれないようにつけることにした。


 多分彼は攻略対象者の誰かな気がする。


 ラフィール学園に在籍している生徒は男性も女性も、みな顔面偏差値が高い。


 彼らに混ざると私の容姿は埋もれるため、このラフィール学園の生徒の中で見れば私の容姿は平凡だ。


 そんな生徒の中でも取り分け容姿に優れている生徒がいれば攻略対象者の可能性が高い。


 しばらく物陰を利用して尾行する、それなりに距離を開けているため気が付かれることはないと思う……たぶん!


 勝っちゃんとは違うような気がするけれど、あのゲームは攻略対象者同士仲がそれなりに良かった気がする。


 そう、攻略対象者(仮)を追跡調査するのは勝っちゃんを見付けるために必要なプロセスの一貫なのよ。


 決してストーカーと言う者ではございません。


 そうストーカーじゃないんです! ここ大切な事なのでしっかり覚えてください。 


 現在調査対象は校舎内をゆっくりと北側へ向かって進行中。


 ラフィール学園は南に登下校用の玄関があるため、全ての授業が終了し夕方に差し掛かった現在、北側へ向かう生徒はあまり居ない。


 それぞれ余暇としてクラブ活動に参加している生徒もいるけれど、クラブ活動用に用意されたサロンは人が集まりやすいように玄関に近い場所に設けられている。


 先に進んでいた攻略対象者(仮)か廊下の角を曲がってしまったため、急いで追いかけ角から少しだけ顔を出したところで見失ってしまった。


「うそぉー、消えちゃった……」


 先ほどまで確かに前にいたはずなのにと落ち込む。


「さて、俺を尾行した理由を聞かせてもらおうか」 


 誰も居ないと思っていたのに、背後から声を掛けられて驚き身体が無意識に跳ねる。


 油が切れかけたからくり人形のように、ゆっくりと振り返れば、廊下の壁に背中を預ける形でこちらを睥睨する攻略対象者(仮)がいる。


「なっ、なんのことかしらー」


 言い逃れは難しいかなぁと思いながら視線を反らす。


「ぶつかったのは俺の不注意もあるが、そのあとずっと尾行してやがっただろう、一体誰の差し金だ?」


 背中を壁から放して少しずつこちらへやってくる攻略対象者(仮)からは先程初対面で感じた儚げな雰囲気は鳴りを潜めてしまっている。


 儚げというよりは研ぎ澄ました刃物のようで、本当に廊下でぶつかった人と同一人物なのだろうかと不安になるほどのキャラチェンぶりに驚きが隠せない。


 やばい、まるで二重人格を疑いたくなるレベルのこの性格の切り替え具合、これが所謂ぎゃっぷ萌えと言うやつだろうか。


 なんにせよ尾行は失敗したし、逃げるにしても北側に出口はない、かといって窓から逃げられるほど運動神経が良いわけでもない。


 いつの間に背後を取られたのかわからないけど、逃げようと思えば目の前の豹変イケメンの脇をすり抜けるしかない。


「気のせいですよ、お邪魔しました」


 急いで逃げるべく玄関へ向かおうと攻略対象者(仮)の横をすり抜けようと走る。 


 可能な限り重心を下げて短距離走のスタートダッシュの要領で踏み出しなんとか攻略対象者(仮)の隣をすり抜けることに成功はした。


「逃がすわけないでしょう」


 悲しいかな歩幅にあまりの差がありすぎて、あっという間に捕まってしまった。


  胸を壁に押し付けるように後ろ手に拘束され、しっかりと筋ばった男の人の手が易々と私の抵抗を封じ込む。


 どうせ壁に押し付けるなら壁ドンにしてほしかった。


 片手で器用に自分の緑色のタイをほどくと、私の両手首に巻き付けてしっかりと拘束される。


「さて、キリキリ吐いて貰おうか?」


 後ろから耳元で囁かれ、その美声と声の冷たさにゾクゾクする。


 おかしい、わたしにエムッ気はないはずだ、あったとしても勝っちゃん限定なんだから。


「何を調べていた?」


 故意に痛みを与えるようにギリギリと拘束された手首を捻られる。


「うううっ、痛い」


「黙っていればいただけ苦しむことになるだけだ、誰の命令で俺を尾行していた?」


 誰の命令で? そんなの知らないわよ、勝っちゃんを見付けるために追いかけていただけなんだから。


「貴方のお名前を教えてください! ついでに玄関はどこにありますか!?」


 力の限り大声で叫ぶ、だって命令なんて誰からもされてない!


 あえてあげるなら、父ゼイル・アゼリア子爵から言われた姉の婚約者より高位の貴族家出身の婿を連れてこいと言う無理難題くらいだ。


「迷子になりました、周囲に他に人が居なかったし話し掛けるタイミングを計っていたら怒られて怖くなって逃げてごめんなさいぃぃぃい!」


 これまでこんな声で脅されたことも、拘束されたこともない、こんなに分かりやすく殺気を向けてくる相手なんて居なかった。


 恐怖でガタガタと歯がなるし全身が意思に反して震える。


 ひゅうひゅうと喉がなり、呼吸が浅く速くなっていく。


 こわい、こわい、こわい、こわいっ、助けて勝っちゃん!


 両手足が痺れて力が入らない、息ができない、胸も痛いし視点が定まらなくなってきた。


 あぁ、せっかく異世界まで来たのに、勝っちゃんを見付ける前に死んでしまうのかもしれない。


 ぐらりと身体から力が抜け意識が落ちる。


「うわっ、ちょっと!?」


 背後から焦った声が聞こえるけど、もう無理。


「※※※※※(勝っちゃん)」


 ラフィール学園でなんど気を失えば気がすむんだろうか。

  

 

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