番外編1-2
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魔姫の番外編です。
「どうした?」
着替えを済ませ、更衣室から出てきた紅葉が、私の異変に気がつき、眉を顰めた。
私は拙い言葉で弟が怪我をしたことを伝えた。
「病院は?」
「隣県のこの総合病院です」
震える手で私はスマートフォンを見せる。
紅葉はすぐに住所を把握した。
「近くに車を停めてある。私が連れて行こう。暗田君、急いで準備をするんだ」
「え、でも」
紅葉は、いいから、と私を更衣室に押し入れた。
私は言われるがまま、着替え、店の前に停めてあった紅葉の車に乗った。
移動中、私は不安で仕方がなかった。
信号で車が一時停止した時、紅葉は私に飲み物を差し出した。
「良かったら飲んでくれ」
そう言って差し出されたのはミルクティーだった。
私はそれを受け取る。
「弟さんのことは心配だろうが、きっと大丈夫だ」
紅葉はそう言って私を勇気付けるように微笑んだ。
そうだ。姉として、しっかりしなければ。
こんなに動揺している私を見たら、弟も心配するだろう。
「そうですね。ありがとうございます。これ、いただきます」
まだ温かいミルクティーを一口飲む。優しい甘さが体に沁みた。それと同時に自分が緊張で手が冷えていたことに気がついた。
温かいってことは、私が着替えている間に買ってきてくれたのだろうか。
私は紅葉の優しさを感じた。
1時間ほど経ち、総合病院に着いた。
私は急いで、車を飛び出す。
慌てた紅葉の声が聞こえる。
「おい、そんなに急ぐな」
駐車場から病院のエントランスに駆けようとした時、クラクションの音が鳴り響いた。
音のする方を見ると、車が私の目の前に近づいていた。
「危ない!」
今までに聞いたことのない紅葉の声が聞こえた。そして、腰を抱かれ、後ろに引き寄せられた。
運転手は怒声をあげ、すぐに走り去ってしまった。
「暗田君、大丈夫だったか?」
「ええ、ごめんなさい」
危うく轢かれるところだった。
紅葉は安心したように溜息をついた。
「不安なのは分かるが、君まで怪我をしたら弟さんも心配するだろう。急がなくてもすぐに会える」
やんわりと慌てるなと注意された。
ごもっともだ。
しゅんと小さくなる私の頭を紅葉は撫でた。
「君が弟想いなのは知っている。早く会って、元気づけてあげよう」
紅葉は私の一つ上なだけなのに、その時、紅葉が頼もしく思えた。
「私はここで待っているから弟さんの様子を見てくるといい」
紅葉は魔咲の病室のあるフロアのベンチに腰掛けて、そう告げる。
私は軽く会釈すると、急ぎ足で魔咲のところへ向かった。
私が病室に着くと、魔咲は既に目を覚ましており、ケロッとしていた。
そして、魔咲のベッドの横に可愛らしい女の子がいた。
おそらく、この子が魔咲の想い人だろう。
魔咲は軽い脳震盪と足の捻挫で無事入院することなく、検診を終えることが出来た。
「もう、このお騒がせ男!」
私が軽く小突くと、魔咲はバツの悪そうな顔をする。魔咲はこの後、宿に戻るらしい。
魔咲と別れ、ベンチに向かうと、紅葉が本を手にしながら、眠っていた。
結局、医師の話を聞いたり、手続きなどをして、2時間くらい待たせてしまった。
丁度、午後5時を知らせる鐘が鳴った。
私は紅葉に近づき、そっと揺すり起こした。
「ん、ああ。眠ってしまっていたか。弟さんはどうだった?」
「軽い脳震盪と足の捻挫だけみたいで、無事、宿に戻りました。本当にお騒がせしました」
バイトで疲れているというのに、紅葉をこんなところまで連れてきてしまった。
私は申し訳なさでいっぱいだった。
「可愛い弟さんの一大事だ。構わない。大怪我をしなくて、よかったな」
紅葉とこんなに話をしたのは初めてだ。
紅葉の優しさに今日は感動するばかりだ。
私は何度も頭を下げてしまう。
「そんなに縮こまらないでくれ。友人の大変な時に手を貸すのは当たり前だろう」
私はまた頭を下げそうになるのを、ぐっと堪えた。私のその様子を見て、紅葉は笑いを堪えていた。
そして、車に乗り、病院を後にしようという時、私のお腹の音が盛大になった。
居たたまれなくなり、私は下を向いた。
「そういえば、夕飯時だな。近くに有名なレストランがある。そこに寄って帰ろうか」
今日、自分はどれだけ紅葉に迷惑を掛ければ気が済むのだろう。
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