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足を引きずりながら、バイト先に向かう。
本当は薬局に寄りたかったが、近辺に薬局がなかった。
近くのコンビニにも処置できるものはなく、そのままバイトに行かざるを得なかった。
そして、バックルームに入ると、紅葉が驚いた顔をして、こちらを見た。
「位方くん、その足はどうしたんだ」
「ちょっと不注意で」
紅葉はパイプ椅子に私を座らせ、テキパキと処置をしていく。
「ここに不注意で傷が出来るか?それにこの傷口、ガラスの破片か何かだろう?誰にやられたんだ」
紅葉は探偵か何かなのだろうか。
紅葉は鋭い目で傷口を見る。
しどろもどろになっていると、紅葉は目を細めて尋ねる。
「雪之助のファンクラブ会員か?」
この人の鋭い洞察力は何だろう。
将来は探偵になった方が良いのではないだろうか。
沈黙を肯定と受け取ったのか、紅葉は溜息を吐く。
「雪之助のファンクラブは時々過激な行動を取るんだ。私はファンクラブの会長と顔見知りだから、注意をしておこう」
躊躇う私を見て、紅葉は苦笑いする。
「君はもう少し甘えることを覚えた方がいいな」
処置を終え、紅葉は私の頭を撫で、先にバックルームを出てしまった。
私はいつからか変だ。
雪之助と一緒に居たいと思うようになってきている。
ファンクラブを恐れ、雪之助を避けることを嫌がっている。
その一方で、これ以上雪之助に近づいてはダメだと思う自分がいる。
私はこの感情が恋愛感情なのかどうか決めあぐねている。
なにせ、私は恋愛初心者だ。
雪之助に対する気持ちが何か分からない。
それに心のどこかで二次元にガチ恋しようとしている感覚に陥り、いまいち実感が湧かない。
制服に着替えようと、鞄を開くと、見慣れぬハンカチが入っていることに気がついた。
駅で、雪之助が私の涙を拭ってくれた時のハンカチだ。私はそのまま持ち帰ってしまっていたのだ。
洗濯して、返さなければ。
そして、折角なら雪之助に御礼をしたい。
暗かった私の未来に光を照らしてくれたのは紛れもなく雪之助だ。
洗濯したハンカチだけを返すだけではなく、何かプレゼントをしたいと考えた。
紅葉に迷惑をかけたばかりなのに、こんなことを考えている自分はもうどこか熱に侵されているのかもしれないな、と思った。
バイトが終わると、私より先に上がっていたはずの紅葉が待っていた。
「紅葉さん、お疲れ様です。誰か待ってるんですか?」
「いや、君を送ろうと思ってな。またファンクラブに絡まれたら厄介だ」
紅葉の言葉に私は目を丸くする。
紅葉はとにかく人付き合いが苦手だ。だから、こういったことをするタイプには見えなかった。
確かに怪我させてきたファンクラブは怖い。
私はお言葉に甘えることにした。
「今日はこの後予定はあるのか?」
そういえば、今日、雪之助のプレゼントを買おうと思っていたのだった。
ずっとハンカチを借りっぱなしも悪いと思ったが、紅葉に付き合わせるのも申し訳ない。
私が答える前に、紅葉は告げた。
「予定があるなら構わない。途中まで送ろう。不安であれば、私はこの後は予定がないから付き合うことも出来る」
思わず、私はぱっと顔を上げてしまった。
これでは行きたいと意思表示しているようなものだ。
「甘えていいと言っただろう。どこへ行きたいんだ?」
「そのお世話になった方へお礼のプレゼントを…」
「雪之助にか」
紅葉の勘の鋭さにはお手上げだ。
私はただ頷いた。
紅葉はふっと微笑んだ。
紅葉から雪之助は自宅でもコーヒーを淹れるほど、コーヒーが好きという情報を得た。
なので、私は有名ブランドのコーヒー豆とそれに合いそうなお菓子を購入した。
「きっと雪之助も喜ぶぞ」
私は包まれた小袋を大切に持つ。
踏切で待っていると、後ろから勢いよく押された。紅葉の焦った声と右腕を引っ張られる感覚。
そして、強風が私と紅葉を襲う。
「大丈夫か?」
流石に死ぬかと思った。
私は激しくなる心臓を抑えて、頷いた。
神様、これは運命に逆らった罰でしょうか。
この世界はどうやら、ヒロインだけではなく、私の死亡フラグもやばいようです。
帰宅した後、郵便受けを確認すると、腐った卵やゴミが散乱していた。
…なんてテンプレなイジメ方。
これ清掃どうするんだ。私は思わず現実逃避したくなった。
「あら、季々ちゃん、それどうしたの?」
声のした方を振り向くと、大家さんが心配そうにこちらを見ていた。
明らかに第三者の目からしても嫌がらせだと分かるだろう。私は渇いた笑いを浮かべた。
「ちょっとトラブルに遭ってしまいまして…ごめんなさい、近所迷惑ですよね。すぐ片付けるので…」
私がそう言って、空のレジ袋を取り出し、ゴミを捨て始めると、大家さんは隣のゴミ捨て場から清掃道具を持ってきてくれた。
「そんは水臭いこと言わないで。困ったら、助けてって言っていいのよ。私でもいいし、誰か季々ちゃんが頼れる人でもいいし…」
頼れる人、と言われて、私は真っ先に雪之助のことを思い出し、首を振った。
ヒロインを守ろうと躍起になっているモブ風情が、攻略対象に守ってもらうなんて、おこがましいにも程がある。
私が百面相していると、大家さんが優しい顔をして、私の肩を叩いた。
「季々ちゃん、甘えることは恥ずかしくないのよ。寧ろ、1人で抱えて苦しんでいるのを何も出来ずに見ている方が寂しいものよ」
大家さんの言葉に私はこの間のことを思い出した。自分がヒロインのストーカーだと知った時、何も言わず世界から逃げ出そうとした。逃げ出そうとした私を連れ戻したのは雪之助や仲間たちだ。
私は心が温かくなるのを感じながら、大家さんにありがとうございます、と言った。
その後、大家さんは笑顔で頷き、私と一緒にゴミ処理を手伝ってくれた。
自分の死亡フラグがなんだ。
そのくらいで怯えていたら、ヒロインの死亡フラグなんて折れるわけない!
私は死亡フラグと立ち向かう覚悟と共に、ゴミ袋の口を固く結んだ。
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