裁判4 資源枯渇
「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」
俺たちは法廷へと向かった。
「ほう。今回は地球の資源を取りすぎている人類全体が被告です。これは、あなた達も対象です」
そう言う裁判長にレナが「ナニを今更」と呟く。全く同感だ。今までも無罪に出来なかったら殺されるのだから何が違うと言うのだ。
悪魔たちは俺たちに何をしようというのか全く分からない。悪魔にするつもりなら難題にしなくても良さそうなものだし、殺すつもりなら力尽くでさっさと殺せばいい。唯一考えられるのが俺たちの苦しむ姿が見たいという事だがそこに何の意味があるのか。
「それでは自己弁護をお願いします」
「ベンゴシ……弁護士を呼んでください。私たちが被告人なら弁護を受ける権利があるはず……」
レナが裁判長に対して懇願をする。それに対してサタンが言う。
「見苦しい。貴様らの言う弁護士も被告人だという事が分からない訳でもあるまい?」
「ダ・カ・ラこそ、神や天使の弁護が必要なんです」
なおも食い下がるレナに悪魔たちが顔を見合わせて言いあう。
「ケケケ。こいつはもうダメだな。イカれちまったらしい」
「仕方あるまい。もう終わりにするか」
レナの発言には俺も気が狂ったのかと思ったが、俺たちが被告人になるのは初めてなので今まではどこか他人事だったという事だろうか。それにしてもレナとは思えない妙なセリフだ。
このままではまずいので何か考えなければと思った矢先サホが発言する。
「解決になってないって言われるとは思うのだけど、資源のリサイクルや自然エネルギーの活用等頑張ってはいるのだけど、それじゃ駄目なのかしら?」
「アア、女神サホ様。他の人たちもなんか考えなさいよ!」
お前にだけは言われたくないよレナ。
どうやらレナの発言は時間稼ぎだった様だが、そういうことは事前に知らせておいてくれ。サホとの間では意思疎通が出来ていた様だが、事前に知らされていない俺たちはレナの異常行動も考えなければならないので集中して考えられないじゃないか。
レナは片膝を付いて祈りを捧げるようなポーズでサホを見る。見られたサホは顔を赤らめて言う。
「ちょっとレナ。そんな恥ずかしいこと言わないでよ」
「くだらん茶番は止めろ!!」
「まあまあサタン。いいじゃないですか。これで裁判が続けられます。皆さんも裁判を続行してもよろしいですね」
裁判長の言葉に悪魔たちは頷く。俺たちは誰も頷いてなどいないが裁判長は「それでは裁判を再開します」と言った。
被告人という立場上、俺たちは強制参加なのは分かるが、こちらの同意も一回くらいは確認して欲しいものだ。
「ケケケ。あまりのくだらなさに、なんの話だったか忘れちまったぜ」
欠伸をしながら言うベルフェゴールにレナが言う。
「チョット、サホの話をちゃんと聞いてなさいよ。資源のリサイクルとかの話よ!」
「リサイクルの事は知っている。しかし、採掘は止まることを知らない」
マモンは俺たちを睨んで言った後、ベルフェゴールに向かって言う。
「あとベルフェゴールは茶化すのは止めてくれないか」
「ケケケ。悪い。悪い。あんまり真面目過ぎると息苦しくてよ」
ベルフェゴールはマモンを見ることなく手を振って答えた。
「あの~、採掘で思い出したんだけど~、採掘の方法を人間に教えたのって確かマモンって話があるけど~もし本当だとしたらマモンには罪はないの~?」
悪魔に詳しいルミらしい指摘だ。悪魔に罪を擦り付けるとは悪魔よりも悪魔らしい……なんて思うが勿論誉めているつもりだ。コイツは悪魔の出方が楽しみだ。
サタンがマモンに話しかける。
「マモン。貴様にも罰が必要だと言われているが良いのか?」
「我々は死なないのでどちらでも構わないが?」
「それもそうだな。結局人間を罰するだけだ」
サタンとマモンの会話を聞く限りでは、結果は全く変わらない様だ。その話にルミが待ったを掛ける。
「ちょっ~と待ってよ~。マモンが罪を被るなら~人間は無罪になってもいいのでは~?」
ベルゼブブが手を挙げる。それを見た裁判長がベルゼブブに発言を促す。
「横から失礼するよ。それは間違った考え方だ。
マモンは人間社会を発展させるために採掘技術を人間に与えたんだ。それを乱用しているのは人間だよ。マモンは採掘技術を人間に託したことを過ちだとして罰を受けても構わないと言っている。それは君たち人間に失望しているということであり、人間は採掘技術を扱うに値しない生き物だという事だ。
マモンが真に罪滅ぼしをするのであれば、それは人間を消滅させることに他ならない」
ベルゼブブが落ち着いた口調で辛辣な指摘する。
もしそうだとするとマモンは天使のような振る舞いなのだが……。そういえば悪魔は堕天使とも呼ばれ天使が堕落したものともいわれているがなにか関係があるのかもしれない。いや、果たしてそうだろうか? 堕落させるために知恵を授けたという可能性もあるのではないか。
「むぅ。つまり贅沢のし過ぎって事?」
おずおずと聞くユウナにマモンが答える。
「まあそうなるな。よって有罪」
「無罪を主張する方はいますか?」
裁判長が確認を取る。このまま有罪になるわけにもいかないのでとりあえず待ったを掛ける。
「贅沢のし過ぎと言うが、それはごく一部の人の話だ。殆どの人は貧しい生活を送っている。そして割合からすれば貧しい人の方が多い」
「なるほど。人間は贅沢をしていないと……そう主張するのか?」
「ああ、そう主張する」
「人口増加、それに伴う貧しさ。それを贅沢というか貧しいというかについては我々と人間たちとの間では見解の違いがあるようだ」
マモンは呆れた顔を横に振って言う。見解の違いなら最初からずっとだよと言いたいが言ったところで何にもならない。
「あなたたちの生活自体は贅沢そのものよねぇ。食糧はため込んでいるし、正月にバレンタイン、クリスマスでしたかねぇ、事あるごとにお祭り騒ぎ。休みと言っては遊び呆けて、仕事と称して遊びの準備をする。これが贅沢でなくて何なのよ? 羨ましいわねぇ。これらを贅沢でないと言えるほど贅沢に慣れているって事でしょうねぇ」
レヴィアタンの皮肉に耳が痛む。悪魔たちにとっては人類の仕事は無駄な遊びとしてしか見られていない。これではリサイクルや自然エネルギーでは資源の無駄遣いとしてしか見られない。
「く、くそー。俺たちは関係ねー」
クラトが叫ぶ。確かに学生である俺たちに仕事は関係がない。ただ、悪魔たちの感覚ではお祭り騒ぎで遊び呆けている事は俺たちも同罪という事だろう。
「どぅして社会のせいにしないの?」
ユウナが俺たちにそう言う。
「人類全体を対象にされている以上、社会のせいなのは既に決まっているんだ。だからそれを言ったところでどうにもならない」
「そういう事だ。そろそろ終わっていいか?」
何の情報も得られず殺されるのは避けたい。
「人類の仕事すべてが遊びの準備ではないはずだ。必要な分の食べ物を作る事まで遊びと同じにされたら生きる事も出来ない」
俺の言葉に反応する者はいなかった。この程度の言葉で悪魔たちの反論が止まるはずはないと思うのだが、なぜ反応しない。
「無視するな。どうなんだ」
「貴様の発言に反応する必要はない。分からんのか? 貴様は主張してはならない事を既に主張しているのだ。人間は贅沢をしていないという主張をな」
サタンが俺に向かって吐き捨てる。デスワードばかりに気を取られていたが、主張とは取り消せないものらしい。ただ、それは俺に対してのみ適用される様だ。だから他の人が主張すればいいだけの事だ。
「確かにそうよね。生きる為の食べ物を作る事は少なくとも遊びじゃないはずよ」
俺の考えに気付いたサホが俺の言葉を悪魔に話す。それに答えたのはサタンだ。
「主張を言う権利のない者の主張は言った時点で無効だが、制度を知らないのだから今回は特別に答えてやろう」
どうやら主張が否定されてしまったら、それ以上の主張はしてはいけないらしい。それもそうか、口のうまい奴なら間違いを繰り返しいくうちに正解に辿り着けてしまう。それでは悪魔たちとの戦いにならない。
「生きる為の食べ物を作る事は遊びとは考えていない。
だが、それでどう変わる?
無駄を増やすばかりである事に変わりはあるまい?
そろそろ認めたらどうだ。人類自体が無駄という事を」
サタンの怒気を含む声は悪魔たちもサタンを見るくらいだった。それに対し俺たちはというとサタンの気迫に押され口を一文字に噤むしなかった。
「よろしい。それでは有罪」
俺の体に数本の槍が勢いよく飛んできて体に刺さる。その勢いで後ろの壁に俺は叩きつけられた。余りの痛みに悲鳴すら上げられない。
槍は壁に刺さっているらしく俺の体は壁に張り付いたままだ。目の前ではクラトの首だけが宙を舞っている。そんな俺の前にアスモデウスが現れる。
「僕は君を殺したくはないよ。なにせ僕を分かってくれたんだから」
そう言いながらアスモデウスは俺の手や足といった致命傷になる様な場所を避けて槍を一本、また一本と刺していく。
「痛い。殺すなら一思いに殺してくれ」
「そんな酷い事出来る訳ないだろ」
なぶり殺しが出来てひと思いに殺す事をしない方が余程酷いと俺は思うのだが、悪魔たちとの見解の違いは永遠に埋まりそうもない。
「この悪魔が」
そう言った直後の槍は俺の心臓を貫いた。目の前の悪魔が謝罪を述べているようだったが、それを聞いたところで何の意味はない。
悪魔に好かれたのか? いや、どっちであろうが酷い仕打ちだ。
しかし、何の情報も得られないどころか自分の失態すら分からないとは。しかし、冷静になった今自分の失態に気が付いた。贅沢のし過ぎという指摘に対して、俺は『贅沢のし過ぎと言うが、それはごく一部の人の話だ。殆どの人は貧しい生活を送っている。そして割合からすれば貧しい人の方が多い』と一部の人を見捨てた発言をしてしまったのだ。全員を無罪にしなければならない悪魔との裁判なのになんて凡ミスをしてしまったのか。
「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」
打開策がないまま再び裁判に挑まなければならない訳だが、サホの時間稼ぎが役に立った……とは言っても決定的なものではなくもう少しだけ時間稼ぎが出来るという程度だが。
「無罪を主張する方はいますか?」
裁判長が確認を取る。『贅沢のし過ぎ』で有罪になる直前の話だ。
「待った。リサイクルや自然エネルギーの活用以外にも燃費の効率アップ等も行っている」
「うむ。よく分かっているようだね。それではこの裁判は無罪にして具体的にどうするかは宿題としよう」
俺の発言にマモンはなぜか満足している。やはり悪魔とは分かり合えないのだろうな。燃費の効率アップよりはリサイクルや自然エネルギーの活用のほうがよほど有効だと思うのだが、なぜ苦し紛れの言い訳がこんなに簡単に通ったのか? いや、リサイクル、自然エネルギー、燃費などの効率化、これらすべてで初めて評価されたのか?
「マモン。その考えはちょーっと待った方がいいわよぉ。あの人たちは全然分かっていない気がするわぁ。私もいじめ問題を宿題にしたけど、その後の話で理解していれば発言するはずのない言葉が出ているのよぉ」
そう言ったのはレヴィアタンだ。この言われようだと俺たちの方が悪魔を騙している感じになるじゃないか。
「そうは言うが、彼らには事前に考える時間を与えずここまでの答えを出しているのだ。これ以上を求めることは酷というものではないか?」
「これ以上を求めなくてもいいけどぉ。ただ、もう少し理解しているかどうかを判断した方がいいわよぉ」
「それもそうだな。様子を見る事にするよ。感謝するレヴィアタン。さて、もう少し詳しい話を聞かせて頂けるかね?」
俺たちを擁護するマモンと否定するレヴィアタンの言い合いは、俺たちにとって思わしくない結果になる。余計な事をしてくれたなレヴィアタン。
しかし、マモンとレヴィアタンのやり取りで分かった事がある。一つは、この問題にも答えはあるという事だ。もう一つは、レヴィアタンは再三『自由』を否定してきた事から考えて、宿題となっている『いじめ問題』は『自由』と深い関係がありそうだという事だ。
寄り道をしている暇はないので、資源枯渇問題に考えを戻そう。
金属やプラスチック等のリサイクル。これらは失われない。いや、厳密には金属なら錆、プラスチックも欠ける等して少しづつは失われていく。にも拘わらず悪魔は評価しなかった。これらは資源枯渇の問題に影響しないという事か? いや、確実に資源枯渇問題の対策になっている。
自然エネルギーの活用なんて化石燃料を使用しないので資源を使用していない。これを評価せずに何を評価するというのか? こちらも間違いなく資源枯渇問題の対策になっている……にも拘わらず、なぜ、燃費の効率アップなんて資源を確実に消費するもので評価が変わる?
それでは発想を逆転させて燃費の効率アップを中心に考えてみるとどうなる? 自動車は距離と燃料から燃費が計算出来る。それを人類に当てはめるとどうなる? 人類がどこに向かおうとしているのかは分からないがそれと資源から資源効率が計算出来るのではないか?
人類はどこに向かおうとしているのか? 分からない。では宇宙への進出を向かう先と仮定して考えると、それとは無関係な物を作っている事の方が多い。むしろ人の欲を満たすことが向かう先の様にも思えるが、それでは人類が強欲に負けた咎人でしかない。
「説明が出来ない様でしたら、残念ですが有罪という事でよろしいでしょうか?」
大きく息を吐いてから裁判長が言った。
「待った。人類が向かうべき未来に対して資源を効率よく使っていく事が問われているということだ」
「やっぱり、分かっていたじゃないか。ただ言い換えればいいだけの簡単なお話さ」
マモンがレヴィアタンを見て言う。
マモンは簡単な……と言っていたが、言い換えればいいだけというのにどれだけ苦労したことか。『人類がどこに向かおうとしている』かについては棚上げにしている上、とても無罪と言える状況にはないのだがこれでも簡単と言えるのか。
「待て、それならばなぜ現在は資源を取りすぎている?」
「レヴィアタンだけでなくサタンまでもこの回答では不満なのか。済まないが、こうなったらこの場で全て解決して貰うしかないな。私はもう口は出さないから、この二人を納得させてくれ」
サタンの指摘にマモンが答えてくれるのかと思いきや、まさか俺に振ってくるとは……納得しているんだろ? それなら説明出来るんじゃないのか? 分かっていない俺に代わって説明してくれよ。そんな事を考えていたら誰かが発言した。
「そんな~、マモンが私たちの味方になってくれるのなら~多数になるはずじゃ……」
「無罪は満場一致でないといけません」
主張したのはルミだったが、あっさりと裁判長に阻まれる。
「そんな~ひど~い……」
ルミが呟くが、これまでの裁判にて満場一致で無罪に出来ているのなら『ひどい』と言うより『優しい』というべきだろう。悪魔たちが満場一致で無罪に納得していたという事なのだから。
マモンは自ら解答を言わず、俺たちに言わせようとしている。悪魔が説明してはならない規則でもあるのだろう。
どうでもいい事だが、ルミはマモンに罪を擦り付け様としておいて、よくこんな事を言えるものだと思う。俺の中でのルミの評価は悪魔よりも悪魔に格上げになった。
「改善方法について努力もしているし、問題視もしている。しかし、無知の人類には改善の手段が見つからない。
結局のところ贅沢をしているとは思えるけど、贅沢なのかそうでないか判断が出来ない。
この贅沢と言われている事を止めると技術の発達が止まり、人類は地球と運命を共にしなければならなくなる」
人類の向かう先を今俺がここで決めることはできない。『人類は地球と運命を共にしなければならなくなる』とは言ったが、それが良いか悪いかは分からない。ただ言えることは良いか悪いかを決められないだけに、人それぞれで向かう先が違うのだ。つまり、また自由の悪い部分が出てきて俺たちを苦しめる。
俺の話にサタンが顔をしかめて言う。
「無能は認めるが、罪を問うな。つまり、責任能力がないと主張する?」
「勿論だ。いや、もし無能を有能に変えてくれる知識を与えて頂けると言うのなら、今後はそれに従いますよサタン様」
俺は皮肉を込めて言ってやった。
「愚かな。人間社会では責任能力がないと主張すれば罪に問われなくても、ここではそうはいかないぞ」
「まあまあ、サタン。落ち着いてください」
サタンが顔を真っ赤にして吠え、裁判長が宥めた。
「はぁはぁはぁ……どうするべきかということぐらいは答えを出していけ」
サタンは、荒い息を整えてから言葉を続けた。
「『知識を与えて頂けると言うのなら』という意見は無視されるのですか?」
「その必要はないでしょう。今の人間にその知識はないかもしれませんが知恵は与えてあるはずです。それに私はあなた方が一定水準の知恵を持っていますので当裁判に適格と判断したのです」
俺は再び悪魔に知識を求めたが、裁判長に否定された。悪魔の目的は分からないが俺たちに考えさせようとしている。
「今までの様に宿題という形にはなりませんかね」
「ならん」
俺の意見はサタンに否定された。続けて意見を言う。
「ではそれなりの時間が頂きたいのですが……」
「それもならん」
「でしたら……」
「くどい」
俺の意見はことごとくサタンに否定された。考えるだけなら宿題でも良かったはずだし、これまではそれで通っていた。しかし、今回はなぜか許されない。
「なぜ、今でないといけないのか? 少なくともそれだけは答えてほしい」
「ふん。分かっているのだろ? ならばすぐ答えることが出来るはずだ」
サタンはそう言うとマモンを見てニヤリと笑う。それに答えるようにマモンも同じくニヤリと笑う。嵌められた……ということか。
俺は覚悟を決めて兎も角発言する。
「あまり現実的な方法ではないのですが、全員が贅沢をせずに且つ満ち足りた生活が送れるようにするというのはどうでしょう?」
「それではダメだな。話が不明瞭だ。贅沢をしているかどうかの知識がないのにどうやって贅沢かどうかの判断ができるのか?」
発言は口出しはしないと言っていたマモンだ。やはり騙されたという事か。悪魔を信じるほうがどうかしていたというべきか。
しかし、マモンの指摘は確かにその通りだ。なにをもって贅沢といえるのか? むしろそれらの知識を得る方法を示した方がよほど意味がある。
「では、資源を極力使用せず、技術を発達させれば良いのではないだろうか。技術の発達により資源を出来るだけ使わずに済むようになる。
技術の発達には生活方法も含む。ストレスの掛からない生活方法などの開発だ。そうすれば余計な物を減らせるし、減らせたならそれだけ贅沢していた事が分かる」
「願望でどうにかなるとでも? 具体的にはどうする?」
今度はマモンではなくサタンだ。
「資源を極力使わないで技術を発達させるには、頭でよく考えてから答えを出す必要がある。ちょっとした思いつきで軽はずみに実験をしてはいけない。
技術を早く確実に発達させるためには多くの人の意見を聞く必要がある。一部の人だけで判断してはいけない。
それだけではなく、資源を極力消費しないようにする為に実験を行う際には類似した実験をまとめて行うようにする必要がある。
これでどうだろうか」
俺の発言にマモンが拍手で答える。しかし、サタンは追及を緩めない。
「しかし、それが実現できるようには思えないが?」
「……」
確かにその通りだ。実験というものは結局のところやってみなければ分からない。時間が限られているのだから多くの人の意見を聞く事が難しい。それぞれの実験は結局のところそれぞれで行っているのでまとめる事は出来ない。これが理想論だということは分かっている。
しかも、独裁者でもない限り制限など出来ない。サタンは独裁が正しいとでも言うのか? サタンだけじゃない自由を否定するレヴィアタンも同様ではないか。
独裁が良いとは言えない。自由を否定する事は出来ない。しかし、俺の示した理想論は間違いではないはずだ。
反論出来ずにいる俺に救いの手……いや、救いの反論を差し伸べたのはサホだ。
「しかし、あなたは『どうするべきか』だけ出せば良いと言ったはずよ。人類全体として実現不可能でも一部の組織としてなら実現が不可能な訳じゃないわ」
上手い言い方だ。俺の中で否定している『独裁者』を『一部の組織』という言い方でうまく回避している。結局のところ人類全体の総意など不可能事なのでサタンの満足する回答にはならないのだろうが……いや、独裁者などに委ねる社会であってはならないのだ。
「うむむ。やむを得ない。ここは諦めるとするか」
「ケケケ。短気は禁物だぜ。サタン様よぉ」
たじろぐサタンにベルフェゴールが笑顔で声を掛ける。それを見てムッとするサタン。
「有罪を主張する方はいますか?」
裁判長は肩を上下に動かしほぐし、欠伸をした後言った。
誰も手を上げない。しかし、悪魔たちの顔はより禍々しい笑みを浮かべている。
「ありません」
マモンは首を左右に曲げて肩を回した後言った。
「よろしい。それでは無罪」
裁判長がそう言った後、悪魔たちと話をしているようだったが声が小さくて聞き取る事は出来なかった。恐らく、『やっと終わったか』とでも言っているのだろう。
悪魔に洗脳されている様な気もするが、そのどれも自分で出した答えなので否定が出来ない。洗脳というものは屈辱を味あわされて、過ちを責められて行わるものなのか。俺はいつまで正気でいられるのだろうか。
今回の裁判は具体的な解決策を示せないまま何とか逃げ切った。サタンの上げ足を取ったサホの機転がなければ負けていたと考えると、生きた心地がしない。
法廷を出る俺には、敗北感しかなかった。