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裁判6 戦争


 「それでは裁判を始めます。まずは被告人を紹介します」


 二人の被告人がそれぞれ別の画面に映し出される。最近は人類全体を対象にしたものが続いていただけに肩透かしを食らった感覚だ。

 二人の被告人は互いに項垂れており如何にも罪を認めているという感じだ。


 「この者たちは核攻撃を行った」


 裁判長の言葉に耳を疑う。


 「核?  原子爆弾ではなくて?」


 裁判長の言葉に質問をしたのはサホだった。


 「いいえ。核ミサイルを発射しました」


 「う、嘘だ!!  それじゃあ、どのくらいの人が死んだというのだ?」


 クラトが怒りを露にして裁判長に質問する。俺も裁判長の言い分はおかしいと思う。いくら何でもそれだけの大惨事なら記憶が有って然るべきだ。悪魔たちの話が正しいとすれば元の世界で核ミサイルで死んで、この地獄に来たというストーリーが一番可能性が高い事になる。


 「被害者のリストがここにありますが、どのくらいでしょう?」


 そう言いながら裁判長は山の様な紙の束を指し示す。一枚に何人の名前が書かれているか分からないが辞書並みの紙の束は100枚という単位では済まない。

 俺が元の世界の事をもっとよく思い出そうとしていると、クラトが言う。


 「そ、そんな記憶はない。そんな事があったら、いくら何でも覚えている……そうか。そういうことか。今までの裁判も全部嘘、冤罪だったんだな。だから全部無罪で良かったのか」


 「全て本当の事ですが?」


 裁判長が顔色一つ変えずに答えた。俺たちの空気が重くなるのを感じる。その空気を破るようにユウナが言う。


 「ぁ、パラレルワールドの裁判とかだったら問題ないかも?」


 「信じられないというなら仕方ありません。

しかし、罪を犯したことを前提として判断して頂くとしましょう。それでも納得がいかないなら未来その様な事が起こると考えて頂ければ結構です」


 裁判長が首を横に振ってから言った。その裁判長にクラトが怒りを露に言う。


 「も、もういいだろ。お前らの言っている事は戯言。だから無罪」


 「いえ駄目です」


 「だ、だとするなら核ミサイルを発射して多くの人が死んで……それを無罪にする?  そんなの無理だ。無理に決まっている!!」


 クラトの怒声を悪魔たちがあざ笑う。

 クラトの言う事も分かる。実際に核ミサイルが使用されたとして使用した奴が、少なくとも国のトップにいるとすればそれは危険以外の何者でもない。罪には問えないとしても速やかにトップの座からは退くべきだ。

 裁判で勝つ為とは言え、多くの人命を奪う輩を無罪にしなければならないのか。


 「それでは有罪でいいな?」


 サタンの声に我に返る。

 感情的になったところで事態は好転しない。冷静になって無罪にしないといけない。


 「いいや。待った。今回の問題も人の命が失われた事による。

いじめ問題の際にもあったが、この人たちが危機に瀕していたとすれば無罪でいいのではないか?」


 「この人たちが危機に瀕していた。それはいい。

しかし、明らかにやりすぎだ。そもそも相互確証破壊は理解しているのではないか?」


 サタンの会話が終わると同時にレナが口を挟む。


 「ナニその、そうご……なんとかって」


 「んっ。相互確証破壊。簡単に言うと核兵器を互いに使えば互いに破壊的な被害を被る事を理解しているって事」


 言葉の意味を説明したのはユウナだった。やけに胸を張って説明しているが、知らない方が稀なのではないだろうかと思うのは俺だけだろうか?  社会の授業などで核の話が出てくると大体聞く話だ。それでなくても戦争モノのゲームやアニメは多い為、そこから興味を持てば一度は目にしていてもおかしくはない。いや、どうだろう……あのユウナが説明をしたせいもあって知っているのが当たり前と思ってしまったかもしれないが、興味を持たなかったら知らない事もあるだろうし忘れる事もあるだろう。


 「互いにって、被告人が複数いるのってまさか……核ミサイルは一発ではなく」


 レナはここに来てその事に気が付いたらしい。

 核ミサイルを撃たれたら、迎撃出来れば撃たない可能性くらいは期待したいが基本的には撃ち返す。俺としてはたった一発のミサイルの迎撃に失敗した結果なのか、飽和攻撃を行った結果なのかが知りたいところだが流石に不謹慎だろうと思い自重する。


 「さて、何発発射されたやら」


 裁判長はいつもの様に涼しい顔で言う。いつもながら正確な情報は教えてくれないが、完全な無罪を主張しなければならない俺たちにしてみれば何発撃とうが同じ事だ。

 後、どうでもいい事だが、一発ではないようなので飽和攻撃を行った結果という事で良さそうだ。


 「むぅ。パラレルワールドの話としても信じたくない」


 ユウナは依然としてパラレルワールド押しだ。そちらの方が精神的には楽だが、裁判長の話を信じるなら未来の話だ。そもそもユウナがパラレルワードの話を出しておいてそれに乗っかる事もなく、わざわざ未来と言い替える必要はないのだ。そして核戦争自体はいつ起こってもおかしくはない。

 経済が悪化する。危険人物がトップに立つ。ハッカーによってシステムが乗っ取られる。どれも可能性は低いが、核拡散防止条約は形骸化し密かに核兵器を作っている国があってもおかしくない状態にある上、サイバーセキュリティは日々の進歩について行けているとは思えない。


 「か、考えるだけ無駄だ!!

 もし未来の話だとするなら元の生活に戻っても待っているのは死だけだ。どうする事も出来ない」


 クラトが声を荒げて言った。今回のクラトはやけに苛立っている。核戦争を嘘だと信じたいのだろうか。

 いつのタイミングで核戦争が起こるか、俺たちが犠牲になるのかどうかも判らない事なのだが、核戦争が起これば日常生活は一変する。核戦争などないに越した事はないのだが、もしあるとするならば願わくば遠い未来の話であって欲しいと思うのは身勝手な思いだろうか。


 「ぁ、もし未来の話だとしたら、ここで被告人を有罪にすることで核ミサイルの発射が止められる?」


 ユウナの質問に悪魔たちは答えることなく笑っている。ユウナの質問にサホが口を開く。


 「ココで被告人を有罪にすれば……アタシたちは死ぬけど、世界は救われるってこと?」


 有罪にすれば少なくとも俺たちが裁かれる。あるかどうかも判らない核戦争の為にだ。それは割に合わない。もし核戦争が未来あるとしても止める方法はあるはずだ。


 「未来ならその可能性もある。パラレルワールドなら、犬死だろうな。

 だが、大丈夫だ。この裁判を無罪にして、元の世界に戻って未来の核戦争を止めればいい」


 俺の威勢のいい発言は俺たちを鼓舞するには十分だったはずだが、それを超えるサタンの轟く笑い声、そして叫ぶ様に言う。


 「面白い。面白いじゃないか。やれるものならやってみろ!!」


 今までにない気迫に俺は怯んでしまったが、ユウナはその気迫に飲まれる事なく口を開く。


 「ぁの……互いに核兵器を向け合っている状態だったら、互いに正当防衛が成り立つんじゃないの?  確かどちらがか一方が生き残る場合は自分が生き残る選択をしても問題はないという話だったから一般的な正当防衛とは意味が若干違ったよね?」


 「残念だがそれは通用しない。いじめと戦争を同じように考えてもらっては困る。

 いじめの際は言わば戦争状態にあったのだ。今回の場合は戦争を開始した理由が問われている。

 いじめの時の様に無能な輩を例えにされたのでは溜まったものではない」


 サタンにあっさりと言い返されてしまったが、今回の問題点を悪魔たちから聞き出す事が出来た。ユウナ、グッジョブだ。後は俺が何とかする……って言える程の考えがある訳でもないのだが。


 「考えるべきは最初の核ミサイルの発射だ。その後は応戦した結果という事で問題ないはずだ。最初の核ミサイルが事故だとすると無罪を主張する事も可能ではないか?」


 「事故ではない。故意だ」


 サタンが俺の意見をあっさりと否定する。この裁判がそんな簡単な話ではない事くらい分かっているが、一応確認はしていかなければならない。


 「牽制的な意味で使用する可能性があるのではないか?

 必ずしも最初の核ミサイルの発射で人が死んだとは限らない。いや、少しくらいは死者が出たかもしれないが……。そうであれば反撃があるとは考えない可能性もある」


 「その考えは甘すぎるのではないか?  脅しに対しては反撃しないとでもいうのか?  そもそも脅しかどうかをどうやって見分けるのか?」


 「現時点では開戦前に宣戦布告する必要がある。少なくとも開戦前は脅しと取っていい」


 「それで被害が出てもか?」


 「被害?  どのくらいの?」


 「さて。どのくらいだったかな?」


 サタンが裁判長に顔を向けて言った。裁判長がやれやれという感じに顔を横に振り言う。


 「最初の一発目の被害はこの山の様なリストの6割ですね。これを脅しとするのは無理がありますね」


 「ぐうう、脅しから悪化していった訳じゃないのか……。

 ならば次だ。

 相互確証破壊を相手が理解しているかを知るすべはない。経済制裁や挑発行為を続けた結果、一線を越えてしまったと考えることは出来ないだろうか?  この場合、相手の国力をどのくらい消耗させたかになるだろう」


 サタンは俺の発言にかぶせるように言う。


 「そうであったとしても最初の一発目はやりすぎではないのか?」


 人の歴史は戦争の歴史だ。戦争は侵略するためにある。侵略されたら自由を失い、侵略したら相手の物資を奪ってより自由に振舞える。

 『自由』はデスワードだったので、これまでは避けてきた。いや、逃げてきた。しかし、今回の敵はそれでは勝てない。だから敢えてデスワードに踏み込む必要がある。

 自由には良い自由と悪い自由がある様に思える。


 その違いがどこにあるかについては良い自由と悪い自由を比較すれば見つかる。


 「いや。やりすぎではない。そうしてまで守りたいものがあるからだ。

それが自由というものだ」


 自由を主張すると必ずレヴィアタンが否定する。


 「また『自由』を主張するのぉ?

 それなら、あたしがあなたたちの命を奪うのも自由って事でいいのよねぇ。

 それでも自由を主張する?  自由か?  規律か?  大事なのはどっち」


 元の世界の事を思い出す。自由を良い事だと主張する人がいる。規律を守る事が大事だという人がいる。そのどちらも信じるに値すると俺は思う。だから言う。


 「どっちも大事だ」


 「そんないい加減な話で済むと思ってるのぉ?  話にならないわぁ。相反する事がどっちも大事で済まされる訳ないじゃない」


 「確かに自由とはそんなにいいものじゃない。俺も自由に殺されたのでは溜まったもんじゃない。しかし、俺は自由を主張する」


 「まだ言うのぉ。いい加減にして!!」


 言葉に細工をしたのだが、思った通り理屈が通っていれば悪魔は攻撃してこない。

 この辺で自由の必要性を納得して貰ってデスワードに止めを刺さなければならない。


 「話が長くなることを最初に断っておく。


 個々の物体を示す『物体』と物体の性質を示す『定義』に分けて考える。


 『物体』についての説明だ。物体自体や物体の状態を変える事を指す。

 次に、『定義』についての説明だ。物体が持つ抽象的な性質を指す。

これ以外になにか追加する事は許さない『物体』か『定義』のどちらかに分類しろ。


 先ほどのリヴァイアサンとの問答に置き換えて説明する。

 俺を殺したい理由はなんだ?  それは自由を主張するからだろう。

俺の体は『物体』だ。だが、俺の考えは『定義』であり、自由を主張している。

もし、自由が間違いならば俺の考えから自由の主張を変えれば良いだけだ。俺の体まで変える必要はない。

俺は自由を主張し、リヴァイアサンの考えに対しての変更を求める。リヴァイアサンの考えは『定義』であるので自由が正しければ変えるべきだ。


 理由があり納得出来れば『物体』の変更もあり得るが、俺は殺される事に納得できない。


 さて、ここからが自由についての話だ。

良い自由とは『定義』を変更する為に主張する事だ。主張が正しければ『定義』を変更すれば良いし、主張が間違っていれば変更する必要はない。

悪い自由とは納得する事なく『物体』を変更する事だ。

それが俺の主張する新しい自由の在り方だ。


 捕捉説明だ。

 元の世界では自由に行動しているじゃないかと突っ込まれる前に言っておく。

元の世界では法律が定める規律に従った上で自由に行動しているが、これは規律で自由を認めている事になり、特に矛盾しない。

 だが、規律で認められた自由は責任というものまで同時に負わされるものだったが、責任というものもそれほどいいものではない。事故を起こしても責任が取れるとは限らない。過ぎた事は取り戻しようがない。責任からの回避という意味で独裁を良しと考える者もいるくらいだ。つまり元の世界の自由は行き過ぎている。


 『物体』に自由はない、これを独裁ではないか突っ込まれる前にいっておく。

『物体』に自由はないと言ったが、主張する為の自由を『定義』しておく必要がある。そして、主張が『定義』を変えていく事により独裁は起こりえない。


 これによって自由と規律が調和するはずだ。


 以上で俺の主張を終了する。

 ……」


 自由と規律、自由と責任の問題が自分の中で綺麗に纏まった。説明不足な点もあるだろうが質問があるだろうから些細な問題だ。

 俺の主張が長かったために暫く法廷内が静寂に包まれる。


 「あー。ちょっといいかしらぁ?」


 そう言ったのはレヴィアタンだ。質問が来るのは想定内だ。説明に抜けがないとは思っていないし、俺はそこまで傲慢ではない。


 「あなたの話では主張は自由みたいだけどぉ、言論の自由がある社会において自由に主張出来ているのならば問題は解消されていなければならないのではなぁい?  なぜ、あなたたちは主張をしないのぉ。それともあなたたちは独裁者にでも支配されていると言うのぉ?」


 俺は一学生でしかない。今は先生から授業として聞かされるだけだ。主張していないだけであって独裁とは違う……いや、それは俺の話だ。

 他の人は主張している。未だ選挙権はないが複数の政党などが意見を主張している事くらいは知っている。政治家だけではなく、色んなジャンルで本やテレビなどを通じて主張している。なぜそれでも問題が解消されないか、それが問われているんだ。


 「あっ!」


 何かに気が付いたような声を上げたのはサホだ。そのままサホが話を続ける。


 「そう。その通り。独裁者がいて、それに支配されているわ」


 サホにしてはとんでもない発言が飛び出し、レナが制止に掛かる。


 「チョット待って、独裁者なんていない」


 「レナ。黙って聞いて!」


 「エ?  う、うん」


 サホの気迫に押されてレナが一歩後ろに下がる。

 俺は発言を止める事は望んでいない。むしろ、発言してほしい。そうしないと言い考えか悪い考えか判断出来ない。もし発言に修正すべき箇所があるなら修正すればいいし、間違っているなら否定すればいいだけだ。

 サホは深呼吸して息を整えてから言う。


 「厳密にはレナの言った通り独裁者なんていない。でも独裁者の代わりがある。それが多数決よ。そして、多数決は必ずしも正しいとは限らない。

 多数決は悪意を持ってコントロールすれば、100人中51人の支配者と49人の従属者になる。51人の満足の為に49人が不幸になる。だから多数決は間違っている。これが私たちの自由を奪っていた元凶よ。幻の独裁者よ」


 サホの主張では多数決の致命的な欠点について納得がいかない人もいるかもしれない。しかし、俺は納得できる。なぜなら、正しいにしろ間違っているにしろ主張する人は必ず最初は一人であり、主張直後の情報が行き渡っていない時点で多数決で決めようとすれば、必ず敗北する。こんなタイミングを考慮していない制度が正しいはずがない。


 しかし、クラトはそこに気が付かなかった様で、サホに対して攻撃的に質問をする。


 「そ、それは民主主義を否定するという事ではないのか?」


 「そんな事ない!!

理想論かもしれないけど、目指すべきは全員が納得できる社会なんじゃないかな。

それが本当の民主主義の形だと思う」


 サホにしてはやけに感情的だ。無理もない多数決に対しての宣戦布告であり、恐らくは彼女の目標である平等に繋がっていくのだろうから。


 「そ、そんなのただの理想論だ。実現できなければ意味がない」


 「全員の意見を反映させる事で出来るようになる。それは最適を求める際に全員の意見を聞くのと同じ事じゃない!」


 「そ、その解釈はおかしい。最適の話はアイディアを出すという意味だろ。物理的な事だから実験で答えが出せるものであり、多数決で決める様な事じゃない。しかし、政治などは実験なんか出来ないから多数決で決めている。答えのない事について全員の意見を聞いたところで最適なんてあるはずがない。答えがなく全員の意見もバラバラになり絶対に纏まらない」


 「でも多数決が正しくない事も確かじゃない!  全員の意見を聞かずに作られた選択肢による多数決で無理やり選ばされた事が実行されて良くなるはずがない。

全員の意見を聞いていけば、いずれ全員が納得出来る意見が出てくるかもしれないのに……不平等の根源が分かったのに……」


 「び、平等。それが本心か。説明出来なかったことが証明しているじゃないか。平等なんて正しくないって事が」


 返す言葉を失って視線を下に落とすサホにレナが近づく。


 「サホ……」


 レナがサホに何か言おうとするのを俺は手で止める。レナに任せていたら多数決が正しいと言いかねないと思ったからだ。


 「俺が説明する。いいかいサホ。

 人の心は表せないから、多数決は適用出来ない?  そんな事はない。

 政治についても答えを出すものなんだよ。管理するとは数値化する事であり、マネジメントする事なんだ。数値化すれば最適は存在する。そして、資源枯渇問題を考えると人の生活は最小の出費で最大の成果を上げることが望ましい」


 「ち、ちょっと待て。それはただ働きさせるようなもんじゃねーか。そんな事が出来る訳ねーだろ。それに平等にした場合、仕事をサボる件についてどうするんだよ?  無理だろうが。出来る訳がねーだろ」


 クラトがサホの時とは違って怒りを露にして言った。

 『平等は仕事をサボる』やはり来たか。しかし、既にサホとの会話の中で既に答えは出ていた。


 「まず、ただ働きと指摘した件についてだが、最大の成果を上げる為にある程度の出費は不可欠。過度な出費は不要という意味であり世間一般のただ働きとは違う。

 次に仕事をサボるという件についてだが、『平等にする』場合はサボる事もあるだろう。しかし、『平等になる』場合は話が違ってくる」


 「な、なに?  『平等にする』と『平等になる』。それの何が違う。ただの言葉遊びだ」


 冷静になれば言葉が持つ意味は分かりそうなものだが、クラトは怒りのあまり考える事を放棄してしまったのではないだろうか。


 「『平等にする』では、どれだけ多く働こうがサボろうが強制的に平等にする事だ。

 しかし、俺が主張する『平等になる』では、教育を徹底させる事により全員の能力差を減らす事で平等に近づける事だ。個人の能力差は教育を徹底により減らしたいがなくなるとは思えないので厳密には平等にはならない」


 俺はサホをちらっと見て更に言葉を続ける。


 「いいか、今から言う言葉だけは絶対に譲れない。それは、同じ能力で収入が違えばそれは越える事の出来ない壁であり、あってはならない格差だ」


 「そ、それこそ理想論じゃないか」


 「そう。理想論だよ。だが理想と最適は同じ意味だ。個人の理想ではなく、社会全体を対象とした理想の場合に限るが。

 俺は平等とは永遠に届く事のない理想だと思う。だが、教育が良くなっていく程、平等に近づく。


 クラトは話し合いでは解決しないと言ったが、その原因は利益を主張し合うことにある。利益を主張した結果が資源の無駄遣いに繋がっている。

 政治的な事を話し合いで解決しようとサホが言ったが、それは資源枯渇問題などと比べればモノを言うだけ容易な問題ではないか。資源はモノを言わないのだから問題に気が付かない。だからどれだけ消費しても気にならなかったのだろ?」


 「じ、じゃあなんで社会は利益が多い方がいいなんて考えたんだよ。利益が少ない方がいいというのは理解しろと言われても理解出来るものではない」


 「物を作っても売れなければ在庫になる、つまり需要と供給のバランスを取る事が大事だという事は知ってのとおりだと思う。

 それと同じパターンで技術を発展させずに物を作り続けたら資源の浪費になる。物を作るのと技術の発展のバランスを取る事で資源の節約が出来る。


 社会が何を間違えたか……については多分、昔は食料を作る分には多くの物を作っても余った分はお祭り気分で食べれたからではないだろうか。昔なら豊作の時もあれば凶作の時もあるだろうから、豊作の場合の話になるかな。その際に保存出来ない物はどうするかと言えば食べるしかない。それは祭り騒ぎだった事だろうが、頑張れば頑張っただけお祭り騒ぎが出来ると考えた。それが行き過ぎたのではないだろうか」


 「ま、待て。その例えだと、どこも資源の無駄遣いはしていないから、頑張る事に問題はないはずだ。そう考えると資源の無駄遣い、資源が無くなるという事に疑問が出てくる。太陽光発電など資源を使用せずにエネルギーを作る事が出来ているじゃないか」


 そこは前に俺も引っ掛かっていたところだが、ここで引き下がる訳にはいかない。

 引っ掛かる点は『太陽光発電などが本当に資源を使っていないか』というただ一点だけだ。


 「それは地球の終わりが人類の終わり、または、地球より先に人類が滅びると考えているからではないか?  地球だって太陽だっていずれはなくなるので資源だ。太陽光発電は太陽が放出している多くのエネルギーのごく一部を利用しているに過ぎない。ゼロからエネルギーを作っている訳ではない」


 「く、くそ。いや、まだだ。共産主義では競争がない。その状態で技術が成長するとは思えない」


 「それについては、全員から意見を聞く事で解決する。いや解決するどころか、むしろ現在より発展する。今は一部の人たちが独占的に研究しているが、それを全員でやる様になるのだから。


 技術の成長という話が出たので付け加えておきたい事がある。

 人一人が消費する資源は最小である事が望ましい。これはつまり、仕事は極力しない方が良いという事だ。そして、消費が最小である以上、仕事は分配した方が良い。今の様に仕事を独占されたら、その他の人は新たな仕事を見つけなければならならず、仕事が増え消費は更に増えていく事になる。

 ここで言う仕事は意見を出す仕事を含まない労働を指し、意見を出す事を労働と見做してない。

 技術の成長は全員から意見を聞く事で行われる。労働ではなく教育として考える。教育時に一方的に教えるのではなく双方向に意見し合う形で築き上げていく事が良いのではないか」


 「そ、そんなの誰もした事がないのだから、ただの願望だ。そんな願望を押し付けるな」


 「そうだよ、ただの願望だ。しかし、一回も実行せずに否定出来るのか?  未経験であるという事は可能性がある希望があるって事だ。その希望を、やってもみないで否定して意見を封じ込めるのは問題行為なんじゃないか」


 「く、くそ。なんか納得いかねー」


 クラトはがっくりと肩を落としてそう呟く。

 俺は多くの人が信じるモノを否定したのかもしれないが、共産主義は理想を掲げただけの状態でまだ発展途上である事を考えると、資本主義と比較する自体がおかしな話である。意見を出し合って理想に近づける、または、実現不可能であることを立証するべきなのだ。

 かく言う俺もサホがいなければ共産主義なんて考えもしなかった。共産主義を騙ったソ連と言う大国が崩壊した際に共産主義の可能性はないと考えていたし、今も共産主義は未熟であるという考えを持っているのでクラトが納得がいかない気持ちも分かる。

 そんなクラトに裁判長が声を掛ける。


 「どうしました?  納得できない事があるなら主張するべきです」


 「り、理屈的に納得できない訳じゃない。気持ちが納得していないんだ」


 「どういう気持ちですか?  あなたは主張するべきです」


 「く、くそお。サホ……とシュウヤの意見の可能性を認める」


 「それは論戦での負けを認めるという事ですね」


 「そ、そうだよ」


 負けを認めたクラトは更に肩を落とし、しぼんだ様な姿勢になる。俺はクラトと論戦を繰り広げた。しかし、それはクラトを屈服させようとか精神的苦痛を与えようとした訳ではない。

 俺の考えに間違いがあれば教えて欲しいし、正して欲しいのだ。逆に相手の考えに指摘するべき点があれば指摘する。それが話し合いをすると言う事だと俺は思う。


 「正直じゃないけど、ふふっ。まあいんじゃない?  そういう事にしておいてあげる」


 レヴィアタンが微笑みながら言う。やはり悪魔はクラトの悔しさを判った上で無理にクラトに発言させたのか……この悪魔め!


 「ふふっ」


 横から微かに笑い声が聞こえた。振り向いてみるとルミが笑みを浮かべてレヴィアタンを見ている。この笑みの真意を測る間もなく、裁判長が言う。


 「他の方は納得は出来ましたか?」


 そう言いながら裁判長はレナ、ユウナ、ルミの順番に回答を促す。


 「アタシは、サホを信じてるから」


 「んっ。シュウヤを信じる」


 「私なんかを~気にかけて頂けるだけでも幸せです~。私はルシファー様を信じます~」


 全員がルミの方を向く。その顔は恍惚の表情で裁判長を見つめていた。

 どういう事だ。なんで悪魔を信じるんだ?  言葉にならない。


 「ケケケ。なんか今変なヤツを信じた奴がいるぜ」


 そう言ったのはベルフェゴールだった。それに対して裁判長は即座に反応する。


 「こほん。変なヤツと言わないでください。それに私は裁判長です」


 悪魔たちが笑いをこらえられず噴きだす。横を向いて笑い顔をこちらに見せるのを避け、大笑いするのを我慢している感じだ。今までの悪意の滲み出た声とは違い本気で笑っている様に感じる。

 多分、今の俺の口は開いているだろう……そして暫く塞がるとは思えない。

 悪魔が……悪魔たちが壊れた!?  こんな奴らだったか?  なにが原因だ?  ルミの不可解な行動で悪魔たちの反応に変化が生じたのか?


 他の悪魔より先に立ち直ったレヴィアタンが咳ばらいを一回した後口を開く。


 「自由と規律の話は分かったわ。納得してあ・げ・る」


 レヴィアタンが満足気な顔をして頷いている。今回の裁判もなんとか勝ったなと思った直後、サタンが言う。


 「自由と規律の話で盛り上がっているところ悪いが、今回の裁判の事をお忘れではないのかね?

 自由が奪われる事を危惧して大量破壊兵器が使用されるのは当然という訳か。それで無罪だと?」


 あ、そういえば今回の裁判ではまだ無罪を主張してなかったっけ?


 「ああ。そう主張する」


 「い、いや。それでも核はやりすぎだろう」


 まだ納得がいっていないのはクラトだった。

 人間どうしだというのに、執拗いな。クラトが言わなければ悪魔たちが言うだろうから、変わらないだろうが。


 「自由……。どちらかと言えば表現の自由と言う方が近いか。それが奪われて納得出来るか?」


 「う、うーん。表現の自由と核を比較してもピンとこないな。比較の対象にすらならない」


 「『ペンは剣よりも強し』という言葉があるが剣つまり核よりも強い、表現の自由が奪われたらどうかるか。意見を封じられるという事は言いなりになるという事だ」


 「で、でも命あっての物種だろ?  命がなければ表現の自由もない」


 「命あっての物種だから相手の言いなりになっちゃダメなんだ。相手の言いなりになるという事は、その後いつ命を取られるか分からないという事だ。だから命の次に大事なのが表現の自由だ。

 さらにいうと相手の表現をきちんと聞くことも大事だ。相手の話を聞く事で相手に剣を持たせなくても良くなる。ここまでくればむしろ戦争は起こりえない。

 相手の意見を尊重し、自分も意見を主張する。その上で節制に努めれば問題の起こり様がない。いや、節制というもの自体が人間の主張とその他の尊重によって実現することなんだ」


 「い、今の社会だって個人の意見が通るような事は殆どない。いじめられていると主張しても誰も聞いちゃくれない。でも、だからと言って社会が命を取る様な事はない」


 「そんな世の中だからいじめられて自殺しても、いじめがなかった事にされる」


 「そ、それでは話が違う。社会は確かに隠蔽するかもしれない。しかし、社会が殺している訳じゃない」


 「社会に意見が通れば、いじめ自体がなくなり、殺されることはない。社会が殺しているのと同じだ」


 「……」


 クラトが言葉に詰まり暫くして裁判長が言う。


 「有罪を主張する方はいますか?」


 誰も手を上げない。しかし、悪魔たちの顔はより禍々しい笑みを浮かべている。


 「いや。ない」


 サタンが目を瞑って答えた。


 「よろしい。それでは無罪」


 今回も殺されずに済んだ。悪魔たちとの裁判にも慣れてきたという事だろう。俺は今回の裁判で全てを悟ったつもりでいた。後いくつ裁判があろうとも負ける気はしなかった。なぜなら元の世界で誰も辿り着けなかったところまで来たのだから。



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