望まなかった晴れ舞台
昔から雨が好きだった。
外に出るのが何かと億劫で、小学生だったら楽しみにしてしかるべき遠足も、中学のときの自然学校や体育祭も、「雨が降った」とサボる口実を作るために、逆さてるてる坊主を何個作ったのか分からない。
時には荒天を祈って逆立ちのまま眠ろうとしたこともあったが、杉田 陽大は、信じられないほどの晴れ男だった。
「うおお・・・初出社の今日も、晴れまくってるぜ・・・」
無難に大学を出て、無難に就職できた杉田は、人生で幾度も奇跡のような天気に出会ってきた。
曰く、「俺がどうしても悪天候の日に外出しなければならないなら、その時だけピタリと雨が止んだ」
曰く、「あまりにも体調が良い時は、晴天を超えて、天泣 になる」
徒歩3分の場所にある仕事場とコンビニくらいしか外出しなかったので、彼のそんな特質は、誰も知らなかった。
杉田の引きこもりがちな人生が動いたのは、もう10年も職場と自宅を往復し、その勤務先である光学関係の研究所で、あまり意味のない特許を取得した頃である。
「ええ~? お前が晴れ男だってぇ? ホントかよ」
珍しく宴会の主役として飲みを断れなかった杉田は、そこでそんな話を持ち出していた。
「いや、ホントですって。オレ・・・いや僕が何か公的な行事に参加すると、絶対に晴れるんです。台風の日でも、雨は止まります。僕が建物の中に入った瞬間、また降りだしますけど」
大真面目な顔をしてそんなことを語るので、宴会に来ていた皆は半笑いになっていた。
もちろん、からかい半分で訊いてくる者もいる。
「じゃあさ、俺 ”雨男” なんだけど、こんど娘のイベントが屋外であるんだよ。”よさこい祭り” みたいなやつ。その日は特に晴れてほしいって娘が言ってたからさ、お前来てくれない?」
同僚の一人が、そんなことを尋ねてきた。
「嫌だよ。俺、休みは極力家で寝転んでるのが好きなんだ。ダラダラ雑誌読みたいし、何か美味しいものを出前とったりしてストレス発散してるんだ」
日頃から鬱屈とした研究室ですごしているせいか、広めのリビングで燦々と日光浴するのが彼の習慣である。
もちろん雨の読書ほど得難いものはないが、さすがにそこまで天気を操れるわけではない。
しかし同僚はしぶとく、
「・・・なあ、頼むよ。家族サービスほとんどしてねえから、肩身が狭いんだ。晴れたら一万円払うからさ。何なら今度、仕事の雑用も手伝ってやるよ」
概ね少数の光学チームで仕事をしている杉田にとっては、それはなかなかの提案だった。
みんな解析の細かい処理を後回しにしているので、なるべく致命的な前進をする前に、不安要素を回収しておきたかったのである。
「・・・分かったよ。
でも一度だけだからな? あんまり天気を自分の都合で左右させてると、すげえ運を使っちまってるような気がするんだ」
仕方なく杉田はそう答えていた。
同僚の右藤は、「よっしゃ、みんなこれでコイツの話を検証できるぜー」と酒のノリで周りに伝えていた。
まったく信じていないな・・・。杉田はため息をつきながら、休みが減った無念をビールで押し流したのだった。
当然、その日曜日は晴れ上がった。
それも、数年ぶりに「彼」が賑やかな場所に出没した休日である。
北信越でもそのY市だけに欠片も雲がかからなかったと、気象予報士も夕方のニュースでしきりに首をかしげていた。
無事に一万円を手にした「晴れ男」杉田は、その日ばかりはボーナスでしか頼んだことがない寿司を注文し、極上のシャンパンまで開けて赤字の晩餐をとることになった。
久しぶりに誰かを笑顔にすることができたので、彼もそれなりに嬉しかったのだ。
無論、その日限りの出張で、あとはこれまでと同じように、平凡な研究を続けていくだけである。
そうして彼は、意識することなく人生で初めて微笑みながら眠りについたのだったーー
「ーーえっ? 今度は取引先の、さらに商談相手ですか? いや、その方の孫の結婚式!?」
その一ヶ月後・・・。
杉田は、自分の考えが完全に甘かったことを知ったのだった。
世の中に、「”晴れ”の一日」を必要としている人はこんなにいるのかーー
何よりも「雨の読書」や「映画」を愛してきた孤独な杉田には、まったく想像のつかない現実だった。
結婚式なんて、どうせ屋内だろ?
えっ? 富士山の頂上でやる?
ちょっと待ってよ! 俺、ヘモグロビン足りないよ! 酸欠になっちまう!
「・・・杉田くん、喜びたまえ・・・。日本でも有数の家電メーカー、陽立《HI TA CHI》の常務からの依頼だよ。ーー そして、ついにあの、米国NSAからも連絡が来た!」
ーー NSA!? あの海ドラ御用達の、国防総省の情報機関?
大統領のスピーチだって? 税金からんでくるの!?
最早てんやわんやの事態になった杉田の生涯は、それでも『晴れ』だったという。
地球の夜明けーー
米プレジデントの独立記念日演説に、《天泣》を成し遂げた彼は、国家最高クラスの要人として扱われることとなり、テロリストさえも「今日は縁起が悪い」と彼の出席する式典だけはなぜか避けたという。
ありがとうございました・・・!
突拍子もない話でしたが、お付き合いお礼申し上げます。