第4話 襲来
リシアは族長の家を飛び出してから里から出て少し森の奥にある小川と小さい滝がある場所にやってきていた。昔から母親や兄とケンカしたり落ち込むことがあるとここにやってくるのだ。
「はぁー・・・・」
リシアは先ほどの出来事を思い返してため息が出てしまった。
リシアは兄のことが異性として好意を寄せている。今まではただ家族として接していればしばらくは一緒にいられる。少なくとも18歳の成人まではと考えていたのである。
(兄さんは里を出て行ってしまう。しかもあの物言いだと暫くは会えなくなる。それにリィナさんやレィナさんと一緒に過ごす・・・二人は明らかに兄さんに好意を持っている。それに兄さんも恐らく二人に好意を寄せている感じがした・・・・私はどうしたいんだろう・・・)
リシアは頭が冷えてきた途端、先ほどの3人のことを思い出す。いろいろ葛藤するが自分がどうしたいか分からなかった。
「リシア・・・やっぱりここにいたのね」
母親であるリーティンがやってきた。
「どうせあなたのことだからいろいろ考えているのでしょう?」
膝を立て蹲る様に座っていたリシアは顔を上げずに
「今は放っておいて」
今は誰とも話したくないので突き放すように言ってしまった。
「放っておけるわけないじゃないの。シオンもそうだけど私の自慢の子供なのよ?そんな子供が泣いているというのに放っておけるわけないわ」
リーティンはできるだけ優しく言いながらリシアの隣に腰を下ろした。
それから二人は無言で小川の流れを眺めていた。
「私はリシアがシオンと本当の兄弟じゃないからシオンに対して異性として好きだということはわかっていたわ」
「・・・なんで?そんなことないもん。兄さんとして好きなだけだもん」
本当は異性として好きなのだが、母親の前で認めるのは嫌で反論した。
「いいえ、あなたがシオンのこと好きなのはわかるわ。だって母親ですもの」
軽く抱擁するようにしながらリシアの頭を撫でた。
「ごめんなさいね。私はシオンを拾った時に族長からシオンの婚約のことを聞いていたの。最初はあなたたち兄妹は仲がいいだけかと思っていたけど、リシアが10歳ぐらいのときぐらいからシオンのことが本当に好きなんだって気付いたわ。でも婚約のことは話せなかった。族長との約束でもあったけど確定した未来なんて信じられなかったから。恐らくあの3人は婚約をすると思うわ。まだ成人していないからね。だからあなたの悲しい気持ちも悔しい気持ちもよくわかる。でもね、こう考えてもらえないかしら?あなたたちはどんなに離れようとも兄妹だって事実は誰にも変えられないことだって。シオンは私の息子であなたのお兄さんだってということを」
「う・・ひぃっく・・・うわぁーーん!!」
リシアはその言葉を聞いて感情が決壊し、リーティンの胸で大声を上げて泣いてしまった。
どれぐらいそうしていただろうか太陽は傾き始め景色をオレンジ色に染めていく。
「さて、そろそろ戻りましょうか」
リーティンは明るくそう促す。
「・・・うん」
リシアも落ち着きを取り戻し頷いた。そして少し先を行くリーティンをリシアが見た時、リーティンの横から何かが飛び掛かってきた。
場所が変わって族長の家
3人は婚約者となって関係を深めるべくお互いのことを話していた。
「あはは・・・今日初めて会っていきなりだけど二人ともよろしくね」
シオンは二人も同時に婚約したことで顔を赤くしながら適当に挨拶をした。
「え~と・・・こちらこそよろしくお願いします・・・」
「お願いします・・・」
リィナとレィナも同じような感じで顔を赤くしたまま挨拶をした。
そんな光景を族長とアルバルトは今後のことを話しながら眺めていた。
暫くの間は微妙な空気が流れていたが3人は婚約者の関係の前に恋人みたいな関係からスタートしようと話を決めた。
そして、精霊魔法についてシオンから教えられることになったリィナとレィナは
「イメージ・・・イメージ・・・」
「なかなか難しいですね・・・」
「まぁ最初は自分の中のマナを感じられるようにならないとね」
シオンは精霊魔法の基本は自分の中のマナとイメージを直結する作業と大まかに考えている。まぁ大まかだが精霊魔法に関しては魔法と違い、型が無いためそれしかないのだが・・・
「そういえば二人は魔法は使えるの?」
「一応は使えるよ。ただ初級魔法レベルだけどね」
「私も初級魔法は一通り使えます」
魔法には初級、中級、上級とありその上に殲滅級とある程度分類されている。
初級はただ火をおこしたり、水を出したりでき、攻撃用も拳ぐらいの火の玉を飛ばすぐらいのレベルである。
「だったら簡単な初級魔法って、確か火だったら小さい火種を作ることできるよね?」
「「うん」」
シオンは説明していく
「自分の中のマナを感じることを意識しながら魔法で作った火種をイメージしてみて」
二人は戸惑いながらも言われたことを実行してみた。しかし
「「できないよ~」」
と二人同時に非難の声を上げた。
「ん~~・・・あ!そうだ!二人とも僕の手を掴んでもらってもいい?」
「「え?いい(です)けど・・・」」
シオンは一つ方法を思い付き二人にお願いした。二人は同時に驚き少し頬赤く染めながらシオンのそれぞれの手を握ってきた。
その光景を見た族長は
「ほっほっほ。さすがシオンは頭が回るほうじゃのぅ」
シオンが何をやるか検討が付き族長は笑っている。
「どういうことですか?師匠?」
アルバルトも子供たちの光景を眺めながら質問した。
「あれは恐らく手を繋ぐことでシオンがリィナとレィナの中にあるマナを刺激して感覚を掴みやすくするのじゃろう」
「掴みやすく・・・ですか」
「そうじゃ。魔法は詠唱や術式を使用すると必要な分だけ魔力を吸い取る仕組みになっておる。だから魔力の集め方や感知ができなくても初級レベルの簡単な魔法は勝手に集めて発動しようとする。それを何度も繰り返すことで己の中の魔力を感知し、操作できるようになってくるのじゃ」
「なるほど・・・」
アルバルトも魔法は使うことが出来るが詳しい仕組みまでは知らなかったのだ。
「だが精霊魔法は勝手に吸い取るようなことは無い。自ら把握し、自らイメージすることで初めて使えるものじゃ。イメージすることができても己の中のマナがわからんのなら事象は起こせない」
「だからシオンが二人の中のマナを刺激して感知しやすくするということですかな?」
「そういうことじゃ」
族長とアルバルトの会話を小耳に挟みながらシオンは二人と手を繋ぎマナを刺激しようと試みる。すると
「「ん!」」
少し艶のある声が聞こえた。
シオンが二人を見ると顔を赤くして何かに耐えるような顔をしていた。
「え~と・・・大丈夫?」
心配になってマナを刺激するのを中断し聞いてみた。
「えーとその・・・大丈夫だよ、そのくすぐったかったっていうか・・・」
「その・・・気持ちがよかったっていいますか・・・」
二人はそう答えた。
もしかすると普段は使っていないマナを刺激したから変な感じがしたのかもしれないとシオンは考えた。
「でででもイヤじゃないから大丈夫だよ!」
「うん!大丈夫ですから続けてください!」
「わ・・・わかった。続けるね」
妙な気迫に晒されながらシオンはマナへの刺激を促した。
するとまたもや
「「ん!」」
と二人から艶のある声がした。心配になりやめようとすると
「だい・・じょう・・ぶ・・だから」
「つ・・・つづけ・・て・・くだ・さい」
顔を真っ赤にしながら耐えて続けるように言ってきた。
少し慣れてきたのか少し呼吸も落ち着いてきたものになった。その時
ッボ!
拳ほどの火の球が二人のそれぞれの目の前に現れた。火はすぐに消えたが
「「っやったーー!!」」
二人は感激したのか嬉しそうにしてシオンに両側から抱き付いてきた。ちなみに右がリィナ、左がレィナだ。
「やったよ!シオン君やったよ!」
右からそんな声が聞こえ・・・
「ありがと!シオン君ありがと!」
と左から声がする。
突然抱き付かれていろいろ困るような事態になっていることに苦戦していると
「わ・・わかったから・・・落ち着いてー!」
シオンの叫びが族長の家に反響するのであった。
少し陽が傾き始めたころ、精霊魔法の練習も族長の家近くの広場みたいな場所で練習していた。結果的にいうと最初の火の精霊魔法が成功してからコツを掴んだみたいで水、地、風の精霊魔法を難無く成功した。
「確かにこれは魔法より融通が利くね」
「ですね、如何に魔法が型にはまっているものだと改めて実感します」
「二人とも早く使えるようになってよかったよ。魔法の場合は魔力だけど、精霊魔法もマナの制御が上手くなればなるほど、精度、威力や規模も変わってくるからマナの制御は訓練し続けた方がいいよ」
シオンは今後のことを話していると
「「「っ!!」」」
3人が同時にビクっとなりある方向に顔を向けた。
「ねぇ・・・シオン君・・・」
「今の・・・何?」
「わからない・・・魔物でもここまで嫌な感じはしないはずだけど・・・それにこの方角は・・・」
3人は今の今まで精霊魔法の特訓をしていて感覚が敏感になっていたこともあり遠くに嫌な気配を感じることができた。
「二人はここにいてくれ!」
シオンはそう言うと風を纏いすごい勢いで飛び出していった。
「レィナ、どうする?」
「どうしましょうか?」
少し迷っていたがシオンのことが気になった二人はシオンの後をできる限り急いで追いかけるのであった。
「母さん!母さん!」
リシアは腹から血を流す母親に駆け寄り治癒の精霊魔法を掛けていた。
リーティンを吹き飛ばしたのは1mぐらいのオオカミの魔物のような何かだった。咄嗟に火球を飛ばしオオカミを追い払うことには成功したが母親であるリーティンは腹を鋭い爪で引き裂かれ重傷を負っていた。
オオカミは火球を受けて飛ばされた後、森のどこか奥に行ってしまった。リシアはそれでも先ほどみたいに心を乱し魔物の存在に気付かないことが無いよう治癒魔法を掛けながら警戒をしていた。
「うそ・・・でしょ・・・」
だからこそ気付いた。
先ほどオオカミと同等の魔力が複数近づいてくることに。そしてそれよりも大きな何かも一緒にいることに
「これが・・・さっき話で言っていた・・・」
長老の家で聞いたことを思い出した。本来魔物は暴走状態で統率を取れないようなことを言っていた。それは前に長老や警備隊の兄さんも言っていたことだ。なのにこれは
「たくさん・・・いる・・・」
ガサっと音がした方を見ると先ほど大きなオオカミが10頭ほどいた。その奥に2つの頭を持った3mはあるだろうオオカミもいた。
(こんな数の相手は私には無理!逃げようにも母さんがいる!!私の魔法では母さんを連れて逃げることもできない!!)
リシアは瞬時にそんな思考をした。するとオオカミの2頭がこちらに向かって飛び出してきた。
「・・・兄さん!!」
リシアが死を予感し咄嗟にでた兄を呼ぶ声それに呼応するかのように
ゴォゥ!!
横から空気の砲弾がリシアの目の前を通り抜けた。飛んできたほうを見るとシオンが走ってこっちにきている。
「にい・・さん・・?」
そして目の前にきて兄であるシオンは言った。
「リシア!無事か!」
シオンは風の精霊魔法も用いて二人を置いて走っていた。
(この方角はリシアが落ち込むときに行く場所の方だ!嫌な予感がする!)
シオンはリシアが心配だった。そして恐らくリシアを探しに行った母さんもいるはずだと考えていた。もう少しで到着するという時に
「っ!」
多数の魔物の気配を掴んだ。しかもこれはいつもの魔物とは違う何か
(これがアルバルトさんが言っていた瘴気関連の魔物か?)
シオンは咄嗟に考えた。そして、視界の先に捉えたものは今にリシアに飛び掛かろうとしていたオオカミであった。
「させるか!」
シオンは纏っていた風の一部を砲弾のようにして打ち出した。風の砲弾は見事に2匹の飛び掛かったオオカミを横から吹き飛ばした。
シオンはそのままリシアの近くに走っていった。
「リシア!無事か!」
シオンはリシアの近くで安否を確認した。
「私は大丈夫だけど母さんが!」
リシアは泣くのを堪える様にしながら叫んだ。
「っ!」
シオンはリシアの側に横たわっているリーティンを見て一瞬思考が停止した。しかし、今ここは戦場。早く思考を切り替えリシアに指示した。
「リシアはこのまま母さんの治癒を頼む!僕はあいつらを!」
「でも兄さん!あの数を相手にするのは無茶だよ!」
「大丈夫だって、一応里では一番強いって言われてるし。それに、リシアにも母さんにも指一本触れさせたりはしないから」
シオンは腰の袋から魔法剣を取り出し構える。
「来い」
そう呟くとオオカミが親玉を残して動き出した。すぐに飛び掛かってこようとはせずにシオン達を囲むようにして動き回っている。
(やはり統率が取れている。今この二人から離れると一気に襲い掛かってくる気だな)
シオンはそう考え、自分たちの周りに風の刃を含んだ突風を瞬時に起こした。シオン達がいるところは風が吹いておらず周りだけ暴風と言っていいほどの風が吹き荒れている。
「兄さん・・・いつの間にこんな魔法を使えるようになっているの?」
風が収まった時は親玉のオオカミを除いて悲惨な状態になっていた。
「この規模の精霊魔法は少し疲れるから普段は使わないだけだよ」
シオンはそう言いながら2つの頭を持つオオカミに向かって行った。
その頃、リィナとレィナは覚えたての精霊魔法とマナを使用しながらさっきから感じている禍々しい気配に近づいて行った。
「ねぇ・・・私たちが行っても大丈夫なのかな?」
レィナが走りながらリィナに問う
「わかりません。でも行かなきゃいけない気が」
リィナも走りながら答える。
二人はその後、無言で走り続けた。
シオンは親玉のオオカミと交戦していた。最初は行けるかと思っていたシオンだが状況は悪くなり始めていた。
(クソ!何回手足を切り落とせばいいんだ!!)
シオンは剣と魔法で防御と攻撃を仕掛けていて何回か手足を切断している。切り落とされた手足は黒い霧のようなものに変え、気が付くと切り落としたはずの手足が再生していた。シオンは次第に疲弊してきており最初とは比べるまでもなく機動力が落ちてきている。
「しまっ!!」
シオンが少しバランスを崩したところにオオカミが爪で攻撃をしてきた。
シオンは咄嗟に障壁を張るが勢いを殺すことが出来ずに吹き飛ばされてしまった。
そのまま木に背中から追突して一気に肺の空気が漏れてしまった。それを好機とみたオオカミは、2つの頭で噛みつこうと飛び掛かってきた。
そして、少し離れた場所から、その光景を見る二つの少女の影があった。