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改札口を抜けたえっちゃんが振り返る。

茶髪のストレートロングヘアーが艶々しながらなびく。


「タロちゃん」


名前を呼ばれて俺は首を傾げる。

えっちゃんは言葉を選んでいるのか、なかなか『タロちゃん』の次に続く言葉を言わない。


それでも俺は黙って待った。

『何?』や『早くして』と言う急かした言葉は必要ない。

急かしたところで何もならない。

急かしたところで、彼女は帰ってしまう。


ならゆっくり気長に待とうじゃないか。


気長に待ちながら目に焼き付けよう。

えっちゃんの姿を。


「‥‥タロちゃんは最初から分かってたんでしょ?」


言葉を決めたえっちゃんがやっと言葉の続きを並べ始め、語尾にクエスチョンマークを飾った。


その質問を投げかけてきたって事は、本当に終わりなんだね。

俺達はもう戻れないし、会えないって事なんだね。


なんとなく分かってた。

本当になんとなくだけどね。


俺もそのつもりだよ。

けどね、えっちゃん‥‥


「何の話?」


俺は最後まで都合のいい幼馴染みでいさせてもらうよ。


質問に質問で返されたえっちゃんは一瞬だけ苦しそうに眉間にシワを寄せた。

その顔も俺は見てないふりをした。


「‥‥電車来るからそろそろ行くね。送ってくれてありがとう」


ニコッと笑いながらえっちゃんが俺に手を振る。

その手には指輪が嵌っていて光っている。

とても高価そうで綺麗な指輪だ。


俺も片手を上げて左右に振る。


えっちゃんは振る手を止めて、口を4回パクパクさせて俺に背を向けた。

撫で肩の小さなえっちゃんの背中が段々と小さくなる。


俺はゆっくりと手を伸ばした。


エスカレーターに乗ったえっちゃんが下へ流れていく。

徐々に視界からえっちゃんが消えていく。

そしてえっちゃんはポチャンと水に沈んでいくように静かに俺の視界から完全に消えてしまった。


何も掴めていない手の平に冷たい風が当たり擽るように掠っていく。


えっちゃんは、振り返らなかった。

俺はそんなえっちゃんに手を伸ばした。


やっぱりどこか期待していたらしい。


分かっているとかっこつけてみたが、やっぱり分かっていなかった。


えっちゃんが振り返り俺の元へ戻ってくるんじゃないか。

もしかしたらまたすぐに連絡がくるんじゃないか。

俺を‥‥愛しいと思ってくれるんじゃないか。


ああ、馬鹿だな俺は。

馬鹿で惨めったらしいナヨナヨ男だ。


えっちゃんにそんな気はないのに。


冷たい風が手の平を擽るように掠っていく。

何も掴めていない手。


俺はギュッと握り拳を作り、手の平に爪を当てた。

手の平に爪が食い込む痛みは今の心の痛みにそっくりだった。


食い込む痛み。


俺は改札口に背中を向けた。


「‥‥帰ろう」


自分に言うよう、ボソっとひとりごとを呟く。

ちょっと帰って寝よう。


明日も休みだし、今日は時間の無駄遣いでもしようかな。

じゃあ手始めに意味もなくドライブでもしようかな?

時間だけじゃなくガソリンも無駄にしてみようか?


そしたら次は無意味に散歩でもしようかな?

そしたら次は無意味に‥‥無意味に‥‥。


膝カックンされたかのように俺の足から力が抜けた。

見事にカックンとその場に座り込んだ。


改札口の真ん前で二十代半ばの男がウンコ座りしている。

奇妙で迷惑な状況に違いない。


立たなきゃ。

そう思うのに力が入らない。


貧血?貧血ってこんな感じなのか?

貧血になった事ないから分からねぇ。


「あなた大丈夫?具合い悪いのかい?」


座り込む俺に気づいた駅員さんが駆け寄り心配の言葉をくれる。

俺は苦笑いしながら『すいません、大丈夫です』と答えた。


なのに駅員さんはさらに心配したような顔つきになり、オロオロし出した。

そんなに顔色悪いのか?俺は。


これ以上は迷惑かけられないし、何より気まずいから早く立とう。


グッと足に力を入れた瞬間、駅員さんはオロオロしながら聞いてきた。


「泣くほどお辛いことありました?」


「え‥‥?」


泣くほど?


駅員さんの質問の意味を理解するのに少々時間がかかった。

なぜならーーー自分が泣いていることに気づいていなかったからだ。


そっとほっぺたを指先で触ると濡れていた。


「あ、いや、大丈夫です。へへ、大したことないんですよ」


大の大人が公共の場で泣くなんて情けねぇ。

本当に情けねぇ。


なのに、


「本当に大したこと‥‥‥っ」


涙がボロボロ溢れてくる。

止まらない。


俺はそのまま膝に顔を埋めて泣いた。

涙はぶっ壊れた蛇口からタレ流れる水みたいに出続けた。

ジーンズの膝部分はあっという間に濡れてベトベトになった。


『私はタロちゃんが一番好きよ』


えっちゃん‥‥。


『私のタロちゃんなの。誰のタロちゃんでもない』


えっちゃん‥‥‥。


『タロちゃん』


「えっちゃん‥‥」



恐らくもう二度と会えない幼馴染みの名前を呟きながら俺はただ馬鹿みたいに泣いた。

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