愛情も大事だけど腕も必要。
朝日が眩しい執務室では、内務官達とセイランとが最後の書類を完成させていた。
「お、終わったで…」
そんなセイランの言葉を聞くと内務官の半分がぱたぱたと倒れていく。一様にやりきった表情である。
原因は過労と寝不足というブラック会社のような理由だ。
パッと見、死屍累々でちょっとした事件現場さながらである。
倒れていない内務官も椅子や壁にもたれ掛かって、燃え尽きたぜ…真っ白だ…的な様子である。
「おー、ひでえなこれは。
生きてっか~?セイラン。」
執務室の扉が開き、燃えるような赤毛でおまけに赤眼の長身の男が入ってくる。
華麗な近衛服をだらしなく気崩しているが腕は確かなセイランの悪友ファルコだ。
一応人族という括りに居るが魔族にすら化物並と言わしめる程には実力がある男である。そして婚約者のミカ命の男である。
多分、魔王とミカ両方同時に危機的状態になったら迷わずミカを助けるはずだ。
そんなのを近衛に入れていていいのか魔王。
「なんとかなぁ…、ほなアーリヤんとこ行ってくるわ。」
「仮眠とってからいけばいいんじゃね?
魔王は俺達が護送しながら視察に連れてくから目を放しても平気だぜ?」
「いや、朝食作って待っとるからはよ行かな。
久々にアーリヤの飯食うなぁ。楽しみや。」
珍しく含みのない穏やかな笑みを浮かべるセイランを見てファルコは安心した。
年々取り繕う事が巧くなり、倒れるまで働く事もある友にも肩の力を抜いて過ごせる人や場所が再び得られたのは救いだろう。
セイランは辺境で、ファルコは魔都でそれぞれ離れて暮らす間に自分にとってかけがえのない人ができた。
しかしその後の道は正反対だった。ファルコは共に居ることを選んで近衛にまでなったのに、セイランは突き放すように手放し影から見守ったり本人に知られないよう守ることを選んだ。
それが今回の騒動で変わろうとしている。
「まどろっこしいなぁ。大事なら側にいりゃあいいのに。」
「…そうやな。分かっとるんやけどなぁ…
まぁ色々あんねん。」
「そろって愛想はいいのに中身はこじれてんぞお前ら。
まぁお似合いだぞ、めんどくさい同士。」
ファルコなりのエールを送る。
セイランは勿論だが、生き残りの仲間でもあるアーリヤの幸せも願っている。
セイランはただただ無言で朝日が差し込む窓の方を見ていた。
しんみりとした空気が流れた…のもつかの間、
「なになに恋バナ?!
俺も混ざりたい!キャッキャしてる爛れてないあまずっぱーい恋路とかめっちゃ興味ある!!
半笑いであちこち広めたいからそこんとこ詳しく教えてくれたまえよ!」
判子とサイン地獄で生きる屍と化していた魔王がいきなり復活してセイランに詰め寄る。
魔王は恋バナとか噂話とか都市伝説とか特に下世話な話が大好きっ子であった。正直、魔王という地位がなければけっこう駄目な感じな大人になりきれない子どもである。
「んー?
アーリヤの手料理はうまいっちゅー話や。」
「俺のミカの野営料理も極上だぜ!」
魔王の事をよく知ってる二人はちょっと外れた返事をする。
魔王は渋い顔はした。
「愛情が一番のスパイスつーんだろ?
まぁ、確かに嬉しいけどさ、味はさほどうまくないもんだろ?手料理って。
たまに作って二人で食べて失敗しちゃった~そんなことないぞ☆愛情を感じるよ☆ってイチャコラするツールだろ。」
「魔王、その例はティセラとか貴族のお嬢さん方の話だろ。
作るの苦手なやつはいるのは本当だけどな、少なくとも半分位の女は料理作れるぞ。」
「人それぞれやけどな、俺らの仲間うちやったら料理できへんのティセラぐらいやで?」
「そもそもティセラが作る料理つーか菓子類不味い通り越して凶器だろうが。
魔王が注意しないから不味いって正直に言うと泣くんだぜ。」
「かわいそうで言えない。
俺のために真心込めて作ってくれたその気持ちがプライスレス。」
ファルコとセイランの苦言をキリッとキメ顔で拒否する魔王。
イケメンの無駄遣いはなはだしい。
セイランはため息をつき、いきなり魔王の首に手刀を叩き込んで昏倒させる。
すると素早くファルコが魔王を受け止め、口に何かを入れたあと猿轡をして簀巻きにしていく。
「付いてくって駄々こねられそうやからしめてもうた。」
「俺も思った。眠り草口に突っ込んでおいたから視察先までは目覚めないと思うぞ。行ってこいセイラン。」
にこにこ笑ってサムズアップするファルコをセイランは胡乱な目で見た。
「そもそもなぁ、お前が堪えてミカと一緒に森に残れば解決したと思うんやけどなぁ?」
「ははっ、冒険者たちとうちの国の奴等以外叩きのめして争いの種まきするおちになってもいいなら残ったぜ?」
そんなことになれば、下手すると打倒魔国、打倒魔王の狼煙があがりかねない。
そうなれば、レイリー達に声がかかるか人質にされるか…一番のとばっちりを食うのは弱そうに見えてお人好しのアーリヤだろう。
「貸しやからな、ファルコ。」
そう言い残してセイランはアーリヤの元へと向かったのだった。




