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鮭に恋する鯖の寿司

作者: テル

ピチピチ新鮮

僕は、沢山の兄弟や仲間と海を泳いでいた。

もちろん腹を満たすためだ。しかし、その日は運が悪かったのかなかなか食事にありつけなかった。

どれだけの間、飢えに耐えて泳いだだろうか。


耐えかねた僕は隣を泳ぐ友達に不満を漏らした。

とはいっても、僕たちは発声器官を持ち合わせていないので実際に声に出して会話するわけではない。

何となく相手の声が僕の中に入ってくるような感じだ。


友達の答えはこうだった。

「ひたすら泳ぎ続けるしかないよ」

言葉とは裏腹に、僕の中に届いた声は力ないものだった。

多分他のみんなも同様に疲弊していただろう。


キツいのは自分だけじゃない。そう自分に言い聞かせることが精一杯だった。

意識が朦朧としてきた。自分の体が限界を迎えつつあるのを感じた。


そんな時だ。

食べてくれと言わんばかりに浮遊する"飯"を見つけたのは。


僕は我を忘れてそこへ一直線に泳いだ。

群れで動く僕たちにとって大前提の決まり、集団行動すら放棄して。


誰よりも早く食らいついたその瞬間、食事の喜びよりも先に訪れたのは激痛だった。


しまった。釣り針だ。


気づいた時にはもう遅かった。

僕の痛みも知らず、僕は釣り針ごと乱暴に巻き上げられて行った。


嫌だ。


拒絶の一心で藻搔き続けたが、抵抗虚しく僕は見事に釣り上げられてしまった。

初めて見た海より上の世界には、悔しいくらいに美しい青空が広がっていた。


針を抜かれ、またも乱暴にクーラーボックスへ放り込まれた。

敷き詰められた保冷剤が全身の体温を奪っていく。

遠ざかって行く意識の中、僕の頭を満たしていたのは後悔のそれだった。

そんなもの、したところでどうしようもないのに。


死を覚悟した僕に、声が聞こえてきた。

とても綺麗な声だった。

死にかけだというのに、らしくもなく声のする方を向くと、美しい鮭がいた。


鮭に生まれたかった。


一目見たその瞬間にそんなことを思わせるほど、その鮭は魅力的だった。


最期に見るものが残酷な冷蔵室でなく、あんなに美しい鮭でよかった。

唯一の心残りは、何と言っていたのか聞き直せなかったことか。


僕の意識はそこで途切れた。


---


どういうわけか、僕はまた目覚めた。


死んでないのか?


そんなはずはなかった。

僕は既に料理されていたのだ。

一口大に切られ、酢飯の上に寝そべってレーンの上を流されていたのだ。


何が何だかわからない。

神の悪戯とでも言うのか?


状況を確認すればするほど、僕は混乱に呑み込まれた。

しかし、それもまたあの時と同じように、一瞬で吹き飛んだ。

聞こえてきたんだ。あの声が。


「会えて嬉しい。ずっと独りで不安だったの。お願い、傍にいて」


もちろん。ずっと一瞬だ。


僕は精一杯、男を見せるために声を返した。

僕の声を受け取った鮭は、心なしか笑ってくれたような気がした。

思ってもみない再会を噛み締めつつ、僕は決心した。


種は違えどせめて最期を共にしよう。何が何でも。


そんな僕の決心を試すかのように、鮭の皿が子供の手に渡った。


また、声が聞こえた。

いや、正確には声というよりも震えた喘ぎのようなものだった。

彼女の恐怖心が嫌というくらい、ひしひしと伝わってきた。


彼女のもとに行かなきゃ。


強い使命感のような衝動に駆られたが、自分が動けないことに気付いたのもその時だった。

また声が聞こえた。


もちろん。ずっと一緒だ。


ついさっき自分から交わした約束の言葉が、頭の中にリピートされた。

このまま彼女と同じ人に取られることを祈る。それが精一杯だった。


どうか、どうかあの子供が僕をとってくれますように。


そう懇願したが、内心では分かっていたのかもしれない。サーモンに飛びつくちびっ子が鯖なんて渋いネタを取るとは思えない、と。

ただ、それを意識した途端に僕の意思を始め全てが終わってしまうような気がして、振り払った。


あの子供の前まで来た。

さぁ取れ。僕を取れ!!


・・・わかっていた。こうなると。

皿の上で無関心な子供を見るのがこうも辛いことなのか。レーンのゆったりとしたスピードが残酷だった。


いいや、まだだ。


恋慕は僕に闘士を与えた。勇気を与えた。そして、力を与えた。

全身に感覚が生まれてきたのだ。

まるで海を泳いでいたあの時のように、自由に身体を動かせるあの感覚を手に入れた。


ただ、問題があった。

一口サイズまで切られたこの身体で、一体どれだけの動きが出来るだろうか。

せいぜい口に飛び込むのが限界で、あとは力尽きるのを待つことになる。


でも、考えている暇はなかった。

約束したからだ。


もちろん。ずっと一緒だ。と。


僕は子供のいる方へ向きを変え、シャリに力をこめ、飛んだ。

狙いは正確無比。飛んだと思った次の瞬間には食道を駆け抜けていた。

勢いそのまま飛び込んだ胃壁に打ち付けられ、シャリが分離した。


でも、彼女と同じ場所で眠れるのなら、そう思うと不思議と苦しくはなかった。


だが、運命というものはまだ僕を虐めるつもりらしい。

胃袋で再開した彼女は見るも無惨な姿になっていた。

噛み砕かれたその成れの果て。

周りにはエビや玉子と思われる残骸も転がっている。


もう声は聞こえない。

あの綺麗な顔は見る影もない。


僕は哀しみに目を閉じ、薄れゆく意識の渦に落ちていった。


---

「な?俺の言ったとおりだったろ?」

「ああ。まさかこんな面白くなるとはな」

下品な笑いの中で、2人は会話していた。


「全知全能の神に出来ないことなんてないんだよ」

「お前が"鯖に自我を与えよう"とか言い出した時は頭おかしくなったのかと思ったが、やっぱりお前は天才だな」

特に何も浮かばないなぁ。

あ、そうだ。最後と言ったらあのフレーズ書かなきゃね。


To be continued(嘘)

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