08 再び蘇った記憶
16.05.14書き直しました。
ここからは物語としての設定が大きく変わってきます。話の流れは基本変えていませんが、設定を追加した分、意味合いが変わっているかも。
8話だけは大幅に書き換えました。
スライム達の住処として、秘密の畑を作る予定として見つけてあった、森への境界線の大岩の連なりの一部に直径6~7メートルの穴場で、岩に囲まれて外かは分かりにくいそこに住んで貰うことにした。大岩の上に立たなければ分からないだろう秘密としては絶好の場所だ。
彼ら?は小さいから、それ程場所はとらないだろうし、畑も作れるはず。
「君たちはこの場所から出ないようにね」
『『『キュウッ!』』』
喉の器官なんてあるのかわからないのに、可愛らしい返事が帰ってくる。本当にどういう仕組みなんだろう?この世界では気にも留めていないようだけど、地球だったら隅から隅まで解剖されているところだよ。
地球の認識だけでなくこっちの世界でもスライムは底辺の魔物だ。見つけ次第退治されるだろう。懐いてくれるスライム達が駆除されたなんてことがないように、もう一度念押しをしてから、帰途に着いた。
彼ら?よりももしかしなくとも、魔物を使役する私のほうが危険とみなされて、排除されかねないけどね。
そして今日の成果は殆ど無いといってもいい。種が三種類に、土が一塊。狩は…あれから何度かリスやウサギ、ネズミに遭遇したけど、私のはなった矢はかすりもせず、獲物はなし。
「もっと弓の熟練度を上げるしかないようね」
自分の部屋…納屋に成果を置き、溜息をついた。
「やっぱりそう簡単には事はうまく運ばない…ってこと。考えが甘かった。甘すぎたわぁ」
地球で読んでいた携帯小説のようには行くわけ・・・ないか。あれは小説で空想の物語なんだものね。私の魔力が半端ない数値であっても、ただの人間。物語のようにチート能力はない。
少しは小奇麗になった納屋の中で座り込んだ。
篭を分解してボロボロの壁に張り付け、少しずつ集めた粘土を藁と一緒に壁に塗っていってる最中の不細工な壁。そこに取り付けられている小さな窓を眺めながら、四肢を伸ばす。その体を預けているのは、草から【錬成】した畳もどきだ。
スライム達と一緒にいた時間が、この世界に来て初めて楽しいと感じていたから、追い出された納屋に一人というのは、とてつもない寂しさに襲われてきた。
そして、ここまで頑張って自分の思うように進んだから、森へと出かけても上手くいくと思ってしまった。でも実際は弓がまともに扱えなかったという現実。私ももしかするとチートな能力があって、簡単に弓が使えると思っていた。という間違った認識。
「まだまだ練習が必要…………ていうか、私は何がしたいのだろう?」
小さな明り取りの為の窓、そこから見える月は地球とほぼ同じく満ち欠けをする。ただ違うのはその後ろにも、さらに小さな月があるということ。
ちっぽけな私を、明り取りの窓から月が見ている。
その月を見ていて―――再び蘇ってきた記憶―――10歳のときに蘇った記憶は前世の一部分であり、殆どが生い立ちであった。それらのことと違い、新たに蘇ってきた。
前世で読んでいたとある携帯小説のお話である。
前回の生い立ちで思い出していたのは、携帯小説が好きで読んでいて、チートや転生、悪役令嬢なるものを読んでいたなぁといった漠然としたもの。そういったキーワードは思い出していた物の、内容までは思い出せずにいたのが、突然、映像を早送りしたかのようにとある小説の内容が頭の中に入ってきたのだ。
「…う、そ……そんな…嘘でしょう…?」
誰に問いかけても答えてくれる人がいないのだけど、あり得ない事態にそう呟くしか出来なかった。
出来ることなら泣き喚き逃げたい衝動に駆られている。神様が目の前にいるのなら、どうしてこんな世界に転生させたのかを、怒鳴り散らしていただろう。残念かな、当の神様は目の前にはいない、それどころ当たり散らしすがりたい人が誰もいない。
この場所から逃げたくて衝動的に納屋から飛び出し走り出したいけれど、逃げ出したとしても私は行くところがなく、野垂れ死にになるだろうという予測が付くぐらいにはかろうじて理性が残っていた。
思い出した物語。それは――
タイトルは『Brave Story』。超安易な分かりやすいタイトルだけど、内容が好みに合って面白く何度も読み直した物。
勇者が旅をしながら仲間を増やしていき、助けた貴族から支援されつつ、各地の厄災と呼ばれる魔物を倒し民から感謝されながら最終目的は魔王を倒すというありふれた物語だ。
ただそれだけなら、それがどうした?取り乱すことではないだろう。
しかし、その物語の中で『ルーシア』と言う名前が出てくるのだ。それだけでなく、『エミーリオ』や『ランス神父』『カリナ』が・・・個人名だけでなく『ガラム村』も出てくるのだ。
これだけ符号が合っていれば否応なく分かるだろう。
私が生まれたこの世界は…物語と一緒。いえ、物語の中に入ってしまったといえる。それも、魔王の腹心となる『ルーシア』に生まれ変わって……
『ルーシア』はこの国で禁忌とされる『従魔の闇魔導士』の再来と呼ばれ恐れられ、後に『魔王の腹心』『副官』と呼ばれる人物である。
どうして今になって思い出したの?どうせ思い出すのなら、前世の記憶と一緒に主出していれば、スライム達を【従魔】にしなかったのに。それ以前にもっと早くこの村を出ていたわ。
だって、この村は勇者一行のメンバーが多数輩出している『ガラム村』なんですもの。そしてこの村は私の『ルーシア』の手によって滅びる運命となる―――もちろん、【従魔】にした魔物によって。
「なんてことなの…いくら村の人から嫌われていたと言っても、そこまでの憎しみを持っていないのに…」
ああ、そうだった。それは以前のルーシアであって、私ではない。
兎に角、まずは落ち着きましょう。
深呼吸を繰り返し、座禅のまねごとをして頭を空っぽにする。そうすることで混乱していた記憶と感情が落ち着き、外からの目で自分を見ることが出来るようになった。
落ち着いたところで、過去と、この後に起こるだろう出来事と照らし合わせて、改めて自分の立ち位置を考えだした。
10歳までの『ルーシア』は、まだ精神が体同様子供で、いじめられても自分のどこが悪いのかどうして虐められていたのかも分からず、兎に角暗く、誰ともしゃべらず畑で一日中を過ごしていた。
だけど、10歳を過ぎた辺りから魔力が増え、魔眼の持ち主であるカリナから嫌われて虐めがエスカレートし、理由も分からずに虐められるので理不尽さが増していった。そこから性格が曲がっていったのだろう。
予測でしか分からないのは、『ルーシア』視点で物語が進んでいなかったためであり、『ガラム村』で起こる出来事は全て『カリナ』と『エミーリオ』等が勇者に語っていたからだ。その語りの中でも『ルーシア』の人物像もある。
兎に角、暗く陰湿で何を考えているのか分からない。だけど、魔力だけは膨大で年を追うごとに恐ろしかったと『カリナ』は答えていた。
『エミーリオ』も『ルーシア』が10歳を超えた辺りから異常が目立ち、畑によってくる虫や動物を虐待しはじめ、それまで嫌々ながらも世話をしてくれていた年下である自分にも命令する口調が増えだした。と語っている。
分岐点は10歳辺り・・・ということになる。
だからなのだろうか?私が前世の記憶が思い出したのは。そうなると神様が意図して思い出させたと言うことになるのだけど?それとも偶然?
う~ん、考えても分からない。なにせ神様に聞くことが出来ないのだから、そこは考えずにおこう。
物語の中に入ってしまったのに、10歳で前世を思い出した所為で、ストーリーが微妙に変わってきているのは確か。
だって、村を襲うように私が指示するわけないし、そもそも10歳の時は前世の記憶が戻っていて精神が大人となり、動物を虐待などしていなかった。エミーリオにも何かを命令したこともない。
未来が不確定となってしまっている?
「これは物語の中に入ったというよりは、平行世界?」
平行世界とは、例えば左右に分かれた道にさしかかったとき、どちらに進むか悩むとしよう。そして右を選び、左は選ばなかった。その時に平行世界が生まれるという。もし左を選んでいたら・・・の世界が出来上がるのだ。
他にも、誰かが作った物語がそのまま平行世界を生むとも言われている。そして物語に至っては逆もあり、別世界をのぞき込んでしまった人がその物語を書いている。というのもあるらしい。それらは憶測で当たり前だが解明されていない。
物語を書いた人たちは、夢で見たとか、突然良い案が思いついたとかで、別世界を覗いたという意識がないからである。それは物語だけでなく、科学や発明、数学者でも同じ。突如、解決方法を思いついた時が大抵そうだと言われているのだ。夢はもちろん、そういう状態の時は、周りに意識が無くどこかに行っている状態が多い。その時に意識の一部が別世界に飛んでいたり、あるいはアカシックレコードに触れた・・・等々色々いわれがある。
何が言いたいかというと、この世界は『Brave Story』を書いた作者が作り出した世界、もしくは平行世界だということ。
そして作者が作り出した世界が現実となっていたとしても、私が転生して前世を思い出した時点で平行世界になったということだ。
「ある程度の修復の矯正力があるみたいだけど、未来は不確定となったと思って良いよね?私が魔王の腹心となり、勇者に敗れて死んじゃうなんて未来を変えられるよね?」
せっかくの第二の人生、普通を満喫したいと目標を立てたというのに、魔王の腹心だなんてどう考えても普通じゃない。そんなの嫌だし若くして死にたくない!
「未来なんて変えてみせるわ!」
窓から覗く月に向かって拳骨を突きつけてやるが、道のりは結構険しい。
このまま何もせずにひっそりと暮らしていても、周りが私を危険物扱いしているので、流れで敵とされてしまいそう。自然災害でさえ私の所為にされる勢いで嫌われているのだ。
それにここは始まりの地として物語の中では有名な『ガラム村』。この後、色々な厄災に見舞われるのだ。もちろん、エミーリオの身にも。
どうやって避けようかと悩んでいると、いつ取れてもおかしくない、ボロボロの扉からノックが聞こえた。
「ルー姉ちゃん、夕御飯に食べにこないでどうしたの?」
ノックの返事を待たずに、エミーリオが入ってきた。意識を何処にあるか分からない世界に飛ばしていたから、その返事にも緩慢で振り向いたが、それがいけなかったみたい。私はいつの間にか…
「ルー姉ちゃんっ!どうしたの!?泣いているなんて、何処か痛い?それとも病気!?あ、誰かに虐められたとか!!?」
暗闇に染まってしまった部屋でも、今日は満月。月が移動しても、それでも明るく、エミーリオに泣いているところを見られてしまった。というか、私泣いていたんだ。いい年して恥ずかしい。
さっきまで混乱して泣き喚きたいと思っていたけど、まさか本当に泣いていたなんて気づかなかった。
涙を流すと荒だった感情が落ちつき、全てを洗い流してくれてすっきりするんだけどね。え?それって私だけ?
しかし自分でも気づかずエミーリオに見られたのは失態だわ。
「違うのよ。えっと…その……あ、足の小指をぶつけただけだから…うん、大丈夫!」
「そう?だったらいいんだけど。これパンをもってきたよ。何も食べていなんでしょ?」
食べて、と布で包んで持ってきてくれた固いパンを一つ私の手の上に乗せてくれた。
「有難う。優しい子ね」
パンを受け取りながら、エミーリオを抱きしめた。
「え?ちょ…っ!?あの…お姉ちゃん?どうしたのっ!?」
「ちょっとだけ、もう少しだけこうさせて?嫌なら嫌といってね?」
「べ、別に…いいけど…」
10歳のエミーリオはまだまだ子供体温で暖かい。そう、人の温もりを感じられる。伝わる体温と鼓動が嬉しいなんて、私って危ない人なのかしら?でも無性に人のぬくもりが欲しかったのだ。
今は健気で可愛いエミーリオもその内、私のことを憎むときが来るのかな?
未来を変えると決めたけれど、どこでどのような矯正力が働くがわらない。
エミーリオが私を憎み、勇者に支援して討伐を考えるようになるのかも。そうなったら悲しいなぁ・・・
って、その前にエミーリオに降りかかる火の粉を払ってあげなきゃ。流石にあんな未来は可哀想すぎる。
「有難う。エミーリオ」
ひと時エミーリオの温もりを感じて落ち着きを取り戻した私は、急に空腹を感じて硬いけれど優しいパンにかぶりついた。
「どうしたの?エミーリオ」
私から解放されたと言うのに、身動きすらせずに固まっていた。
「え…?な、何でもないよ。それより、この納屋は凄い快適だね。出来上がったら招待してくれるっていってたけど、十分なんじゃない?ボロボロだった納屋とは思えないよ」
赤くなりながらぶつぶつと呟いていたみたいだけど、エミーリオが何もないっていうんだから、大丈夫なのだろう。それよりも、出来上がったらエミーリオを招待するよって言ってたんだったわ。
「まだ、内装の一部が出来上がってなくて風が入ってくるの。こんな状態でエミーリオを呼んじゃうと風邪引くかもしれないからね」
「それじゃ、ルー姉ちゃんの方が風邪引いちゃうよ。大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。そこら辺に生えている草を掛け布団に入れているから、なんとかなってる」
正確には【錬成】で草を繊維にして、持ってきた掛け布団に入れているんだけど、これがまた割と暖かい。そのうえ軽いし柔らかかったりする。【錬成】様様である。ただ、まだ一人分しか出来ていないんだよね。
私って気が多いようで、【転移】と弓の練習と、納屋の改装と一緒にしていたから、どれも中途半端。う~ん、先に布団を何とかするべきなのかな?それとも壁?あ、でも秘密の畑も作りたいし、スライム達も放っておけないし…。そこに未来の改変も加わって・・・あれ?もしかして私ってやること多すぎない?
うんうんと、唸っているとエミーリオがとんでもない提案をしてきた。
「これからは週一で泊まりに来るよ。今日は、急だから帰るけど、明日泊まりに来るね」
「え?えっと…急にどうしたの?」
なんだろう?真面目な顔して。エミーリオは可愛いから、私と一緒にいなければ、他の子からも可愛がられていると言うのに、こんな汚いところで泊まろうなんて罰ゲームと一緒だよ?
でも・・・とも思う。これはチャンスなんじゃない?エミーリオに降りかかる火の粉を回避できるかもしれない。
「ルー姉ちゃんを放っておくととんでもないことになりそうだから、様子を見る人がいるでしょう?ランス神父様は忙しいし他の人は論外だし、僕しかいないよね?」
「う……」
痛いところを付いてくれる。確かにエミーリオを覗けばぼっちだよ。更に未来はとんでもなく寂しい欠課になっているよ。
でも、エミーリオは心配して言ってくれて悪気は無い。
だけどエミーリオ、私の基本は石橋をたたいて渡るタイプだから、自分自身からとんでもないことを引き寄せたりしないよ。周りが忌み子と騒いでいるだけ・・・のはず。
「自覚ないようだけど、いきなりボロボロの納屋に泊まりだすって行き当たりばったりだからね。外に手を加えていても、風が入る部屋で何日も寝ていたらその内、体を壊すんだからね!」
分かってる?と睨まれたら、「…はい」としか言えない。
それにしても、いつの間にかエミーリオは少しずつ大人になっていたんだねぇ。ちゃんと状況を把握して先を予測できるようになっているなんて…ん?それって私が気づかなかっただけで…私がお馬鹿だったってこと?あれ?石橋を叩いて渡るタイプのはずなんだけど…あれ?あれ?
エミーリオのお陰で、壊滅的な未来の絶望から僅かに癒された。
彼の為にまずは、壁を直して布団を作ろうと思う。何事も一気に進めるもんじゃない。一歩一歩進んでいこう。時間は足りないけど、あれこれ手を出して収集付かなくなっても困るだけだもんね。