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04 部屋から追い出されてしまったので



「ランス神父、分からないことがあるのですが、教えていただいてもいいですか?」


 夕食が食べ終え、子供たちが洗い物や片づけが終わると、それぞれは自由時間になる。私はいつもエミーリオに本を読み聞かせていたのだが、文字を覚えたエミーリオにはもう読み聞かせが必要なくなり、自分で本を読むようになり、二人で書庫にこもって読書をしているのが日常。絵本どころか物語や歴史書など読んでいる。

 エミーリオって可愛いだけでなく、なんて優秀な子なんでしょう!私の唯一の癒しだわ!

 一生懸命本を読んでいるエミーリオを眺め、癒されつつも、自分なりにこの世界の理を勉強している私。でも独学では分からないこともあり、今日も色々な質問を抱えてランス神父の部屋に訪れている。


「今度は何が分からないのですか?」


 肩より長い金の髪の毛を一つに束ね、黒い神父服を身に纏ったランス神父の瞳は、髪の毛同様優しい金色に彩られている。歳は30過ぎの男性で、田舎では珍しく垢抜けた貴賓のようなものを漂わせる。そんなランス神父の日常は多忙である。村で唯一の光魔法の【治癒】を使えるものだから、毎日何処かの家の呼ばれるのだ。

 疲れているだろうに、いつも優しく私を迎え入れてくれる、神父の鏡のような人なの。


 事務処理をしているランス神父の机に、持ってきた手書きと思われる図鑑の、あるページを見せて、この当たりでは見たことのない草が何処に生えているのかを聞いたり、その土地が何処の国なのかを聞いたりと、ある程度、どうでもいい事を聞いた後、本来の目的である質問を口にする。


「魔力の回復って寝る事以外にないのでしょうか?」


 私が本当に聞きたかったのは、魔力の回復を早める方法。鍛錬して熟練度を上げるのも一つの手だけど、もし、絶体絶命って時に魔力が尽きてしまえば…と考えると恐ろしい。手っ取り早く、回復できる方法があればと、物知りであるランス神父の元へ尋ねてきたのだ。


「おや、魔術に興味を持ったのですか?」


 とてもいい人であっても、私から魔力や魔法の話になると、僅かだかランス神父の顔が曇る。多分、黒髪黒目の魔獣使いのことを思い出し、私を被せているみたい。

 私としては、村の人から疎ましがられようとも、彼らは報復や呪いを恐れて直接危害を加えることもないし、教会の子供たちの嫌がらせは本当に些細なこと過ぎて、怒る気すら起きない。

 例え従魔に成功しても村を襲うことはないのに…と私は思っていても、根強く埋め込まれた恐怖は厄介なんだよね。心優しい聖人のランス神父様であっても、それらが脳裏に横切るぐらいにこの国に浸透してしまっている。何て無駄で哀しいことなんだろう。


 ランス神父は魔法のことを教えるのは気乗りしないようだけど、私の質問に答えてくれた。



「有難うございます。分からないことがあったらまた来てもいいですか?」

「いつでも構いませんよ。ただ……魔法に興味を持つのはいいですが、無理に使おうとは思わないこと。人にはそれぞれ適正というものがあります。そういえば来年が適性検査の年ですね。適性のない属性を使おうとすると体を傷つけることになりますので、それまで待つことを約束してください」


 改めて「ありがとうございます」と礼を述べてから、ランス神父の執務室を後にして、書庫に本を戻しに行く。


 結局のところ、魔力の回復は休む以外にないそうだ。外からの回復方法でマジックポーションというものがあるらしいのだけど、それはとても高くて私たちのような貧民には手に入らないとのこと。

 マジックポーションがどのようなものかを問えば、元は薬草らしいということと聖水が必要としか返ってこなかった。

 人の助けとなるだろう、マジックポーションの作り方を神父様が知らないわけがない。私に言わなかったのは、やっぱり神父様もどこかで、黒髪黒目の双黒を恐れているのだろう。だったらこれ以上掘り下げて聞くことは出来なかった。


 だって、この村では親切にしてくれる一人だもの。いくら暢気な私でも周り中が敵だらけの中で過ごすと心が折れてしまう。


 ランス神父まで敵に回って欲しくなくて、消化不良のままだけど、二階にある私たちの部屋…階段を挟んで左が男子の部屋で、そして右の一番奥が女子部屋。そこへと向かうと、女子部屋では既に就寝の用意がされていた。


 ああ、そっか。もう直ぐで消燈の時間なのか。結構な時間までランス神父と話をしていたようだわ。


「あれ?私の布団は?」


 女子部屋は男子部屋よりも一回りほど小さく、日本でいうと六畳ほど、そこに服や小物、持ち物を入れる籠を一つずつ置いているので、女子5人の部屋としてはかなり狭い。そこに布団を引くとなると、人数分の敷布団は無く、一面に引いて皆でごろ寝となるのだけど、それぞれが既に就寝の為に場所を陣取っており、私が入るスペースがないように見える。隅っこに小さく折りたたまれた、薄っぺらい掛け布団が鎮座しているのみ。

 いつもなら、少しでも私が入るスペースを空けていてくれていたのに、何故?


「あら?あなたここで寝る必要はあるの?」

「え?それはどういう意味?」


 女子の中では年長のピンクの髪を持つカリナが真ん中にドンと横になりながら、蔑んだ目を向けてくる。気は強いものの下の子の面倒をきちんとみる優しさを持つのに、私に対してだけその庇護に入らない。


「あなたはランス神父のお気に入りなのでしょう?私達のような下々と一緒に過すのは嫌なのじゃないの?」


 一時なりを潜めていたイジメなんだけど、ここのところランス神父の元へと頻繁に訪れていた所為なのだろう。以前のように小さなイジメが多発していた。カリナを中心に他の孤児の子達はランス神父には分からないように影で。

 黒髪黒目で忌み嫌われているだけではなく、尊敬するランス神父から教えを乞うのを良しとしていないのだ。いつもランス神父の元へと行った後の嫌味はねちっこかった。

 だけど、いつも殆ど聞き流していたから、カリナ達の堪忍袋の緒が切れたのかもしれない。


 つまり彼女はこの部屋から出て行けと言っているのだ。


「……」


 勉強をして多少物知りになったところで、私は人を蔑んだりしないのに、嫌味すら聞き流している態度が澄ましているようにみえたのかもしれない。

 だってねぇ、仕方ないじゃない。たった14歳の子に「ランス神父様は忙しいのだから、邪魔するなんて、どこまでずうずうしいの!」とか「あの方は心優しい方だから、あなたのような卑しい身であっても受け入れている素晴らしい人なのだから、近寄って神父様を汚さないでくれる?」とか言われても、素直に「はい、そうですね」とは言えない。尊敬するのは良いけど、そこに私に対しての蔑みを練りこまれるとなんだかねぇ、ただの我侭にしか聞こえないもの。

 それに、ランス神父が忙しいのも優しいのも分かっているから、負担にならないように、比較的仕事が少ない日を選んで訪れている。前世では35歳まで生きた大人で、仕事もしていたのだから、その点は心得ているつもりだ。


 今日はその~ちょっと、目的があったから、いつもより邪魔してしまったのは私も悪かったなと思っているけど。


「ほら、そこにあなたの荷物は纏めているわよ。さっさと何処かに行って、ランス神父様とマルセルに迷惑をかけないでよ!」


 つまりはランス神父やマルセルに告げ口して手を煩わせるな、ということだね。


 マルセルとは男子女子とも含め孤児の中での年長であり、もう直ぐ16でひとり立ちを考えている冒険者。そして私を蔑みもせず、面倒も見てくれる貴重な味方で、カリナの想い人でもある。

 村人全員から嫌われているから、彼と普通に話せるのが嬉しくて、貴重な味方の手を振り払うことは出来ずにいた。そう、カリナの機嫌が悪くなると分かっていても。


 しゃーない。これも自業自得というものかな。


 カリナの指す方を見ると、そこはやっぱり薄っぺらい布団が折りたたまれた部屋の隅っこだった。良く見るとその下には小さな私用のカゴが隠れていた。

 数少ない布団をくれるというのだから、カリナは根っから悪者にはなれない。そんな彼女を私が追い詰めてしまったのだから、私が悪いのだろう。


 私の荷物を取る為に部屋に入ると、他の子たち、ツェネとロミが私の動きを追いながら睨みつけてくる。この二人はカリナを慕っているから、彼女の決断に反論は無いのだろう。

 そしてもう一人、クロエは他の子たち同様何も言わなかったが、何の感情も表さずに、ただ私が外に出るのを見ているだけだった。



「何処の世界も人間関係は難しいわね」


 扉を閉め、カゴを持ち直して呟いく。


「同じ捨てられたという境遇なのだから、手を取り合って協力できれば素晴らしいと思うのだけど…」


 私がもっと歳相応に泣いたりすれば、少しは同情してくれていたのかな?でも…精神年齢は大人なのだから、そう簡単には人前で泣けないんだよね。

 カリナの嫌味もランス神父とマルセルに構ってもらえない嫉妬が見えて、子供が寂しがっているようにしか見えなかったから、可愛く思えて、あんなんじゃ、泣けないよ。


「なんにしろ、私が招いてしまったことは間違いない。さて、何処に行こうかなぁ」


 味方といえど、マルセルやエミーリオの部屋は男子専用だし、ランス神父は受け入れてくれそうだけど、これ以上迷惑をかけたくないし…行くところといえば…


「書庫しかないよね」


 他にも空き部屋があるけど、客室部屋だから入っては駄目と言われている。いくら追い出されたからといっても、駄目といわれているところに入って、さらに印象を悪くしたくない。

 書庫も村の人たちも利用するけど、夜は流石に来ない。だったら一晩ぐらい良いよね。

 明日以降の寝泊りは、さて、どうしよう?


 まずは寝床をどうにかしないことには、生活していけない。大森林に向かうのはその後になりそうだわ。またもや、ごめんね。エミーリオ。私が嫌われ者だから、中々約束が果たせなくて。


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