17 双子の救出に向かいます
16.05.14書き直しました。
木々の隙間から【育成】や【錬成】の光を見られると厄介だからと、双子から結構な距離を離れてしまったのが痛い。【転移】するにしてもポイントを置いていないので、見える範囲でちまちまと飛ぶしかなく、付いたときには警告が発せられて5分は立っていた。
子供の足で木をよけながら走ると、30分はかかるところ5分で付くのは最速といえるのだが、ここは魔物が生息する大森林だ。もし囲まれているのならば5分のロスは大きい。
残していたインディゴとスモークがある程度時間稼ぎをしているだろうけど。
見えてきた!
双子はどうやらウッドウルフ3匹に囲まれているよう。
ウッドウルフは狼系の魔物で、嗅覚が異常に発達している。血の匂いをたどってきたのだろう。ランクは下から2番目のEなのだが、俊敏で動きを捕らえるのが駆け出しの冒険者にとっては手に余る。
採取をメインとしている双子には倒すことは難しいだろう。もちろん私も無理。だけどなんとかしないと双子がやられてしまう。
多分というか絶対にこれがイベント前の出来事なのだろう。
大森林で怪我をしたクロエが、その帰り道に魔物と遭遇。命は助かるが片足を食べられてしまうのだ。そして、自由のきかなくなった足の所為で、魔物の襲来で逃げ遅れ・・・
生き残ってしまったクロムは、自分の不甲斐なさから己を責め、強くなることを決心し、せめてクロエの命を奪った原因である『ルーシア』を倒そうと考えるのだ。
ここでクロエの足が無事ならば、流れを変えることが出来るかもしれない。
背にかけていた弓を構えると、ウッドウルフに向かって射る。
しかしながら、動いている標的を仕留めたことがないので、もちろんというか当然のように掠めるだけで掠り傷すら負わすことは出来なかった。
「っ・・・!ルーシア!」
ウッドウルフには当たらなかったけれど、突然弓矢が飛んできたことによって、クロエを庇いながら戦っていたクロムが私に気づいた。
クロムから声がかかったけれど、危機的状況のこんな場面に遭遇したことがない私には余裕というものを失っていたみたいで、
「こうなったら数打ち当たる作戦よ!」
と、次から次へと矢を放っていった。
「ちょ、まっ!僕がいるんだけど!?」
標的の大きさと距離を計算して、私の弓の腕前が素人と予測したクロムはウッドウルフと一緒に逃げ惑う。
それでも私は止めることはなく矢を放っていき、ようやく1本の矢がウッドウルフの胴体に刺さった。
「ぎゃうっ!!」
「やったわ!!」
それでも致命傷にはならずウッドウルフの動きを止めることはなかった。怪我を負ったウッドウルフがようやくこちらに威嚇してきているが、他の二匹は依然としてクロムとクロエに意識が向いている。
どうして、こんなに攻撃しているのに私に向かってこないの?
3匹とも私を追いかけてきてくれるのなら対処は出来たというのに、怒り狂った一匹のウッドウルフだけだなんて、想定外よ!
もとより私の素人の弓が当たるなんて思っていない。(当たれば良いなぁとは思っていたけど)ウッドウルフの気を引き双子から離せれば、後はスライム達に協力してもらって討伐、もしくは撃退できればと考えていた。
でも実際はたったの一匹だけ。
とにかく向かってくる一匹だけでも撃退しないと!
「グレイ頼んだわ!」
『きゅ!』
グレイと他のスライム達は離れていても意思を伝えることが出来る。スライムの種族が本来持っている能力というよりも、私の従魔になりレベルが上がったから出来るようになったみたい。
その事によって私の考えていることをグレイが読み取り他のスライムに伝達してくれる。
後はタイミングを指示するだけ。
怒りに身を任せたウッドウルフの足運びに注目し、5メートルで私に到着するというところで指示を出した。
「ぐあっ!?」
前足で地面を踏み込んだつもりが、その地面が急に柔らかくなって第一関節が埋まるぐらいの穴が開いた。そして前のめりになり体が反転したのだから、ウッドウルフも驚いただろう。
もちろん全部、スライム達の仕業だ。
まず錬成で地面を柔らかくし、重力で土を脇に排除、足を突っ込んだだけで止まってしまってはこの後の攻撃が効かないことを考えて、前のめりになったウッドウルフの体を重力のよって持ち上げて反転させたのだ。
ナイス連携!!
勢いつけて反転したために、ウッドウルフの前足は無理矢理曲げられたせいで、折れたようだ。かなり痛がって後ろ足が泳いでいる。
と、そんなことよりも、上手く柔らかなおなかを見せてくれたのだから。と弓を構え、矢を腹に向けて放つ。
「ぎゃうぅっ!!!」
一本、二本、三本・・・威力が弱くても全部柔らかな腹部に命中したので、ウッドウルフは絶命した。
後はクロムを襲っている二匹だ。
クロムから離れているからスライム達と連携できたけれど、近寄ってしまうとスライムの能力は使えない。
「クロム、ごめん!援護しか出来ない!」
私の力だけでは二匹なんてやっつけられる訳がない。だからといって二人を放置して逃げようなどと断じてない。だったら、クロムに頑張ってもらうしかないのだ。
「十分だよ!というか乱射されるとこっちが困るから!一匹ずつなら仕留めることが出来るから。もう一匹が近寄ってこないように牽制してくれる?」
採取ばかりしている彼らであっても冒険者だ。多少の荒事には慣れているのだろう。
クロムの言う通りに、一匹に対峙している隙にもう一匹が近寄ろうとするのを牽制するように足下に弓を放ち、距離を離す。それを何度か繰り返していると、クロムが一匹を退治し、もう一匹もなんとか討つことが出来た。
「お疲れ様」
動かなくなったウッドウルフの脇を通り過ぎ、クロムに労いの言葉を贈ったら、
「一番疲れたのは、君の弓の乱射だけどね」
と、苦笑で返された。
手助けするつもりだったんだけどなぁ。でも一応謝っておくと、クロムが目を泳がせながら、ぼそりと呟いた。
「まぁ、なんにせよ。僕だけでは3匹を討つことが出来なかったから、感謝するよ」
「えっ!?――――えへへへっ」
この世界に来て感謝されたことなんて余りないので、一瞬面食らってしまって、言葉の意味を理解するのに時間がかかり、そして一気に嬉しさがこみ上げてきた。
「変な笑い方しないでよ。気持ち悪い」
「えへ、えへへへへっ」
なんと言われようとも、止まらないの。締まりのない顔していようとも嬉しいものは嬉しい!
エミーリオとランス神父以外に感謝されたことなんてないもの。ランス神父は特別扱いできないから感謝の言葉も極力少なく、畑の収穫が多くなったときに一度だけ。エミーリオは家族同然だから、言葉で表さなくてもなんとなく伝わる。だから本当に片手で数えるぐらいに少ないの。これが嬉しくないわけないでしょう!
もしかしたらクロエからも感謝の言葉をもらえるかもと、調子に乗って木の室で隠れている彼女に近寄ったら、なぜか彼女は顔を真っ赤にして怒っていた。
何故に?
もちろんクロエの足は無事だ。
「あんたね!本当に馬鹿なのね!あんたみたいなのが魔物に突っ込んできたら食われてくださいと身を捧げにいくようなものなのよ!考えて行動しなさいよ!」
体育座りに膝を抱えながらぷるぷると怒っている美少女は、可愛い意外何者でもない。
だけど何故怒っているのか?助かったんだから喜んでもいいのに・・・う~ん、分からない。
「本当にクロエの言っていることが分からないみたいだね。クロエは君の身を案じているんだよ」
「んへ?」
私の身を案じて怒っているの?
『馬鹿』と『考えて行動しなさい』と『役に立たない』と言われたどこに私の身を案じている言葉があるのだろう?
「クロエ・・・本当に分かっていないようだよ。これ以上何を言っても無駄」
「なんなのよ!この子は!」
「ええと、お怒りのところ申し訳ないんですが、手当を再開して早く森から出ましょう」
こんな危険な場所で意味の分からないことで討論するより、早く安全なところにいくことを提案する。
「もう!!信じられない!!!」
さらにお怒りのようだけど、クロムがクロエをなだめさせて、手当の再開となった。
さっき作った『万能草』を磨り潰しクロエに足に貼る。そして念のために水に溶かして飲んでもらった。
状態異常にも効くらしいから、ばい菌などが入って化膿するのを防ぐためでもある。あと発熱と。
先ほどの戦いでクロムも傷を負っているのでクロムにも貼り付け、同じように飲んでもらったところ、二人が異常な驚きを見せた。
「何よ、これ!」
「す、凄い」
「いったい何を飲ませたの!?」
痛むであろう足を引きずりながら凄い剣幕で詰め寄ってきたクロエに、変なものじゃないはずなんだけど・・・と薬草名を伝えると
「あの伝説の万能草ですって!!」
「・・・よく見つけられたね。というより、この森に生えているんだと驚きだよ」
え?伝説なの?貴重なの?そりゃレア度は7だったけど・・・世間にさらしてしまうとやばいのかな?
「ず、図鑑か何かで見たような・・・多分間違いないと・・・思うけど・・・体調か何かに・・・異変がある?」
どこで見つけたとか、何故知っているのかとかを、どうやって誤魔化したらいいのやら。こっちは内心焦りまくっているのに、クロエは「信じられない!こんな怪我で万能草を使うなんて。信じられない!売ったら庭付きの家を買えるぐらいなのに、なんて勿体ない!」
と、ずっとぶつぶつ『信じられない』『勿体ない』と繰り返しているばかり。
「身体に異常はないよ。それどころか傷があっという間に治ったし、体力もかなり回復してきているから驚いたんだ。まさかこんな所に伝説の万能草が見つかるなんて・・・村おこしが出来るんじゃない?」
え!?それ困!これ以上人が集まると身動きがとれなくなるわ。
「万能草がそんなに貴重なのは知らなくて、全部葉っぱを摘み取ってきたんだけど・・・周りにはもうなかったし・・・」
「そっかぁ。万能草は突然変異で出来るらしいから群生はしていないだろうね。根っこごと採取して育てても上手く育たないと言うし・・・余計なことを言って村を騒がせるわけにいかないね。なんせこのメンバーは村から嫌われているメンバーだから、余計に・・・」
「そ、そうだね。うん、そのほうがいいわ!」
良かったぁ。追求されずにすんだみたい。しかし、種が出来て採取してしまったものはどうしよう?秘密の畑に隠しておくしかないかな?
「それにしても、君が・・・なんというか、考えなしに行動するお馬鹿さんだとは思ってもみなかったよ」
「え?それはどういう意味なの?」
「だって、そうだろう?あるかどうか分からない冬のこの時期に薬草を取りに走り出すし、戻ってきたと思ったら、魔物が居ても逃げないし、それどころか立ち向かってくるわ。弓の実力が伴っていないのに連射するし。これが考えての行動といえる?」
「・・・・・・う~ん、そう言われると」
「でしょ?」
一応考えて動いているんだけど、端から見たらそう見えるのね。
「それなら、こっちも双子がこんなに気さくな人たちだとは思っていなかったわ。もっとつんつんして怖いのかと思っていた」
「それはこっちの台詞だよ。君は殆どしゃべらないからね」
10年以上一緒に暮らしているというのに、お互い理由があって話することはなかった。
もちろん私は黒髪黒目で禁忌の子供として、そして双子も同じ理由で村人から嫌煙されていたのだ。
王族、貴族の間では双子は争いの元として禁忌とされ、最下層の貧民の間では、食い扶持がいきなり二倍になるため嫌煙されていた。というなんとも理不尽な扱い。
私ほど嫌われてはいないけど、ただ『禁忌』という言葉だけが一人歩きして、村の人から冷たくされていたという理由から出来るだけ人との接触を控えていたそうだ。
「お互い苦労するね」
「君ほどではないけどね」
クロエの足の怪我が万能草のおかげで殆ど傷がふさがり、捻挫の腫れも引いて歩けるほどになったために、村へと帰りながらお互いのことを話し合った。
っと言っても、話しているのは私とクロムであって、クロエはずっと『勿体ない』『信じられない』とぼやいているばかり。
そんなに欲しかったのなら、今度見つけたらあげるよ。と言うとまたもや『馬鹿』『阿呆』『常識外れ』の単語が追加されてブツブツと呟くことになった。
これを切欠に双子と急に仲良くなった。ただし双方とも禁忌の子供なので、皆の目がないときだけなんだけど。
ただお話をするだけだというのに、本当に苦労するわ。
もちろん、私が森に出かけていることを内緒にしてくれるという約束を取り付けています。
仲良くなったと言うことは、クロムから憎まれるということが回避できたと言うことで、数日間、私がほくほくだったのは言うまでもない。
ん?憎まれずにすんだけど、勇者一行のメンバーにならないのじゃ・・・うわぁ、どうしよう!?
双子の課題はまだ残ったままの結果になった。