思い浮かばない贈り物
「サンタクロース……か」
まさか、カガリがそのようなものに興味を持つとは思わなかった。今の時代に、キリスト教はもう存在していない。いや、そもそもキリストという名を知る者すら、居ないと言っていいほどではないだろうか。そのため、当然今の子どもたちは、サンタクロースの存在など知る由もないだろう。ただ、この聖夜に祭りごとをする……という習慣だけは、現在も残されていた。「セルヴの感謝祭」という名前だ。この世界に住む者たちが、共通の女神として崇めている女神「セルヴィア」の存在に、感謝するという日だ。
別に、この日に女神が何かをしたとかいう記事はいっさい残ってはいない。それどころか、女神が本当に実在していたのかも、実のところ定かではないのだ。
そんな中でも祝おうとするのは、やはり普段の苦しい生活を、紛らわしたいという市民の願いからなのであろうか。
(まぁ、祭りは楽しいものだ。あった方が、私も休みがとれて嬉しいからね)
もっとも、そうは言っても、私は祭りというものを楽しんだ記憶があまりない。興味はあったが、わざわざ出向こうという気にはなれなかった。こう見えて案外と出不精なのだ。興味のあることに対しての追求心は並外れたところがあるが、そうではないことに関しては、かなり適当であることを自覚していた。
さて。
今回問題なのは、カガリが何を願うのか……だ。
カガリの性格からすると、それほど高価なものをねだるようには思えない。しかし、手ごろな値段でカガリが欲しがりそうなものというものが、なかなか見当がつかない。できるだけ早く教えてくれないと、それを探す時間がかなり制限されてしまう。
「サンタクロース」とは、なかなかに大変な仕事だと思う。私がたとえば二〇世紀頃に生まれていて、子どもが家に居たならば、毎年このような苦労を味わっていたのであろうか。子どもが大勢居る家庭では、一体どんなクリスマスを過ごしていたのだろうか。祭よりも、どちらかといえばそちらの方に私の興味は向いていた。
(古代にも、色々と大変なことがあったのだな)
こういったことは、実際に経験してみないとわからないものである。
「ん……っ!?」
しまった……うっかり眠ってしまっていた。ここはどうもいけない。あまりにも気持ちのいい風が吹くから、ついウトウトとしてしまう。
すでに日は落ちている。クリスマスまで時間がないというのに、無駄に時間を過ごしてしまった。早く考えなければ、間に合わない。
(私が欲しいもの……なんだろう)
とりあえず外が冷えてきた。よく見ると、あまりの寒さに鳥肌がたっている。私は足早に廊下を駆け抜けて、自室に戻るとすぐさま毛布にくるまり、そのままベッドの中で「願いごととは何か」のテーマについて、続きを考えはじめた。
(剣……? でも、どうもピンとこない。それに、サンタクロースに目利きの力がなければ、とんだ紛い物の剣を持って来てしまうかもしれない。それだと私としても喜んでいいものかどうなのか、微妙なところだ。服をねだっても、サイズが合わないと困る……)
私は布団にくるまりながら、延々と同じテーマについて考え続けた。これだけ考え込むのは、久しぶりかもしれないと思うくらい、私は考えていた。私が欲しいものであり、かつサンタクロースが用意しやすいもの……。
「……そんなもの、あるのか?」
なんだか、不安になってきた。
結局、何も思い浮かばないまま、二十四日……「クリスマス・イヴ」と呼ばれる日を迎えてしまった。私はひとり浮かない顔をしながら、パレステルの街にある広場の椅子に、腰掛けていた。子どもも大人も、みな楽しそうに通り過ぎて行く。私だけが、別世界の住民のようだ。ひとり取り残されたかのように、私の周りだけ時間が止まっているように思えた。
(今日は、セルヴの感謝祭の日だからな……)
でも、この日は別に子どもが誰かからプレゼントをもらう日ではない。ただ単に、今この世界で生きていることを、セルヴィアに感謝をする日だ。実在したのかどうかさえ、分からない「女神」という存在に感謝する……。
「こんなことを言ったら……怒られそうだな」
この世界に住むもので、セルヴィアを信じていないものはそうは居ない。こことは離れたところにある「セリアス大陸」の神教徒と、「神」を信じることをやめた、私ぐらいではないだろうか。
(師匠はどうなのだろう……)
師匠もまた、こういったものを信じるようなひとには思えないのだが……師匠は妙なことに執着したり、不自然なくらいに関心を持たなかったりと、色々忙しいお方だから、よく分からない。私の頭では、計り知れない。
(……って、こんなことを考えている場合では)
まだ昼前だ。だが、こんな調子ではあっという間に日が暮れてしまいそうだった。
そんな時、遠くで私を呼ぶ声が聞こえた。
「ガリガリ~っ!」
リラだった。この街で母親と二人暮しをしている、三つか四つぐらいの女の子。なぜだか私によくなついてしまった子だ。
「リラ。走ると危ないよ」
言っているそばからリラは雪ですべって体勢を崩した。そのまま倒れてどこかを怪我してもいけないと思って、私はそっと立ち上がり、リラの体を抱きとめた。
「えへへ~……転んじゃったぁ」
「だから、危ないって言っただろう。どうした? 今日はひとりか?」
リラはたいてい、街の子どもたちと一緒にいた。しかし、今日は近くにこの子の友だちの姿は見えない。比較的治安のいい街だから、それほど心配をすることもないのだが、やはりこれだけ小さな女の子をひとりにしていくのは危険であろう。母親はどうしたのだろうか。
「リラ。お母さんは?」
「ん~……寝てる!」
「寝てる?」
病気か何か……か? 私は、なんだか嫌な予感を覚えた。
「リラ。すまないが君の家へ案内してくれないか? リラのお母さんに会いたい」
そう言うと、リラは嬉しそうに笑った。
「ほんと!? ガリガリお家に来てくれるの!? うん、いこっ!」
私はリラに先導されながら、彼女の家に向かった。