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サンタクロースがやって来た

 クリスマス……。子どもが一年の中でとても楽しみにしている日。「サンタクロース」という者に、自分の欲しいモノをお願いすると、十二月二十四日の夜、その子どもの眠る枕元に、そっとプレゼントを置いていってくれるという日。通称、サンタさん。上から下まで赤い服を身にまとい、三角帽子をかぶっている白ひげのおじいさん。赤い鼻のトナカイが引っ張るソリに乗って、世界中の子どもたちの家を廻る。

「世界中の子どもたちの家に……か」

「今日は何を読んでいるんだい? カガリ」

ここは、城の中にある図書館の倉庫。古い本がたくさんしまわれている。私は、時間を見つけては、よくここへ遊びに来ていた。ここに来るのは、私と、私の師匠ぐらいなものだ。他のものはまるで寄り付かないため、埃にまみれた部屋だった。けれども私は、この空間を気に入っていた。騒々しい世界はそこにはなく、静けさを伴う歴史を感じる空間が広がっているからだ。かなり古い文献まで残っているそうで、そのほとんどが古代文字、昔は「日本語」と呼ばれているもので書かれていた。今ではそれを解読できる学者なんてほとんど居なくて、これもまたやはり、師匠と私ぐらいなものだった。だからこそ、誰も寄り付かないんだ。城のものはここに興味を抱かない。過去ではなく、「今」しか見ていないからだ。過去を知る必要はないと考えているのだろう。

 言い換えれば、私たちは過去を知りたがっている、知る必要があると考えていることになるのだろうか。

「ルシエル様」

私はそっと本を隠した。なんだか、少し恥ずかしいような気がしたからだ。これは、本……といっても、絵本だった。二十七にもなって、絵本を読んでいたとは思われたくない。でも、隠したことが失敗となった。師匠が興味を持たないはずがない。師匠は私をからかうのが半分趣味と化している。私は苦笑いをしつつも、少しずつ後ずさりした。

「隠す……とは、何かやましい物でも読んでいたのかな?」

そう言うと、一歩一歩近づいてきた師匠は、私の許可なんてお構いなしに、意図も簡単に私の手から本を奪い取ってしまった。師匠の動きに身のこなしには、いつだって無駄がない。

「あっ……」

慌てて手を伸ばしたけれども、師匠の方が頭ひとつ分は軽く背が高い。本を手に取り上に掲げている師匠の手には、私がいくら背伸びをしてみても、まるで手が届かなかった。

観念した私は、ただ笑われないようにと祈りながら、視線を落とした。

「……サンタクロースがやって来た?」

師匠がタイトルを読み上げると、私の顔は一気に熱くなった。恥ずかしい……。どうして私は、よりにもよってこのような物を手にしてしまったんだろうと、後悔した。

「そうか……カガリはサンタクロースから、何かプレゼントをもらいたいのかい?」

「えっ……?」

師匠は私が予想していたようには笑わなかった。ただそっと、優しく微笑んでいただけだった。

「いや、その……」

私は今日、はじめてサンタクロースというものを知った。しかし師匠は、この様子だと元々知っていたようだ。本当に何でも知っている人だ。だからこそ私は、聞いてみたくなったんだ。

「ルシエル様。あの……」

「なんだい?」

師匠は、ぱらぱらと本をめくりながらも、私の話を聞いてくれた。

「サンタクロースは、子どものところにしか来ませんか?」

「……」

そのとき師匠は珍しい表情をしてみせた。眉を寄せ、不思議そうな顔で私の顔を覗き込んできた。

「カガリは今まで、サンタクロースから何かをもらったことがあるかい?」

「いいえ?」

それから少し師匠は何かを考えた素振りを見せた。右手の人差し指をそっとあごに沿わせるのが師匠の癖だ。

「ならば大人になった今でもきっと、もらえるはずだよ。お願いをすればね」

「お願いを、すれば……?」

そうすれば、俺の願いも聞いてくれる? 本当に? 俺の胸は、なぜだかドキドキしてきた。こんな気持ち、久しりだ。

「本当……ですか?」

「カガリ。私は嘘をつかないよ」

本当なんだ。サンタクロース……か。なんだか、二十五日の朝が来るのが楽しみになってきた。

何をお願いしようか。この絵本では、お菓子とか、おもちゃとかをお願いしているようだったけれども、そういうものを願うべきものなのか?

 早く決めないと、間に合わなくなってしまう。これを逃したら、また一年待つことになる。

 願い事を考えることに夢中になっていた私に、師匠は優しく声をかけてきた。

「カガリ。願い事が決まったら、私に話すんだよ?」

「えっ……? ルシエル様にですか?」 

「あぁ、そうだよ。この本には書いてなかったけれどもね、サンタクロースからプレゼントをもらうためにはまず、一番身近な大人の人に、そのお願い事を話す必要があるんだよ」

そうなのか。本当に師匠は何でも知っているんだな……と、感心した。

「わかりました。決まったら話します」

そして私はこの書庫を後にして、そのまま裏庭に向かった。今日は非番だったから、明日までゆっくりとできる。その間に何が欲しいのかを考えようと思った。誰にも邪魔されずに考えていられそうな場所といったら、裏庭の木の下だ。あそこは人通りも少なくて、ひとりの時間を過ごすには最適な場所だった。


「欲しいもの……か」

いざそう言われると、何も浮かばないものなんだとはじめて知った。今まで、何が欲しいのかとか、聞かれたことがそんなにもなかったから、余計に上手く考えることができない。意識を集中させようとすればするほど、散漫してしまう。私は正直、焦りを感じ始めていた。クリスマスまでに願いごとは決まるのだろうか。

(欲しいもの、欲しいもの……)

なんだろう。何も浮かばないなんて……どうしてだろうか。何も欲しくないのか? いや、違う……。私にも欲しいもののひとつやふたつ、あるはずだ。私は欲張りだ。これまでも、色々なものを望みながら生きてきた。


 それなのに、いざこういう時になると何も浮かばないなんて……。


 食べ物は……そんなに欲しくはない。今でも充分食べていけている。「おもちゃ」……をねだるような年でもない。他には何があるのだろうか。

(私が一番欲しいもの……)

色々な物が浮かんでは消え、浮かんでは消え……。それを繰り返しつつも、私は欲しいものを言葉にしようと、頭の中で色々と考えてみた。


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