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正義か悪じゃ語れないっ!?  作者: 豚座34
■第二話「ほこりにまみれた悪の秘密結社の(非)日常」
9/22

-4-

 つんつんと触られている感触に目を覚ます。どうやら気絶していたらしい。何があったのかはよく思い出せないんだけど。何かものすごく大切なことがあったはずなんだけど。脳内ハードディスクが破損している。ファルダが開けない。

 誰かの息遣いが聞こえた。だんだんと意識がはっきりしてくる。頭には温かい枕の感触。これはもしや膝枕というやつなのでは。


 知ってるぞこれ。ラブコメあるあるだ! ジャンプで見たよ! 

 いつまでも寝ていたくなる暖かさ。厚手の枕。うっすらと目を開けると――、


「あら、マモルちゃん起きた?」


 ―――夜の狼がいた。ケンさんバリバリオオカミモードである。心なしかハアハアしている。息が生暖かいのな。


「オハヨウゴザイマス」

「もうちょっと寝てても良かったのに。寝顔、食べちゃいたいくらい可愛かったのよ?」

 上のお口で? 下のお口で?

「ハハ、またまた冗談を」


 そんなのラブでもコメでもない。ただのホラーである。上だろうと下だろうと。


 俺は慌てて立ち上がり、体を伸ばした。どうやら応接スペースのソファで眠っていたらしい。日はそれほど傾いていないのでそんなに時間は経っていないようだ。それにしても何故か眠る(?)直前の記憶がない。


「総統は?」

「地方イベントに出張していた仲間のお迎えで駅の方に行ってるわ。たぶんそろそろ帰ってくるんじゃない?」

 いつの間にか人間モードに戻っているケンさんが爪のお手入れをしながら言う。変身の時にTシャツが破れたのか上半身裸だった。すごい筋肉質である。

 それにしても地方イベントか。そういうこともするんだな。今後のこともあるだろうし帰って来たら話を聞いてみよう。


「ということは、いよいよ他のメンバーにも会えるんですかね」

「あら、マモルちゃんまだ他の人に会ってないの?」


 今のところ総統とケンさん以外には会っていないのだ。ちょっぴり楽しみである。

 その時、外からは階段を駆け上がる音が聞こえた。

 バンッとドアが開け放たれる。


「安須野ミサキ! ただいま帰りました!」

『ピコン。ヒトロクゴーマル。戦闘課アスノミサキお姉ちゃんが帰って来たよ。サイコーの悪役ライフだったかな?』

「ただいまマークⅡちゃん!」

現れたのはジャージを着たスポーツ少女みたいな人だった。ドラムバッグを斜めがけして、手にはお土産袋のようなものを持っている。年の頃は俺とそんなに変わらないだろう。


「おかえり、ミサキちゃん」

 ケンさんが笑顔で迎える。

「ただいまケンちゃんさん!」


 こちらもなんとなく会釈をする。

 というか、ケンさんの上半身裸は気にしないのか? あまりに平然としているその姿にびっくりするんだけど。

 俺に気づいた彼女はずんずんと近づいていきた。ぐぐぐいっと、いつの間にか鼻先同士がくっつきそうな距離である。

 ニッと彼女は口角を上げた。白い歯がこぼれる。


「こんにちは。初めまして。これからよろしくお願いします!」

 おいおい、キスしちまいたくなる距離感だぜ。

「よろしく」


 俺の挨拶を聞いて、うんとうなずき一歩後ろにステップ。さすがにさっきのは近すぎたのでちょうどいい距離だ。

 改めて、安須野ミサキの風貌を観察する。ゆったりとしたジャージで体のラインはぼかされているけど、斜めがけによって胸は若干強調気味だ。


 うむ、悪くない。


 おそらくスポーツタイプのブラジャーをつけているのだろう――というかそうであって欲しい――浮き出た胸の形は少し不自然だった。俺は抑えこまれた二つの弾力に思いを馳せる。見立てでは『キリカさん>>>>>【マウント富士】>>ケンさん(参考記録)>>>>この娘>=平均値>>>【倫理的な壁】>>>【カントープレーンズ(関東平野って意外と凹凸多いよね)】>>>カナタ』のこの位置にランキングされる。

 ちなみにこの平均値は俺が割り出したもので、おそらく一般のデータより大きい。文句などは一切受け付けないのであしからず。


 ようやく目線を上げれば、肩口でざっくり切られた髪の毛を無理やり髪ゴムで束ねているのが確認できる。服装もそうだけど、おしゃれにはあまり気を遣わないタイプなのかもしれない。肌もほんのり小麦色で、部活動に勤しむ少女といった印象を与える。

 一言で言うならば爽やか健康系少女。なんとなくお茶の名前みたいだなと思う。


「あなたがキリカさんの言ってた新人さんですよね? 安須野ミサキです。ここでは先輩ですが、気軽にミサミサと呼んでください」

「オーケーミサミサ。俺の名前は比呂川マモル。マモマモって呼んでいいよ?」


 舌を出してウインクしてみる。ファーストインプレッションが大切だから可愛くいかないとね。


「はい、マモルさん!」


 呼んでくれないのかよ、このボケ殺しめ。何のためのネタ振りだったんだ。

 後天的職人ボケタイプの永遠のライバル、先天的ボケクラッシャー登場の予感に戦々恐々とする俺だった。

 まあ、自分でもマモマモはないなって思うけども。同じくらいミサミサもない。


「あと、マモルさん」

「どうした?」

「その髪、超絶ダサいですね」

「うるせーよ!! 個人的にはそこそこ気に入ってるんだよ!! つーか、初対面でズケズケ言いすぎだろ。めっちゃ傷つくわ。」


 寄ってたかってこの金髪を悪く言う! 良いじゃん! 心は英国紳士なんだから! もう高校生なんだから髪の色くらい自由にしていいじゃん!


「それで、ミサキちゃん。キリカはどうしたの? 一緒だったんでしょ」

「表で八百屋さんのオジサンに捕まってます。もうちょっと話してるんじゃないでしょうか」

「意外と初心というか……まだ顔合わせるのが恥ずかしいのかしらねあの娘は」


俺が首を傾げると、何故かケンさんはこっちを向いてニンマリした。野獣の眼光である。くわばらくわばら。近づいたら食われる。


「じゃあ、もうちょっと雑談でもして待ちましょ」

「了解であります! あ、お土産買ってきたので皆で食べましょう! レモン牛乳クッキーとかいう謎フードがあったのでつい買い込んでしまったのです」

「え、なにそれ食べ物なの? せめてイチゴとかバナナじゃない?」


 レモンと牛乳って考えうる限り最悪の組み合わせだと思うんだけど。給食の時、柑橘類のデザートと牛乳の組み合わせに辟易したのを思い出した。

ミサミサはお土産袋からクッキーの箱を取り出すのに一生懸命で、こちらを見ようともしない。

 あっ、無視しちゃうんだ、そうなんだ。


「それで、地方イベントはどうだったの?」

 ケンさんはミサミサに話を振る。

「それがですね。途中までは普通にヒーローショーをやってたんですけど、何故か猿軍団とのガチンコバトルになりまして」


 喋りながら、ミサミサの手はいそいそとクッキーの個別包装を剥がしている。


「障害物競走は良い勝負だったんです! でも次の算数バトル! お猿さんたちはズルいんですよ。ミサキは十本指しか使えないのに、向こうは足の指まで使うんです!」


 十対二十ですよ、と彼女はぷりぷり怒りながらも、なおクッキーを頬張っていく。いろいろ忙しいやつだな。


「あまりに悔しいから靴を脱いで応戦したんです! そしたらボス猿っぽいやつに靴を持って行かれちゃって……」


 しゅんとなりながらクッキーを頬張っていく。食べるの止めたら死ぬのかなこの娘。

 皆で食べましょうと言ったお土産はミサミサの胃袋だけにどんどん放り込まれていく。自分で買ったものだから良いけどさ。


 クッキーだけというのもあれだし、お茶でも淹れようと思った。

 給湯室に向かう。掃除を終えた後の一服で、ちょくちょくこうしてお茶を飲んでいる。たいてい、ケンさんかキリカさんがご相伴に預かるのだ。

 そういえば、初めて給湯室に案内された時、アルコール類しか置かれていなくて驚いた。まるで、ガスコンロはお燗のためだけにあるのよと言いたげな惨状だった。

 とりあえず湯呑みは三つ、急須と一緒にお盆に載せて応接スペースまで運ぶ。

 

 ミサミサは身振り手振りで大スペクタクルを展開していた。バシバシと机を叩く音が事務所に響いた。猿軍団との大立ち回りも佳境を迎えた頃らしい。


「――結局、ボス猿含めた全猿に反省ポーズをやらせて、ミサキは辛くも勝利を手にすることになったのです!」


 手をパンパンと叩いてお土産話を締める。いつの間にかレモン牛乳クッキーは二箱目に突入していた。

 俺は二人の前に湯呑みを置き、ミサミサの前に積まれたゴミの山をお盆に載せて片付けた。


「ありがとうございます比呂川さん! ちょうどお茶が欲しいなと思っていたんです! もしやエスパーですか?」

「まさか。クレアボヤンスに目覚めればいいなと思っているだけの健全な男子高校生だよ」

「くれあぼんぼやーじゅ? 手からシチューが出てくる能力ですか?」

「……じゃあ、それで良いんじゃないのか。うん、すごく幸せそうな顔してるねミサミサは」


 ちなみに君が考えてるオバサンのシチューの秘密は、透視能力とまったく関係ないからね。

 お盆に載せたゴミをゴミ箱に放り込んで、俺は深くソファに腰かけた。ほっと一息、自分のお茶をすする。


「うん、お茶だ」


 可もなく不可もない。善き哉。この平凡さが売りなのだ。

 ミサミサはふーふーしたお茶を一気に流し込んでいた。

 なんなんだろうこの娘のバイタリティは。手からシチューが出るのは俺じゃなくて彼女の方だな。


 なんだか、安須野ミサキはある意味期待通りな人物だった。

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