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正義か悪じゃ語れないっ!?  作者: 豚座34
■第二話「ほこりにまみれた悪の秘密結社の(非)日常」
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-2-

 キンコーンカンコーン。


 放課の鐘が鳴る。本日の学業終了。あとは青春に費やすべしと告げている。

 ここは都立スカイタワー高校の教室。スカ高は本日も通常営業。きっちり金曜日課六時限分の授業を生徒たちに叩き込んで、ようやく青春活動への従事を認めた。


「じゃあな。比呂川」

「バイバイ、比呂川っち」


 山田川君と田中川さんのサヨナラに手を振って答えた。それが正しいハイスクールでの過ごし方と言わんばかりに、彼らは部活に向かうらしい。

 今までなら、俺もなんとなしに放課後を過ごして、限りある青春を空費していただろう。あるいは直ぐ家に帰って録画していた特撮テレビ番組を見ていたはずだ。


 しかし、青春特急列車に乗り遅れた俺はもういない。高校デビューに失敗してしまった俺は、もういない。


 青春は部活動にあるか?

 断じて否である。

 青春は高校生の間だけにしか許されないものか?

 否、否、否である!

 青春はアルバイトをしてこそだろう。社会に飛び出して、社会揉まれて、おっぱいを揉んでこそだろう! 大人な恋愛を先取りコーデしてこそだろう!! 

 今月号のメンズノンノにもそう書いてあったはずである。


 いつの間にか教室はずいぶん静かになっていた。人は疎らで、俺を含めて四五人ほどしかいなかった。

 青春は有限だ。みんな一秒も無駄にするつもりはないらしい。


「マモルいるー? 一緒に帰ろぉ」


 教室の前扉が遠慮無く開けられる。訪ねてきたのは幼馴染の阿久根カナタである。するとどうだか、残っていたはずの数人もいそいそと教室を出て行った。失礼というか、正直な奴らだ。俺の幼馴染は爆弾か何かか。まあ、それに近い何かだけどな。


 カナタは、そんなことを気に留める様子もなく、ずんずんと俺の机の方までやってくる。

 ニコニコと笑いながら駆け寄る姿は犬のようだった。

 短いけれどさらさらしている髪が揺れる。茶色がかっていて、細い毛質である。触るとわかるのだが、絹のように滑らかでカナタも女の子なんだなと実感する。


 背は女子の平均よりも少し小さい。一見華奢な印象だが、中学生の頃まで剣道をやっていたので体が引き締まっているからである。

 おまけに体重の数値よりも握力の数値の方が大きいのだ。中学生時代の運動能力テストでは、あらゆる項目でカナタに敗北したのを覚えている。


 しかしまあ、カナタの体は引き締まらなくてもいいところまで引き締まっている。そう、引き締まっているんだ。


 俺の目線は胸元で止まって、ホロホロと涙を流す。

 うん、良かった。おかげで大切な幼馴染を性の対象として見ないで済む。なんたって、中学生の頃一緒にお風呂には言っていたあの頃と、変わらぬ平坦がそこにはあるのだ。性の対象にしようものなら、塀の中へノンストップである。


「なーんか、屈辱的な視線を感じたんだけど」

「うそだー?」


 じーっとジト目。下から覗き込まれる。あらやだーと俺は身をよじった。

 人を下から覗きこんだらいけないってママに教わらなかったのか。俺の赤裸々な下心があらわになっちゃうだろ。


「ぷっ」

「あん?」

 まじまじと俺を見ていたカナタが突然吹き出す。

「何度見てもその頭ウケる」

「うるせーよ。俺は気に入ってんだよ」

「強がってるくせに」

「強がってない」


 カナタはニヤニヤと笑って俺を挑発する。

 うるせー貧乳とは言えなかった。この罵倒は使いどころを間違えると、死ぬ。俺が物理的に殺される。


「ま、いいけど。とにかく帰ろ。なんか一緒に帰るのも久しぶりじゃん。どこか寄り道するのもいいよね」


 クイクイとカナタは俺のワイシャツを引っ張る。

 久しぶりでも、いつでも、俺とカナタの距離感は手の届く範囲だ。そういうちょっとしたことが嬉しい。


「わりぃ、カナタ。一緒できるのは途中までだ。川向こうに行かなくちゃならない」


 さっと片手を上げてごめんねをした。別段、カナタと約束があったわけじゃないけど、こちらの都合で無碍にしてしまうのはやはり申し訳なかった。

 ここ最近、カナタと下校を共にすることは本当に少ない。朝、稀に登校を共にするくらいだ。


 別に、何日か会えないところでどうってことない。一緒にいるのも自然。一緒にいないのも自然。そんな人から見ればちょっと不自然な関係が俺とカナタの仲だった。

 登下校を一緒にしなくても、カナタはさらっと比呂川家の食卓にいたり、俺の部屋で雑誌を読んでいたりする。


 幼馴染ってそんなものだろう。たとえ何年会えなくても、昨日ぶりみたいな感覚で一緒に過ごせる。今まで一緒に過ごした時間は、下手したら家族よりも長いんだから。

 カナタの方も、別段俺の言葉に驚くこともなかった。だから俺たちは幼馴染なんだ。


「えっなに、買い物? だったらスカイタウンの方に行けばいいんじゃないの?」

 カナタは着いて行くよと、俺の腕を軽く小突いた。


「いやーそれがさ。なんというか、アルバイトを始めたんだ」

 ちょっぴり照れくさくて頬を掻く。

「へー」

「もう少し驚けよ」


 コンビニの冷やし中華はじめました幟を眺めるような興味のなさだった。まだそっちの方が食べ物である分、心動いているかもしれない。


「まあ、アルバイトくらい。この前もそんな話してたじゃん。ほら、アルバイトってどこ探せばいいんだろうってさ。ていうか、マモルのパパが給料減らされたって本当だったんだね」

「どこでそれを……いや、言わなくていい。我が家きっての演技派女優が、井戸端を舞台に切った張ったの大立ち回りだろうから」

 泣くな父よ。父の分の涙は俺が流すから。

 俺は拳を握り、天を仰ぎ、給料の実態を包み隠さず近所にバラされる父に同情した。


「とにかくこれから週に何日かは一緒に帰れない日になるから。カナタの方も最近ずっと忙しそうだし、また一緒に帰れなくなる日が続くかもな」

「ふーん」


 あっ、ちょっとむくれた。唇も尖らしている。器用なことをする。

 カナタは昔から、悪く言えばワガママな暴れん坊だが、良く言えば天真爛漫でやんちゃな奴だった。基本良い子良い子しているのに、たまにワガママになる。遊んで欲しい時に、お預けを喰らった犬みたいだなあと思う。


 まあ、カナタはストレートに遊んで欲しいって言わないんだけど。


 俺はカナタの頭に手を置いて、そのままくしゃくしゃと掻き回した。うんうん、滑らか滑らか。キューティクルは足りているな。


「……やめろ」

「嫌じゃないくせに」

「やめて。ハゲるよ、マモルが」

「俺が!?」


 カナタが毟るんだろうな。羅生門もびっくりだわ。俺の金糸のようなヘアを根こそぎ奪うに違いない。そして、夜の闇に消えるのだ。


「あんまり髪の毛いじりすぎるとツルッパゲになっちゃうらしいよ」

「はっ。俺を脅そうったって、そうはいかないぜ。誰が信じるかよ、そんなウソ」

「――って、ブルース・ウィリスが言ってた」

「マジかよ。彼の生え際の後退には、ティーンの頃の髪の毛大ハードという事実があったからなのか。脱帽だわ。ハゲだけに」

「ま、ウソなんだけどね」

「だろうな! わかってたよチクショー! クソッタレ!」


 腹いせに、カナタの髪の毛をぐるぐるかき回した。繊細な気持ちを弄んだバツだ。かき乱してやる。


「……とりあえず、途中まで一緒に帰ろう」

「うん」


 カナタはクシャクシャにされた頭を両手で触っていた。手鏡を取り出したりして、整えてはいるが、早々に諦めてしまった。

 少しやり過ぎだらしい。


「そういえば、マモル。いったいなんのアルバイトを始めたの?」

 当然の質問だった。でも、それは聞かれたら一番困る質問だった。

「うーん。なんていうの? いわゆるエンタメ系? ザギンでシースー? まあまあ、そんなつまらない話をするよりもさ、早く帰ろう。ほら、俺アルバイト遅刻しちゃうかもだし」


 腕時計を確認する動作で『やべー時間がなー』アピールをする。腕時計つけてないけど。


 とりあえず、質問の答えははぐらかすことにした。


 幼馴染がいきなり『ちょっと家族にも幼馴染にも喋っちゃいけないようなアルバイトをしてるんだ。テヘ! でも、心配しないで。軍服姿の巨乳の激マブなネーチャンがいるし、三丁目からやってきた狼オカマのネーサンもいるアットホームな職場だから!』とか言い出したら嫌だろう? 

 俺は嫌だよ。まず自分の耳を疑うとかいう配慮は一切なしで、相手の頭を疑うもの。


 カナタはジトッとした目でこちらを見ていた。

 俺は机の横にかけておいたカバンを持った。目の前にいるカナタに教室から出るように促す。しっしっ、ほら行けそっち行け。


 カナタは不承不承にうなずいて、机の間を縫っていった。もう誰もいない教室を後にする。


 半歩先を歩くカナタを見る。

 そういえば昔は良くこうしてカナタに先導されてあちらこちらに連れられて歩いたなと思い出した。

 あの頃は、まだカナタのほうが身長も高かった気がする。


 リノリウムの廊下は人もまばらだ。俺たちの足音がよく響く。歩幅が俺より短い分、せこせこと足を動かす幼馴染の姿が微笑ましい。


 廊下の中ごろでカナタは一歩二歩とステップ。踊るようにつま先を使ってくるりと二回転半。スカートがひらひらと舞う。カナタはこっちを向いて得意げな顔をした。

 もしカナタにしっぽが生えていたら、ワシャワシャと動いていたんじゃないかと思う。


「転ぶぞ」


 やんわりと嗜めると、彼女は再び笑った。今度は少し挑戦的な目だ。階段の方まで駆けていく。

 階段をトントンとリズムよく一足飛びで駆け下りていく。


 それ、下から見たら絶対スカートの中見えるんじゃなかろうか。

 今日の中身はパステルグリーンか?


 カナタの部屋の三段目のタンスの中身を思い出しながら考える。俺があの中で今日穿くならパステルな感じかな。天気が良いとパステルだよねえ。


 これは必ずしも幼馴染を性的な目で見ていることにはならない。ほら、幼馴染みだもん。お互いのことは何でも知ってるもん。パンツくらい恥ずかしくないもんである。俺だって聞かれればいつでも勝負パンツ情報を解禁する。


 ちなみに赤のボクサーです。気分はテキサスバッファローいつ金髪ハリウッドセレブが来てもいい備えである。



 カナタの様子を楽しんでいる間に昇降口へとたどり着いた。

 外からは運動部の人たちの掛け声が聞こえる。遠くに鳴っているトランペットの音はブラスバンド部だろうか。


 うん、今日の下駄箱チェック。キュートでポップな手紙はゼロ。僻地の郵便ポストだって、もっと確認し甲斐があるだろう。

 俺はため息未満の息を漏らして靴を履いた。

やっぱり、学校に青春は転がっていない。



「ねえ、マモル」

「んー?」

「アルバイト先って、女の人とかいるの」

 変なことを聞く奴だ。

「いるよ」

「うそ、何人?」

「随分喰い付くじゃん」

「それは……だって気になるじゃん。幼馴染的には」


 はあ、さいですか。


 俺たちはゆったりと歩いた。時間に余裕はあるのでこれでも遅刻はしないだろう。川沿いの堤防をぶらぶらと。

 堤防の上には高架の高速道路が通っている。はっきり喋らないと車通の音に負けそうだ。

 帰り道の雑談は先ほどの続きだった。夕暮れ時の会話は退屈なくらいがちょうど良い気がする。


「一人は確定だな。もう一人は、どうだろう。算数とかの男子は何人、女子は何人でしょうみたいな問題で出てきたら間違いなく答え出せない類なんだけど。うん」

「つまり?」

「一・五人」


 事務所によく現れるおっさん(♀)が、腰をクネクネさせる姿が脳裏に浮かぶ。乙女心を最大限に汲み取った結果だから許して欲しい。


「マモル、変な顔してるね」

「イケメンだろ?」


 カナタは笑った。

 おう、俺はそんな複雑な顔をしているのか。ちょいちょいと顔を触ってみる。いつものイケている俺の顔だ。安心した。


 カナタの方を見ると白線の上からはみ出さないようにバランスを取っていた。ふざけて、わざとふらふら歩いている。

 今度はこっちが話題を振る番だな。


「そういえば、カナタは最近何してたんだ? もう剣道はやってないんだろ?」

「んー?」


 カナタは歩きながら上を見上げていた。高架の道路のせいで空は拝めない。仕方なしに川の方に顔を向ける。カナタは珍しく何を言うべきか悩んでいるらしい。


 中学生の頃、カナタは剣道部に所属していた。運動神経の良いカナタだから、それはそれは強かった。

 そういえば、全国大会に行ったこともあった。二回戦で、鍔迫り合い中に『チビ』と罵った相手の大将に飛び蹴りの上、腕ひしぎ十字固めを食らわせて反則負けになったと言っていた。それがなければ優勝していたとも豪語していた。

 それ以来、カナタが剣道部に顔を出すことはなかった。

 後に聞いた話だが、馬鹿にされたのはカナタではなく、チームメイトの子だったらしい。だからなんてことはない。昔々の、話である。

 

「秘密かな」

「秘密なのか」

「そうそう、謎多き女。魅力的でしょ?」

「はいはい」


 謎多き魅力的な女の入り口は九九・九、五五・五、八八・八からだぜ、愛しの幼馴染よ。

 胸も尻も些か以上に足りていない幼馴染に優しい眼差しを向ける。

 ほら、いつか来るさ第二次性徴。俺はカナタのカナタちゃんズのためにサムズ・アップした。突き上げる拳に祈りを込める。


「そのモーション。なんだかとっても屈辱的な気分になるんだけど」

「気のせい気のせい。牛乳でも飲むか? 奢るよ?」

「おいこらケンカ売ってんのかマモル。どうせなら、タピオカとかスムージーとかオシャレなもの奢れ」


 カナタはカバンを持っていない左手で俺の右腕をぽかぽかと殴り始めた。俺はちょっと右腕に力を込める。


「ふはは! その程度の攻撃、効かぬわ!」


 むしろこしょばい。

 ぽかぽか。

 ふはは。

 コントは続くよどこまでも。


「あのさ」

「うん?」

「私がさ、実は正義の味方やってるって言ったらどうする?」

「なんだよそれ。もしかしてさっきの続きか?」

「そうそう。で、どうする?」


 あんまりカナタっぽくない冗談だった。

 まあ、夕方だから、変なことも言いたくなるんだろう。あるいは、俺が急にアルバイトなんて始めたからか。

 とにかく、ここは愛すべき幼馴染に付き合ってやりますか。


「それなら俺は悪の秘密結社でアルバイトしてるんだ」

「なにそれ。変なの」

「お互い様だろ」


 冗談めかした真実。幼馴染に隠し事をするっていうのは少し後ろめたいものがあったんだ。おかげで少しスッキリした。


「じゃあ、私たちは敵同士じゃん」

「そうだぞ。次会った時は遠慮はいらない。このマモル様のいる限り、この世に正義は栄えないのだ!」


 俺は手を丸めてカナタの左肩をポカリと叩いた。

 二人で顔見合わせて笑う。俺たちの放課後コントはどこまでも続くのだ。


 昔を思い出した。あの頃は二人で橋を渡るのも大冒険だった。自分の家から一キロも離れていないだろうに、どこか遠い異国に迷い込んでしまったかのような気持ちになった。


「マモル」

「どした」

「助けてほしかったら、いつでも呼んでよね。たとえ、マモルが悪の秘密結社の一員でも、私だけはマモルを助けてあげるからさ」


 ちょっぴり心細くなって、泣き出しそうになる時もあった。そんな時、決まってカナタは俺の手を強く握りしめてくれていた。そんな、昔のことを思い出した。


「ありがとな」


 じきに橋の袂だ。あっという間の下校道だった。

 俺は携帯電話で時刻を確認する。まだもう少し、時間にはもう少し余裕がある。


 パタリと携帯電話を閉じて、俺は歩調を更に緩めた。

 もう少しだけ、幼馴染との日常をゆっくり楽しむことにしよう。


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