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正義か悪じゃ語れないっ!?  作者: 豚座34
■第二話「ほこりにまみれた悪の秘密結社の(非)日常」
6/22

-1-

 アルバイトを始めてから一週間が過ぎようとしていた。


 よくわからない間に俺は悪の秘密結社の一員になって、それからぼちぼちアルバイトとして働いている。

 今まで養ってきた常識というやつは、この一週間でだいぶ揺さぶられることになった。それもこれも、あの悪の秘密結社の総統、出流原キリカさんのせいというかおかげというか。


 とにもかくにも、平々凡々としていた俺の日常にちょっぴり非日常が混ざることになったのだ――とは言っても、今のところ悪の秘密結社らしいことはなにもしていない。


 ***


「マモル君に守ってほしいこと三か条――ひとーつ!」

 こちらをチラと見るキリカさん。復唱を促しているらしい。


「ひ、ひとーつ」


 よろしいとキリカさんはうなずく。


「秘密厳守! みだりに結社内でのことを他人に言わない!」

「秘密厳守。みだりに結社内でのことを他人に言わない」


 これは例えば、狼男さんのことだろう。

 彼――いや、彼女か――は、実は本物の狼男であったのだ。


 賢明なる読者諸賢よ。俺の話を聞いて欲しい。この似非ヤンキー金髪アホ丸出しマンは、ついに脳の病院に緊急搬送しなければならないところまで来てしまったか、とはどうか思わないで欲しい。

 俺も何を言っているかわからない。けれども、これはマジのマジである。


 あの後、キリカさんによって彼(彼女)を紹介された。

 名前は大神さん――オオカミだけに。ウケる――という。しかし、源氏名の方で『ケンさん』と呼んで欲しいらしい。愛をこめて呼んでねと言われた。ちょっと無理ですとその場で断りを入れた。

ケンさんは事務室の上の階でスナックを営んでいて、たまに結社の仕事も手伝っているとのことだ。

 説明ついでにケンさんは自分が如何に本物であるかを俺にわからせるために、必要以上のタッチを強要した。確かにきぐるみではなかった。本物だった。

『意外とテクニシャンなのね坊や』という言葉は聞かないことにした。熱っぽい視線も見ないことにした。


 人間状態のケンさんとも対面。緩やかに人の姿に戻っていく過程は本当に驚いた。獣化が完全に解けて現れたのが、全裸のオッサンでもっと驚いた。


 ケンさんは生粋の狼人間である。変身も意思一つでなんとでもなるらしい。しかし、興奮すると、稀に意思に関わらず変身するという癖を持っていた。

 咄嗟に変身してしまった時に、筋肥大のために衣服が破けることと、獣化を解くと体毛がその場に抜け落ちることに困っているらしい。

 ふわっとした狼の毛の上に佇む全裸のオッサンは、人生史上最悪の絵面だった。若干照れ顔で、局部より乳首を隠していたことが更にムカつく点である。


 ケンさんは、そんな因果な体を『好きな男も抱けないわ。傷つけてしまうもの……』と語る。

 とても深刻なシーンのはずなのに、どうしてもシリアスになりきらないのだった。

 


 ケンさん以外にも人間を超越した存在はいるらしい。もちろん、世間に隠れ潜んでいる。まったくフィクションでファンタジーな話だと思うけど―――――


「カッパ橋ってあるじゃない?」

「はい、あの食品サンプル売ってる店とか、調理器具を売ってる店が並んでるところですか?」

「そうそう。で、そこって、近くのお寺さんの河童伝説が名前の由来になっているの」

「それは聞いたことがあります」

「でね、その河童の子孫の一人が、ケンさんの店で働いてるの。尻子玉のシリコさん」

「シリコ」

「うん、シリコ」


 ――――世間って、イッツァスモールワールドだわ。オールドマンはセイしました、リアルはノベルよりストレンジャー、と。

 俺が今まで出会うことがなかったのも、彼らのような人たちがこの世に存在するなど毛ほども思っていなかったからだろう。意識しなければ気付かないものである。


 しかし、要は知ってしまえばなんてことなしだ。無闇に怖がる必要もないはずだ。


「ちなみになんですけど……」

「どうしたのマモル君」

「この約束を守らなかった場合って」

「守って」

「もしもの話で」

「守れ?」

「―――うん! 僕は約束マモル君!」


 怖がる必要、なくていいんだよね? キリカさんの笑顔は、時々人を不安にさせる。



「ふたーつ!」

「ふたーつ」

「結社の仲間、商店街の人たちを大切にすること!」

「結社の仲間、商店街の人たちを大切にすること」


 悪の秘密結社は地域に支えられて活動しているらしい。私たちの熱い悪の秘密結社活動である。

 新仲見世サンバカーニバル通り商店街(通称サンバカ商店街)においては、『悪の秘密結社Kを知らないやつはもぐりだ』とそんな声まで聞こえる異常事態。


 もう会社名を改めたほうがいいんじゃないのかなと思う。『悪の地域密着結社の女総統はKカップ(マモルの願望)』みたいな。人々は密着Kカップという響きのエロさに、思わず前かがみになるだろう。

 しかし、この会社の真の目的を知った時、俺はその考えを改めることになるはずなのだ。うん、是非そうであってほしい。


「キリカのKですか?」

「なにが?」

「悪の秘密結社Kですよ」

「あー。そういうことね」

「で、どうなんです?」

「どう思うの?」

「……まあ、いくらなんでもそんな単純じゃないんだろうと思うんですけど」

「単純?」

 ドキ。やだ、今、コンマ〇・五秒心臓が止まった。

「いやーシンプルイズベストっすよねー!! ビューティークリニックだって社名は社長名だっつー話で。そらもう看板ですもん。トップの人の名前を載せるの最高のあり。モハメド・アリってやつですわ。ガハハハ」

「ま、キリカのKじゃないんだけどね」

 違うんかい。

「じゃ、本当のところは?」

「……クレナイダン」

「クレナイダン?」

「うん、クレナイダン」


 外国の言葉か?

 特に意味はないらしい。というよりキリカさんがつけたわけではないから、詳しくは不明のようだ。

 とにもかくにも、悪の秘密結社Kは、ご当地悪の秘密結社として、地域とくんずほぐれつして、今日までやってきたらしい。



「みーっつ!」

「みーっつ」

「みっつ?」


 何故か疑問形で止まった。えっと、あれなんだっけ? と悩むキリカさん。もしかして三か条って言いたかっただけなのでは?

 そういうありえないことがありえるのがキリカさんである。わりと格好つけたがりなところがあると、出会ってまだ日が浅いが気がついた。


「うーんと。もう本当にすごくカッコイイやつを昨日の夜に考えたんだけどなあ」

 しばらく、こめかみにつんつん人差し指を当てるキリカさんを観察しつつ待つ。

「ああ! オッケーオッケー! モーマンタイだよマモル君!」

 親指を突き立て、仕切りなおすキリカさん。


「総統命令は絶対!」

「総統命令は絶対」


 うん、親玉っぽい。

 聞いてくれないとヤダヤダと今にも駄々をこねそうでもある。体を横にふりふり。ぶるんぶるん。

 うん、大人っぱい。

 いや、違う。子供っぽい。


 キリカさんは外見――特に体の一部位――に比べて幼いところがある。感情をストレートに出すところが特にそうだ。身振りに手振りに表情にと、目まぐるしく変わって忙しい。


「でも、覚えておいてマモル君。上に立つ人物が間違った道を進もうとしている時、それを止めるのが部下の仕事だよ。特に君は、出流原キリカの右腕なんだから」

『右手なんだから』と俺が言ったらセクハラになるのかな。ちなみにマモルのマモルくん的には、右手はテクニシャンでS気の強い先輩で、左手は奥手で初心な後輩である。


 しかしまあ、たかが酔っ払いを介抱しただけでここまで来るとは。人生何が起こるかわからない。それをすでに受け入れている自身の適応力にも驚くけど。これ、巻き込まれ型主人公ってやつじゃないか。

 最近のティーンはアンチボーンスピリットに欠けているのだ。誰だって、君だって、みんなみんな巻き込まれ型主人公。一億総主人公。それは自分の人生という物語において。オウ、イェイ!。


「よろしくね。あと私のことは総統と呼ぶように! なぜなら、その方がカッコイイから!」

 キリカさんは微笑んだ。

「はい、総統! 頑張ります!」

「良い返事だね。期待しているよ、私の右腕くん」

 確かに腕に口はないけれど、離れてしまわないように引き止めるくらいは出来るだろう。

 


 ――これが一週間前の出来事だ。


 基本的に総統自身『習うより慣れろ』派らしく、詳しいことはその都度知ることになるという。


 研修期間中という名目だが、誰も研修してくれなかった。それを教えてくれる人がいないのだからしょうがない。俺の先輩にあたる人たちは勤務時間が違ったり、私用で忙しかったりで最近事務所に来ないらしい。

俺の胸の首から下がった社員証の、研修中という文字が虚しく光る。


 研修ってなんだろう。ちょっぴり哲学的だった。


 そのために、この一週間は非常にふんわりとしていた。

 きな臭い雰囲気に満ち満ちていている気がする。幼馴染が聞きつけたら、おそらく事務所に乗り込んでくるだろう。


『マモルの馬鹿! 色情魔! 破廉恥漢! 巨乳の何が良いってのよ! そんなのただの脂肪の塊じゃない! そんなに脂肪が好きなんだったら牛脂でもしゃぶってろぉ!!』


 ハチャメチャな想像だった。

 しかしまあ、いくら何でも話せないな。話したところで信じてもらえないだろうが、そういう問題じゃない。


『秘密厳守。みだりに結社内でのことを他人に言わない』


 これは『総統命令』だ。つまり、絶対遵守しなければならない。たとえ、カナタでもここでのことは話せない。


 では、そんなきな臭い事務所で俺は一週間も何をしていたのか。


 それは掃除である。


 最初はケンさんから抜け落ちた体毛の片付けだった。さすがにそのままにしておくわけにいかなかった。

 掃除というのは不思議なものだ。一度手を付けると、いろいろなところに目がつく。


 事務所内はちょっぴり薄暗く、物が雑然と置かれている。ピチピチの黒タイツスーツの入っているダンボール。用途不明の機械類。アルコールの空き瓶に空き缶。お菓子の箱もあれば、業務に使われるだろう書類もバラバラだ。

 夕方に出勤。総統かケンさんに挨拶。事務所の掃除、書類の整理、雑用。平日は学校もあるのでだいたいこれらことをこなして俺のアルバイトは終わる。

 これじゃあ右腕じゃなくてオフィスクリーニングだな、と何日目かに箒を取りながら一人ごちた。


「まあ、これでいっか。悪の秘密結社とはいえ、世界征服活動に勤しんでいるわけでもあるまいし」


 本当に、非日常なんてどこにでもあるものだ。案外、俺たちと変わらない姿をしているのだ。


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