-6-
何度目の空だろう。でも、不思議とすっきりとしていた。星は消えつつあるけど、今なら手を伸ばせば届きそうな、そんな予感がした。
俺は暴れるキリカさんを取り押さえたためにふっ飛ばされてしまったのだ。それで、寝そべって空を拝むハメになっている。
「ほら、手」
ぼうっと天を仰いでいると、カナタが手を差し出してきた。
「……ああ」
俺が手を伸ばしてカナタの手を取る。助けを借りて、体を起こした。
ずきずきと頬が痛んだ。口の中が少し切れていて血の味がした。
「ボロボロだな」
カナタのご自慢のスーツも形無しだった。砂埃で汚れているし、パーツもいろいろ傷んでいる。そういう俺もクタクタだ。
「マモルは随分良い顔になったじゃん……」
「イケメンだろ?」
「はいはい。カッコイイカッコイイ」カナタは手をひらひらと振った。「マモル……痛かったでしょ?」
「まあ、そりゃな」
カナタが俺の左頬に触れて、それから右も軽く撫でた。
「ゴホンゴッホン! えーえーはいはい、どーせ私は悪者ですよー悪の親玉ですよー」
「まだ何も言ってないですよ、総統」
「うるさい」キリカさんはしっしっと雑に手を振って、俺の後ろへと下がった。「あとは若いもんで好きにしろってね。ねーミサキ! 私たちは私たちでイチャイチャしよーね」
無理やり安須野を引き連れて離れていった。
不器用だなこの人は。あんなに完璧なのに、こんなに不完全だ。
「カナタ、俺からオマエに言わなきゃいけないことがあるんだ。聞いてくれるか?」
「……うん」とカナタは頷いた。
「実は俺、悪の秘密結社でアルバイトしてるんだ」
「知ってる。私は正義の味方だし、マモルの幼馴染だもん」
「そうか」
「そだよ」
カナタは照れたようにそっぽを向いた。口を尖らせている。
「私もマモルに言いたことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「ああ。聞かせてくれ」
「実は私ね、正義の味方やってんの」
「もちろん知ってる。俺は悪の秘密結社のアルバイターだ。そして、カナタの幼馴染だ」
「そっか」
「そうだよ」
俺たちの視線の先には折れ曲がったスカイタワーがいる。
「まだまだ聞きたいこともあるんだけど、今日はいいや。疲れたし。あと、ありがとうな。オマエなりに心配してくれたんだろ?」
「……うん」
「でもさ、オマエはああ言ったけど、結構面白いところなんだ。変な総統に、変なオッサンに、変な元気娘に、変な黒タイツスーツの人たちに……まだまだ一杯、会ったことのない愉快な人たちが大勢いるらしい。もうちょっと、この世界を見させて欲しい」
「うん……」
「悪の秘密結社の総統が――キリカさんが見ているこの世界を。正義の味方が――カナタが見ているこの世界を。俺にも一緒に見させてくれ。二人だけなんんてズルいぞ。俺も仲間に入れてくれ」
後ろでキリカさんが笑ったのが聞こえた。大爆笑だった。
まあ、自分でも変なことを言っていると思う。でも普段まったく使いもしないシリアス脳をフル回転させて出した答えがこれなんだ。勘弁して欲しい。
安須野はブーブーとなにか文句を言っている。格好つけたくせにこれだからな。甘んじて批判を受けるしかない。
とっくに帰っていたと思っていた黒タイツスーツの人たちは、遠くで盛大に中指を突き立てている。
悪の秘密結社の面々はなかなかどうして手厳しい。
「……」
カナタは俯いたままだ。心なしか震えているようにも見える。
「カナタ?」
「マモル……顔貸せ。屈め」
「ん?」
俺はカナタの顔を覗き込むような姿勢を取った。
「このスットコドッコイ!」
掛け声で、カナタは大きく振りかぶる。
瞬間、俺はビンタを恐れて反射的に目を瞑った。しかし、何秒待ってもビンタは来なかった。代わりに、両手で頬を抑えこまれていた。ちょうど唇を突き出すような顔になる。
「ぷっ」カナタが吹き出す。「ウケる。マモル、ヘンな顔。タコみたい」
「うるへーよ」ビビった分だけ恥ずかしさが出た。してやられたりだな本当に。
俺が赤面していると、カナタは更に顔を近づけてきた。息がかかりそうな距離だった。
「マモル」
「んだよ」
「いつもの」
「は?」
「……だから、仲直りのアレ」
カナタはキョロキョロと視線を泳がせていた。
いや、仲直りのアレって、そりゃ小学生の時くらいにやってたやつだろ。そんなん高校生にもなって、衆人監視の中できるかっつーの。
「ハヤクシロ」
ギロリとカナタは睨んで、俺の頬から手を離した。
「わかったよ。やればいいんだろやれば」
今度は俺がカナタの頭を抑えた。軽くふんわりと、ワレモノ注意を扱うような繊細さで、俺はカナタの前髪をかき分ける。
真っ白なおでこが顕になった。カナタは目をつぶっていた。俺もつられて目をつぶる。あまりの恥ずかしさに死にそうだけど、キリカさんたちに怪しまれる前に事を済ませなければならない。
唾を飲み込んで俺は覚悟を決めた。
「カナタ、仲直りの証だ」
軽く触れるように、カナタのおでこにキスをした。
小学生の時だった。いったいどんな理由で喧嘩したのかはすっかり忘れてしまったが、カナタは仲直りにある変わったことを要求してきた。
以来、それが習慣で――と言っても、一緒にお風呂にはいるのをやめた頃くらいから、もうすっかりやらなくなってしまっていた儀式だった。そういえば、あの頃はカナタの方に屈んでもらってたなって、そんなことを思い出した。
小学生って最強だな。俺たちに出来ないことがなんでもできるぞ小学生は。
遠くから外野の歓声がひどい。口笛を鳴らしているやつらまでいる。
俺はなぜこんな羞恥を受けなければならないんだ。穴があったら入りたい。なくても掘って入る。屈葬でくっそう、とか言いながら埋まりたい。
「マモル」
「……いや、今めっちゃ恥ずいから声掛けんな……」
当然カナタの方なんて見てられなかった。
「もいっかい屈め」
「今度はなんっ!」
引き寄せられて、左頬に柔らかい感触があった。カナタのキスだった。小学生の時だって、こんな展開なかったぞ。
あまりの不意打ちに、心臓が止まったかと思った。
なんだこのヒーロー……いや、ヒロイン。
とんでもない必殺技を持ってやがる。
「マモル、仲直りの証……今回のところは、私に刃向かったこと、許したげる」
しかしまあ、これもカナタなりの気遣いなのだろう。その顔はとんでもなく赤くなっていたし、熱かった。カナタには、これくらいインパクトのある儀式が必要だったのだ。
「そっか……サンキューな」
駄目だ、俺もカナタのこと言えないくらい赤面してるぞきっと。あとなんだっけ。もうダメだ。あんま考えられない。
「――それと、出流原キリカ」
カナタは後ろで様子を見ていたキリカさんへ指をさす。
「なによー青春は終わったのかコノヤロー見せつけてくれちゃってさバカヤロー」
キリカさんは気怠げに言った。その顔は赤面していた。アルコールの力だった。陽気な総統は酒瓶を煽る。
「ちがっ! 幼馴染としての儀式なの! ばっかじゃない!」
「違いますよ! これはなんというか、不可抗力です!」
キリカさんは「あーはいはいそーゆーのいっちゃんいらないやつだから」とゲンナリした。胃もたれするわとお腹を擦っていた。
「こ・ん・か・い・は! 私の負けってことでいいわ。ムカつくけど、結局アンタの手のひらの上で踊らされていたような気がするし。それに、このバカマモルのバカっぷりには完敗」
カナタの言葉なんて知らぬ存ぜぬと、キリカさんは焼酎を飲んでいる。お腹の中に鯨でも飼っているのだろうか、という飲みっぷりである。
「……アンタ手を抜いてたでしょ」
カナタは話を聞かないキリカさんを睨んだ。
その睨みに反論するように、キリカさんの視線は再びをカナタに向かう。
「……素直に負けを認めればいいのに。そういうとこ可愛くないんだから。素直にならないと大好きな彼に愛想つかされちゃうわよ」
「ご忠告ありがとう。オ・バ・サ・ン」
バチバチと火花が飛び散る。どうやら、『今日の敵は明日の友』とは行かないようだ。
カナタはしっかり地面に立って、自分の腰に手を当てる。堂々と、気取って、正義の味方ここにありと言わんばかりだった。
「マモルは預けておく。せいぜい枕を高くして寝ていることね。何かあったら、その右腕を切り落としに行くから。ついでにその厚かましい首も」
クイクイ。クビキリモーション。親指を自分に突き立てて、何度も首を撫でる仕草をする。
「はは! 上等! 私は悪の秘密結社Kの総統出流原キリカ。正義の味方からの挑戦は、いつ何時であろうと受けて立つわ。我が右腕、欲しくば全力で来なさい!」
こちらも腰に手を当て高笑い。うん、これこそ悪の親玉のあるべき姿だ。
本当。悪の親玉には、『第六天魔王』の焼酎瓶がよく似合う。
「ていうか、そこに俺の意思はないんですか」
俺は情けなく、頬をかきながら苦笑した。
「ないに決まってるじゃん。マモルは私のものだもん」とカナタ。
「あると思ってたんですか? ミサキ的に超意外です」と安須野。
「まあ、ないよね。欲しかったら奪い取ってみなさい」とキリカさん。
三人のそれぞれの意見にコテンパンにされた。
俺はがっくりと項垂れる。
いくらバカでも頭ごなしに叩かれたら、到底天には登れない。
俺の背後で、折れた塔がギイと鳴いた。
了/第四話「三者三様の」




