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『何度でも足掻け。何度でも立ち上がれ。その度に、私がお前たちの前に立ちはだかろう。光が輝けば輝くほど、闇は深くなっていく。我らは貴様らの映し鏡。その身を以て知るがいい。私がいる限り、この世に正義は栄えない』
四角形に区切られた世界。今この瞬間に、何万人もの人々が同じ世界を見て、同じ夢物語を共有している。こんなにすごいことはない。俺は、いつもそう思う。
しきりに唸りながらの鑑賞はあっという間に終わり、気付けばエンディングを迎えていた。ご当地ヒーローが活躍する、夕方の十五分番組である。
「うん、 女総統役の人やっぱ可愛いよなーおっぱいデカいし。というかこの展開熱すぎるだろ。もうあと何週かしたら最終決戦があるな。ロボだロボ! いや、最後はステゴロの殴り合いか……」
仮面に軍服姿の激マブボディの女総統。強調された胸がテレビに映る。ゴールデンタイムに流していい限界ギリギリのエロスがそこにはあった。決してエッチなビデオとかではない。
最近は子供だけをターゲットにするのではなく、ちょっぴりリアル志向なものが流行りなのだ。
リアル志向とはそういうことではないという意見は無粋である。
もちろん、エロ目的で見ているだけではない。信じて欲しい。たまたま見ていた特撮ヒーロー番組に登場する女総統がちょっとエッチなボディを持て余しているように見えるだけなのだ。
『深夜番組もいいけれど、こういう創意工夫のスケベ心から我が国の精神性を感じるよね』と思っているだけなのだ。
――などという苦しい言い訳は、実際半分くらい冗談。
俺は昔からこの正義と悪のお話が好きだった。ヒーロー側、敵側どちらにも共感し得る情熱と美学があると感じていた。
小さい頃のごっこ遊び、周りの友達はこぞってヒーロー役を取り合ったけど、そんな中で俺は喜んで悪役を買って出た。まあ、やられ役ということをまったく無視していたから多少面倒がられていたけど。
その方が楽しいと思っていた。そう信じていた。けれども、皆は違ったようで、俺はその時にこの世界には暗黙の了解というものがあることを知った。
――曰く、正義の味方がいる限り、この世に悪は栄えない。
共存共栄というのは、どうやら甚く難しいらしい。
そもそもご当地ヒーローとはなんぞや。
地方自治体至る所にゆるキャラが誕生したように、ご当地ヒーローというのが一時期たいへん流行った。北は網走から南は与那国まで。日本列島津々浦々に、ご当地ヒーローは生まれ、ご当地悪の秘密結社も誕生した。
まさに世は、大ヒーロー時代――と単純にはいかなかった。現実では、テレビ画面の中のようなご都合主義は起きない。何もかもが成功するわけじゃない。正義の味方だって栄えないことがあるのだ。
ブームはやや下火になったものの、未だにコツコツとヒーロー番組は作られている。それらを見るのが、俺の趣味なのだ。
コンコン。
エンドロールの余韻に浸っている時、部屋のドアがノックされた。うん、そういえば今日は月末だったなあと、今更ながらしみじみ思う。もうアホほど繰り返してきた我らが比呂川家、毎月お馴染みのイベントの時間である。
急いでドアを開けると、そこには母が立っていた。仁王立ちで。
すぐに俺は部屋の中央で跪く。
俺の姿を満足気に確認した母は、仰々しい演技をして口を開いた。
「勇者マモルよ。面をあげよ」
「ははあ!」
「悪の魔王は復活した。必ずや魔を討ち滅ぼすのだ。少ないがこれは旅の資金だ」
「必ずや、国王陛下!」
母が俺にお小遣いを与えるときの茶番であった。『前回は越後屋と悪代官だったな』と口の中で呟く。
国王陛下と勇者という設定のくせに、お金は茶封筒に入っている。オーバーな演技だけで、小道具にはこだわらないのがお約束だ。
俺は手を揉み揉みしてから、勇者というよりあくどい商人のように中身を確認した。
「……ひーふー、あれいつもより少ない」
俺の様子に、母は先ほどより砕けた表情になった。今にもポップな感じで舌を突き出しそうな表情である。
「お父さん、給料減るってよ」
「マジか」
「あんたのお小遣いも減るってよ」
「マジか!」
人は深刻な時ほど茶化したくなる生き物なのかもしれない。母も俺も間違いなくそのタイプだ。
「というとあれですか、昨晩聞こえた悲鳴はひょっとして父のもので間違いなかったわけですか?」
「え、やだ知らないわよー」
いやねー、と手をプラプラさせる母。持て余した手を中空でニギニギさせる俺。
父に心底同情した。南無。こんな朗らかに流されては立つ瀬がなかろう。合掌の一つでもしなければ父が浮かばれない。会社と家庭の板挟みになって、父は星になったのだ。なむなむ。
「そういうわけだから、我が家におけるあんたのアルバイトを解禁します! 必要だったら学業に差し支えない程度でアルバイトをしなさい」
ウインク一つを決め、母は颯爽と俺の部屋から出て行く。
とりあえず、母の勅令に従うことにした。財布を握る母はこの世界最強である。逆らわないほうがいいことを、父がその背中で教えてくれたのだ。