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正義か悪じゃ語れないっ!?  作者: 豚座34
■第四話「三者三様の」
18/22

-3-

 対峙する正義と悪。

 都会の風が頬を撫でた。川の方から、涼しい風が送られてくる。

 場所はチグハグでも、まさしくここは決闘の場。観客のいない闘技場。ただ一人、ノッポの塔だけが戦いの行方を見守る。



 先に動き出したのはキリカさんだった。人一人収まりそうなアタッシュケースを振り回す。

 取っ手を持って、金槌の要領。大きさの割にリーチはない。打ち付け、薙ぎ払い、時にピタリとケースの面を肩につけ盾のようにも使う。技の多様さで、その奇妙な武器のデメリットを補っている。時に両手で、時に片手でケースを自在に操る。


 一方、カナタはその大振り気味な攻撃を最小限の動作で躱していく。

 カナタの大剣は機械化剣、ガンソードだ。激しい打ち合いには向かないのだろう。八相の構えのまま剣を保持し、前へ後へ右へ左へステップを重ねる。躱して躱して、必殺の機会を伺っているように見えた。手にしている武器はあの威力。攻撃はただの一撃で決着がつく。


 それがわかっているキリカさんは距離を開けまいと喰らいつく。

 破城槌を卓球のラケット感覚で振るとああいう感じになるのかもしれないというケースの取り回し。キリカさんの細腕からは考えられない動きである。結構な重さがあるだろうに、それを軽々と扱っている。


「あの軍服も安須野とかカナタみたいな戦闘スーツと同じなのかな……」


 とてもそうとは思えないけど、昨日キリカさんが着ていた『世界制服』と書かれたTシャツを思い出す。もしや、これが局地決戦用対人強化服『世界制服』なのではないか。悪の秘密結社の超科学みたいな。


「むむ。だいぶ恥ずかしいことを考えてないか」


 彼女たちを見ていると、だんだん現実とフィクションの境目が曖昧になっていく。ないと思っていたものがあって、あると思っていたものがない。


「と、真面目にモノローグを打ってみたけど」


 ――結局、そこに自分がいないのが気がかりなんだろ?

 そんな言葉が脳裏によぎった。嫌なものがざわりと胸をなでた。



 ここまでの戦い、一見キリカさんの猛攻で押しているようにも見えた。しかし、体力が無尽蔵にあるわけでもなし、いずれは隙も大きくなるだろう。

 気が短いキリカさんのことだ。このままではやがてジリ貧になっていくのは目に見えている。


「――大人しく、しなさい!」

「――くっ!」


 しかし、カナタも連戦で疲労は蓄積しており、油断すれば武器ごと持っていかれる。動きは派手だが膠着状態と言っても良い。


「あらら、これはどうしてなかなかですね」

「安須野……もう平気なのか?」

 隣でノビていた安須野が起き上がっていた。


「はい。どうやら彼女、全力じゃなかったみたいですね。だけど完敗でした。修行不足です」

「……そうか」

「すみません。偉そうなこと言ってこのザマですよ」


 ははは、と恥ずかしそうに頭をかく。


「謝るのは違うと思うぞ。それに格好良かったよ。俺も、しっかりしなきゃなって思った」

「そうですか……」


 安須野はぼうっと、キリカさんとカナタの戦いを眺めている。遠くを見ている気がした。俺が見ているよりも、ずっと遠くを。



『この世界は、人間が怪物と戦うお話じゃないですか。人間が正義と呼ばれ、怪物が悪と呼ばれるんです。しかし、正義には正義の生き方があるように、悪には悪の生き方があります』


 

 俺は自然と安須野の頭に手を置いていた。

 安須野は特に嫌がるでもなく、ぼうっとされるがままにされていた。手にはちくちくとした感触が伝わった。微弱な電流が流れているのを感じた。

 安須野は目を細めて、俺を見上げる。俺はまだ、言うべき言葉を見つけてはいなかった。


 俺は安須野から目を離し、戦いの方に集中する。

 二人は鍔迫り合いのような状態で膠着していた。お互いそろそろ限界が近いようだ。


「安須野。総統って何か秘策があったりするのかな」

「どうでしょう。ていうか、キリカさんがあんなに動けることだって今日知ったんですよ私」


 確かに。普段のキリカさんは事務所でゴロゴロしたり、外でお酒飲んでいたり、ゲロゲロバーだったり、とてもじゃないがハツラツと運動をしているタイプじゃない。


「でも、何もなくても何かあるのがキリカさんのキリカさんたる所以です。ミサキはそう信じています」


 そうだな。いつも理由はないけど自信満々。誰よりも格好つけたがりなキリカさんだから――。


「――はあはあ……やるわね小娘」

「――ハアハア……やりますねオバサン」

「息が上がってるわよ……」

「それはお互い様じゃないですか……」

「私の方が押してたもん! このまま行けば判定勝ちだもん!」

「バカも休み休み言ってください。判定勝ちなんてルールはありませんっ!」


 カナタは鍔迫り合いを振り切って大きく後に飛ぶ。この戦いで初めて距離をとった。


「セット! 直列配置、回路回せ回せ回せ回せ! 一〇八層を緊急展開!」


 カナタは飛び退くと同時に命じる。大剣は急速変形。歯車は唸り、着地と同時に射撃モードへと移行した。

 一方、バランスを崩したキリカさんはケースを支えにしてその場に片膝をつく。


「キリカさん!」

 安須野が叫んだ。どう見ても回避には間に合わない。

「もらった! 必殺のカナタビィィィィィィム!!」

 一瞬のうちに臨界まで高められたエネルギーが砲身から放たれ、青色の奔流がキリカさんを包む――


「あれ?」


 ――はずだった。

 大剣はプスンプスンと煙を立て、その駆動を停止してしまった。


「「「「………………」」」」


 静まり返る決戦場。

 先に我に返ったのはカナタだ。


「はあ!? おかっしいな。どうしちゃったの」


 こんこんと大剣を叩いてみるもプスプスと煙を吐くばかり。どうやら何かの拍子で故障してしまったらしい。


「故障ですかね……でも、いったいどうして――あっ」

 安須野はどうやら何か気づいたようだ。

「……ミサミサハンマー」

「まさか」


 いや、でも思い返すと確かにかなり嫌な音がしていたと思う。攻撃を受けたのも柄付近のコアの部分だった。

 今まで余裕を保っていたカナタもあたふたと慌てている。


「ふふっ……ふははははは!!」


 これに気を大きくしたのは、もちろん悪の秘密結社の総統出流原キリカである。先ほどまで肩で息していたのが全て吹っ飛んだご様子。腕を組み仁王立ちで、既に勝者の高笑いである。


「どうやら頼みの綱はポンコツみたいね? 残念でした! さて、カナタちゃん。ここであなたに選ばせてあげるわ。死か、それよりも耐え難い屈辱か!」


 おお、すっごい小物臭がするラスボスみたいだ。めちゃくちゃ悪そう。ベロベロバーとか舌を出しているあたりはすごく頭が悪そう。キリカさんの考える悪の親玉ってそれでいいんですかね。


「くそくそ! なんでこんな時に故障なんてするのよ! 私の勝ちっていう展開だったじゃない」

「詰めが甘かったね。まあ、今から泣いて謝るっていうなら、お尻ペンペン二百回で勘弁してあげなくもないけど?」


 そんなことされたらお尻がなくなっちゃうよね。


「バーカ! 年増! ついでにマモルのアンポンタン! 謝罪なんてするもんか!」


 カナタは大声を張り上げる。まだまだ元気だな。


「上等上等! やっと化けの皮が剥がれてきたようで。そう来なくっちゃ! 威勢が良くて大変結構! さあ、ここまで私たちを追い詰めたあなたに敬意を表して、最後に私の切り札を見せてあげましょう」


 キリカさんはニヤリと笑った。

 何か嫌な予感がする。

 キリカさんは地面に置いていたケースを足でコツンと小突いた。


「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 我は天下に轟く悪である! 堕落した正義を罰する悪である! 今ここで、うら若き乙女を更年期障害寸前の垂れ乳ホルスタインコスプレクソババア呼ばわりした世間知らずで恥知らずで身の程知らずの生意気なジャリガールに悪の鉄槌を下してあげましょうじゃないの! 正義がいる限りこの世に悪は栄えない? そんな道理、私が砕いてあげるわ!」


 キリカさんの声に呼応して、ケースはひとりでに開かれた。歯車の音がする。キリキリと音を立てて、ケースはまったく別の何かへと変わっていく。


「惜しかったわね。でも、ミサキ相手に切り札を使ってしまった時点であなたの敗北は決まっていた!」


 機械が機械を組み上げていく。あっという間に鉄の筒が姿を現す。


「奥の手っていうのは、こういう風に使うものなのよ!」


 機械は悲鳴を上げ、今か今かと開放の時を待つ。砲身からは赤い色の光が漏れ出ている。


「あれは……」

「嫌な予感がしますねマモルさん……」


 その通り、この流れから行くと、もうあれアレしかない。――この慢心。キリカさん、大コケするに違いない。


「エネルギー充填百二十パーセント! 喰らいなさい! これが私の! 私たちの掲げる『悪』の一文字! 必殺のキリカちゃん(二十何歳好きな焼酎は第六天魔王)ビィィィィィィム!」


 カナタは必死に大剣を盾にする。しかし、それで完全に防ぎきれないだろう。

思わず、俺も目をつぶってしまう。今頃カナタは赤い光に飲まれて――


「あれ?」

 ――いなかった。

 機械の大筒はプスンプスンと音を立てて駆動を停止した。


「………………」

 再び静まり返る決戦場。

 先に我に帰ったのはキリカさんだ


「はあ!? おかっしいな。どうしちゃったの。確かに最近全然使ってなかったけど……」

 こんこんと叩いてみても、プスプスと煙を吐くだけである。

「ふふっ……ふははははは!!」


 慌てふためくキリカさんの様子を見て、カナタは大きく笑う。


「これが私たちの掲げる『悪』の一文字? 必殺のキリカちゃん(アラウンドサーティー生き甲斐はアルコール)ビーム? 恥ずかしくないの?」

「オマエが言っちゃうんだそれ」

「マモルは黙って」

「うっす」


 ボソッと呟いただけの言葉を拾うカナタイヤーは地獄耳。理不尽だ。大人しく黙ってしまう自分が憎い。


「奥の手の使い方、ご教授頂けて感謝痛み入る! 更年期障害寸前の垂れ乳ホルスタインコスプレクソババアさん。その慢心が運の尽き。年貢の納め時と思いなさい」

「……このジャリガールっ!」


 これで両者は五分に戻った、と誰もがそう思っただろう。勝負は振り出しだ、と『視聴者』は考えただろう。

 しかし、ここにいるのは曲がりなりにも本当の正義と悪。自分自身の敗北を、一ミリたりとも認めない大馬鹿者も大馬鹿者。

 この程度で勝負を諦める人間を、誰も『本物』とは呼んだりしない。


 俺にはわかった。これで終わらない。これでやめない。特に阿久根カナタは、そういうやつだ。幼馴染の俺が、それを一番知っている。

 俺にはわかった。これで終わらない。これでやめない。特に出流原キリカは。そういう人だ。右腕の俺が、それを一番わかっていなきゃいけない。

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