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「何のこれしきミサミサポンチ!」
「ポンチなのはアンタの頭でしょスラッシュ!」
かなりいい勝負をしている。第一ラウンドの無双っぷりもそうだけど、自分よりも背の高い安須野を堂々相手取っている。体に不釣り合いな大剣を軽々扱っているところなどは圧巻だ。
一方の安須野も徒手空拳ながら堂々の立ち回り。武器の有無はハンデにもなっていないという様子。まあ、何でもありなやつだからな。体を動かすことに関しては、不可能なんてないと思う。
なんというか、本当にカナタが仮面セイバーオルトの中の人で、安須野が悪の秘密結社の戦闘員なんだと実感した瞬間だった。
「科学の力ってすごい」
そう思うことにした。いくらカナタが暴れん坊でも、それはあくまでも人間の規格に収まった暴れん坊だったからだ。
「道具に頼るのも限界があるの。多少影響があったとしても、やっぱりあれはあの娘の実力よ」
「……総統」
俺を冷ややかに諭すのは、後ろでだんまりを決め込んで座っていた総統、出流原キリカ女史である。なんとなくむっつりとした顔をしている。事務所での熱量は事務所に置いてきてしまったのか。
キリカさんの姿はいつもの軍服に、外出用のマントだった。人の頭とかに余裕で刺さりそうな棘付き肩パッドが眩しい。傍らには人ひとりがすっぽり収まりそうなくらいのジュラルミンのケースが置かれている。武器でも入っているのだろうか。
格好はいつもと大して変わらないはずなのに、今日のキリカさんは全然違う人のようだった。
「まあ、でも大層な戦闘スーツだね。茶番用にはもったいないくらいの。あれでしょ、仮面セイバーオルトとかいう、ひたすら敵を細切れにしていくやつ」
「……結構な言い方ですね」
今日のキリカさんはかなり厳しい。気が立っているのか、気を張っているのか。
心なしか俺との距離も遠かった。隣にはいるけど大きな隔たりがあるように思う。
「敵だもん。容赦は失礼でしょ?」
「……そう、ですね」
キリカさんは“敵”という言葉を強調していた。
カナタはキリカさんが俺をだましていると言った。
「はあ」
これじゃあ、また安須野に言われるな。いや、今度は何も言ってくれないかも。
『マモルさん、あなたは私たちが嫌いですか?』
聞こえないふりは見苦しいな。戻ってきたときに、ちゃんと答えなきゃ。まったく、良いやつだよ安須野は。これが終わったらミサミサって呼ばせてくれないかな。
「マモル君」
くいくいと、キリカさんは指をさす。
そうだ。戦いはまだ続いている。今の俺にはこの戦いを見ていることしか出来ない。だからこそ、しっかり見届けなければならないと思う。
カナタは身の丈ほどの大剣を振り下す。
安須野は手の甲で剣の腹を叩いていなす。
安須野が蹴りを繰り出せば、カナタはサイドステップで躱す。
必殺の一撃を互いに紙一重で躱していく。
攻防は一進一退。
素人目にはどちらが優勢か判断はつかない。
本日何度目かの『カナタスラッシュ』(俺が言うのもなんだけど絶望的なネーミングセンスである)を安須野が弾いて、二人は間合いを取った。
「――ただのアホだと思ってたけど、なかなかやるね!」
「――ふふ。まさかこの安須野ミサキと戦って五分以上立っていられる人がいるとは! あの日光のお猿さんたち以来です!」
わりと最近だな。しかも人じゃない。
「ふふ。でも、戦ってみてわかった。安須野さんは悪役に向いてないね。どう? 正義の味方になる気はない? 今なら三食カレーとバナナを保証するよ」
拷問か。さすがに飽きるだろ。
「ぐぬぬ……精神攻撃とは卑怯です」
効果抜群だった。それでいいのか安須野。おまえ、黄色のスーツに影響を受けすぎているんじゃないのか? どうなんだ?
正直、先ほど感じたトキメキを返して欲しいと思う。
「うえ、安須野さん。誘った私が言うのも何だけど、こんなんで懐柔されちゃいそうになるのは、さすがにどうかと思う……」
「かいじゅう? 失礼な! ミサキはキングコングじゃありません!」
「やっぱりアホなんだ!」
カナタ、安須野を相手にするときは考えたら負けだぞ。
「ミサキ! カレーならマモル君が作ってくれるから! だから何も考えず思いっきりやっちゃいなさい!」
「本当ですかキリカさん!? 辛口でお願いします!」
「キリカさんが作るんじゃないんだ!」と突っ込む俺。
「ストーップ! マモルは私にカレーを作るの! わかってると思うけど私は甘口じゃないと食べられないからね!」
「なんで!? 俺はいつからそんな料理を作る家庭的な男の子になったんだ!?」
「正直、マモルさんがどこに行こうが興味はなかったんですが、俄然やる気が出てきました。マモルさん! カレーを作ってくれた暁には私のことをミサミサと呼んでもいいですよ!」
「いいのかミサミサ!?」
「……」
なんか言えよ。
本当に俺たちはカレーありきのドライな関係なのか? これがドライカレーなのか? いや、めちゃくちゃウェットだけども! ヌレヌレだけども! 俺だけは!
「マモル。私、幼馴染だけど、そのアダ名のセンスは擁護しきれないから、ダサいというかキモい」
「マモル君。そろそろセクハラだよ?」
カナタとキリカさんから容赦のないバッシングであった。酷い言い草であった。ちょっぴり涙目である。呼んでいいといったのは安須野なのに。
もういいよ。わかったよ。寸胴鍋で大量に作ってやるよ。カレー係になるよ。比呂川マモル(十六歳、カレー係兼総統の右腕係兼カナタの幼馴染にして唯一の友達係)になるよ。
「さてと……じゃあ、もう少しお腹を減らしておかないとですね」
涎を拭く安須野。もうとっくに腹減ってるんじゃないのか。口元がすごいことになってるぞ。
楽にしていた安須野は腰を落として構える。腹は減っても戦は出来るようで、今にも飛びかからんとしている。その体勢は引き絞られた弦を思わせた。
「いち、に、の……さんっ!」
掛け声一発。安須野は矢のようにカナタめがけて走りだす。
それを静観しているカナタではない。すぐさま腰だめに大剣を構え迎撃体勢に移行する。
一足二足と間合いを詰めてくる安須野。今にも殴りかからん左足で踏み込み、その足を軸にして高く跳躍する。
「もらった!」
叫んだのはカナタだ。ためらうことなく剣を振り上げ、完璧なタイミングで放たれる対空攻撃。
しかし、安須野の超人的な反応速度が上回った。空中で限界まで体を捻る間一髪の回避行動。あまりにも無茶な行動だ。大剣の切っ先は黄色スーツの装甲を掠めていく。
「肉はもってけ! 骨は頂く! 煌めきのミサミサハンマー!」
そのまま空中で拳を組み合わせ、落下の勢いに任せて振りぬいた。
カウンターのカウンター。一見ただの特攻だが、安須野の身体能力がそれを可能にする。
「っ!?」
躱されたというカナタの驚きも一瞬。振り上げた剣をそのまま上段に構え、柄とつながったガードの部分でしっかり防御する。
ガキッと大剣からは鈍い音がしたものの、主ともども健在のようである。しっかりと防ぎきった。
安須野も落ち着いている。牽制代わりの蹴りを繰り出し、そのまま後退した。
カナタがニヤリと笑う。釣られて安須野も笑った。
「やっぱり惜しいなあ。もう一度聞くけど正義の方になる気はない? カレーなら私のマモルが作ってあげるから」
カナタは剣を肩に保持して楽にしながら問いかける。カナタが他人のことをこんなに気に入るなんてかなり珍しい。
「くどいわよ! うちの可愛い部下を、あなたたちみたいな胡散臭い連中に渡せないわ。というか、なんでもうマモル君がそっちにいることになってるのよ!」
「だそうです!」
「……マモルの時といい、でしゃばり過ぎなオバサン」
「オバサンオバサンうるさいわよ!」
両手の中指を突き立てて叫ぶキリカさん。今日はずっと険しい顔をしていたけど、ようやく表情も崩れてきた気がする。やっぱり冷たい表情はキリカさんに似合わない。プリプリ怒っていたほうがよっぽどいい。
「やいやいカナタちゃんとやら! そもそも私がホイホイ食べ物に釣られると思ったら大間違いです! キリカさんには返さなければいけない、並々ならない恩があるのです! たまに美味しいご飯を食べさせてくれるからこの会社にいるわけではありません!」
「……うちの社員食堂は結構イケるのよね。社員なら無料で利用できるし」
「マジですか――いえ、なんでもありません。ミサミサは何も言っていません。それにしたって、私が恩に厚かましい女だからまったくかどわかされたりしませんが、なんと卑劣な! ヒーローの風上にも置けない……それでもあなたは人間ですか!?」
厚かましいのはダメだろ。
この流れ、わかっていたけど酷いな安須野。あと泣くな。腕で涙を拭うな。オーバーリアクションだろ。
一方カナタは笑いをこらえている。安須野は面白すぎるからな。しょうがない。
一頻り泣きの演技を入れてから、安須野はケロリといつもの具合に戻った。安須野の表情は決意に満ちたようだった。まるで、見ていろ言わんばかりで――俺に、目に焼き付けておけと言わんばかりで。
「それに、私はどうしたってヒーロにはなれません」
「へえ。どうして?」
安須野の表情に気付いたカナタは、笑うのをやめて問い返す。
「この世界は、人間が怪物と戦うお話じゃないですか。人間が正義と呼ばれ、怪物が悪と呼ばれるんです。しかし、正義には正義の生き方があるように、悪には悪の生き方があります」
だから私は正義の味方にはなれません、と安須野は笑った。自分はあなたとは違うと、暗に言うように。
カナタは真剣に、安須野を見つめていた。先ほどとは、全く違う顔だった。
「私、やっぱりあなたが好きだ。トモダチになろ、安須野さん」
それを聞いて、ふふんと安須野は得意気な顔をする。
「私に勝てたら、ミサミサって呼んでいいですよ?」と言って腰を落とした。
「それは、とても楽しそ―ね」
カナタも戦闘態勢に移行した。
「やっぱり強いですカナタちゃんは……わかっていましたが、どうやら長期戦ではこちらが不利のようですね」
安須野の性格的にも持久戦より短期決戦が吉だろう。先ほどの工攻防から察するに、長引けば長引くほどジリ貧なのは目に見えている。
「じゃあ、どうするっていうの?」
カナタは余裕そのものだ。きっとまだまだ奥の手を隠しているのだ。
「もちろん。次で決めます。お覚悟を」
そう言うと安須野は大きく後ろに跳躍。着地したその場で片膝を付いた。
「これは……」
呟いたのはキリカさんだ。顎に手を当て深刻そうな表情。
「知っているんですか?」
「クラウチングスタートでしょ、陸上の」
「……まあ、確かに」
言われてみればそうである。
「それで解説の方は?」
「えっ?」
きょとんとされても困る。どうやら元のキリカさんに戻りつつあるらしい。冷酷非道な悪の親玉モードあんまり保たなかったね。
一方、戦闘中の二人は沈黙を保った。お互い力を貯めているようだった。
大技、必殺技が繰り出される。そんな緊張感を感じた。そうは言ってもビームや爆発が起こるわけでもないだろうけど。それでも、渾身の一撃を相手にぶつける算段を立てているはずだ。
カナタは安須野の出方を伺っている。
「よーい! どん!」
先に動き出したのは安須野だ。しなやかな始動から力強い駆動が生まれる。一歩一歩が足場をしっかり踏みしめる。煉瓦造りの道が、安須野の力に耐えかねて、ひび割れ砕け、はじけ飛ぶ。
それは昔見たアニメを思い出させる。加速装置。一瞬で後退した距離をゼロにする。
「こんなに楽しいのは久しぶりだよ安須野さん。だから、私も少し本気を出すね」
一方カナタはゆったりとした始動。真っ直ぐ突っ込んでくる安須野を見て、ニッコリと笑った。
中段に構えていた剣を下ろし、腰の位置で構え直す。柄の位置にある出っ張りと柄頭を持って支えている。剣のそれは大きな銃を持ち運ぶ時のような、剣には似つかわしくない構え方だった。
「セット! 直列配置、回路増幅、三十七層を展開!」
カナタの言葉に呼応して、大剣は鳴動する。持ち主の意思に沿うように形は最適化されていった。柄の部分の機械的なパーツが次々と組み替えられていき、刀身が二つに分かれる。
その間にも安須野はどんどん距離を詰めていき、あっという間にトップスピードだ。
「ヤバそうですね、こっちも本気を出さないと!」
黄色いスーツは蒸気を吹き出した。ギアがもう一段階上昇する。首に巻かれた赤いスカーフがたなびいた。すると、彼女の体は青白い電気を帯び始めた。目に見え、音に聞こえ、バチバチと電気を頭に湛える。
そこにいるのは風を切り裂く稲妻だ。稲妻が人の形をしているのだ。誰よりも早く広場を駆け抜けて、ライトアップが終わり、LEDが点滅するだけのスカイタワーをほのかに照らした。
「くらえええ!! 必殺のミサミサ流星キーック!!」
加速の勢いそのまま飛び上がる。左足一本槍。高さと速さが爆発的エネルギーを生む。その姿は斜めにかっ飛ぶ稲光めいていた。
「安須野さん! あなたがアホで良かった!」
待ってましたと言わんばかりに腰を落とした。
大剣はもはや剣としての機能を成さない姿だ。
「――まさか。安須野、気をつけろ!」
「遅い!」
先が分かれた刀身が砲身の代わりとなる。柄の部分にエネルギーコアのようなものがあるのだろう。限界まで高められた機関内エネルギーの余波のせいか、バチバチと火花が飛んでいた。
「カナタビィィィィィム!!」
「へ?」
ガキンと固定砲台の撃鉄が下りた。
腰だめの剣からエネルギーの奔流が放たれ、安須野の渾身の一撃はあっさりと薙ぎ払われる。
「ぬわあああああ!!」
眩いばかりの青の閃光が安須野を包み、流星すらも切り裂いた。寸分の狂いもない対空迎撃。ほとんど回避する間もなく直撃した安須野は黒焦げになって落下する。黄色のスーツはすっかりボロボロで、本人も衝撃のあまり気絶している。
こうして絶望的なネーミングセンス同士の戦いはあっけなく終結した。
「安心して。峰打ちだから」
「ビームに峰も何もあるのかよ」
本気を出して峰打ちとはこれ如何に。おそらくただ単に言ってみたかっただけだろうとは思うけど。
「――それにしても、本当にビームが出るとは」
「知ってたの?」
「仮面セイバーオルトの必殺技なんですよ。『アークライトソードフィッシャー』という。VFXかCGとばかり思っていたんですけど……マジなんですね」
「……なるほどね」
というか、技名は必殺技の発動とまったく関係ないんだな。ちょっぴりショックだ。そういうところはリアルなんだからまったくもう。
「さあ、これで私の二勝目。次はあなたよ、出流原キリカ。降参するなら今のうちだけど……どうする?」
カナタは再び大剣モードに戻った武器をキリカさんへと向ける。
「確かにミサキは強いわ。でも、良い気にならないことね。総統が部下より弱くては話にならないでしょう? あなたこそ、今謝るならお尻ペンペン百回で許してあげるけど?」
「字面以上にキツイですよね、それ」
バチバチと火花飛び散る。現代が産んだバベルの塔の膝元で、正義と悪は睨み合う。両者、今までのは全て前哨戦と言わんばかりの表情。
勝負はいよいよファイナルラウンド突入である。




