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取っ組み合いになる寸前といったところだろうか。お互いのボキャブラリーの限界を尽くした罵詈雑言合戦が展開中である。
「この分だと先に手を出すのはこっちになりそうだな」
そろそろキリカさんは「バーカ! バーカ!」としか言えなくなるんじゃないかと言う雰囲気である。
うん、さすがに暴力はよろしくない。言い訳が効かないからな。
持ちこたえてくれキリカさんの罵詈雑言ワードたち。
周りの黒タイツスーツ雑魚戦闘員の人たちは、あのスーツを着ていると「イー!」以外の言葉を喋れないらしいし。
子どもたちは校庭の端っこでこちらを見ているようだ。一部の男の子たちなどがワーワーと歓声を上げている。商店街組も遠巻きながら楽しんでいるようではある。
火事と喧嘩は江戸の華か。対岸の火事なら良いけど、このままだと会場が火の海になりそうだ。
とりあえず、渦中の人たちの最も近くにいるのが俺らしい――と思ったら少し離れた位置で騒動を見つめている人影がいた。バトルスーツに身を包んだヒーローだった。
「よく見たら仮面セイバーオルトのスーツじゃないか」
仮面セイバーシリーズでは初の女性セイバーを起用した作品で、日曜日の朝に絶賛放映中なのだ。オルト役には人気女性アイドルグループの某さんが起用されていて話題になったのが記憶に新しい。
個人的にはその某アイドルさんよりも、スーツアクターの人に興味がある。某さんと同じくらいの背格好にも関わらず、なかなかパワフルな演技をするのだ。
変身前にはあったはずの胸が萎んでいるところから察するに、おそらく男性なんだと思うけど。
俺の七つの特技の一つは、たとえ相手がサラシを巻いていたとしても、胸を見れば性別がわかるという能力だ。
「まあ、あそこにいるのが本物なわけないけどな」
大方、俺たちと同じようにイベント業に携わるアルバイトさんか何かだろう。
とりあえず、この騒動に加担せずに見守っている彼(?)は常識人のような気がする――と思って見ていたら向こうもこちらの視線に気づいたらしく目が合った。
フルフェイスマスクをつけているので顔はわからないがわたわたとしている様子。そういうことをリアルでする人っているんだね。
「しかしなるほど。俺と同じくこの騒動を止めるための仲間を探しているとみた」
そうと来れば話に行ってみよう。彼(?)にヒーロー側を止めてもらえれば解決は近い。
ずんずん歩く俺。キョロキョロするオルトさん。なんで慌てているんだこの人。
「こんにちは。いや、すみません。うちの人が」
まずは気さくな挨拶からだ。敵意がないことを伝える必要がある。
「……」
一度だけ頷くオルトさん。いや、お話して欲しいんだけど。
まさか、そのスーツだとファンの人たちの気持ちを踏みにじれないから、声を出せないという縛りがあったりするのだろうか。なんと仕事熱心な人だろう。
確かに女性セイバーなのに男の声が聞こえたらまずいもんな。これは失敬である。
それにしても近づいてみると予想以上に小さい。もしかしたら本当に女の人が入っているのではと疑いたくなる。しかし、俺の能力は既にオルトさんの性別を看破している。
その胸、正真正銘の男だ。
オルトさんはじーっとこちらを見つめる。そうだそうだ。要件を伝えないと怪しまれてしまう。
「このままだとどちらかが暴力に訴えるのも時間の問題だと思うんですよ。それで俺がうちの人たちを止めますんで、オルトさんも同じようにお仲間さんたちを止めてもらっていいですかね」
「……」
「あー、ダメですか?」
オルトさんは手をわきわきさせていた。俺も釣られてわきわきしてしまう。喋りたいけど、オルトさんのプロ根性が邪魔しているのだ。わきわき。
一通りわきわきし合うと、オルトさんは俯いた。閉じたり開いたりしていた手のひらは固く結ばれている。
「正直、俺一人じゃどうしようもないなって思うんです。昔から口先ばっかで、実が伴ってないというか。こんなこと言ってもしょうがないと思うんですけど、自分でも力がないのはわかってるんです。でも、だからといって首を突っ込まないでいられないっていうか……目の前のことを見過ごせないっていうか……」
幼馴染にだってこんな話をしたことはなかった。
そんな格好悪い、意気地のない自分語りをオルトさんはじっと黙って聞いてくれていた。
初対面の人に、何やっているんだろう。
ああ、でも、きっと。
目の前にいる人が、正義の味方の格好をしてくれているから、俺は柄にもなくこんな話をしているのだろう。
じゃあ、比呂川マモルの言うべきことは一つだ。今は、正義も悪も関係ない。
「……どうか、力を貸してください。助けてください!」
俺が見つめていると、やがて目の前のヒーローはコクンと一つ頷いた。
どうやら了承してもらえたらしい。自分よりも身長の低い人にあのヒーロースーツ戦隊どもを任せるのは些か心苦しいけど、オルトさんは任せろと大きく胸を張った。その姿は、今まで観てきたどんなヒーローよりも頼りがいがあった。
俺は、グッドラックの意味を込めて両手をわきわきさせた。
オルトさんもそれを返す。
斯くして救いの手は、わきわきと差し伸べられた。あとはどう転ぶか。
いや、きっと良い結果になるはずだ。
正義と悪の共闘なんて、こんなにも熱い名シーンはないのだから。




