1 ぷるぷるしないよ。僕が転生するまで。
僕は、人間だった。
今の僕は、自分が何なのか分からない。
目を覚ましたら、その目に飛び込んできたのは一面真っ白の空間。影も闇も鮮やかな色もない、完全な白の空間。
そして、足元を見てみると……。爪先から鎖骨まで、すべてが見えない。指も、手足も、腹も、胸も、肩も……。すべてが、どうやって見ても見つからないのだ。
あぁ、僕はいったいどうしてしまったのだろう!
僕に口があれば、声帯があれば、僕は叫んでいただろう。そして、体があれば頭を抱えるか暴れるかしていたかもしれない。
だが、残念なことに、僕には口も体もない。発狂しても暴れ狂うことも叫ぶこともできない!
僕はどうなってしまったんだ! どうすればいいんだ! そもそも、ここはなんなんだ!
「おや、やっと目が覚めたようですね」
どこからか、凛とした声と靴音が聞こえてくる。
そういった音が聞こえてくるということは、ここに空気や床はあるのだろう。
「私はそちらにはいませんよ。いまは貴方の後ろにいます」
そう言われて、慌てて振り向く。まぁ、振り向く体なんてないわけだが。
振り向いてみれば、焦げ茶色の髪の若い男が立っている。
綺麗な黒い目、スッと通った鼻筋。肩を少し過ぎたくらいの男にしては長い髪は、うなじ辺りで一本に結わえられている。
白いシャツに黒いベスト、黒いズボン。そして、黒い革靴。そして、黒縁眼鏡をかけている。
ーー何、こいつ。
発狂しそうだった僕の心は、一気に冷めていった。
イケメンで眼鏡で長い髪で敬語って、漫画かアニメのキャラかよ。
認めない。僕はこんなのがいることなんて認めない。
そうやって現実逃避をしていると、男はほっとため息をついた。
「落ち着いたようですね。よかった……」
男はほっと胸を撫で下ろし、僕を見据える。
「これで、やっと話ができる」
男は空気椅子をして、僕を見る。
いや、もしかしたらそこに座るところがあるのかもしれないけど、僕から見れば空気椅子だ。だって、見えないし。
僕が笑いをこらえていると、男は眉をピクリと動かして僕を睨み付けた。
どうして僕が笑いをこらえているのがわかったんだ。僕には体がないのに。
「とりあえず、転生する前にちょっとした説明をして起きましょうか」
男は小さくため息をつきながら、ポケットからホイッスルを取り出す。
そして、それを思いっきり吹き鳴らした。