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  2 新たなる旅立ち


 突然の出来事だった。

 俺は次の福袋をなににするか、由宇君と話をしていた。

「――サイコー君。ちょっといいかにゃ?」

 スルガニャンが事務所に入ってくる。でも、なぜか元気がないように感じた。どうしたんだろう。

「どうしたの、スルガニャン?」

「うん、実はサイコー君に言っておきたいことがあってにゃ。これ……」

 スルガニャンが俺に渡したのはなにかの冊子だ。タイトルは脳移植と書かれていた。

「これ……どうしたの?」

「うん、実は嫁と相談したところ、脳移植の手術をアメリカでやり直さないかって話になったんだにゃ」

 え……ちょっと待って。っていうと、スルガニャンはスルガニャンでなくなる? 猫でなく、人間に戻るのか?

「そんな……ウソだろ、スルガニャン。だってこんなにラブリーな姿してるじゃないか。今さら人間に戻っても!」

「でも、おいらも十年前までは人間だったにゃ。……また人間に戻りたいな、そう思うことも少なくないんだにゃ」

 そ……んな。

「サイコー君はおいらのことをかわいいって、いつも言ってくれてるにゃ。だからまずはサイコー君にこの話を……サイコー君?」

 俺は今、どんな顔をしているんだろう。

 スルガニャンの幸せを考えると、そりゃあ人間に戻ったほうがいい。

 猫のままでいてほしいと願うのは俺のエゴか。

「スルガニャン……君はそれでいいの? 後悔しない?」

「うん……嫁と決めたことにゃ」

「そう、だったら……いいんじゃないか、脳移植」

「突然の話でごめんにゃ。明日からおいらは嫁と一緒にアメリカに渡ろうと思ってるにゃ」

「明日? ……待って、スルガニャルさんはお婆さんが生きている間、ずっと富山にいるんじゃあ?」

「その、お婆さんが先日亡くなったにゃ。寿命だったらしいにゃ」

 明日……明日だって? いくらなんでも急すぎる。もう猫の姿のスルガニャンは二度と見ることができないのか? ……いや、猫でなくなったらスルガニャンはスルガニャンでなくなる。

「サイコー君、ごめんだにゃ……」

「俺はスルガニャンの幸せを一番に考えてるよ。……行っておいで。最後に、頭撫でさせて」

 この温もり、もう感じることはできないのか。

 ――ポタッ。

「うにゃっ? 頭になにか落ちたにゃ」

「スルガ……スルガニャン……! 大、好きだっ……!!」


 明日からスルガニャンは駿河屋にいない。俺はこの日、駿河屋を辞めてしまった。


 ――一か月がたった。

 俺はスルガニャンの出来事を小説にして書こうとしている。

 ……一か月たって、ようやく行動を起こした。それまではショックで誰ともろくに話をしていない。

 塔子さんと由宇君が何度も電話をくれた。また駿河屋に戻ってこないか? と彼らは俺を誘ってくれる。

 正直ありがたかったけど、スルガニャンのいない駿河屋は駿河屋じゃない。

 机の上に置いているスルガニャンぬいぐるみ。これを見るといつも思い出してしまう。

 でも、なにをどうしてもスルガニャンはもうこの世にいない。人間に戻り、しかもおっさんになったスルガニャンなんて見たくはない。

 俺とスルガニャンの思い出はずっと猫のままで大事にしまっておくんだ。

 ぬいぐるみを抱きしめるが、そこに温もりはない。「サイコー君!」といつも俺の名前を呼んでくれたスルガニャンは……もういない。

 キーボードが涙で濡れてしまう。

 ダメだなぁ、こんなんじゃあいつまでたっても作家デビューできない。もう書くの、やめようかな。どうでもよくなったよ。

 ただ一つ、願いが叶うなら。もう一度スルガニャンに会いたかった。

 ――コンコン。

 ワンルームのマンションのドアを叩く音。……下らない。宗教の勧誘か、飲料メーカーの無料試飲だろ。ああいうのホントいいから。

 ピンポーン。

 ドアを叩こうが、ピンポンを押そうが無視だ。早く出て行ってくれ。

「……おぉーい、サイコー君。いるかにゃ?」

 スルガニャン? ……まさか。幻聴か?

「サイコーくぅん、おいらだにゃ。ここを開けてにゃ」

 間違いなくスルガニャンの声。でも、ドアを開けたら人間のおっさんが出てきたらどうしよう? それだったら会わないほうがいい。

 俺はドア越しに話した。

「スルガニャン? スルガニャンなのかい?」

「そうだにゃ。もうおいらの声を忘れたのかにゃ? サイコー君は薄情だにゃ」

「でも、もうおっさんになったんでしょ? 人間に戻っちゃったんでしょ?」

 自分で言っておきながら答えは聞きたくなかった。耳を塞ぎたかったぐらいだ。……でも、俺の心のどこかで願っていた。まだスルガニャンがスルガニャンであることを。

「手術は延長になったにゃ。まだそこまでの技術に進歩するまであと十年かかると言われたにゃ。だから日本に戻ってきたんだにゃ」

 本当に? だったら、スルガニャンは俺の大好きな……あのスルガニャンなのか?

 俺はドアを開けた。右下のほうにちょこんとスルガニャンが座っていた。

「一か月ぶりだにゃ、サイコー君」

「スルガニャン……本物の、スルガニャン!」

「はは、なにを言ってるんだにゃ、そんなの見りゃ――サイコー……君?」

 十年。俺はまたスルガニャンと一緒に過ごすことができるんだ。

 俺は駿河屋に戻ることを決めた。皆がそれを受け入れてくれた。

 このことをブログに書くと、多くの人たちから温かいコメントが送られた。


『サイコー君、よかったね!』と。


 俺は幸せだ。スルガニャンが傍にいてくれて。

 駿河屋という存在が俺の人生を大きく変えた。駿河屋がマジで最高!

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