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第三章 クロガネの翼


  1 クロガネのサントラを探せ


 富山を出発して四時間後、俺たちは駿河屋本社に着いた。もう空は真っ暗だ。

「スルガニャン、起きてる? 行こうか?」

「んにゃ? もう着いたのかにゃ? 寝ていたら早いにゃ……」

 受付のところまで行くと、塔子さんが駆け寄ってくる。

「お帰りなさい!」

「やぁ、塔子さん。お母さんはちゃんといたよ」

 というか、すぐに連絡するの忘れていた。怒られるかな……。

 塔子さんはその場で膝をついてしまう。どっ、どうしたの?

「塔子!」

 すぐさまスルガニャンが塔子さんに飛びつく。

「どうしたにゃ? どこか体が悪いのかにゃ?」

「いえ……連絡がなかったもので……てっきり母上はまだ見つかっていないのかと、そう思っていましたから」

「ごめんにゃー。おいらたちもすぐに連絡を入れようとしたんだけど、クロガネ君に会って話をしているうちに忘れてしまったにゃ」

「クロガネ君? ……どこかで聞いた名前だな」

「母さんの情報を提供してくれた青年だにゃ。彼はクロガネのサントラを探しているんだにゃ。世話になった分、おいらたちが見つけてあげたいもんだにゃ」

 そうだ。クロガネのサントラの買取価格を上げよう。サイトの更新は由宇君が担当だ。彼なら二階にいるはずだ。

「さっそく行動開始だ。スルガニャンは奥方のことをきっちり塔子さんに伝えておくんだ。約束した内容もね。俺は由宇君にあって、クロガネ対策をしてくる」

「ラジャっにゃ!」


 ――コンコン。

「やぁ、由宇君」

「サイコーさん!」

「無事、お母さんを見つけることができたよ。……連絡、遅くなってごめんね」

「本当ですかっ?」

 嬉しいんだな。そうだよな。お母さんには十年も会っていないんだから。

「それで、母さんは?」

「今は理由があってすぐに帰ってくることはできない。でも、いつか必ず戻ってくるって約束してくれた。スルガニャンとも仲はいい感じだったよ。アツアツでちょっぷりヤキモチ焼いたよ」

「え……そうなんですか」

「お母さんのことはスルガニャンに任せておけばいい。由宇君に今からやってもらいたいことがあるんだ。いいかな?」

「もちろん、いいですけど……?」

 俺はクロガネ君の話を彼に全部聞かせた。由宇君は俺の今からすることに賛成した。

 買取金額の引き上げ。それも千円から三万円。三十倍だ。

「――いいですか? やりますよ」

「あぁ、やってくれ」

 由宇君が最終決定のクリックをする。……これでクロガネのサントラの買取価格は三万だ。

「これで誰か売ってくれるんでしょうか?」

「わからないな。存在するのかどうかもあやしいからな……。見つかってほしいよ」


 ――それから一か月がたった。

「お早う、由宇君」

「あ、お早うございます」

「どうかな、今日は?」

「いえ、残念ですがまだあんしん買取で申し込みは来ていません」

 三万円。ゲームの予約特典ならこれで十分だと思うけどな。持ち主はなぜ手放さないんだ? 曲だったらパソコンに落としてしまえば、あとはもういらないだろう。

「三万でも買取に申し込みが来ないとすると……やっぱり存在しないCDなのか?」

「でもブログで紹介されているんですよね? 存在しないことはないと思いますよ。……だって、ウチで一度は買い取って販売したことがあるんですから」

 そうか。そうじゃないと駿河屋でサントラの買取の画像は出てこないはず。少なくとも一度は売買されているんだ。

「……原点に戻ったほうがいいかもしれない。そもそもクロガネとはなんなのか?」

 俺はググってみることにした。


 ストーリー

 舞台は風薫る地方都市虹原―――。

 少年『鎹夏希かすがい・なつき』は、生まれながらにして普通の人とは違う『力』を持っている。

 しかし、普通の生活を望む夏希にとって、その『力』は邪魔な物でしかなかった。

そんなある日、父親が再婚し、新しい母親と共に妹の『鎹春奈かすがい・はるな』がやってくる。

 突然の出来事に戸惑う夏希だったが、家族が出来ることを喜び歓迎した。

 幼馴染の『御陵七深みささぎ・ななみ』と、いつも通り穏やかな学園生活を送っていた所に、更に変化が加わっていく。

 海外からの転校生『ナディア・アルハザード』と『リリス・スノウドロップ』が、クラスメイトとして加わったのだ。

 二人の特殊な雰囲気を警戒する夏希だったが、接していくうちに警戒も薄れ、仲のいい友へと変わっていく……。

 それが、夏希の日常を次第に変化させていることに気づかずに……。


 ブランド:White Cyc

 ジャンル:いのちを紡ぐ恋愛AVG

 原画:ヲン、成沢空、金たロウ

 シナリオ:由希

 主題歌:Team-OZ (歌手;癒月)

 BGM:Team-OZ


 ……なるほどな。発売日は二〇〇九年十二月十一日金曜日。

 価格は九千二百四十円。本体価格は八千八百円……と。

 特別変わったゲームというものでもないな。てっきりグリード・アイランド並のゲームだと思ったよ。

「どこかに売ってないものなのか。ヤフオクで出品されているなんてことはないよな……」

 念のために検索。……だが、もちろん出品などされていない。

「ダメだ。このままじゃあクロガネ君の期待を裏切ることになる。彼はスルガニャンと奥方の引き合わせてくれた恩人だと言ってもいい。どうしても彼に報いたい」

「秋葉原に行ってはどうでしょうか? あそこならそういうものが集まるかと……」

「確かに……ソフマップは関東に地区二十八店舗を構えている。秋葉原地区十店舗、池袋地区二店舗、新宿地区五店舗、有楽町、赤坂見附、立川、八王子、柏、大宮、横浜、町田、川越、川崎、水戸……十分に狙い目はあるぞ」

「一度行ってみますか? もちろんその費用はウチで払います」

「ありがとう。でも俺は関西のほうも気になっているんだ。関西では地区九店舗。日本橋地区二店舗、梅田、天王寺、神戸、京都、なんば地区三店舗。関東と比べてオタク熱がややヌルいんじゃないかなって思ってる。その分、サントラが残っている可能性は高い」

「電話で一軒一軒聞いてみるのはどうでしょうか……?」

「なんばのほうでは昨日あった店が潰れている、なんてことも珍しくない。潰れた店には翌日、別の店がもう入っている。それほど激戦区なんだ。なんばは」

「だったら直接行くほうがいいかもしれませんね」

「あぁ、一人で東京と大阪を回るのは少し骨だが、この際だ。スルガニャンの恩人に報いるためなら、これぐらいのことはしよう」

「――よく言ったにゃ!」

 その声……スルガニャン?

 振り向くと、スルガニャンと塔子さんが部屋の入り口のところで立っていた。

「サイコー君、東京はおいらに任せるにゃ。君には大阪に飛んでほしんだにゃ」

「スルガニャン一人で? そんなの心配だよ!」

「大丈夫にゃ。塔子も同伴してくれるにゃ」

「でも、そんなに駿河屋メンバーが抜けたら、肝心の経営はどうなるのさ? いくらなんでも由宇君一人に押しつけるのは無理だろ?」

「サイコー君、思い出すがいいにゃ。駿河屋には多くの外人スタッフに貴殿野郎、お辞儀君もいるんだにゃ。彼らのことを忘れていないかにゃ? 全員、これまで駿河屋を支えてきた猛者たちだにゃ」

 そうか……俺たちにはこんな大勢の仲間がいたんだ。

「関東は任せろにゃ。サイコー君は関西を頼んだにゃ!」

「はいっ!」


 こうして俺は一人、大阪に向かうことにした。

 ……懐かしい。駿河屋で働くことになってまだ一度も帰ってきたことがなかった。

 オヤジとオフクロ、元気かな?

 新大阪に降りると、俺はすぐに乗継でなんばに向かった。クロガネのサントラがありそうな店を事前にネットで調べることにした。

 大阪・日本橋のオタクスポット、通称「オタロード」。

 K―BOOKSやアニメイトがあり、オタロード沿いには男性向けの商品を扱う店やフィギュアショップなどが多い。

 一軒ずつ店に入ってみるか。一体何時間かかるんだろう。

 一軒目、入ってみる。そこはガチャガチャやプライズがメインで置いてある店だった。

 ……違うな。ここには売ってそうにない。出よう。

 二軒目。入ったところはレトロゲーム専門店だった。ありそうだが、ちょっと違うような気がする。

 ファミリーコンピューターが多い。スーファミも。駿河屋らしい品揃えだな。でも違う。

 一応、お店の人に尋ねるがパソコンゲームは扱っていないようだ。残念。

 次に入ったところもゲームショップ。ここはまだ新しい商品が並んでいる。パソコンゲームはあるかな……?

 ――見た感じ、なさそうだ。店は縦に長く、幅が狭い。店内に置ける商品の点数も限りがあるな。ここも違うようだ、出よう。

 四軒目。いわゆるボックス販売専門の店だ。ボックスを借りる客は月に三千円ぐらいで借り、そこで販売を行う。

 売っても手数料で店にいくらか支払わないといけない。昔はこの方法がけっこうはやったもんだ。しかし、誰でも手軽にインターネットができるようになった今では、それももう厳しい。この業界はどんどん廃れていっている。まだ存続していることが珍しいぐらいだった。

 一応、すべてのボックス(ガラス張りになっている)を確認。……だが、クロガネのサントラはない。

 五軒目。ソフマップなんば店に行ってみた。

 六階には新品アダルトPCゲーム、アダルトDVD・ブルーレイ映像ソフト、アダルト書籍、中古アダルト実写DVD・ブルーレイが販売されている。

 七階には中古アダルトPCゲーム、アダルトアニメDVD・ブルーレイが販売されていた。

「……両方行ってみるか」

 大きな店なので回るのが一苦労だ。だが、ここが一番可能性としてはあるな。


 ……一時間後。

 これだけ探してもない、か……。そう簡単にはいかないものだ。

 売っていない。ここになければどこにもないような気がする。本当に幻のゲームだ。

 まだ十万円とかで売っているほうがどれだけありがたいか。

 向かい合わせになって中古パソコンゲームの店があるからそこも行ってみた。……でも、たぶんないんだろうなぁ。

 ――結果は当然のごとく、ない。

 DVDショップや本屋にも行ってみた。電球や、そういう部品を扱う店にも行った。

 ゲームと関係ない店にも行きまくった。聞きまくった。……でも、手がかり一つすらない。

 絶望だ。クロガネ君の悲しむ顔が思い浮かぶ。

 スルガニャンのほうも苦戦しているだろうな。ちょっと電話でもかけてみるか。

「――スルガニャン、調子はどうだい?」

「うにゃー、こっちもアキバに着いたけど、クロガネのサントラはなさそうだにゃ。っていうか、いろんな人に勝手に触られてるにゃ。こいつらは一体なんにゃ?」

 スルガニャン? ……そんな、スルガニャンが猫ハラに遭うなんて。

「スルガニャン、大丈夫? どこ触られてるの?」

「い、いろんなとこだにゃ。最初は頭、今お腹も触られてるにゃ。コラ! 触るにゃっ!」

 スルガニャン~ッッ!!

 今すぐ行って助けてあげたいよ。あぁ、スルガニャン! スルガニャンッ!!

「……ま、こっちは大丈夫にゃ。こいつらも次第に触り飽きると思うにゃ。それまでじっとしとくにゃ」

「スルガニャン……俺がいたら、そんな目に遭うこともなかったのに」

「サイコー君、二、三日探してなかったら駿河屋に戻ってくるにゃ。なにか新しい作戦を立てないと、このままじゃあラチが明かないにゃ」

 スルガニャンの言う通りだった。探し方を変える必要があった。でも、どうすればいいのか……俺にはわからない。

「じゃあ三日後に駿河屋で落ち合うにゃ。良い報告を期待しておるにゃ」

「うん、わかった。またね、スルガニャン……」


 俺はこのあと三日間、大阪の街で探してみたが、やはりクロガネのサントラは見つからなかった。

 というわけで駿河屋に戻ることにした。

 この三日間でスルガニャンからなんの連絡もないということは、彼のほうもダメだったのだろう。……はぁ。

 ――駿河屋に到着。受付のところで座っている塔子さんに挨拶し、俺は二階に上がる。

 事務室にはスルガニャンが扇風機に向かって、「アァ~ァァァァァァ」と言って遊んでいた。……かわいい。

「かわいい、スルガニャン……」

「――ん? その声はサイコー君か?」

 三日ぶりのスルガニャンだ。ずっと会いたかった。

「スルガニャンッ!」

「わっ! ちょっ……来るにゃ!」

 顔に猫パンチに受ける。それでもスルガニャンの爪を、肉球を、顔全体で味わい、俺は幸せだった。

「スルガニャン、猫ハラされたって言ってたけど大丈夫だった?」

「猫ハラ? ……あぁー、お前のさっきみたいなことにゃ。別にどうでもいいことにゃ。相手はお姉さん方だったし」

 羨ましい。どっちの立場でもいいなぁ。

「ま、その様子だとサイコー君も無理だったようだにゃ。クロガネの翼」

「うん。無理だったよ。スルガニャンもだよね……どうしよう」

「どうもこうも、おいらにはわからないにゃ。だからこうして扇風機で遊んでるにゃ。サイコー君もやるかにゃ? 変な声が返ってきて楽しいにゃ。アァ~ァァァァァァ……」

「いや、俺はいいよ……」

 そんなときだった。由宇君が素っ頓狂な声を上げたのは。

「あっ!」

 そのとき俺は彼がスルガニャンの遊びに付き合っているのかと思った。

「由宇。扇風機にアァァァ~って言わないと、変な声にならないにゃ。やり直しにゃ」

「違うよ、父さん。クロガネの翼が……ネットオークションに出品されているんだ」

「え?」

「にゃんだって?」

 マジ……? マジで出品されてるの? 俺たち西に東に、あれだけ探してきたっていうのに。

「由宇、それは本当かにゃ?」

「本当だって。ほら、画面見てよ」

 ……確かに出品されている。しかも千円で。入札者はまだゼロだ。出品されてからまだ三時間ぐらいしかたっていない。

「は……ははは、これでクロガネ君も念願のサントラを手に入れることができたじゃないか。よかった……」

「いや、待つんだにゃ、サイコー君。もしかしたらとんでもなく値が吊り上がる可能性だってあるにゃ」

「まさか。だって千円で出品してるんだよ。もっと価値のあるものだったら一万円とかで出品してるって」

「でも……注目してる人は多いと思うにゃ。おいらたちがこれに気づいたのは幸いにゃ。オークション終了日までまだ一週間もあるにゃ」

「そうか。時間がたつにつれて、オークションで出品されているのが知られてしまう。由宇君、サイトでアピールしてるクロガネの買取のページ、削除して」

「了解っ!」

 俺もブログのほうでクロガネの記事は削除しておこう。これで少しは広まるのが防げるか。

「クロガネ君に電話しておいてやろうにゃ。落札しろよぉ~って」

「スルガニャン、ついでにヤフーIDも聞いてて。俺たちとバッティングしないように」

「OKェ~にゃ~」

 資金はどれぐらい準備しておく? 三万で足りるかな?

 もし足りなかったらいくらまで出そう。スルガニャンの恩人だ。お金で解決できることぐらいはしてあげたい。

「……百万。スルガニャン、例え百万まで値が上がったとしても、俺たちはこの上の価格で入札できるか?」

 スルガニャンはちょっと考えて、「できるっ!」と答えた。その言葉を聞いて俺は安心した。

「スルガニャンぬいぐるみで得た資金が潤沢にあるにゃ。今がそれを使うとき。金に糸目はつけないにゃ」

「手に入れよう、クロガネのサントラを!」


 オークションに変化が見え出したのは四日後のこと。

 オークション終了日の三日前だった。

「サイコーさん、見て!」

 俺は事務所でスルガニャンと、新しいスルガニャンぬいぐるみの大きさやポーズなんかについて、熱く語っていたところだった。

「なに? 由宇君」

「入札があったんですよ。それも十一件も」

 十一件? いきなり?

 昨日まで入札はゼロだった。それがまだ終了日まで三日前だっていうのに……。

「それで値段は?」

「五千二百五十円です。どう思いますか?」

「待ってくれ、そのIDにクロガネ君のものはあるか?」

 カタカタカタ……。

 ――あった。しかも最高落札者だ。

「とりあえず五千二百五十円で落ち着いているんだろ? じゃあそれで打ち止めの可能性もある。しばらくそのまま様子を見よう」

 そして翌日。

 俺はスルガニャンの玩具の猫じゃらしを用意して、事務室に向かっていた。

「スルガニャーン、猫じゃらし買ってきたよー。遊ぼー!」

 なんかもうこれだけでは仕事をしに来ているようには見えないな。

 デスクトップの前でスルガニャンと由宇君が大きな口を開けたまま止まっていた。

「スルガニャン? それ、なんの遊び?」

「み、見るにゃ。クロガネのサントラ……ものすごく上がってるにゃ」

 上がったといってもたかが知れてるだろう。スルガニャンたちはなにをそんなに驚いてるんだ。

 猫じゃらしをスルガニャンの頭でポンポンと当ててから、俺はモニター画面を見た。

「五千……ん? 上がってない? むしろ減った?」

「なに言ってるにゃ。一桁違うにゃ。五万にゃ」

 五万? パソコンゲームの予約特典が五万?

「すっげー上がったな。まだ最高入札者はクロガネ君なの?」

「違うにゃ。クロガネ君は四万のところで脱落。それでも三人で値段を競い合ってるにゃ」

 まだ三人もいるのか……困ったぞ。冗談で言っていた百万とかも、もしかしたら達するかもしれない。

「とんでもないことになったね……そろそろ俺たちも入札しておくか」

 こちらは資金が豊富だ。参戦してやろう。いくらで入れる?

「……サイコー君に任せるんだにゃ」

「わかった。じゃあ七万円で入れてみよう」

 カタカタ……。

 ――が、あっけなく弾かれてしまった。現在七万千円。

「ウソだろ? 高すぎだろ? だってサントラCD一枚だよ? これ入札してる奴、どうかしてるんじゃねーの?」

 俺たちもその一人だけどな。

「サイコー君、どうするにゃ?」

「ちょっと様子を見よう。オークション終了までまだ三十時間ある。様子を見るんだ……」

 怖い。一体いくらまで値が上昇するのか。……スルガニャン、そんな不安そうな顔しないで。きっと、なんとかなる。

 この日も業務をこなすが、頭の中はクロガネのサントラのことでいっぱいだった。他の人たちもそうだろう。まさかこんな厄介になるとは思ってもみなかった。さすが話題のクロガネのサントラだな。

 ――翌日。オークション終了の時間は夜の十二時だ。

 今は朝の十時だから、まだ十四時間ある。さて、現在の価格をチェックしようか。……また昨日と同じようにスルガニャンと由宇君が固まってるよ。

「スルガニャン、由宇君。お早う」

「サ、サイコー君……とんでもないことになってるにゃ」

「まさか十万円超えたとか?」

「二十……万円を超したにゃ」

 二十万? シャレにならねぇ。出品者はどんな思いだろう? こんなに上がるとは思っていなかったず。なんで一万円もしないゲームの特典が二十万円もつけてるの、ねぇ?

「でも……まだまだ上がるんじゃないか。大抵オークション終了の三十分前からだぜ。値段が激しく動くのは。早すぎるだろ」

「サイコーくぅん……」

「スルガニャン、前にも話したけどはっきり決めておこう。いくらまで出せる?」

「ひゃ、百万ぐらいで……」

 百万なら出せるか。さすがにこれだけあれば大丈夫だろう。マジで誰だよ、吊り上げてるの。イタズラ入札じゃねーの?

「もちろんだけどさ、今夜、オークションが終わるまではここにいるよ。ホントどうなるか予想がつかないからね。スルガニャンも由宇君も残って」

「……わかったにゃ」

「わかった。一緒にがんばろう、サイコーさん」

 夜九時。アルバイトの大半が帰っている。

 二階の事務所にいたのは俺、スルガニャン、塔子さん、由宇君。それに貴殿野郎とお辞儀君もいた。

「いやはや! ドキドキするでござるなぁ、サイコー殿!!」

「えぇ……でも、もうちょっとテンション落としてもらえませんか? 貴殿野郎さん」

「サ、サイコー君。ごめんね、いつも買取が遅くて。ごめんね? ごめんね?」

「いえ、慣れてますし、ネットオフと比べたらまだちょっと早いほうですから。だからそんなに頭を下げないで下さい。っていうか、今買取の話なんかしてないでしょう?」

 駿河屋の正社員は個性のあるメンバーばかりだ。

「いくらになってる? 由宇君」

「価格は、六……六十万?」

 六十万……。大した額だ、本当に。

「勝負は終了間際、十分前だ。それまでは我慢。ギリギリのところで勝負してやる」

 しかし、時間がたつにつれて、入札額はどんどん上がっていった。

 十時の時点で七十五万を記録し、十時半になると百二十万円を突破してしまった。


「サイコォーくぅん、どうするにゃ~?」

「まさかこんな……百二十万? なに考えてんだよ。おかしいだろ、明らかによぉ」

 理解できなかった。このゲームには宝石でも散りばめられているのか?

 世界に一本しかないとか? ふざけるなよ。なんだよ、百二十万って。とっくに予算オーバーだ。

「スルガニャン……百万以上はやっぱり無理かな?」

 うーんと腕を組んで考えるスルガニャン。時間も迫っていた。

「――わかった。百五十万円まで出そう。クロガネ君はおいらの嫁を見つけてくれたんだからにゃ」

「ごめん、スルガニャン……由宇君。百三十五万でいこう」

「はい!」

 カタカタ……。

『あなたが現時点で最高入札者です』

 よし。さすがに周りも諦めるだろう。今の価格が百三十一万円になってる。俺たち以外はいくらで入札したかはわからない。もう諦めてくれ。また今度流れるときが来る。だから今回は俺たちに買わせてくれ。

「サイコー君……値段の動きが止まったにゃ」

「よかった。どうやら百三十万円がボーダーラインだったみたいだね。もう大丈夫さ」

 時刻は十時四十五分。オークション終了時間まであと十五分だった。

 心臓がバクバク鳴っている。百三十五万。これで買えてほしい。

「サイコーさん、これ……??」

 由宇君の声。……その声、嫌な想像をしてしまう。聞きたくない。が、ここで逃避することはしてはならない。厳しい現実に向き合うしかないのか。

「由宇君、どうした?」

「あ……あ。百四十万円です」

 やられた! 百四十万? しかも一人抜けたとはいえ、まだ二人もいるのか。こいつらがどんどん値を上げてしまう。

 スルガニャンが出せる金額のマックスが百五十万。もうそれを超えようとしている。

「最後のお願いだ……百五十万で」

「百五十万? いいんですか、本当に。たかがサントラCD一枚ですよ?」

「わかっている。辛いのは俺も同じだよ。でも、これでラストだ。入札してくれ、由宇君……」

「はい……わかりました」

 百五十万。しかし、これでクロガネに恩を返せると思えば、高くはない。スルガニャン、俺もっと働くから。この費用をまかなえるだけ、もっとがんばるから。企画とかいろいろ考えて。

「――あっ!」

 大きな声を上げたのは由宇君だ。

「サイコーさん……と、とんでもないことに」

「なにが? 百五十万だ。まさかこれで入札できないなんてことないだろ」

「その……まさかです」

 現在の価格、百五十一万だと? なんだこりゃ?

「あり得るのか? これ、いくら入札しても誰かが上乗せする。そういうシステムじゃないのか?」

 詐欺かもしれない。出品者の評価を調べてみることに。……そしたら、評価255。悪いの評価は一つもなかった。

「誰かとグルになって価格を吊り上げている可能性はないか……だとしたら競っている相手はかなりのマニア。クロガネ君など足元にも及ばないほどのマニア」

「マニアはお金持ちの人が多いって聞きますからね……」

 それでも異常だよ、こいつは。限界が見えない。勝てない!

「サイコーさん、値段がさらに上昇しています。百六十万……百八十万!」

 ハンパねーな。これだともう諦めるしか……。

「……サイコー君、あと五十万だけ、いくんだにゃ」

「スルガニャン、それって……二百万円だよ? そんな大金、サントラCD一枚買うだけに使うなんて、馬鹿げてる!」

「でも……でも……悔しいと思わないのかにゃ? クロガネのサントラを買うことでしか、クロガネ君に恩返しはできないんだにゃ!」

 確かに、スルガニャンの言う通りでもある。しかし……。

「勝負するにゃ! こうなったら前にサイコー君が企画した、おいらのサイン会でも開くにゃ!」

「いいの……スルガニャン。オタクのおっさんとかにも握手されることになるんだよ? ずっと嫌がっていたじゃないか」

「背に腹はかえられないにゃ!」

「……わかった。二百で、行く。由宇君!」

「あの、二百ですか? 本当に……」

「あぁ、二百で頼む」

 俺たちはどうかしているのだろう。後悔しそうな気もする。

「――やめないか、由宇! 二百万だぞ? お前ら正気か?」

 止めたのは塔子さんだった。……そう、彼女が正しいよ。でも男には退けないときがあるんだ。

「塔子さん、気持ちはわかるけど……」

「貴公は二百万という金の価値がわかっているのか? 駿河屋で二百万円稼ぐことがどれほどのものかわかっているのか?」

 塔子さんは怒鳴った。その気持ちは痛いほど分かる。

「……そこらへんにしておくんだにゃ、塔子」

「父上……」

「ここで負けたら一生そのことが記憶に残ってしまう。そんなトラウマ、作りたくないんだにゃ。由宇っ! さっさと二百万で入札するにゃ!」

 由宇君は二百万で入札。現在価格は百九十万円だ。

「これで……よかったんだにゃ」

「でも、まだ続くかもしれない。この悪夢が……」

「にゃっはっは。さすがにそれはないにゃ。これに二百万円以上かけるなんて、もしそんな奴がいたらド変態級のド変態……」

 ――しかし、悪夢は続いたんだ。こんなこと信じられるか?

「「二百五万っ??」」

 ……もう無理だ。やめよう。時間ももう十分しかない。そんなとき、貴殿野郎がこんなことを言った。

「サイコーさん、これ。ちょっと聞いてもらえるかでござる?」

 なに言ってんだよ、貴殿野郎。こんな忙しいときに。

「どうしたんですか?」

「今夜はタイムセールをしていないのですが、ここ一時間ですっげー売れてるんでごわすよ」

「……どれぐらい?」

「シークレットセールの五倍ぐらいになり申す」

 バカな? シークレットセールは駿河屋で一番売れるセールだ。なのに、大したセールもしていない今日、この時間、五倍なんて数字は明らかにおかしい。

「間違いじゃないんですか、それ」

「いーえ、売れていますです。しかもお客の平均単価が高い。皆、五千円以上使っているんす」

 マジかよ。俺でも現役の頃、五千円なんて金額、たまにしか使ってねーぞ。

 しかし、二百万円のあとで五千円が高いのどーだって、変な話だな。

「――サイコーさん、こっちも見て! お願いします! お願いします!」

 次はお辞儀君だ。……んー、どうした?

「サイコーさんのブログ、コメントが多数書かれています。しかも内容が……」

「内容が?」


『サイコーさん、クロガネのサントラの落札、最後まで諦めないで下さい。わたしたちも微力ながら駿河屋で買い物をします。勝って下さい!』


 そういうコメントがいくつも送られていた。……全国のスルガイヤーめ、味なことをする。お前らこそ……最高だぜ。

「スルガニャン、どうする? お客さんが俺たちの背中を押してくれる。もう少し行くか?」

「むむむ……っ!」

 こんな辛い選択をさせるなんて本当に申し訳ない。でも、皆が応援してくれている。俺たちの勝ちを待っているんだ!

「スルガニャン、もう時間がない! どうするの?」

「わかったにゃ。二百五十万円まで行くにゃ! 由宇っ!」

「わかった。父さん!」

 カタカタ……。

『あなたが現時点で最高入札者です』

 これで、どうだっ!!

「由宇君、詳細時間を表示して!」

「あ、あと七分四十五秒……ッ!」

 十分を切ると、入札があるにつれ、残り時間は十分になる。

「伸びてくるな……二百十五万。二百二十万!」

 二百五十万でも足りないっていうのか。なんかそんな流れだぞ。相手は一体誰なんだ? ただのオタクじゃねぇ。ただのオタクにこんな金なんて持ってねぇ。

「サイコー君、二百四十万円まで上がったにゃ!」

「まだだ! ……まだいける、スルガニャン!」

 しかし、価格はさらに上がっていく。二百四十五万。二百五十万。……げ、限界?

「――二百六十万?」

 くっ、これまでか?

「スルガニャン、サイコーさん、売り上げがすごいぎんすっ!!」

 貴殿野郎の声。どうした?

「店にある商品の半分が売れましたで候う!」

 まさか……ウソだろ?

「そんなことあるわけ――」

「ブログのコメントもすごいです。このコメントの数……全部見れないっ!」

 駿河屋のお客もブログの訪問者も、皆が味方してくれている。

「買うにゃっ! 意地でもクロガネの翼を買うんだにゃっ!! 例え、駿河屋が潰れても、クロガネの翼のサントラだけは買うんだにゃっ!!」

 スルガ……ニャン?

「えぇいっ、こうするんだにゃっ!」

 スルガニャンがキーボードとマウスを操る。

 新たに入札額を入れた。……俺は何度もそれが見間違いだと思った。だが、間違いなんかではない。その金額――一千万円。

「どうだにゃっ! さすがにこの金額は崩せないはずにゃ!」

 二百八十……二百八十五。二百九十五。三百。……三百十五、三百二十、三百四十……三百五十。

 三百五十五、三百五十七、三百五十八……三百六十。

「下げ止まった……」


『おめでとうございます! あなたがこの商品を落札いたしました!』


 買えたっ! クロガネの翼のサントラCDがついにっ! 買えたぁっ!!

「スルガニャン!! おめでとう!!」

「「おめでとう、スルガニャン。スルガニャン、おめでとう」」

 スルガニャンは勝った。なんて勇気ある猫なんだ。ここにいる俺たちはこのことを一生忘れない。……いや、俺たちを応援してくれた皆がこの奇跡を忘れないだろう。

「て、照れるにゃ。皆、そんなに褒めるなにゃ。うにゃー」

 俺は気づくとスルガニャンを抱きしめていた。

「うにゃっ? サイコー君……?」

「スルガニャン……奇跡を、ありがとう」


 こうして俺たちのクロガネの翼の闘いは終わった。

 発送方法はもちろんゆうパックを選択。そして俺とスルガニャンは富山に行き、直接クロガネのサントラをクロガネ君に渡した。

 彼の喜びは尋常ではなかった。

 その場で立っていることもできず、泣き崩れた。

 わんわんわんわん、子どものように彼は泣いた。その姿を見て、俺とスルガニャンも泣いた。

 俺たちのしたことは無駄ではなかった。彼はそれだけのことをしてくれたんだ。

 帰りはもちろんスルガニャル子さんのところに顔を出した。

 今回の件を伝えると、「なに、サントラのCDで三百六十万も使ってるにゃる!!」なんて、猫パンチ、猫キック、猫頭突き……あらゆる攻撃を受け、スルガニャンは倒れてしまった。

 仲のいい夫婦喧嘩……かな?


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