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第二章 駿河屋社員


  1 スルガニャンの秘密


 静岡の駅に着いた俺は、さっそくスルガニャンが用意してくれたマンションに向かった。

 ……中はごく普通。ワンルームの部屋だ。

 残りの引っ越しの荷物は明日に届くという。本格的な仕事は明後日からだな。駿河屋本社に顔だけ出しておくか。というかスルガニャンに会いたいのが本音なんだけど。

「――スルガニャーン♪」

 本社の受付でつい口走ってしまった。そこにはジト目で俺を見る塔子さんが座っている。

「お前は……?」

「あ、すみません。つい……この度は採用していただきまして、誠にありがとうございました! スルガ……いや、社長に引っ越ししてきた旨をお伝えしようと参上したまでです、はい。……もしかして留守にしていらっしゃいます?」

「スルガニャンは地下にいる。お前はもう我が社の社員だ。見学を兼ねて行ってみるか?」

「えっ、いいんですか? 行きます、行きます。連れてって下さい」

「わかった。ちなみに地下は主に検品スタッフが働いている。エレベーターで行くぞ」

 俺は塔子さんと地下に行くことになった。そこでエレベーターの中で俺はこんな事を聞いた。

「あの、駿河屋の地下では地底人がいるという噂を聞いたのですが……ウソですよね?」

「本当にいるんだと考えているのなら、お前の頭は相当やばいぞ」

「あ、すみません。一応聞いただけです……」

 やっぱり2ちゃんの噂なんてウソだったんだ。くそっ、これで塔子さんが持つ俺のイメージが悪くなったじゃないか。

 地底人の給料はうまい棒なんですか? って先に聞かなくてよかったぜ。

 ちなみに地下は二階までだな。エレベーターには一階と二階。それにB一とB二しかない。――地下一階に下りると、そこはまるで図書館のようだった。

「広い……それになんて棚の多さだ」

 駿河屋の取り扱う商品は果てしなく多い。もうホント商品だらけ。これじゃあたまに検品ミスするのも仕方ない、なんて思ってしまう。

「商品の点数がハンパないからな。さらに毎日のようになんらかしろの新商品が増える。いずれ地下二階だけでは品物が置けなくなるぞ。そうなったら古い順から商品をなくてしていくかな。在庫は福袋に詰めて」

「あ、ダメですよ。古いものも置いてあるから駿河屋は楽しいんです。そんなことしたら客は泣きますよ?」

「う、む? そうなのか? まあ、貴公が一番客の気持ちを知っているからな。その意見はスルガニャンにも伝えておこう」

 ……この人、俺のことを貴公なんて言ったよな? そんなの初めて言われたよ。

「あの、スルガニャンはどこに?」

「たぶん検品の様子をチェックしているのだろう。部屋の中心にはスタッフの机がある。そこで一人一人が責任を持って検品するわけだ。ついてこい」

 俺は塔子さんと部屋の中心に進む。……すると、いたんだ。スルガニャンが。

 スルガニャンは机の上に座って指示を出している。あのアフロみたいなおっさんに。

 ……ん? アフロ? 駿河屋とアフロ……。あれ? なんかこの組み合わせに記憶があるんだけど。まあいっか。今日もスルガニャンのサングラスは決まっていた。いつかあの肉球を触らせてもらえるようにお願いしよう。

「スルガニャーン!」

「あ、この声……あいつかにゃ」

 スルガニャンが俺に気づいた。それと同時に、スルガニャンと話していたアフロの男も俺のほうを向く。……え、まさか?

 アフロは白髪で、髭が左右の方向にぴょんぴょんと出ている。年齢は五十歳ぐらいか。……俺はこの男を知っている。

「貴殿野郎??」

「む……貴殿は一体?」

「貴殿って言った! ……あぁ、やっぱり貴殿野郎だ!」

 貴殿野郎――それは駿河屋から送られてくるダンボールに「ウム! 貴殿の~」なんてイラストになっている男だった。

 ちなみにスルガニャンが描かれているダンボールもある。基本的にスルガニャンはそのダンボール以外、表には出ていない。貴殿野郎もそうだ。ダンボールにだけ存在するキャラクター。

「キャラクターじゃなかったんだ……ちゃんといた。本人が」

 それに話し方も貴殿野郎そっくりだ。まさか名前まで貴殿野郎じゃないだろうな。

「貴殿、某のことを貴殿野郎と呼ぶのはなぜでござるか?」

「あ、すいません。ここの社員の方だったんですね。ご挨拶が遅れました。この度、こちらで働かせてもらうことになりました、涼野守といいます。販売する立場ではわからないことだらけなので、いろいろとご迷惑をおかけすると思います。よろしくお願いします」

 俺は頭を下げた。

「そうか、君か。スルガニャンから話は聞いているよ。それにしても貴殿野郎とは? 某は響木虎丸と申す者だが……」

 響木っていうんだ。なんか普通だな。ってか、日本人だったのか。モーツァルトとかバッハっぽいのに。紛らわしいな……。

「すみません。ダンボールのあなたのイラストが、貴殿がうんぬんと書いていたので、貴殿野郎なんてニックネームをつけていました」

「む? 響木を貴殿野郎と呼ぶとは……?」

 スルガニャン? 怒ったの? ……いや、違う。これは怒った顔じゃない。

「お前、もしかして……サイコー君か?」

「えっ? スルガニャン、俺のブログ見てくれてるの?」

「「サイコー君??」」

 その声で周りのスタッフが手を止めた。

 ……ん、外人っぽい人ばっかりだぞ。外人ハンコ! 本当だったんだ!

「スルガニャン、外人ハンコ……――」

「待て! 慌てるな。ちょっとおいらにも整理させろにゃ。……もう一回聞くにゃ? お前は駿河屋が最高! の管理人、サイコー君にゃのか?」

「えぇ、そうですけど……」

「そうか。なるほどにゃ。だったら先日の筆記試験や面接、実技に関しても納得がいく。しかしまさか、サイコー君が駿河屋に入社してくるとはにゃ」

「え、もしかしていけませんでしたか……」

「いや、そんなことはないにゃ。なにせ、こんなに変態だったとは思わなかったからにゃ」

「そんな? 俺はいつだってスルガニャンラブですよ? ブログにもいつもそう書いているじゃないですか?」

「えぇいっ、うっとうしいにゃ! 近寄るにゃ! 肉球を触ろうとするにゃ! 頭を撫でようとするにゃ!」

「そんな……厳しい、スルガニャン」

 俺は思わずそこで泣いてしまうところだった。

「駿河屋のスキルを持っていることはわかった。今度は買うほうから売るほうに知恵を使ってほしいにゃ。いいにゃ?」

「もちろんです! スルガニャン!」

「……お前、おいらのことは社長と呼ぶにゃ。どうもなめられているようで気分が悪いにゃ」

「それだけは! それだけは譲れないです。俺はスルガニャンって言いたい! スルガニャン、スルガニャン、スルガニャン、スルガニャン、スルガニャン、スルガニャン、スルガニャン……」

「わかったにゃ! うるさいにゃ! 黙るにゃ! ……お前はマジでここで仕事をする気があるのかにゃ? それとも遊び半分のつもりかにゃ? 答えるにゃ」

「俺はスルガニャンのためだったらなんでもします。……だからあなたをスルガニャンと呼ばせて下さい」

「……ふぅ、ここまでいくともう病気にゃ。わかったにゃ。とりあえず、おいらのことはどう呼んでもいいにゃ。その代わり、戦力ににゃらないとわかったら、こっちの判断で首にするにゃ。それでいいかにゃ?」

「はい! スルガニャンのためならどこまでも!」

 スルガニャンは頭を抱えた。そして机から飛び乗り、小さく「ついてくるにゃ」と言った。

 俺はスルガニャンについていく。

 スルガニャンはいくつもの商品棚の中で、ポツンと置いてあるテーブルのところで足を止めた。そこには二脚の椅子がある。

「ほら、ここ。お前は向こうに座るにゃ」

「はい……」

 スルガニャンも椅子に座る。

「ここのほうが静かにゃ。ちなみにここは検品しながら、ちょっと誰かと話すときなんかに使う机と椅子にゃ。ま、普段だったら誰も使わないようなところにゃ。……さっきお前は外人ハンコがなんとかって言ったにゃ?」

「えぇ、外人ハンコです。俺たちスルガイヤーの間ではとても人気で、俺は毎回捨てずに取っています。領収証……」

「ふむ、そういう噂は聞いたことがあるけど、真実だったかにゃ。お前が言うんならそうなんだろうにゃ」

「えっと、これです……」

 外人ハンコを集めたスクラップブック。俺は日頃から持ち歩いていた。

「うわっ、にゃんだこれは? ……本当に頭、大丈夫かにゃ?」

「大丈夫ですよ。まだ五十五人しか集めていないんですけどね。ケンにマイケルにシン、チャルに、ソックスにバットに、トネルにパクチュにザネール、ジェイン、サマーン、ヨーク……」

「もういいにゃ、もういい。……おいらはスルガイヤーをなめていたにゃ。まさか外人ハンコでこんなに盛り上がっているなんて夢にも思わなかったにゃ」

「なんか嬉しいんですよね。日本人のハンコは普通だから……。スルガニャンのハンコはないんですか?」

「あー……持ってるにゃ。おいらもたまに検品やったあとに押してるにゃ」

「ウソ? ホントに? 超マジレアじゃん! 欲しい、スルガニャンハンコ欲しいっ!!」

「えぇいっ、うっとうしい! お前が駿河屋で買いまくったらいいにゃ。たぶん十万個に一個ぐらいの割合で押してるにゃ」

「十万個ぉ……どんだけレアなんだよ、スルガニャン……」

「こら、タメ口になってるにゃ。おいらは社長だにゃん」

「だにゃんって言った。だにゃん……かわいい」

「もうお前はここの社員だにゃ。もっとしっかりするにゃ。ついでに他に聞いておきたいことはないかにゃ?」

「あります! ……そうですね。では、外人ハンコの流れからして……なぜ駿河屋では外国籍のスタッフが多いのでしょうか?」

「それは説明するには、おいらたちのことをまず説明する必要があるにゃ。心して聞くように」

 スルガニャンの話したことは俺の想像を遥かに超えていた。

 そもそもなんでスルガニャン……猫が言葉を話せるのか。普通に考えてまずそこだろう、つっこむところは。

 スルガニャンは約十年前に、アメリカで交通事故に遭った。……そうなの? そういう設定なの?

 体の臓器や骨はボロボロ。いつ死んでもおかしくないという状況だった。そして隣の席に座っていた奥方もスルガニャンと同じような状態になってしまった。――って、スルガニャンって男だったの? それも人間? しかも奥さんいたの? ……結婚してたんだ。

 こんなの全然予想していなかった。スルガニャンが実は普通のおっさんだったなんて。

「でもスルガニャン。君はこんなにかわいらしい猫ちゃんじゃないか。君の話はとても信じられないよ」

「うるさいにゃ。話にはまだ続くがあるにゃ。それよりまたタメ口になってるにゃ。いい加減、自分がここの社員だという自覚を持つんだにゃ」

「ごめん、スルガニャン……」

「ほら、またぁ」

 奇跡的にスルガニャン夫婦の脳にダメージがなかった。そこで医師は考えた。脳移植をしよう。


 脳移植――記憶転移とは、臓器移植に伴って提供者ドナーの記憶の一部が受給者レシピエントに移る現象である。

 そのような現象が存在するか否かを含め、科学の分野で正式に認められたものではないが、テレビのドキュメンタリー番組で取り上げられたり、この現象を題材にした小説等が作られており、専門家以外にも知る者のいる現象となっている。


 ……とまあ、ググったらこんなことが出てくる脳移植。人間の脳を猫に移植したというのか?

「おいらは日本で、おいらの嫁はアメリカで手術をすることになった。これがどういう意味かわかるかにゃ?」

「少しでも生存確率を上げるため……アメリカで失敗したとしても、日本で助かる可能性もあったから。その逆ももちろんあり得る」

「そうにゃ。嫁のほうが危ない状態だったから、おいらが日本に行くほうになったのにゃ」

「スルガニャンは助かった……じゃあ、奥方は?」

「うん、生きている……生きて、日本に来たそうにゃ。でも、ちょっとした行き違いがあったんだにゃ」

 二人が手術をし、先に意識を戻したのはスルガニャンだった。

 スルガニャンの子ども――日本名で梨本塔子と由宇は、日本で生活することになり……いや、ちょっと。待って、ねぇ、お願いだから待って?

「塔子さんと由宇さんって、スルガニャンの子どもだったの?」

「そうだにゃ。事故が遭ったのは十年前。二人の子は当時、十二歳と十歳。今ではもう大人にゃ」

 子どもだったのか……。じゃあ家族経営ってことか。だったらもしかして……。

「貴殿野郎も家族とか?」

「貴殿野郎はただのスタッフにゃ。……まだ続きがある。聞け」

 スルガニャンの奥方はなかなか意識を取り戻せなかったようだ。奥方の意識が戻るまで、スルガニャンは二人の子どもと日本で生活を送ることにした。この静岡県で。

「静岡が実家なの、スルガニャン?」

「うん、そうだにゃ。で、子どもたちが日本に来たのはこのときが初めてだったにゃ。嫁はアメリカ人でにゃ、塔子と由宇はハーフなんだにゃ」

 へー、そういうことか……。

「まあ、日本に来る前から興味は持っていたみたいだけど、特に気に入ったのがオタク文化。アメリカでもコスプレとかしていたにゃ。FFTのアグリアスとアルガスのコスとか言って」

「あぁー! 似てる! そういや似てる、あの二人!」

「いや、だから……おいらも子どもたちもお前の上司にゃ! それ、マジでわかってるかにゃ?」

「わかってます。わかってますにゃ……あれ? 俺もスルガニャン語に?」

「話を続けるにゃ。いくらおいらの体が健康になってもにゃ、猫であることには変わらないにゃ。そのため普通の会社で働くことはできんにゃ」

 まー、それはそうだろうな。でも猫カフェとかで働いたいいんじゃあ……あ、でもそれだけだと奥方の莫大な治療費なんて到底払えないか。

「でにゃ、治療費どころか明日食うお金もなくなってきたにゃ。で、なんとなーく、子どもたちが持っていたフィギュアをヤフオクで売ったにゃ。三百円ぐらいにでもなったらいいなーって感じで」

 ヤフオクで物を売ったというならプレミアム会員になっておく必要があるな。スルガニャン、プレミアム会員だったんだ。っていうか、そんなにお金がない状態で毎月五百円もよく払えたね。ネットの通信費だってかかるのに。

「三百円だと思っていたフィギュアは五千円で売れたんだにゃ」

「えっ? なんでそんなに高値が?」

「おいらたちも知らなかっただけど、それは食玩のシークレットだったみたいだにゃ。もうビックリしたにゃ。で、振り込んでもらったお金で食べ物を買ったにゃ」

「体が猫なら食べるものも猫用に……」

「うん、キャットフードがたまらんことなく、おいしく感じたにゃ。初めは冒険だったけど、今ではもう大好物になってしまったにゃ。……脱線したにゃ。ヤフオクで転売を繰り返すようになって、買取とかも始めたにゃ。で、なんかうまいこと安く仕入れて、高く売れて、利益もどんどん上がっていったにゃ」

「それ、もしかして……それが駿河屋の始まり? なの?」

「うん、そうだにゃ」

 初めは個人の転売からだったんだ。それがこんな大きな会社になって……。

「だから商品のそれぞれが転売厨に優しい設定になってるんですね?」

「そうにゃ。ウチで扱う福袋を利用すれば簡単に儲けが出るにゃ。サイコー君はそれを実践している。前にブログを読んだにゃ」

「もしかして、CD箱を十箱ずつ、ブックオフオンラインとネットオフで売ったら、どっちが高く買い取ってくれるかって記事、あれ読んでくれたんですか?」

「読んだにゃ。ブックオフオンラインは+四千円。ネットオフはギリギリでマイナス……だったかにゃ?」

「えぇ、ネットオフの三十パーセント割り増し買取のキャンペーンを使っても、ブックオフオンラインには勝てませんでした。ブックオフオンラインの圧勝です」

「そこまで検証することができるなら、きっと駿河屋本社でも利益を出すことができるにゃ。……えっと、どこまで話していたかにゃ?」

「転売から駿河屋を始めたってところまでです」

「そうだったにゃ。駿河屋の経営が軌道に乗った頃、アメリカで治療を受けていた嫁の意識がやっと戻ったにゃ。少しリハビリして退院することができたにゃ」

「よかったじゃないですか。……ってことは奥方が日本にいるんですか?」

「嫁はおいらに会いたがったにゃ。おいらももちろん歓迎したにゃ。本当はこっちからアメリカに行ってやりたかったんだけど、まだ駿河屋をおいら抜きで運営するのはちょっと厳しいかなと思ったんだにゃ。だから嫁がこっちに来てもらうことにしたんだにゃ」

「たった一人で……ですか?」

「嫁は明るい奴で、自分が猫になってもくじけることはなかったにゃ。一人……いや、一匹で飛行機に乗ったにゃ。しかもファーストクラスで。……無事、日本に着いたことは確かなんだにゃ。でも駿河屋に来る前に、行方不明になったんだにゃ」

 それって誘拐? しゃべる猫だ。金目当てに誘拐しようと考える人間がいるかもしれない。

「おいらはその日仕事を終えて、東京国際空港に向かったにゃ。もしかしたらおいらのことを待っているのかもしれにゃいって……でも、嫁はいなかったにゃ」

「ケータイとか……持っていなかったんですか?」

 スルガニャンは首をふりふりと横に振った。

「持っていたにゃ。でも繋がらないんだにゃ。……おいらは仕方なく、その場を離れ、静岡に戻ったんだにゃ。それからも何度も東京に足を運び、わずかな情報でも得ようとしたにゃ。でも、なんの手がかりもないまま」

「警察には連絡入れたんですか? アメリカの病院は?」

「警察がこんな猫の話なんてまともに聞いてくれるはずないにゃ。一回、一か八かで頼んだけど、保健所に連れて行かれそうになったにゃ。アメリカの病院にも連絡したけど、それらしい猫は誰も見てないって言ってるにゃ」

「じゃあ、打つ手なしってことですか? そんなことない! 奥方は絶対に見つかりますよ!」

「おいらも希望は捨ててないにゃ。日本にいない可能性だってある。だから駿河屋では多くの国から人材を集めているんだにゃ」

 あ……それで外人ハンコってわけか。

「アメリカの国の人間が駿河屋で働けばアメリカの動向がわかる。ドイツ、オランダ、中国……すべては情報を広く集め、国際規模で人脈を作るためなんだにゃ」

 さ、さすがスルガニャン。そんなことまで考えていたのか。

 俺はてっきり人件費の問題とか、日本人ならすぐに仕事を辞めるとか、そんな低次元なレベルで考えていた。

「ちなみにおいらたち夫婦は外から見て区別がつくように、お尻に傷をつけているにゃ。右のお尻に傷があるのはおいら。左に傷がついているのは嫁」

「あの、もしかしてもう一匹のスルガニャンのことですか? 英語で、『メディア駿河屋』とか書いてるの。あれ、奥方だったんですか?」

「そうだにゃ。もし嫁が駿河屋のダンボールに気づいたら来て欲しいと……」

「っていうか、奥方はスルガニャンが駿河屋で働いているってこと知ってます?」

「言ったけど、もしかしたら忘れてるかもしれないにゃ。なんで連絡の一本も入れてくれないのかもう不思議で不思議で……」

 まだ生きている、そう信じたい。

「駿河屋を経営するのはお金を稼ぐ以外に大きな理由があるんだにゃ」

「それが、スルガニャンの奥方探しに繋がるってわけですね。つまり、どこかにいる奥方にアピールしているわけだ。店が大きくなればなるほど、スルガニャンも有名になる。そうなったらきっと奥方の耳に入りますよ!」

「うんうん、おいらもそう信じているにゃ。いつか嫁が駿河屋でお買い物してくれることを。そのとき、彼女は気づくんだにゃ。『スルガニャン? あぁ、あの人ね』って……」

「俺、感動したよ、スルガニャン。お金を稼ぐだけでなく、自分の嫁を探していたのか……知らなかった」

「まあ、塔子と由宇以外には言ってないから知らないのも当たり前にゃ。で、次に聞きたい質問とかあるかにゃ?」

 外人のハンコでこれだけしゃべってしまった。何気なく聞いたことでこんなに話が広がってしまうとは。


「商品の状態についてお聞きしたいんですけど……」

「いいにゃ。言ってみるにゃ」

「前に中古で買ったPS2の本体。ディスクを読み込まなかったんですけど……?」

「ん、次にゃ」

「あ、すみません。え……?」

 まあいいか。たまにははずれもあるってことだな。でも状態に関してもうちょっと聞きたいことがあったな。

「たまにゲームなんかだったら、『ケース割れで百円値引きするけど、どう?』みたいなメールが送られてくることがありますよね。あれいい感じですよね。いきなり状態の悪いものが送られたら誰だって嫌ですもん」

「でも、いきなり送ることだってあるんだにゃ。すべては運次第。検品するスタッフ次第だということにゃ」

 厳しい。さすがスルガニャンだ。

 最近では中古商品だといっても、新品同様の状態を求める客がいる。でもそれっておかしいだろ?

 中古商品なんだぜ? 中古商品だから安く買うことができるんだ。また中古商品が売れるから、俺たちは自分の手元にあるものを買取に出すことができる。お金を得ることができるんだ。

 つまり、中古商品は買い手側も売り手側も両方が得をする。ウインウインの関係だ。それを最近の若者は……いや、若者だけじゃないかもしれないけど。

「俺はスルガニャンの考えに賛成です。きれいだったらラッキー、ボロかったら残念。その程度ですよね?」

「そうにゃ。例えボロくてもゲームは起動するし、本だって読めるんだにゃ。甘えるなにゃ」

「じゃあ次に……値引きのタイミングですが、そういうのってあるんですか? 俺、狙っていた同人誌があったんですけど、新入荷したときは二千六百円。約一週間ごとに二百円ずつ値引きされていったんですよ。――で、二千円まで下がったら、タイムセールにも引っかかって、結局まとめうりも併用して千四百円ぐらいでその同人誌を購入したんですが」

「よくしゃべる男だにゃー。どれだけ駿河屋のことが好きなんだにゃ、もう」

「そりゃあもう、好きとかってレベルじゃないです。駿河屋は俺の一部なんですよ」

「まったく意味がわからないにゃ。……質問の答えとしては、まあそのときの気分によるにゃ。新入荷して一か月たっても十円すら値下げしない商品もあるにゃ。でも、いきなりドーンと安くしたりすることもあるけどにゃ」

「だから面白いんですよね。駿河屋は」

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいにゃ。さ、他に聞きたいことはないかにゃ?」

「駿河屋の話だったら永遠にできますよ、俺は。在庫一商法ってのはホントなんですか? なんか在庫が一しかないのに、誰かが買ったあとでも一のままってやつなんですが……」

「いや、別にそんなことはしてないにゃ。反映するまでには時間がかかるにゃ。だからたぶんお客さんの早とちりだと思うんだにゃ」

「……ですよね。俺もそんな経験はないかなー。在庫切れになって一日、二日で復活するなんてことはよくあるんですけどね。じゃあ次。……そうそう、昔二円でマンガが買えたことがあったじゃないですか。俺、デスノートを一桁で買った記憶まだありますもん。あれはインパクト大だった。トレカなんて一円で売ってたりしてましたからね。この店、なんだよ? って思いましたよ。あのとき、俺はまだ駿河屋初心者だったからなー。あのときもっとお買い物を楽しんでおけばよかった。もう二円コミックとかしないですよね?」

「あれはお前が言ったようにインパクトを出したかった。もちろん赤字にゃ。でも、口コミで広がっていくだろうにゃ? だったら広告を出したり、テレビコマーシャルに出る必要もない。最終的には安く宣伝ができるってワケなんだにゃ」

「じゃあ2ちゃんに書いてたのも事実なんですか? ……一円のトレカを三百枚ぐらいまとめて買ったとかいう人がいたとか」

「うん。あれは正直クソたまらん。大体一枚のカードを探す手間ってけっこうあるもんだにゃ。遊戯王なんて全シリーズで何枚あると思ってるにゃ? 数十万枚というトレカの中からたった一枚探すのはかなり膨大な手間にゃ。管理にも手間がかかってるにゃ。それを三百枚? しかも一枚一円で? 一枚探すのに一分かかったとしても、三百枚で三百分。五時間にゃ。五時間かかって売上は三百円。明らかに人件費のほうが高くつくにゃ」

「そういうことは想定外だったんですね……」

「当たり前にゃ。最近の若者は遠慮ということを知らん。ま、そういうのもあって最低価格の引き上げはしなければならなかった。消費税増税がちょうどいいタイミングにあったにゃ。あれでどさぐさに紛れることができたにゃ」

「でもスルガニャン。送料無料の引き下げはいいサービスだよね。俺、ビックリしたもん。千八百円以上が千五百円以上になってるなんて。普通、あのタイミングだったら二千円か二千五百円以上だよ」

「またお前、タメ口になってるにゃ。……まー、でも商品の最低単価を引き上げたから、送料ぐらいはサービスせんと。しまいには誰も買ってくれなくなるにゃ。その代わり千円以上のお買い上げで送料無料のキャンペーンを千二百円にしたりするなど、うまいこと採算は取れてるにゃ」

 いい経営センスしてるよな、スルガニャン。

「さて、そろそろ地下を出るにゃ。お前とこうやって話している間にも一時間もたってしまったにゃ。喉も渇いてきたし」

「わかった。いろいろ教えてくれてありがとう、スルガニャン」

「……社長と呼べにゃん」


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