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第一章 脱フリーター


  1 入社試験


 俺の周りでフリーターをやっていた奴も次々と就職していった。気づけば俺一人だ。まだフリーターなんて……。

 バイト先のスーパーも俺以外のスタッフは全員学生だ。三十二歳のおっさんが高校生の中で仕事するのは正直辛い。上司(もちろん正社員)は俺より年齢が下。……なんだかなぁ。

 今さら就職するって気持ちにはなれない。小説家を目指して何度も文学賞に投稿してはいるが、未だ一度もかすったことすらない。俺って文才ないのかな。

 もうどうでもいいっていうか、生きていくことが辛い。楽しみと言えば駿河屋ぐらいだ。駿河屋のタイムセールで商品を漁っているときが、唯一俺が輝いているとき!

 駿河屋は静岡県にあるのか。せめて関西ならなー。大好きな駿河屋だったら俺も就職したいって気持ちになるんだけど。

 …………。

 ……駿河屋で就職か。それ、いいかもしれないな。

 というわけで、さっそくリクナビにエントリーした。総合職はしんどそうだな。採用の基準も厳しいだろう。俺みたいな三流大学卒じゃたぶん無理だ。

 プログラマーになれるスキルなんて持ってないっつーの。だったら消去法で一般職しかないじゃん。……ま、別にいいけどね。初任給は十五時間の残業を合わせて十七万五千円か。ちょっと少ないな。でも趣味の内容で仕事ができるんだ。贅沢言っている場合じゃない。

 七時から二十四時までのシフト制か。けっこう時間帯の幅があるんだな。夜勤がないだけまだマシか。

 なになに? 選考プロセスとして、まずは筆記試験。次に面接があるのか。……よぉし、俺の駿河屋知識を存分に発揮できるな。そんなの筆記試験に出ない? ……いや、出るかもしれねぇぞ。

 俺は趣味で『駿河屋が最高!』というブログを運営している。ハンドルネームは『サイコー君』。ブログを始めてもう一年近くになる。


 一か月がたった。今日は駿河屋の筆記試験だ。関西から静岡までちょっとした旅行気分だな。もし採用してもらったら向こうで住むことになる。

 俺は何年かぶりにスーツに腕を通した。そして朝一番で電車に乗った。

 ――さて、『駿河屋』に着いたわけだけど、建物がなんか倉庫みたいだな。敷地面積は広いのだが、ざっと見たところ二階までしかなさそうだ。

 なのに、あれほど膨大な商品を扱っているんだよな。……ワケわからん。辺りには車が十台ぐらい止まっている。そこから発進したり、さらに別の車が到着するなど、せわしなく動いていた。

 筆記試験を受けるのが本社だから、ここが地図の通りなんだけど……ええいっ! 行っちゃえ! ここまで来たんだ。絶対に受かってやる。

 エントランスに入ると、受付には誰も人がいない。立て看板だけがあった。そこにはこう書かれていた。


『筆記試験を受けられる方は二階の会議室まで』


 ……うん。二階へ上がれってわけね。

 左には階段とエレベーターがある。――正面を見るとすごい。ずっと奥まで道が続いている。外で建物を見るのとはまた別の感じがするな。こんなに広かったら空調のメンテナンスにもお金がかかっているだろうな。じゃあ二階二階っと……。

 ――二階は事務所と作業場を兼ねているのか、部屋を細かく区切ってあった。道に迷わないようにあちこちに張り紙があった。矢印に辿っていけばいいんだな。

 何度か角を曲がるうちに大きな部屋の前に着いた。三人用の長いテーブルが一定の間隔で置かれている。テーブルだけで五十卓はあるな。

 ふと、あることに気づく。……え、まだこれだけしか来ていないの?

 俺が早く会社に来すぎてしまったのだろうか。そう思って腕時計で確認するが、そうでもなかった。十分前。受験者は俺を含めて三人。……どういうこと?

 パッと見では二人とも新卒。三十過ぎてる男なんて俺だけかぁ……。こりゃ新卒じゃないってだけで落とされそうだ。

 とりあえず前のほうに行き、適当に腰をかけた。正面のホワイトボードには『座ってお待ち下さい』の文字があった。丁寧な字で書かれている。

 十分。俺は手を膝に置いて試験官が来るのをひたすら待っていた。少し離れた席にいる二人の受験者も同様だ。でもなんだ、こういう雰囲気なの? 就職の筆記試験って。俺、今までに一回しかそういうの受けたことないからよくわかんないんだけど。

 女の人が部屋に入ってきた。長い金髪で美人だ。背も高い。それになにより若い。まだ二十代に入って間もない感じだな。……ほぇー、駿河屋にこんな人もいるんだ。

 ビシッとスーツで決めていて、デキる女の雰囲気を醸し出している。

 その後ろに彼女よりやや背の低い男が部屋に入ってきた。女性と同様、金髪だった。まるで姉弟のように見える。

「――諸君、よく集まってくれた。わたしの名前は梨本塔子。アメリカ名ではサンドラ・リンクスだ。傍にいるのは梨本由宇、わたしの弟だ。もう一つの名はレオーネ・リンクス。それぞれ呼びやすい名前で呼んでくれ。……さて、我が駿河屋の就職試験を受けるのはあなた方三名だ。遠いところからよく来てくれたな」

 女性の声はよく通り、その美声に心と耳が癒されるようだ。

「……あの、たった三人だけなんですか?」

 一番手前の真ん中の席に座っている男が言った。

「そうだ。涼野守さん、佐久間修也さん、緑川有人さん……以上の三名で間違いないな?」

「「はい……」」

 美人なのに厳しそうな口調だな。でも声がきれいだからいいか。

「ではさっそく筆記試験を行う。制限時間は六十分だ。今から由宇が問題用紙を配る。もちろん手元に資料を並べるのはなしだ。用紙を受け取った者から始めてくれ」

 うへぇ、いきなりかよ。なんの説明もなかったな。こちとら勉強なんかろくにしていない。英語も数学も対策に一週間ぐらいしかかけていないが……まあ、無理なら無理でベストを尽くそう。

 用紙を配るのは由宇さんだが、この人もきれいな顔立ちをしているな。肌がきれいっていうか、女装したらたぶん女と変わんねぇぞ、たぶん。

 配られた問題用紙を見て、俺は自分の目を疑った。……なんだ、こりゃ?

 英語とか数学なんかじゃねー。これって全部駿河屋に関する問題じゃねーか。……ま、やってみるか。こういう問題だったらどんと来いだ。駿河屋のことなら身をもって経験している。駿河屋のファンブログまで運営しているぐらいだ。問題は全部で十問あった。


『問1、 駿河屋で販売価格より安く買う方法とは?』

 簡単じゃねーか。何度か駿河屋で買い物しているとわかってくるぜ。駿河屋独特の販売方法、それはタイムセールだ。それにまとめうり! 「売り」じゃなくて「うり」っていうのがミソな。

 これだけだと俺の駿河屋知識が全部活かされねぇな。解答欄にはまだ余裕がある。ついで書籍の割引率も書いておこう。ヘビーユーザーだから暗記してるぞ。

 十冊で五パーセント引き。二十冊で十パーセント引き。三十冊で二十パーセント引きだ。

 二十冊買ったらあと十冊買うほうがいいよな。比率は一定ではない。つまり、十冊で五パーセントずつ割引になるわけじゃない。五パーセント、十パーセント……次に二十パーセントだ。

 これはいわゆるひっかけ問題。十五パーセント引きって書いてる奴とかいるだろうな。……いや、熟練したスルガイヤー(駿河屋でお買い物を楽しむ人のこと)ならそんな初歩的なミスはしないか。なにせ受験生は駿河屋で働きたいと思ってる人たちだ。確認しなくても彼らが駿河屋のヘビーユーザーだと言える。

 中でも駿河屋の商品を転売して生活をする、プロスルガイヤーもいるらしいからな。世の中は広いぜ。

 まだ他に書ける空白があるな。そうだ、同人誌が対象になるときとならないときがあることも書いておこう。書籍のまとめうり以外では同人誌の最大の割引率は十パーセント。もし同人誌が対象に含まれたらかなりお買い得だ。多少無理してでも三十冊まとめて買ったほうがいい。いや、買うべきだ!

 ……チッ、もう書くスペースもないか。駿河屋のことだったら俺は答案用紙に何枚だって書けるぞ。しかし、問1でこんなに時間を使ってはダメだ。時間には限りがあるからな。次の問題に進もう。


『問2、 駿河屋の扱う目玉商品とは?』

 これも基本だろ? 同人誌や雑貨って書きたくもなる。だがな、違う。

 駿河屋と言えば福袋。福袋と言えば駿河屋だ。日本で初めて福袋を売った店は? って聞かれても俺は駿河屋って書くぜ。例え、間違っていたとしてもな。それぐらい駿河屋と福袋の関係は深く繋がっている。あのワクワク感とガッカリ感。人生にいい刺激を与えてくれることこの上なしだ。

 スルガイヤーの楽しみの半分はタイムセール。もう半分が福袋だ。

 稀にある福袋のタイムセールは鼻血が出るほど興奮するぜ。バイトだって休むさ。そんなの当たり前だろ? ……っといけねぇ、また妄想の時間に入っちまった。問題は十問。制限時間は一時間だ。だとすると一問にかけられる時間はたったの六分しかねぇじゃねぇか。

 ……くーっ、もっと駿河屋について語りてぇ! 次にいくか。


『問3、 遅延についてどう思うか?』

 おほっ! キタッッ!! 駿河屋と言えば遅延だよ。しかし、問題は「どう思うか?」だろ。普通に「発送が送れること」……なんて書くのはナンセンスすぎる。どう思うかだから個人的な感想でいい。

 ……ははーん、わかってきたぞ。この問題で駿河屋の新参か古参かを見分けるってことだな。甘いな、俺はそんな手には引っかからない。

 素人は遅延を非常に恐れる。いや、遅延を憎んでさえいる! アマゾンの発送に慣れすぎてんだ。あれと同じように考えちゃいけねぇ。

 駿河屋の遅延には理由があるんだ。もし、注文した翌日に頼んだ商品が届くとよう。それが例え二十四時間後に到着したらワクワクできる期間ってのがたった一日しかねぇ。

 俺たちがガキだった頃、クリスマスプレゼントを楽しみに待っていたよな?

 十二月に入る前からだ。普段、親からプレゼントなんて誕生日ぐらいしかねぇ。でも、もう一つあるとすればクリスマスだ。この日は親に高いものをねだっても許される日。

 二万や三万するゲーム本体もこの日なら買ってくれる。……そう、俺たちはそうして生きてきたはずだ。あのワクワク感は一週間や二週間どころではなかった。月単位だった。

 それを今は注文した翌日に届かないと、遅いだの、詐欺だの、客がクレームを入れる。

 駿河屋はな、ワクワクする期間を与えてくれてるんだ! お前らの純粋な心はどこに消えた? あ?

 ――おっと、やべぇ。また妄想時間に入ってた。次の問題に進まないと。えぇっと、答えはワクワク感の延長のため……これでいいか。


『問4、 ゆうメールをゆうパックにする方法は?』

 あっ、キタな。これ、俺の研究テーマ。卒業論文ってわけじゃないけど、もしノーベル駿河賞ってもんがあるんなら、俺はこの研究で賞をゲットしている。事細かく書く自信がある。だが何度も言うように時間が限られている。ここは簡潔に答えだけ書いておくか。

 ズバリ、一緒にうまい棒を五本買うことだ。これをすることによって例え、同人誌一冊だけでもゆうパックで発送してもらえる。かかるお金はたったの四十五円。ちなみに一番のオススメを書いておこう。牛タン塩味だ。


『問5、 うまい棒一本の価格は?』

 おっと、うまい棒のことを書いていたら今度はうまい棒自身が問題になったぞ。

 ……一本の価格? なるほど、ここで十円と答えるのは素人。駿河屋初心者、丸出しってことか。甘い甘い、駿河屋では一本九円で買うことができる。しかもだ! 税込み価格なんだよ。条件次第で送料が無料になるしな。もしかしたら日本で一番うまい棒をお得に買えるショップかもしれん。……よし、今度はそれを研究テーマにするか。駿河屋は奥が深いからな。どれだけ研究時間があっても足りやしない。次の問題に進む。


『問6、 うまい棒三十本セットで二百七十円。では、タイムセールの価格は?』

 基本すぎるだろ。そんなの二百四十円に決まってる。超安い!


『問7、 シークレットセールとはなんのことか?』

 あ、キタ。これキタわ。シークレットでもなんでもない。シークレットなのは初見だけだ。スルガイヤーならこれが福袋のタイムセールだと知っている。基本すぎるわ! ヌルいッ!!


『問8、 本店サイトと楽天の店舗ではどちらのほうが安いか?』

 簡単すぎる……。こんな簡単な問題が入社試験だと? こんな二択、ただのサービス問題じゃないか。ここで楽天と答える奴はスルガイヤーじゃねぇ。顔を洗って出直してきな。


『問9、 駿河屋でいうジャンクとは?』

 なかなか深い問題だな。簡単な問題が続いたからここで知識をちょっとアピールしておくか。一般的にジャンクというと、壊れていても文句言えませんよって状態のことを指す。 だが、駿河屋のジャンクは少し違う。

 ゲームの福袋のジャンクはケース割れや、ディスクのみ、なんてことがけっこうある。まあ、起動さえできないってのは本当に稀だ。ほとんどが傷や付属品の不足といっていいだろう。

 福袋はこのジャンク記載がけっこう大きい。しかし、CDの場合だとまったくの無傷……それどころかシュリンク付きの商品だって入っている。

 ま、確かにひどいのもあるさ。レンタル落ちとか、ディスクのみとかね。でもそんなの一割も含まれていない。

 DVDのジャンクには注意が必要だ。あれはやばい。バーコード部分が切られていたり、マジックペンで塗り潰されているのだってある。レンタル落ちじゃなくて、レンタル商品をそのものを送ってきたこともあったからな。さすがにこのときは俺も引いたぜ。近くのリサイクルショップ屋に持っていったが買取拒否されちまった。仕方なく捨てたけど、駿河屋に売るってのもありだったんだな。

 あのときは俺の駿河屋レベルが低かったがために、損なことをしちまったぜ……。

 答えは「ジャンクも含まれる、という意味である」が正解だ。さ、次の問題に行くか。


『問10、ズバリ、駿河屋とは?』

 最終問題。……そうきたか。つまりフリーエリア。なにを書いてもいいってことだな。

 書けるネタはたくさんある。だがしかし、ここはあえてシンプルにいこう。つらつらと文章を書き並べるだけでは説得力がない。状況によってはたった一言書くだけのほうがインパクトがある。今がまさにそんなときだ。

 そして俺は大きな文字で「神」と書いた。


 駿河屋は俺にとって神だ。どれだけこのショップに救われたかわからない。俺の忠誠心は相当なもんだぜ。

「――では、終了。問題用紙を集めます」

 できるだけのことはした。これで筆記試験は終わりだ。一時間の休憩が入って次は面接だな。

 俺はここに途中、コンビニで買ったおにぎりを頬張った。特にすることもないので、ケータイでメールを確認する。――すると、駿河屋から入荷通知が届いてるじゃねぇか! これ、前から欲しかった本だ。値段は八百円? 買う! 買うよ!

 今日は千二百円以上のお買い物で送料が無料だ。だったらここはうまい棒の三十本セットだな。これを二つ買おう。

 お菓子のタイムセールを待つのもいいが、新入荷された商品はすぐに売れる可能性があるからな。ちなみにアマゾンで千五百円もするやつ。ケチケチ言っていられない。

 本一冊とうまい棒六十本で千三百四十円になった。余裕で送料無料だ♪

 駿河屋の本社で、駿河屋サイトを開いて買い物するのもちょっとオツだな。

 ――一時間がたった。いよいよ面接だな。梨本塔子さんと由宇さんが部屋に入ってきた。


「では、今から面接を行う。場所はここだ。諸君はその席に座ったままでいい。形式ばった面接なんていらない。わたしたちは諸君の本心を知りたいのだ。リラックスして、ありのままの言葉で伝えて欲しい。それでは社長を呼ぶとしょう。……スルガニャン、出てきて」

 おい、ちょっと待て! ……待ってくれよ。今、塔子さんはなんて言った?

 俺の耳がイカれていないなら、彼女はスルガニャンと言ったはずだ。

「スルガニャンって言いました??」

 俺は思わず立ってしまった。……だって、スルガニャンって俺たちスルガイヤーの中では憧れの猫。超ラブリーなスルガニャンなんだもん。それをまるで今から出てくるかのようにあの人は言った。……ハ、ハ。あり得ない。スルガニャンが「お待たせにゃーん」とか言って出てくるはずない!!

「――お待たせにゃーん」

 部屋に入ってきたのは一匹の白い猫。黒いサングラスをかけて二足歩行だ。すげぇ堂々としてる。

 中に人間が入ってる? いや、普通の猫サイズだ。赤ん坊だって入れるサイズじゃない。っていうか、普通にしゃべったぞ。もしかして本当にスルガニャン? スルガニャンなの?

「スルガニャンっ??」

 ……白い猫は答えた。

「そうだにゃ。おいらがスルガニャンだにゃ」

 スルガ……あぁ、実在したんだ。スルガニャン。

 いや、待て! 冷静になって考えろ。確かにこの猫はしゃべる。二足歩行で歩いちゃったりなんかもする。でも、彼がスルガニャンだという証拠はどこにもないじゃないか。

 もしかしたらただのしゃべる猫かもしれない。そうだ、証拠がない!

「スルガニャン……いや、あなたは本当にスルガニャンなのですか?」

「そうだにゃ。さっきからそう言ってるにゃ」

「だったらスルガニャンだという証拠を見せて下さいよ。もし、あなたが俺たちの愛するスルガニャンのフリをしているだけなんてことがバレたら、俺は名誉毀損で訴えます」

「受験者に一人バカがいるにゃ。……まあ、いいにゃ。こいつを見るにゃ」

 スルガニャンは地べたに座り始めた。そして片脚を上げ、脚を組む。……あっ!

「その、みっ、みっ……右の尻にある傷は?」

「この傷を見て、まだおいらが本当のスルガニャンってわからないのかにゃ?」

 本物だ……彼はスルガニャンだ。俺はてっきり架空のキャラクターだと思い込んでいた。でも、スルガニャンは確かにいたんだ。しかも駿河屋の社長をしているなんて。

「スルガニャーンッ!!」

 俺はスルガニャンに思いきり抱きつこうとした。スルガニャンは慌ててその場を逃げ出そうとするが、取っていた姿勢が不安定だったため、素早い動きができない。このままだとあと〇・五秒後には俺の両手の中にスルガニャンが。あのラブリースルガニャンが!

 犯罪者と言われてもいい。猫にセクハラしたと世間から罵られてもいい。それだけスルガニャンには魅力があった。しかし……。

「――無礼者っ! なにをするッ!!」

 ドガッ!! ……塔子さんの手刀。俺はそれをもろに首にくらってしまう。スルガニャンまであと数センチというところで、俺は倒れてしまった。

「変態かっ!」

 う、変態です……でも、スルガニャンにはそれだけの魅力が……お願い、不採用にしないで。

「あなたが好きすぎて……スルガニャンぬいぐるみを、俺は作りました。猫のぬいぐるみにサングラスをつけて……それで満足していました。でも、本当にスルガニャンがいることを知って俺は自分の感情を抑えられなかった。ごめんなさい、スルガニャン……俺を嫌いにならないで」

 素直に謝った。するとスルガニャンからこんなお言葉をもらった。

「ま、まあいいにゃ。今回だけは見逃してやるにゃ。でも、またおいらに抱きつこうとしたら今度は警察に叩き出すにゃ。それでいいかにゃ?」

「はいっ!! ……あぁー、ホントにしゃべってる。ラブリー、スルガニャン……」

 もうなんか面接どころじゃない。スルガニャンの魅力にやられてもうすっかり骨抜き状態だ。こんな俺を部屋の中にいる者すべてが変な目で見ている。

 お前ら、スルガニャンだぞ? なぜ感動しない? 塔子さんたちは普段から知っているとしても、佐久間と緑川だっけ? お前らは初見のはずだ。スルガイヤーだったら感動するだろ?

「――ん、んんっ! ……では、気を取り直して今から面接を行う。まずは佐久間さんだ。スルガニャンの質問に答えるように」

「あっ、あぁ……」

 佐久間。俺の右隣りのテーブルに座っている男だ。まずはこいつからか……。どれだけの駿河屋愛を持っているか見ててやる。

「まずは……そうだにゃ、君はウチの扱う商品でなにを一番にオススメするかにゃ?」

 いろいろあるぜ。雑貨箱にCD箱だろ。それにぬいぐるみ箱もお買い得だ。あぁー、ありすぎて一つには決められねぇよ。スルガニャン直々の質問だ。俺が答えるときはかっこよく答えたい。

「そうですね……ゲームです。ゲームソフト。安いですよね」

 ……おい。待てよ。なに言ってんだこいつ? ゲームソフトだって?

 そんなのなんの答えにもなってねぇよ。せめてレトロゲーって言えよ。ゲームってくくりが広すぎて全然具体的じゃねぇ。

「――では、質問を変えようにゃ。君は入荷待ちリストを利用しているかにゃ?」

 普通するだろ? 俺なんてとりあえず欲しいもんは入荷待ちリストに入れるからもう六十ページ近くあって、なにがなんだかわかんなくなっちまってるぞ。スルガイヤーならまず間違いなく使っている機能。だが、佐久間はこう言った。

「え……? なんですか、それって?」

 ウソだろ? こいつ、まったくの初心者だ。もしかしたら駿河屋で一度も買い物をしていないかもしれない。

 そもそもスルガニャンが出てきた時点で驚かないことが不自然。スルガニャンさえも知らない?

 俺は苛立ってきた。なんでこんな素人が駿河屋の入社試験を受けようとしたんだ?

 同時に俺がこの中で勝ち抜く自信も出てきた。佐久間には確実に勝てるな。問題は緑川だ。どれだけ駿河屋のことを知っている……。

「もういいにゃ! 佐久間、お前は駿河屋で物を買ったことがあるかにゃ?」

 スルガニャンは怒り気味だった。……それもそうだろう。一度も自分のショップを利用したことがない奴に会社のなにがわかる? スルガニャンの怒りはもっともだ。

「な、ないです……」

「一度もないのに、よく入社しようと思ったにゃ。甘いにゃ! お前は不採用だにゃ!」

 その場で不採用? 厳しい。さすがスルガニャンだ。

 佐久間はそのまま荷物をまとめて帰ってしまった。

「……まったく、筆記試験の内容から見て、あいつはあやしかったにゃ。なんにゃ、この問4の答えは? 『ゆうメールをゆうパックにする方法は?』って質問してるのに、『過不足分の送料を払う』って。なめんにゃ! そんなサービス一度もしたことないにゃ!」

「そうですよ。駿河屋の愛が足りませんよね?」

 どさぐさに紛れてスルガニャンに言った。

「なんにゃ、お前……? あぁ、変態かにゃ」

 スルガニャンとお話ししている。しかも罵られている。さ、最高だ……!

「ちなみにお前の回答はまるで模範解答のようだったにゃ。ま、最後に面接するからちょっと待っとけにゃ」

「はいっ!」

 力いっぱい返事した。俺が最後だったら次の面接は緑川か。一番右の席の男だな。

「――緑川、駿河屋の代引きについてなんでもいいから言ってみるにゃ」

「代引き? ……そうですね。三千円以上お買い上げで手数料が無料になるときがあったり、半額になったり……まあ、まちまちですね。わたしはクレジット払いなので利用したことはありませんが」

 むっ、やるな緑川! そこまで知っているのはかなりの通だ。……手強い。もしかしてこいつが一番のライバル?

「送料無料についてはどう思うにゃ?」

「えぇ、それもよく存じ上げていますよ。基本は千八百円以上のお買い上げで無料。さらにランダムで千円以上お買い上げで送料が無料になるキャンペーンも行っている。でしょ?」

 緑川はドヤ顔で答えたがそれは間違いだった。

 消費税が五パーセントから八パーセントに上がったとき、駿河屋は千五百円以上のお買い物で送料が無料になったんだ。また、千円以上お買い上げで送料が無料ってキャンペーンはもうやっていない。千二百円以上になったんだ。

 送料無料の最低購入額が低くなった代償に、ほぼ全商品が値上げした。

 つまり、この緑川って奴は値上げしてからまだ一度も駿河屋で買い物をしたことがない。だから情報が古いままなんだ。

「……コミックのタイムセールの最低単価はいくらかわかるかにゃ?」

「もちろんです。十円……ですよね?」

 決定的だ。今の最低購入単価は三十円! 十円なんて夢のようなセールはもうない。

 ボロを出しちまった。スルガニャンの逆鱗に触れるぞ。

「最後に……お前は最近駿河屋で買い物をしたかにゃ?」

「えっ? ……まあ、そう、たまには……ね」

「不採用ッ!!」


 緑川も面接に不合格かよ。だらしねぇ。そんな生半可な気持ちで駿河屋の入社試験に挑むなっての。ここまで勉強不足とは笑っちまうぜ。へへっ、これまでの質問、俺だったら楽勝だ。

「では、最後の変態に面接をしようかにゃ……」

「涼野です。涼野守!」

「わかったにゃ。じゃあ、涼野。お前が駿河屋に入社したら、我が会社にどんなメリットがあるにゃ?」

 これは普通の会社の面接でもよく聞かれる質問だな。ここで御社の利益がうんぬん、と言うのは駿河屋らしくない。駿河屋はチャレンジし続ける会社。発想が柔軟で若い。誰も思いつかないことを駿河屋は見事やってのけている。

「わたしが駿河屋に入社したら……まず、あなたのぬいぐるみを作ります!」

「にゃにゃにゃっ! にゃんとっ??」

 スルガニャン、ビビってる。その顔もキュートだ。

「スルガイヤーの憧れ、それはスルガニャン。あなたです」

「な、なにを言ってるかにゃ?」

「あなたのぬいぐるみを作ればすべてのスルガイヤーは買います。プレイ用に一つ。観賞用に一個。保存用に一個……合計三個は買いますよ。間違いなくね。それもどんなに高くても買う! 俺なら十個は買います!」

「プ、プレイ用とはなんにゃ……? 言うんだにゃっ!」

「もちろん、頭を撫でたり、お腹を撫でたり……ぐふっ、キスなんか、したり……」

「言うなっ!! それ以上は言うなにゃっ!!」

 スルガニャン、怒っているな。いや、ビビっている? これだけではただの変態か。もっと実用的な話もしたほうがいい。

「タイムセール……ありますよね。あれ、なぜ夜もしないんですか?」

「なにを言っている。夜にお買い物なんかする人間なんているもんかにゃ。皆、寝てるにゃ。そんな時間帯にタイムセールして誰が買うかにゃ」

「いえ、買います! わたしは毎日駿河屋のサイトを二十回は見ます。寝ていても途中で目が覚めるんですよ、駿河屋が気になって。いつ珍しいものが新入荷するかわかりませんからね。駿河屋のお買い物は基本、早い者勝ちだ。だったら常にサイトを見ておくべきですよ。家にいるときは、わたし、ずっと駿河屋のサイトを開いてますよ。飯を食うときもです。風呂やトイレに入るときだって、駿河屋のサイトを見ている」

「こ、こいつ……根っからの変態?」

「それほど! 駿河屋には魅力があるというのです。……駿河屋は福袋屋と言っても過言ではありません。だったら福袋をもっと強化してはいかがでしょうか? 現在、二百以上の福袋を購入できますが、さらにバリエーションを増やしましょう。そうですね、同じ福袋でもはずれ袋と当たり袋を作って、よりギャンブル性を高めてはいかがでしょうか? そもそも福袋を買うことなんてギャンブルのようなもんです。もしかしたらいいものが入っているかもしれないという欲求で人は福袋を買うんですね。だったら、よりもっとハイリスク、ハイリターンで――」

「もういいにゃっ! ……もういいにゃ。お前は合格だにゃ。そんなに熱く語られるとは思わんかったにゃ。おかげで部屋はムンムンとして暑い。お前のせいにゃ」

「ありがとございますっ!! スルガニャンっ!!」

 ――というわけで俺一人だけ面接に合格した。他の受験生ともう会うことはないだろう。


 俺はこれで駿河屋の正社員になれると思った。スルガニャンと駿河屋の仕事だ。これ以上の仕事はない。そう思った。

「じゃあ、最後に……」

 スルガニャンが言葉を遮って、俺は言った。

「最後に? まだあるんですか?」

「そうにゃ。筆記、面接、お前はそれにすべて打ち勝ったにゃ。見事と言うべきにゃ。……でも、実技試験があることを忘れてはいけないにゃ」

「実技……試験ですか?」

「そうだにゃ。明日の夜にちょっとしたセールをするにゃ。お前はそこで、これぞと思うものを買うんだにゃ」

「わかりました。……予算は?」

「それはお前に任せるにゃ。ま、駿河屋はリーズナブルな値段で買えるお店で押しているから、せいぜい二万円ぐらいまでにしておくといいにゃ。なにを買ったかはこちらが管理している個人情報から確認するにゃ。そのとき、合否についてもメールするにゃ」

「面白いですね、それ……さすが駿河屋。いや……スルガニャン。あなたでしょ? 斬新な企画を次々に考えるのは。実技試験の内容を聞いて直感しましたよ」

「うむ、その通り。では、また会えることを楽しみにしているにゃ。お前には期待してるにゃ。おいらにお前の力を見せるんだにゃ」

「はいっ、よろしくお願いします!!」

 スルガニャンが部屋を出る。俺もここを出ることにした。

 駿河屋の建物に後ろ髪を引かれそうになりながら、俺は関西に帰る。でも、また戻ってくるからな!


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