コンビニスイーツは恋の味
トムトム様、春隣豆吉様 主催『コンビニスイーツでI Love You』企画参加作品となっております。
お店のドアが開き、1人の男性客が店内に入ってきた。
あ、あの人だ……
「いらっしゃいませ!」
毎日、夜の9時過ぎにやってくる彼。
サラリーマンなのだろう。いつもスーツを着ていて、その姿が格好良い。
彼はお弁当を選ぶと、お酒のコーナーへ行きビールや発泡酒を数本買うのが日課だった。
そして私がいるレジにやってくる。
「お願いします」
「いらっしゃいませ…」
私は軽く会釈をすると、カゴの中の商品を1つづつ取りだしレジを通していく。
「1,458円になります」
すると彼はお札と小銭をテーブルに置いた。
「1,500円お預かり致します……42円のお返しですね。ありがとうございました」
レシートとお釣を手渡す。
彼は無言で受け取るとポケットに入れて、買った商品の入ったレジ袋を持ちお店を出て行った。
その後姿を見送ると、私は小さな溜め息を零した。
何時からなのか……何故なのか…分からないけど、私は彼がどうやら好きらしい。
自覚したのは彼が数日姿を見せなかった時だ。
最初は『今日は来なかったな』くらいにしか思わなかった。それが2、3日経つにつれ、不安になってしまって、お店のドアが開く度に目を向けていた。
1週間程経った頃、彼が再び姿を現した。
「いらっしゃいませっ!」
その姿をみた瞬間、嬉しくてつい挨拶に力が入ってしまって赤面したのを覚えている。
だけど彼にはそんな事は分かるはずも無くて……いつもどおり、お弁当とお酒を持ってレジにやって来た。
「いらっしゃいませ……お弁当は温めますか?」
「あぁ……お願いします」
お決まりの会話をしながら会計を済ませていく。
会話らしい会話は無いけれど、久しぶりの彼の姿に思わず笑みが零れた。
「ありがとうございました」
レジ袋を手渡しながらそう言うと、彼は受け取りながら小さく頷きそのままお店を出て行った。
それからは毎日、彼が来る時間が近づくとそわそわと落ち着かない私がいた。
夜の10時になって今日の勤務が終了すると、ユニホームを脱ぎタイムカードを押してお店を出た。
「今日も彼に会えた……」
そう呟くと笑みを浮かべながら、私は自分の住むアパートへと帰った。
大学に通いながらのバイトは結構大変だけど、彼との接点が無くなるのが嫌で何とか頑張って勤務していた。
別に付き合おうとかは思ってない……ただ姿を見ているだけで幸せな気持ちになる。
勿論彼が私の存在を知ってる訳ないし、好きなんて言われても迷惑だろう。
だから今のまま、密かに見つめているだけでいい……そう思っていたのに。
ある日いつも通りにやって来た彼は、お弁当とお酒といったいつもの買い物に意外なものをレジに持って来た。
それは『君想いマカロン』だった。今、女の子に人気のあるコンビニスイーツで、人気アイドルが「君に会いたい……だから君を想う」と言って、マカロンを大切に持っているCMが話題になっていた。
え? 彼って甘党なの? それとも……誰かにあげる為?
そうだ、明日はホワイトデーだ。もしかしたら彼女にあげるのかもしれない。
そんな結論に行きつきショックを受けたけど、それを顔に出す訳にはいかないから、私は必死に表情を変えない様にしてレジを打っていった。
「ありがとうございました……」
いつもの挨拶も心なしか元気が無くなってしまった気がした。だけど今の私にはそれが精一杯で、勤務が終わる時間まで何とか頑張って仕事を熟していった。
「それじゃ……お先に失礼します」
「お疲れ様」
交代のバイトの人と挨拶を交わしてお店を出た。
「はぁ……」
無意識にため息が零れた。
そうだよね、彼は大人の男の人なんだから恋人がいてもおかしくない。どうしてそんな事にも気づかなかったんだろう。
「もう、辞めようかな」
「え? 辞めるの」
小さく呟いた言葉に、返す声がして慌てて振り向く。
「……何で?」
そこには彼が立っていて、私の方を見ていた。
「辞めるの?」
「は?」
驚いている私に彼がそう訊ねてきた。
「今……『辞めようかな?』って…」
「あぁ、はい。就活もしなくちゃいけないですし……大学のレポートなんかも結構大変なんで……」
「……そうなんだ」
何で彼がここにいるの? って言うか、彼が私に話しかけている事が信じられない。
暫くの沈黙の後、彼が小さな声で私に話しかけてきた。
「少しだけ……時間をくれないかな?」
「え?」
吃驚して思わず彼を見ると、苦笑いを浮かべていた。
「ごめん、いきなりで迷惑だとは分かってる。それにこんなおじさんに話し掛けられて迷惑なのも……」
「…っ、そんな事ないですっ! 全然っ、おじさんなんかじゃありませんっ!」
力強く言い返した私に、今度は彼が驚いた表情を浮かべ……その後に優しい笑みを私に向けてくれた。
その笑顔が素敵で、つい見惚れてしまった。
「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ。あの……これ、受け取ってほしくて」
そう言って彼が差し出したのは---『君想いマカロン』
「は? あの……」
手渡されたその袋に戸惑いながら、彼を見上げると自信無さげに微笑んでいた。
「いきなりこんなもの渡されて迷惑なのは分かってる……だけど、どうしても君に貰ってほしくて……」
『君想いマカロン』の袋を見つめながら、胸が高鳴るのが分かる。期待しちゃいけないのは分かってる……だけど。
「ど…どうして、わ…私に?」
上目使いに彼を見つめる。
「何故か分からないけど……君が気になるんだ。いつもコンビニに行く度に君の姿を見つけると、嬉しくなる……笑いかけられると、いい年しながらドキドキしてるんだ……ごめん、気持ち悪いよな? こんなおっさんに告られても……って、えっ?」
私は彼の言葉を聞くと、そのまま彼の身体に抱き付いた。
「あ、あの? 君っ」
「私もっ……貴方の事、気になってたんです。毎日9時に来てくれるのを楽しみにしてました」
「それ……本当?」
恐る恐る訊ねる彼に頷く。
「はい、だから今日『君想いマカロン』を買っているのを見て、彼女にあげるんだと思ったから……もう辞めようかなって」
「俺の所為だったんだ……あの、もし……君さえ良ければ、その……俺と付き合ってくれないか……な?」
「え?」
驚きのあまり彼を見ると、顔を赤くしていて……その表情が可愛くて、私は思わず頷いていた。
「はい、私でよければ……」
私の返事に安堵の表情を浮かべた彼はニッコリと微笑んでくれた。
「良かったぁ……俺、断れるのを覚悟してたから……あ、俺は岬智司って言うんだ。君は?」
「私は和田優奈です」
「じゃ……優奈ちゃん、これからよろしくお願いします」
そう言って私に頭を下げた。
「あっ、私こそよろしくお願いします」
つられて頭を下げる。
「優奈ちゃん、あの……やっぱりお店辞めるの?」
「あ……それは…」
どうしよう? 彼と付き合うなら辞める必要もないけど……
「出来れば辞めてほしくないな……」
考え込んでしまった私に、智司さんがそう言った。
「え?」
「俺が家まで送るから、その仕事続けてほしいかな? 勿論…就活とかレポートは大変だって知ってるけど。俺が手伝えるものがあるなら手伝うし……」
「智司さん……あの、もしかしたら勤務日は減ってしまうかもしれないですけど、頑張ってみます」
私の返事に彼が嬉しそうに笑ってくれて、その表情に私も笑みが浮かんだ。
「お待たせしました!」
「そんなに待ってないよ」
10時までの勤務を終え、お店の外に出ると彼が待っていてくれた。
あれから---私の勤務日には智司さんは10時前にお店にやって来る。そしてお弁当とお酒といういつもの商品を購入すると、10時まで私を外で待ってくれている。
「じゃ、帰ろうか?」
「はい」
私達はどちらからともなく、手を繋ぐとそっと指を絡めながら家への道を歩いていく。
「優奈」
「はい、何ですか? 智司さん」
呼ばれて彼の方を向くと、にっこりと微笑む彼と視線が合う。
「これ……優奈に」
差し出されたのは『君想いマカロン』。
「ありがとう、智司さん。食べてもいい?」
繋いでいた手を解き、彼からマカロンを受け取ると包みを開ける。
あの日結局、2人で一緒に食べた。美味そうに食べていた私を見て、彼は私にマカロンを買ってくれる。今日のマカロンはピンクだから---ラズベリー。
「……美味しいっ!」
口の中に入れると、ラズベリーの甘酸っぱい味が広がった。
「美味しい?」
「うんっ! ラズベリーの味が……っ」
気づけば私の唇は彼の唇に塞がれていて、話を続ける事が出来なかった。
「……本当だ、美味しいね」
唇を離して彼はそっと呟いた。
「……他の…マカロンも美味しいよ?」
恥ずかしくて俯きながら呟いた。
「ふぅーん、それなら毎回、違う色のマカロンを買ってあげる」
「……っ」
智司さんはそう言って、ニッコリと微笑んだ。
「そしたら……優奈、また味見をさせてね?」
耳元で囁かれて、私が小さく『はい』と答えると智司さんは嬉しそうに私を抱き締めてくれた。
私達の恋の味は『君想いマカロン』の味だと思った。
久しぶりの『なろう様』での投稿となりました。最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。