ホワイトデー
その日、高校2年の井野嶽幌は、考えていた。
料理部の部室で、目の前にはチョコレート。
それも、ホワイトチョコレートだ。
手作りは、毎年のことだったが、今年は特別だった。
なにせ、バレンタインデーに、少し気になっている女子である陽遇琴子がチョコをくれたからだ。
「どーすっかなぁ」
原案になる図を描きながら、ああでもない、こうでもないと悩んでいるようだ。
「先輩?」
そこへ、後輩の一人の桜川香内がやってきた。
「ああ、今年のホワイトデー用の原案ちょっと考えててな」
「楽しみにしていますよ」
笑いかけながら、桜川が幌へ言った。
「そっか、なら、こうしたら……」
その表情を見たら、幌は、何かひらめいたらしい。
一気に絵を描き上げて、決めたようだ。
ホワイトデー当日、料理部は男たちが群がっていた。
「なんだかデジャブだな」
幌がてんてこ舞いのを見ているのは、幌の同級生の陽遇山門と永嶋雅だ。
「見てるだけのお前らも、なんか手伝ったらどうなんだ」
「いいじゃんか、前と一緒さ」
半分近くのオーブンを使い、いっきにチョコチップクッキーを焼き上げていく。
その失敗作を食べるのが、山門と雅の役目だ。
「それで、姉ちゃんへ何送るか決めたのか」
山門の姉は、琴子だ。
双子だから、同級生でもある。
「ああ、ばっちりな」
それは、今焼いているのとは別にある。
すでに家で作ったもので、ラッピングも完ぺきに済ましている。
居た男たちがいなくなると、やっと料理部の部活が本格的に始まった。
「ああ、そうだ。みんなにこれ」
山門も雅も、その場にいたから、ついでということで、チョコをもらっていた。
「ついでだから、ホワイトデーに掛けて、ホワイトチョコにしてみたんだ」
幌が、それぞれに小さな袋を渡していく。
百均で売っていそうな小さな袋に、赤い金属でできたモールで口を縛っている、至ってシンプルなものだ。
「で、これが琴子へ」
カバンから取り出したのは、金縁の赤いリボンでくくられた袋だった。
中身も、他の人たちのとは、なにか違う気がする。
「これ、なんやの」
「すこし、工夫をしてみたんだ。クッキーに、ホワイトチョコでコーティングして、上から粉砂糖をまぶしてみたんだ」
他の派、粉砂糖はかかっていない。
クッキーも、市販品ではなくて、手作りだ。
「ありがとう」
琴子が、誰にも見せたことがないような笑顔で、幌に言った。