*潜入
ベリルは思案した。「そうです」という返事もどうかと思うし「違います」と言うのもな……
しばらく携帯を眺めて[それと何か関係が?]と、返した。
我ながら微妙な返しをしたものだ。思いながら、面倒なので銃の始末をしようと建物に向かって歩き出す。
「……」
建物を遠巻きに眺めると、入り口から左側の窓には薄いカーテンがかけられていて灯りは消えていた。
周りの気配を探りながら建物に近づき、静かにドアノブに手をかけた。当然、鍵は閉まっている。
数秒ほど思案して、ベルトのバックルから細い針を数本、取り出し鍵穴に静かに沈めていく──微かな音が鍵が開いた事を示した。
ゆっくり開いて隙間から中を窺う。
誰もいない事を確認し、音を立てずに踏み入った。3階建ての建物の1階には部屋が3つほど。
音を立てずに1階を調べ、階段を上り2階へ……2階には会議室のようなものがひと部屋だけらしい。
ゆっくりとドアを開いて中に入り、部屋の中央まで来た処で電灯が灯され四方に男が数人ずつベリルを囲んでいた。
ああ、やはり……と口の端をつり上げる。暗闇の中、彼は敵対的な気配を感じていたのだ。同時に、気配たちの強さも確認済みだ。
先ほどの青年たちと違い今回の男たちは、何かスポーツをしていた事が窺える体格である。小柄なベリルを睨み付け、捕える体勢をとっていた。
「クク……面白い」
少しも怯える様子もなく薄笑いを浮かべ、険しい表情でジリジリと迫り来る男たちを見つめた。
長机とパイプイスを乱暴に押しのけながら、男たちは大きな音を立ててベリルに掴みかかる。
「おっと」
ベリルはそれを難なく交わし、1人の腕を掴むとグイと引き寄せその首を掴んだ。抵抗しようとした男の首にクイと力を込める。
途端に、男はカクンと白目を剥いて床に倒れ込んだ。それに驚きつつも、男たちはベリルのに掴みかかる。
「……っと」
危ないなぁという顔をしているが、さして危機感の無い声をあげて、殴りかかってきた男を一瞥した。
そのまま背後に回り込み、首を掴んで気絶させる。
簡単に背後を取らせるとはね……呆れながらも次々と男たちを落としていく。7人ほどいたようだが、10分もかからずに全員を落とした。
さすがに最後の2人ほどは向かってくる事に戸惑っていたが、どうとでもなれと投げやりに向かってきてしれっと落としてあげた。
「さて、銃はどこかな」
足下の意識の無い男たちから視線を外し「ひと仕事終えた」という感じで小さく溜息を吐き出すと、部屋を物色し始めた。
さほど広くは無い部屋なので目的のものはすぐに見つかる。
「うーむ……だめだなこれは」
長机に無造作に積んだ銃を一つ手に取り、眉をひそめて唸った。
「うう……」
「おはようさん」
気がついた男を見下ろし、爽やかに微笑む。
「ハッ!?」
軽い声にハッとして立ち上がろうとした。
「どわっ!?」
しかし、手足が拘束されていて情けなく床に転がる。ベリルは男に近づき、手にしている銃を目の前にちらつかせた。
「こんなものを本気で使おうとしたのかね」
「な、なに?」
「造りが荒すぎる。粗悪品を掴まされたな。こんな物を使えば暴発の危険があった」
発してバラバラと鮮やかに分解し、ほらここ……と説明を始めた。
「……」
男は、ベリルの行動が理解出来ない様子で手足を拘束されながら呆然と聞き入った。
淡々と説明していたベリルは、背後からの気配にスッと体をスライドさせる。
「うっ!?」
「あ、すまん」
注射器のようなものが縛られている男の額に刺さり、さして悪気も見られない声でそれを抜いた。
どうせ死なないのだからとは思うのだが、痛いものは痛いし無意識に避けてしまうのだから仕方ない。
「さすが『素晴らしき傭兵』……」
背後にいた男が感心するように発して、ライフルの銃口をベリルに向けた。30代半ばと思われる男は艶のある前髪をかき上げて、無表情のベリルを見下ろす。
「……」
魅力的な顔立ちの男に少し睨みを利かせ、ベリルは立ち上がる事もなく見据えた。
「今の、麻酔だと思うかい?」
「何?」
「わたしの名は柳田。それはわたしの培養した毒性の強い菌でね」
不敵な笑みを浮かべ、男は自己紹介よろしく発した。
「!? ちょっ……ええっ!?」
驚いたのは注射針の刺さった男だ。
「これがそのワクチン。意味が解りますよねぇ? あなたなら」
柳田はスーツのポケットからすいと注射器を取り出して、挑戦的な目をベリルに向けた。
「……」
ベリルはそれに軽く睨みを利かせたが、目を伏せて溜息を吐く。
柳田はニヤリとして、反対のポケットから後ろにフサの付いた注射器を出しライフルに装てんした。
ベリルに照準を合わせ、ゆっくりと引鉄を引く。
「……っ」
至近距離からの麻酔銃に、ベリルは少し苦い顔をした。左肩に突き刺さった注射針を見つめる。
「そのまま抜くなよ」
薄笑いを浮かべながら近づき、縛られている男に目を向ける。
男は「早くワクチンを打ってくれ!」と柳田に懇願するような目を向けた。
それを見た柳田の手には……
「! よせっ」
ベリルが止める声も聞かず、消音器付きのハンドガンで男の胸を撃ち抜いた。
「宿主が死ねば菌も死ぬ」
「ふざけるな」
苦々しく見つめるベリルに、柳田はニヤけた顔を続けて膝を折る。
「おやおや。あなたを攻撃しようとした者ですよ」
「論点をずらすな」
柳田はベリルのあごをくいと上げて、その瞳をのぞき込む。
「フン。男というのが勿体ない」
「なんのためにこんな事をする」
その問いかけに、柳田は少し苛立った表情を見せた。
「まったく……教祖に仕立て上げた男は不甲斐なくて馬鹿でね。もっと身よりの良い処に移ろうかと思いまして」
数百人ほど殺して手みやげにしようと思ったら「ミコさま」のおかげで折角の菌は台無しになり、手元に残ったのはたった数本のみ。
「信じられます? あんな培養の仕方! 馬鹿も過ぎると相手にもしたくない」
そんな時に丁度あなたが現れた。
「まさに奇跡? 教祖をおだてるためにあんたの画像やらデータやらを見せてその気にさせたが、もういい加減に見限りましたよ。奴にはね」
「……っ」
ベリルは眠気にふらつく、そろそろ限界だ。
「それ、そんなに強い麻酔薬じゃないけど効き目は早いですよね。治癒能力が高いという事は効き目も早い」
おやすみなさい……そんな声を聞きながら、ベリルは目を閉じた。
柳田は、倒れ込んできたベリルを受け止めて愛しそうに頭をなでる。大量殺戮よりも良い手みやげだ。柳田の顔は喜びでニヤつきが止まらない。
抱きかかえて建物から出て自分の車に向かった。