*離れた視線
「弟さんも?」
「はい……」
一度に2人の子どもが行方不明になって、すがる場所もなく彼女はどうしていいか解らずにいるのだろう。うなだれて弱々しく溜息を吐く。
「あっ」
母親は目眩に体を傾け、それをベリルが優しく受け止めた。
「大丈夫ですか?」
わざとらしくベリルに倒れ込んだ気がしないでもないが、彼は無表情に気遣う声をかけた。
「ありがとうございます」
ふらつきつつも、やたらと接触している感がある。むろん、ベリルはそれにもまったく気がつかない。
「2人の写真はありますか?」
「え?」
「警察も動いているでしょうけど私なりにも探してみようかと」
少し怪訝な表情を浮かべる母親に、ベリルは安心させるように発した。
「持ってきます」
母親は納得してすぐに写真を探しに階段を上り、パタパタと小走りに部屋を渡っている足音が聞こえてくる。
「これでいいかしら」
戻ってきた母親は2枚の写真を手渡した。その時に地味に指に触れて嬉しそうに口の端を若干、吊り上げたがベリルはやはり気がつかない。
「ありがとうございます」
「それではお体には気をつけて」
普段、丁寧な言葉を使わないベリルは疲れていた。早くこの場を去りたい。
「お願いします」
すがるような目でベリルを見つめた。
「ふむ?」
外に出て写真を見下ろす。
水野 那由多、高校3年生。典型的な日本人女性の顔立ちだが、全身が映し出されている姿で美人だと解る。
なるほど、将来モデルにでもなれるかもしれんな……と冷静に分析した。そういうモノに“うとい”ベリルにしては、よく考えた方である。
実際はかなりの美人で、すらりとした体型の健康そうな少女だ。
弟の名は阿由多、小学3年生。しっかりした顔立ちの子どもだと窺える。
母親から少年はゲーム好きだと聞かされたが、その情報は単なるベリルと会話したさのものだと思われる。
当然のごとく彼はそんな事には気がつかない訳だが。
右を一瞥すると、こちらをしきりに気にしている男が立っていた。ナユタの家から出てきたベリルを、塀の影からいぶかしげに見つめている。
「……」
なるほどね……心の中でつぶやき、歩きながら思案した。
身代金の要求が無い処を見ると、そういう目的で彼女を連れ去った訳ではない(すでにメールの時点でそれは確実だが)。監視がいるという事は、それなりの理由があっての事だろう。
しかし……と少し眉をひそめる。
仮に弟を拉致して彼女に何かさせる気でいるのなら、わざわざ家に監視を置くだろうか。監視する意味がいまひとつ解らん。
では、弟は別の問題で行方不明だとしたら……?
「そちらの方がまだ違和感が無い」
ベリルは考えあぐねていた。
日本に来た事は彼女にメールで伝えたが、その後の返信が無い。メールを打てる状況には無いのだろう。
「ふむ……」
手駒が少なすぎる……小さく唸った。
これではヘタに動けん。監視している男を捕まえられればよいのだが、こちらをかなり警戒しているようだ。これでは近づく事すらままならない。
考えていると仲間を呼ぶつもりなのだろうか、男が携帯を手にしていた。
このままではこちらが気付いた事に気付かれる。ベリルは駅の方に少しずつ歩みを進めた。
しばらく歩いていると、背後から付けてくる気配がしてニヤリと笑みを浮かべる。
駅近くのシアトルスタイルカフェに入りカフェモカを注文して、そこにあるソファに腰掛けゆったりとカップを傾けた。
落ち着いた表情で外の気配を探ると、男2人がこちらを見つめていた。
その様子からプロという訳でもなさそうだ。家を監視していた男といい、シロウト丸出しの動きに小さく溜息を漏らす。
相手はどう出るかと思案していると携帯が震えた。
「ん……?」
ナユタからのメールに眉をひそめる。
[拳銃が一杯ある]
「……」
今度はハンドガンか、色々と持っている奴らだな。
先ほど日本の情報屋に「目新しい情報は無いか?」と訊ねた処、面白い話が聞けた。
<ネットでエセのペスト菌を大量に買ったバカがいたよ>
それを聞いたベリルは、しばし固まった。
ネットなんかで買える代物ではない……ナユタのメールと照らし合わせれば、買ったバカがどこの誰かは察しがつく。いくらなんでも、やる事が子供じみている。
ハンドガンというのも本物かどうか疑わしく思えた。
しかし銃は比較的、手に入れやすい武器だ。ネットでも上手くすれば足が着かずに買える物である以上、先入観で物は言えない。
「はあ……」
ベリルは頭を抱えた。
[とりあえずもっと情報が欲しい。一体、どんな相手なのだ?]
今更な質問だが、訊くタイミングを逸していた。
[カルト教団。ミコさまって人が教祖]
……カルト教団? それはまた……と切れ長の瞳を丸くした。
カフェモカを飲み干すと、静かに立ち上がりネットカフェを探す。
「!」
駅のすぐ前にネットカフェを見つけて中に入る。さして繁盛しているという訳でもないが、それなりに客の入りがある店のようだ。
「!?」
カウンターの店員は入ってきた客に一瞬、声を詰まらせる。こんな街に外国人が1人でネットカフェに来る事は意外でしかないのだろう。
驚きながらも、定型文で「いらっしゃいませ~」から「会員登録なさいますか?」までを一通り話し個室の番号札を手渡す。
カルト教団なら情報屋を使わなくともこの程度の端末で調べられるだろう。起動させている間にコーヒーを傾けて、これからの行動に思考をめぐらせた。
そうしてディスプレイを見ながらキーを打つと、いくつかめぼしい組織が検索結果に表れた。
「……」
流し読みしたあと、頭を抱える。彼にとっては、顔をしかめる程にくだらない教団ばかりだ。
その中の一つに目が留まった。
「教祖は巫女……男か。なるほど」
読み進めるにつれて眉間の縦じわが深く刻まれていく。
「……はぁぁ~」
読み終わって頭を垂れた。
まあ確かに、藁にもすがりたい相手には効果的ではあるが……こういう商法は私の好む処ではない。
信者と呼ばれる者たちに希望を抱かせておいてその実、心中では別の事を考えているのだから。
宗教にはさしてどうこう言うつもりは無いベリルだが、人を騙して金品を得る行為にはいささか嫌悪感を抱く。
そのページをプリントアウトして店を出た。
「!」
気配からして、尾行している人数が増えている。気付かれないようにしているつもりのようだが、彼にはバレバレだった。
「……」
まともに相手するのがバカらしくなってきた……再び頭を抱える。