*遠い事件
イタズラか? メールに眉をひそめた。
私のアドレスを知っていて送信してきたのだろうか……それにしてはぶっきらぼうな文章だ。イタズラだと思われればそれでおしまいになるような言葉だけを、わざわざ送るだろうか?
「……ふむ」
相手の携帯が衛星電話だとしても、送信先の携帯に日本のフォントが入っていると想定して送信したとは思えない。
そこまで考えて送る意味が無いからだ。
「……」
ひとまず相手の反応を探ってみるか、と返信した。
[君は誰だ?]
送信後しばらく待ってみる。
[あたし人殺しの手伝いさせられる]
これは穏やかじゃない、思案して再び返信した。
[名前は?]
[ナユタ]
ブランデーをひと口含み、さらに返信する。
[現在の状況を教えてくれ]
[あなたの名前は?]
そのメールにベリルは苦笑いした。相手の名前を聞くだけの余裕はあるようだ。心地よいジャズの音色を背景にスマートフォンの画面をタップする。
[ベリルだ]
[リス]
「?」
リス……? 小さく首をかしげた。
相手は、つながったアドレスに戸惑いを見せているのだろうか。それとも、どうやって嘘を続けようかと考えているのだろうか。
もしくは、こちらをまだ信用しきれていないのか……短いやりとりだが複雑な色が見え隠れしている。
酒はしばらくお預けだ。ベリルはバーを出て、馴染みのカフェに向かった。
ガラス張りのドアを開き、カフェのマスターに手で挨拶を交わしていつものテーブルに腰掛ける。嫌みのない音量で流されているクラシックと、レトロな内装に琥珀色の間接照明がベリルの姿を艶やかに浮き立たせていた。
席に着き、まず運ばれてくるのがエスプレッソ。それをゆっくりと傾けて味わう。
「!」
すると目の前にサンドウィッチが置かれ、怪訝な表情を浮かべてマスターを見やると、その男は小さく笑って目で食べろと示した。
数日、滞在している彼のおかげで女性客が増えたのかもしれない。サービスされたサンドウィッチを口に運びながら次のメールをうつ。
[状況がわからん]
打ち終わり送信を押したとき、ブレンドコーヒーがテーブルに置かれた。カップに手を伸ばすと、端末が震えた。
[リスに細菌をつけてばらまくんだ]
ますますもって穏やかじゃない。
「……」
数秒、思案してタップする。
[君のいる場所は?]
[東京]
随分アバウトな返答だ。詳細な場所を出さなかった処をみると、やはりこちらを信用していないのだろう。
ならば、このメールの信憑性はさらに強まった。
「リスねぇ……」
片肘をつき、そこに頭を乗せて画面を見やる。
[とりあえずばらまくのは待てるか?]
[頑張る]
受信してすぐ、残りのサンドウィッチをくわえて立ち上がった。店を出る直前に5ドル札を3枚ほどカウンターに投げ置く。
これがイタズラか、はたまた真実か……確かめる価値はありそうだ。オレンジレッドのピックアップトラックに乗り込むと空港に走らせた。
空港に車を走らせている間、ベリルは端末をカーナビに差し込み電話をかけた。時に傭兵たちが使用するアイテムの中には、表にはまだ出回っていない物がある。
「サム、調べて欲しい事がある」
<なんだい?>
相手の声が車内に響いた、サムとはベリル馴染みの情報屋だ。世界のあらゆる情報を持ち、それによる商売をしている。
「日本の東京にナユタという人物がいるか調べてくれ」
<解った>
切られた端末を乱暴に外し、空港の駐車場に車を駐めた。
歩きながらメールを打つ。
[しばらくメールは出来ない。それまで待て]
[解った]
手続きを済ませると、他の客とは異なる通路に案内される。そこを通ると、搭乗する飛行機は他の客と同じジャンボジェットに到着した。
ファーストクラスに促される。もちろん銃やナイフを携帯している、それが許される存在がベリルだ。
「お飲み物はいかがですか?」
爽やかな笑顔で問いかけるキャビンアテンダントにコーヒーと応えた。心なしか、他の客よりも優しい応対のキャビンアテンダントに彼はまったく気がつかない。
東京までおよそ10時間のフライトだ。
「長いな……」
ぼそりとつぶやいた。いっそ戦闘機でも借りて飛べば良かったか? そんな事を考える。
戦闘機では途中で給油が必要となるが、それでもジリジリと待つ事も無かったかもしれない。
今更、言っても仕方がない……深い溜息を何度か漏らしながら、日本に到着するのを待つ事にした。
さすがに銃やナイフの手入れをする訳にはいかない。機内食やワインを味わいながら、常備されている雑誌に目を通してやり過ごした。
そうして、ようやくベリルを乗せた便は成田に到着し一般客とは異なる通路を通って外に出る。
タクシー乗り場でサムに電話をかけた。
「どうだ」
<見つけたよ>
ベリルはそれを聞くとサムの声に集中した。ひと通り聞き終わると、電話を切ってタクシーに乗る。
さすがに国際空港にいるタクシーだけあって、外国人のベリルに驚く様子は無い。むしろ、違和感の無い日本語で場所を指示した彼に驚いていた。
1時間ほど走っただろうか、タクシーは住宅街で止まる。チップ代わりにつりをもらわず、降りた先にある一軒の家の前に立った。
表札には『水野』の文字。
少し考えて呼び鈴を鳴らすと、平均的な一般家庭のベル音が中から微かに聞こえてくる。
<……はい>
インターホンから女性の声、心なしか怯えているようにも思える。
「すいません。ナユタさんの事で」
<ちょ、ちょっと待ってください!>
続きをさえぎり慌てて玄関に駆け込む音が聞こえ、何かの期待を胸に秘めていた女性の顔は玄関扉を開いた瞬間に驚きの表情を浮かべた。
「日本人じゃない!?」という感情が見て取れる。
もっとも、それ以外の感情もあった事は彼には解らない。限りなく色恋沙汰にうといのだ。
「あ、あの……?」
いぶかしげに見つめる女性に、彼はニコリと笑いかけた。40代か50代ほどの女性は、その笑顔に魅入られたように固まる。
「授業でボランティアをしていた際に出会いましてね」
それに、ああ……と納得したように声をあげた。
「それでナユタさんは」
家に上がり込む気の無いベリルは、そのまま玄関で質問を続ける。
「ええ、行方不明なんです」
母親は疲れたように溜息を吐き出す、顔色にも疲労の色が窺えた。
「弟の阿由多までいなくなってしまって……」





