*受難と引鉄
「なるほど」
ベリルは納得し軽く手を挙げて立ち去ろうとしたが、その腕を掴んで引き寄せると抱きしめた。
「!!?」
驚いて当惑しているベリルの唇を奪う。
「なんの真似だ」
スネを蹴り悶絶している男を睨み付けながら口元をグイと袖で乱暴に拭った。
「だって……運命の出会いだと思ったから」
「無い」
キッパリと断言したベリルに男はしょんぼりと肩を落とす。
「取り急ぎ去れ、でなければ本当に撃つぞ」
「無茶はしないでね」
「……」
抱きしめられ眉間のしわを深く刻んだが、とりあえず離してもらえるまで黙っている事にした。
相手の年齢性別容姿にかかわらず恋愛感情が欠落しているベリルだといえど、同性からの告白やアプローチにはいささか疑問を抱かざるを得ない。
去っていく男の後ろ姿を見送ったあと、しゃがみ込んで大きな溜息を漏らした。
「もう早く終らせよう……」
頭を抱えてつぶやき、気を取り直して立ち上がる。
「いたぞ!」
「!」
従業員がベリルを見て声を上げ、ようやく気付いた事に少し呆れた。逃げ出してからおよそ1時間は経っている。
銃声を隠すためなのか、工場の機械が一斉に稼働した。
「物騒なものだ」
壁に身を隠し口の端をつり上げる。
工場の一角──鉄の階段を上ると、そこにはよくあるプレハブ事務所といった造りの部屋があった。
「覚醒剤は効くんじゃなかったのか!?」
柳田は生田に詰め寄る。
「まさかここまでの奴とは……」
生田は聞いているのかいないのか、柳田に目を向けずにつぶやいた。そんな2人のやり取りを、事務員と思われる数人が神妙な面持ちで眺めた。
「とにかく、奴をなんとか捕まえないとまずい」
「相手は1人だろ、そんなに深刻にならなくても……」
「あいつは『潰し屋』なんだぞ!」
笑って応える生田に柳田はギロリと睨みを利かせた。
「潰し屋……?」
柳田は、怪訝な表情の生田に軽く舌打ちをする。
「気に入らない組織はことごとく壊滅させられてる」
奴がこの組織を気に入るハズがない! 自分の立場を十分にわきまえている柳田はベリルに恐怖した。
身を隠しながら敷地内を探っているベリルの目に、階段の先に続いている事務所らしき建物が映る。
階段の途中には、男がライフルを握って立っていた。
「ふむ」
ベリルは手にしているライフルを確認して構え、男に照準を合わせる。目を細め引鉄を絞った。
「!? ぐうっ」
大きな破裂音と共に銃弾はみごと男に命中し、ゆっくりと手すりから滑り落ちる。
ベリルは素早く階段を駆け上がり、曇りガラスのはめられた銀色のドアを開けた。
「!?」
「やあ」
明るく声を上げたベリルに一同は目を丸くした。