表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短冊の挿話〜promise〜

作者: 葉月 あや




私はずっと其処(そこ)にいました。

はるか遠い昔から。



其処はいつも、かなしい夕暮れでした。

其処には桃の木と、広い広い草原と、きれいな川がありました。

あかく咲くもみじの森と、匂やかな梨の木と、

背の高いすすきの草原と、赤い花に見送られるきれいな川がありました。



川の流れは清かに、紅い森に映え、ちいさな舟を運びます。

ながれに沿って進む舟は、あかるい場所に行きつきます。

ながれと反対に進む舟は、(くら)い場所に行きつきます。

冥い場所には少しのあかりも無いのだと、いつか誰かに聞きました。

誰から聞いたのかは、どうしても思い出せないのでした。



其処にはたくさんの人が訪れます。

みんな何も話さないで虚ろな目をしていました。

だから私も黙ったまま、その人たちを舟に乗せてあげました。

どちらの舟に乗せるかは、手をつないだらわかりました。

どうして何故わかるのかは、やはり思い出せないのでした。


 

ある時、誰かに話しかけられました。

幼い男の子でした。

私は彼と手をつなぎました。

けれど行き先はまだ、わからなかったのです。

こういう人は自分の名まえを思い出して、すぐに元の場所に還っていくものでした。

けれど思い出さなかったら、舟に乗らなければならないのです。

彼ははじめこう言いました。

『私はおとなになれずに此処(ここ)へ来てしまったのが、すこし哀しい』

だから私はこの子をおとなに変えてあげました。

私もこの子に合わせた姿になりました。



私たちはしばらく一緒にいました。

もみじを集めたり、冷たく澄んだ川に触れて遊んだり。

彼は川岸の赤い花を摘んで、

(かんざし)に見立て、私の髪に飾ってくれたりました。

広い広い草原を歩いたり、川に入って遊んだり、

時々手をつないだりしました。

彼は、人を舟に乗せるのを手伝ってもくれました。

私たちは様々なことを話して、そこにはたくさんの笑顔がありました。



いつからか私は、このときが永久(とこしえ)に続けばいいと、

願うようになりました。

それは、どうしようもなく幸せで、

狂おしいほど悲しい気持ちでした。



けれど、お別れのときが刻々と迫っているのを私は知っていました。

ひとはいつまでも其処にはいられません。

どこかに進まなければならないのです。



彼のような人は、みんな還還っていきました。

還らない人はいませんでした。

彼も当然そうなると思っていました。

けれど、どうしてか。

いつまで経っても名まえを思い出さなかったのです。

このままだと私は彼を、

舟に乗せることになるでしょう。



私は彼の手をひいて梨桃の木のところへ行きました。

本当はいけないことなのですが、私は彼に、その梨の実桃を食べさせてあげました。

そうしたら彼は、自分の名まえを思い出しました。


 

禁じられた事をしたら破ったら、当然その報いが訪れます。

けれど後悔はありません。

あの人の名まえを知りたくてした事なのだから。

こうして流れと反対に進む舟に乗せられて、

(くら)い場所に行きつくとしても。



でも、このままでは絶対に終わらせない。

待っていて。

いつかまた、めぐり()うまで。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いつしか読み終わるまで悲恋の話しになっていて、引き込まれました。  情景が浮かんできそうです。オリヒメとヒコボシの天の川のような雰囲気が良かったです。  女性の最後に託すような強い想いが印…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ